メッセージと資

3部死ぬ目に会ったパウロ使徒14:19-28

2001年10月7日
東三第一教会 聖日メッセージ

私が大学と神学校でカウンセリング学を勉強した時、より多くの勉強をしたい、この程度ではならないという気がしました。本を参考にするなかで、その当時には高麗大学からでてきたカウンセリング学の本が良かったので、たくさん参考にしました。それとともに、私も知らない間に感じることもありました。ところが、さて現場に行って、精神が狂った人に会ったら、本の効果がなかったのです。ある程度精神が正しい人には、本が必要ですが、完全に精神が狂った人には、これは必要がありません。その時、神様のみことばは単なる本ではないということを感じました。実際にそのようなことに会えば、対策が立てられません。こういう事を1,2回体験したのではありません。

どんなに科学が発達しても、発展はすべきですが、人生には時々深刻な問題がきます。すると、私達が考えたことと一致しない時が多いのです。世の中には、ぞっとする事故もあります。以前にある不良が子供をら致して、15日間連れて回った事件がありました。父母が子供を生かしてくれと呼び掛けもして、また国家の高い方が今でも連れてくれば赦すと言いました。しかし、15日間悶着する中に子供が死んで、死体で発見されました。私はそれを見ながら‘この程度になれば生きていても正常だろうか'という気がしました。たぶんその子供は、生きていても 15日間やられたことゆえに精神的な苦痛が大きいでしょう。一生続くはずです。おとなも夜に 暴漢に会えば、全身が硬くなるのに、子供ならばどうでしょうか。本当に人間は福音がなければ、獣とより劣るのです。福音と神様のみことばでなくては答がありません。そのようなことが多くあるのではないでしょうか。

一度は、ある夫婦が食事をして、話をしている中に突然に暴漢が現れて、二人をみな殺しました。ならず者が入ってきたので、じっとしていなかったのです。それで殺してしまったのでした。新聞記事にその方の子供達が文を書いたのを見て、涙が出ました。子供達は、親戚の家にも行かないと書いていました。理由は‘私達がみな大きくなる時まで、ママとパパが一緒に暮らした所にいる’ということでした。誰かが行って福音を伝えなければならない、という気がしました。その傷が、人間の方法で良くなるでしょうか。記者がどのように生きているのかとたずねたら、夕方には両親の部屋に入っていって、両親の服を取り出してにおいをかいでいると言いました。この頃の米国は深刻です。私たちはニュースだけ聞くのですが、そちらに住んでいる人々はそうではありません。崩れた建物を片づけることにだけ 1年かかるらしいのです。簡単な事件ではありません。

今日の本文に見たら、パウロが福音を伝えているのに、突然にならず者が出て石で打ったので、死んでしまいました。またある人は、世の中を生きている間にいつも問題が生まれる人々もいます。歴史には大きい事件が生まれることもありました。暴風が生じれば、誰も防止することが出来ません。地球上に戦争が起こったり、災難がおきることもあります。より一層祈らなければならないことは、待つのではないけれど、マタイ24-25に末世にはいろいろな難しい事がおきることが預言されています。ところが、今日の本文を見ると、パウロがこの事によく勝ったのです。

今日、私達が受けなければならない一番目のことです。私たちは平常時に3つの戦いをしなければなりません。外ではどんなことがおきるのでしょうか。どんな種類の事が起きるかも分かりません。しかし、これによく勝つべきです。学校で勉強もしたのですが、それでは勝つことができません。経験もあるけれど、問題に会えば勝つことができないのです。学問をして色々なことをしたのですが、皆様の子供が精神が狂ったら、対策がありません。世に災難が入ったならば対策がないのです。パウロが船に乗って行く時、暴風に会ったのに14日間一度に寄せ付ける暴風を船主と責任者が方法を総動員しても、良くなりませんでした。神様が波を静められれば、良くなるのです。科学的な方法をどんなに動員しても、良くなりません。人間の限界です。

最初に悟らなければならないことは、平常時に3つの戦いを上手にやらなければならないということです。必ず記憶しましょう。

(1)サタンとの戦いです。これは、一般の人々が知らないことです。この戦いだけ上手にやれば、勝利します。エペソ6:10-20 目に見えないサタンは、主権と力と暗やみの世の中と天にある霊を動かすとしました。これを一般の人々は知りません。主権ということは、政治的、権力者などに働くのです。サタンが目に見えるならば、説明する必要があるでしょうか。アダムとエバを倒した時、直接現れたのではありません。そうであれば、エバも分かったでしょう。普段に親しくしていたへびを通じて働きました。青少年に悪魔が直接現れるならば、しっかりするはずです。自信を持って一番よく通じる友人、両親よりもっとよく通じる友人を通じて働くために、倒れて麻薬もするようになります。良いように現れるのです。

