詩119:1-8 /私の道になる主のみことば
<序論>
(1)詩119篇の特徴
@聖書の中で最も長い節(176節)で、詩篇の本論
A各行最初[最後]の字を並べるとある単語になる遊戯詩 (acrostic)の構造。祈りの課題がずっと整理されるほど、祈りの答えを受けるべき。ユダヤ人は祈りの課題とメッセージをアルファベット順で歌を作って、伝達。それで、これらの中に世界を征服して生かす人が出てくる。
。ここで祈りの課題を定めるのに助けを得ること。
Bみことば-全体の統一された一つの主題は“みことば”.
(2)みことば聞く時ごとに起きるすばらしい答え
@一週間に、一回程度、本文を思い出したら、すばらしい答えを受け取る
A一週間に、みことばをテープでずっと聞きながら祈って考えれば、明らかに他の答えが起きて、言葉も変わる。事業と現場で行われることが閉じられない。
Bみことば聞く時に‘本当にそうだ!’と悟るようになる瞬間は、振り返ってみれば、人生の転換点、霊的に癒される瞬間
(3)それなら、私たちはみことばをのがしている。
@英語の単語を数えきれない程覚えても、米国に行って会話を正しくできない韓国民
Aよく習っていないのでもないが、よく習えなかった結果を持つように、みことばもこのように知っている。
Bみことばをものすごく読んだのに、生きていたら、みことばとは違った人生の現実
CRtに確かにみことばで答を与えたのに、また悩み、質問する姿を発見.
。さらに正確に事実的に説明しなければならないことを発見.
。この頃の流れが、みことばを応用しないために、より一層こうしたことが深刻化される現象を発見.
(4)神様のみことばを聞きさえすれば、生き返る。
@役員と教役者は、聖日に忙しいより、みことば受けることのために祈りよくすべき。
Aサタンは、みことばを正しく受けられないように邪魔するため。
Bサンダーシンはマタイ11:28、アウグスティヌスはローマ書を読んで変化した
Cヨハネ1:12について覚えたが、病気で癒されて変化する。
Dヘブル4:12神様のみことばは生きて運動力があって、癌も癒すほどの力強さがある。
<本論>
1.神様のみことばは完全だ。
(1)詩119:1-8の主題は“みことばは完全だ”ということ.
。それで、私たちが完全なみことばについて行けば、私たちも完全になる。
。私たちは時速200km以上に走ることができないが、航空機や高速列車に乗れば可能.
。今の事はこれまでの祈りの答え、これまでの説教に対する私の答え.
。混乱の祈りをしてきたとすれば、そのように答えが来る。普通にみことばを受けたとすれば、答えも普通で受ける。
(2)永遠で完全なみことば
@イザヤ40:6-8主のみことばは永遠に立つ。
。イスラエルが滅ぼされたた時に、屋上でみな話せとイザヤにおっしゃった。
AIコリント15:3-5聖書のとおり死んで、復活されること。
。聖書は7,000個余りが預言されて、成就した本.
。このみことばは、成就するみことばであるから、みことばを伝える者の責任が重要.
。福音を聞く私たちは、みことば聞くのが重要。このみことばが、現場につんがるように祈ろう(ヘブル4:12)
(3)今でも成就する完全なみことば
@Iコリント10:11以前の記録が今でも成就する
Aローマ15:4昔のみことばが今でも成就する
BUペテロ2:6ノア時代の事が今でも(ネフィリム、家庭問題、堕落、神様が必要ない時代)
(4)未来にも成就する完全なみことば
@黙示1:3これからなることがそのまま起きる
A神様の子どもは占う必要がない.
2.神様のみことばを正しく理解して信じる者は、完全な祝福を当然に味わう。
(1) 全き道を行く人々、主のみおしえによって歩む人々(1節).主のみことばが完全なので、その側へ行く者に祝福.
(2) 幸いなことよ。主のさとしを守り、心を尽くして主を尋ね求める人々。(2節).神様のみことばは完全だから、その証拠を持って行けば、完全な答えを受け取る
。仏教、天理教などの経典が違うのか?違う。悟った者が書いた立派な文章。.