それで私たちに戦いなさいと言われました。主権と力は力がある人にサタンが働いて問題を起こすのです。ヒットラーの胸の中に戦争する心を植えました。私達が北朝鮮のために祈らなければならない理由がそこにあるのです。金正日党書記の胸の中に戦争する心が生じれば、自分たちも死んで、私たちも死にます。人はサタンに捕えられれば、精神が狂うのです。すると正しく判断ができません。米国の事件も同じです。人の中にサタンが働いたのです。それで、ぞっとした事件がおきるのです。聖書は、私たちに解答の中の解答を与えます。武器は一人で動きません。武器を動かすのが人です。飛行機が米国の建物にぶつかったのではありません。人が飛行機を操縦したのです。武器をどんなに作っても構わないのです。武器を使うことは、人です。人が神様を知らなければ、誰も知らないでやられてしまう部分があります。これは聖書にだけ答が出ています。こういう正確な本がどこにあるでしょうか。

エペソ6:13 私たちを終わりまで勝利できないように押し倒します。それで、私たちに武装しなさいと言われました。誰も知らない内に火矢を射ます。私達の子供がとても重要なことを知って火矢を放つのです。それで、全身の甲冑を着て武装しなさいと言われました。それで、いつも祈りなさいと言われました。平常時に霊的戦いを上手にやらなければなりません。ヤコブ4:7 悪魔に敵対しなさい。そうすれば逃げ去ります。何で戦うのでしょうか。祈りで戦うのです。絶対に失敗しません。私達にみわざが起きるようになっています。

マタイ12:28-30 強い者を縛ばった後にその家を略奪するのではないでしょうか。あなたの家の強い者を縛りなさい。この霊的な話をユダヤ人達はわかることができませんでした。それで、イエス様がこの話を悟れなければ、神様と関係ないと言われました。この話をどのように誰でもがわかるでしょうか。他の本にはありません。いろいろな所にはなく、聖書にだけあるみことばです。私も以前に教会に通っていたのに知りませんでした。何を祈らなければならないかも知りませんでした。私はこれを知って、それに続いて相当な答えを受けました。

使徒10:38 多くの人々が表には現れていないのですが、押さえられたのです。縛られて身動きができないのです。想像を超越する程です。米国に行けば、青少年が麻薬をして滅びるのですが、おとなも滅びます。その内容を聞いてみれば想像を絶するものです。米国に行って食べるものを食べなくて、眠ることもせず、お金を集めて洗いざらい賭博してなくすのです。そのような人が少しいるのではありません。米国ではそれが隠れた流行だということです。知らないうちに押さえられているのです。使徒13に見ると文化に、16章では生活の中に、19章ではむかしの古典文化に食い込んだ偶像文化です。Iヨハネ3:8 神の子が現れたのは、悪魔のしわざを滅ぼすためですとおっしゃいました。

ソン・チョルス僧侶は釈迦はサタンのしもべだと言いました。仏教の人々はなんの話なのか分からないのです。よく見たのです。その人が救われることができなかったのですが、尊敬できます。前書きを開ければ‘私は何故、仏教を選択したのか。道を探すことができないためだ。道をさがせば行くはずだ'。タラッパンでも有名な僧侶が一人牧師になりました。今、僧侶の中でそこには救いがないと確実に知って出てきたいのに、行く所がなくて出ることができない 人々が多いと言いました。自分自身は餓え死ぬ覚悟をして、勇気を出したと言いました。

聖書にだけある答です。私達が平常時に祈りで戦うべきことが霊的戦いです。これを悟ったパウロは‘私たちの戦いは血肉に対するものではない'と言いました。私たちは昼夜、肉の戦いだけしていて、サタンに敗れるのです。

(2)私たちの戦いは、肉体的なこととの戦いです。信者と未信者の差異点は何でしょうか。未信者は肉体的なことのために霊的なことを犠牲にさせる人々です。信者は霊的な貴重な祝福を知っているために、肉的なものを献身します。これが違います。この戦いを逆にすれば、問題がくるのです。私たちは肉体との戦いをしなければなりません。簡単に話せば、不信仰との戦いです。神様を知るようにすることができなくて、正しい恵みを受けることができないようにするはこととの戦いです。

(3)私自身との戦いです。ガラテヤ2:20 私はキリストとともに十字架に釘づけられて死んだと 言いました。それは、私自身との戦いを意味します。この話がよく理解できないでしょうか。この話が理解できたとするならば、相当なのです。教会が何故良くならないのでしょうか。私のために良くならないのです。私が何故良くならないのでしょうか。私のために良くならないのです。聖霊の導きを受けるならば、完全に成功するはずなのにということです。この話を悟ることと難しいのです。神学校では牧会を上手にやりなさいと教えます。私は神学生に会えば、そのように教えません。何もしないことが良くすることです。私の思う通りにすることではありません。主のご自由に。私が願うまますることではありません。神様の計画通りです。ほとんどが、自分の思い通りにするから良くならないのです。