。しかし、聖書は神様の啓示のみことば、実際に起きた事件を書いてある。
(3) まことに、彼らは不正を行なわず、主の道を歩む。(3節).みことばを知らなければ、いくら良い行いをしても、とんでもない道を行くのに、たとえ弱くて、みことばについて行くこと。
(4) あなたは堅く守るべき戒めを仰せつけられた (4節)
(5) どうか、私の道を堅くしてください。あなたのおきてを守るように(5節)
(6) そうすれば、私はあなたのすべての仰せを見ても恥じることがないでしょう。(6節)
(7) 直ぐな心で(7節) -勝利
(8) 私は、あなたのおきてを守ります。どうか私を、見捨てないでください。(8節)
* 神様のみことばは完全なので、本当に答えを受けられる。
3.本当にどのように、この答えが来るのか?
(1)考え、意識、潜在意識、たましい。どんな考えがあるかによって、みことばもその程度にしか受けることができず、それよって未来が左右される。
。正しい考え、正しい使命を持つならば、祝福を与えられる。考えがとんでもなければ、とんでもなくみことばを受け取る.
。教会の色々な話を聞く時にどのように判断するか?考えの中に神様のみことばが臨むべき。
。みことばの前に、恵みで、感謝で受ければ、答えが来ている。
。神様の恵みで、福音を分かる教会に導かれた神様に感謝する考えであるべき。
。正しい考え、感謝の考え、みことばを捕まえる考え(ピリピ4:6-7、ヨセフ).
(2)聖書の正しい理解(聖書を見る目)
@福音中心(律法中心でない)
A霊的中心(知識中心でない)
B事実的人生中心(とんでもない解釈でない)
(3)神様の計画
@個人-神様が私にみことばくださることより貴重なことはない.
A講壇-私たちが集まって、礼拝をささげることより貴重なことない.
B教団(全体) -私たちのタラッパン全体にくださる神様のみことばが見えるべき
C現場に向かった神様が計画が答え
D時代的な神様の計画の答え
(4)答え、他の答え、無応答。答えよって、無応答について行けば良い。より良いものをくださる。
。全く答えがなければ、行かなければ良い。
。クリスチャンは答えをよく見るべき(勉強、仕事、信仰生活も答えを基礎で始めるべき)
(4)聖日礼拝→ 定刻の礼拝→ 生活礼拝(タラッパン).聖日礼拝をささげた後に忘れてしまわずに、一週間に一度でも思って定刻の祈りをしたら、すばらしいことが起きる。定刻の礼拝をささげたら、奇跡のような事が発生.
。生きているみことばと働きを講壇から現場に移すという言葉。
* これら全てを合わせて“聖霊充満" → 神様が与えられる力を得ること。
結論:
(1)成就するみことば-タラッパン運動- Rt集会.今週のRt運動も9年前からRtという単語を捕まえてずっと祈ったが、成功したRtが、祝福の土台を踏んで立ち上がっており、Rtがタラッパンのすべての部分で未信者が認めるほど成功しながら、互いに連結しなければならない。
(2)人生の最も重要なみことば-成就するみことば
@学者スコット-臨終の直前に“(聖書)本を持ってきなさい。” -本当の本は聖書
Aボールドウィン-聖書をでたらめだと感じたので30〜50年内にキリスト教がほろびると見たが、むしろ200余言語で翻訳されており、まさに彼は自殺で死.
Bフィニクス・ノアの“聖書の大予言” - “私は神様を信じない。しかし,神様のみことばは信じる。”
Cウェルリス-キリスト教を拒否しようと研究して、むしろ信じるようになって使った作品がベンハー
(3)みことば聞く時におきること
@詩103:20みことばが成就される所ごとに目に見えなく天使を送られて働き(出エジプト14:19先に).
A詩103:21聖霊が働く所ごとに天使が働き
* みことばは完全だから、あなたは勝利することができる。
(祈り)神様のみことばを聞いて始めて、みことばが働く答えが実際に起きるようにして下さい。