あらゆる教役者は記憶しなければなりません。一般信者の中で主のしもべを困らせるべきだと考える一般信者はいません。私が知っていることではそうです。とても特殊な精神疾患者でないなら、そのような人はいません。非常に自分自身のために生きるために困らせるのです。私のために生きないで、福音のために生きれば、誰でも手助けします。失敗すれば後から手助けして、覆ってくれて、隠してくれます。これが神様の民です。何も難しいことではありません。問題は私自身です。

平常時によく戦うべきです。急な事が生じれば、上手にやる人がいます。人を生かすのもそうです。平常時に対話ができなければならないのであって、急な時に訪ねれば対話がうまくできません。また、平常時に受ける祝福をのがしやすいのです。今日から違ったことも重要だけれど、平常時に3つの戦いを上手にやらなければなりません。霊的/不信仰/自身との戦いです。私たちの考えが神様のみことばを防止しているか分かりません。直径1メートルもない頭の中で、神様の秘密をみな消化しようとしてはなりません。神様は全世界を動かす神様であり、瑞草地域教会の地下にだけおられる神様ではないのです。神様はあらゆる人間を統治なさる神様であり、私たちの考えの中に閉じ込められられた神様ではありません。早く悟らなければなりません。

私たちは滅びたとする時、神様は始められるのです。エリヤが、自分自身はこれ以上出来ないと召してくださいと求める時、神様は王を変えるとなさいました。エリシャという預言者を探して立てなさい。自分一人残ったかと思っていたのに‘あなた以外に' バアルの前に膝を屈しない7千名を残したと言われました。エリヤの胸を刺す言葉でした。モーセを見ましょう。私の年は八十で、力もなくて、背景もないと言いました。わたしが力ある手をあげてパロ王を打つ、と言われたのに、モーセはそれでもできないと言いました。神様が証拠を与えると言われた時も、モーセは民が話を聞かないだろうと言いました。神様が力ある御手でパロを打つと言われた時も、モーセはパロ王を打っても、民は聞かないだろうと思っていました。すべてモーセ自身の考えでした。それが折られなければなりません。結局は私との戦いです。

大学では人間、私を教えます。世の中では勇気を教えます。私たちは一段階のぼらなければならないのです。私が誰なのか、正しく知っていれば‘ 私が' 格別な者ではないということが分かります。ナポレオンを見ましょう。私の辞書には不可能はないと言いました。勇気はあったが、分別があまりなかった時です。島に島流しになって‘あの海の水は人間が流した涙で、吹くのは人間の溜息だな。一坪の土地も占めることができなくて死ぬよ'と告白しました。その 時に分別ができたのです。

私達が平常時に神様の祝福を受けなければなりません。困難がきてこそ神様をつかむ人がいます。平常時に霊的戦いに勝利して、祈って、祝福を受けるのです。すると私達は勝利するようになります。契約をのがさないように願います。普通の時は祈らないでいたが、問題が来て、祈る人がいます。私たち人間は問題が起きたら、祈りをします。病気になってこそ祈るのですそれは困ります。パウロのように常に霊的戦いに勝利すれば問題が起きてもかまわないのです。

今日の本文に想像もできない事が起きました。未信者は自分に利益がないならば嫌います。自分に利益ならば悪いことも良く見ます。その哲学と戦いになるでしょうか。それで、この人達がパウロを悪い人だとみました。福音を伝えるとしながら、ユダヤ教の人を度々引き抜くためです。神様がご覧になる時は、福音を伝えて人を生かすのに、自分たちが見る時は悪く見たのです。パウロが気が焦って会堂に行ったら 'あの悪い人が会堂を訪ねる'と見ました。未信者は逆に悟ります。それでパウロを石で打って殺しました。

パウロは神様の恵みで息をふきかえしました。 22節に見ると、患難がありえるので心を硬くすると言いました。石に打たれて死ぬ程になったのに、翌日、福音を伝えに行ったのです。そのようなことでなくても、皆様が今日、家に帰る途中で滑り落ちてケガをしたとするなら、翌日にどこに行くでしょうか。そのような事がなくても、亡くなりそうになって頭に石をぶつけて倒れたとするなら、何の異常も無く職場に行くことができるでしょうか。パウロが石にうたれて死にました。神様の恵みでやっと目覚めたのです。ところが、翌日にまたテルベに入って行きました。パウロが持った使命です。私達に真の使命感があれば、こういうことが問題にならないのです。このようにしてパウロは完全に勝利しました。

どのようにして、このように力あるように神様の働きを成し遂げられるのでしょうか。方法は簡単です。聖霊充満を受ければ可能です。使徒の働きの主題は聖霊充満です。今日、病気の方達は聖霊で満たして下さいと祈るように望みます。疑問が度々生じるはずです。しかし、疑わないように願います。重要な病気になった時‘私が病気になったんだなあ'と考えればより一層死にます。皆様が聖霊充満を受けるように望みます。神様の働きを体験する門が開くように願います。イエス・キリストの御名で。聖霊充満を受けた人が行く所に人が息をふきかえすみわざが起きるのです。変化が起きます。パウロは、からだが死にあっても息をふきかえしました。肉体的な健康も回復します。聖霊充満を受ければ、行く所ごとに弟子がおきます。

皆様が絶対的な体験をひとつするように望みます。祈りで聖霊充満した体験です。皆様に必ず必要とする体験です。時間がすこし過ぎれば、証しすることが生じるはずです。私はしばらく答えがあまりたくさんきて、眠れないほどでした。祈りで聖霊充満を。すると、全てのものに勝利して、現場に答えが来て、仕事ができるようになり始めます。より重要なことは、霊的戦いに勝つ力が生じるようになります。皆様に確かに問題がきたのに勝つようになるのです。自分の家庭が、子供が破綻することがあっても、勝つようになります。会社が困難にあったのに、そうではないのです。世の人達が知らない不思議な力です。聖霊で満たしてくださいと祈るように望みます。病んだ方達はより一層深く祈りましょう。

2. 結論を3つのことで出します。

(1)個人的な力を持ちましょう。私が神様の前に立たなければなりません。私は神様の子供です。少しも疑ってはなりません。私達が疑がおうが疑うまいが、神様は生きておられ、みことばを成就されています。信じようが信じまいが、イエスはキリストです。私達が信じようが信じるまいが、サタンはキリストがない者を攻撃しています。それで個人的な力を得なければならないのです。

(2)平常時に力を得ましょう。私達も知らない間にからだの病気もよくなって、健康になるはずです。光州におりて行けば、車に乗せて案内してくださる尹牧師がいらっしゃいます。福音を知る前に教会もだめで、からだが頻繁に病気になっていたのに、福音を知ったら、ある日大丈夫になったと言われました。医者は皆様に危険だと話すけれど、聖霊充満を受ければ、歳月が過ぎれば健康になります。皆様がこれもあれも良くならなかったのに、神様があれこれを合せて働きを起こされます。そのようなことがなくても、私たちは神様の子供ですが、こういう祝福を時間が経つほど受けるのです。

(3)事件を見る目が変わるようになります。本文に‘この悪い人々が私たちを困らせるけれど、私たちは祈ろう'と言わないで‘私達が神様の国に入ろうとするならば、多くの患難を体験するだろう'と言いました。当然に起きる事であると、神様が私たちに力を与えられるのです。小さな事に倒れないように願います。当然に起きることです。

瑞草地域教会、タラッパンをする教会の長老と牧師にお願いします。皆様が力を得ることを望みます。大きい人々であるゆえに、小さな事に揺れてはなりません。ありえることだと考えて、祈りで力を得ましょう。牧師は時代に重要なことをしなければならないために、多くのことがあるでしょう。感覚がなくなるようにということではありません。世にはありえることを知って勝ちましょう。

霊的な力を持つように望みます。時間が経てば経つほど分かるようになる力を話します。世の人が理解できない最後のみことばを下さいました。あなた達と共にいるから出世をしなさいと言われず、聖霊があなたがたの上に臨まれる時、力を受けます。エルサレム、ユダヤ、サマリヤと地の果てまでわたしの証人になりますとおっしゃいました。この祝福があらゆる聖徒に あることをイエス様のお名前でお祈りします。

契約の祈り

神様に感謝申し上げます。これから霊的な大きい力を得る開始になるようにしてください。それで事業も、家庭も、子供も、現場にもこれから神様のみわざが起きて、人々はだめだと言いますが、神様の証拠が起きて、人々は死んだと言うのに神様の新しい開始になって、人々は滅びると言うのに神様の恵みで世界の福音化をする準備を与えられる主の前に感謝申し上げます。あらゆるしもべに両手を高く上げて祝福してください。特に今日ともに礼拝をする教会と福音ゆえに始まったあらゆるしもべと教会の上に、礼拝で司会する姜牧師と教会の上に、また米国で勉強している姜牧師と主のしもべに、神様が恵みを与えて下さい。信徒達が新しい力を揃え始め、世の人が知らない霊的な力を所有するように助けてください。世の人がついてくることもできない神様が与えられる力を得る日になるようにしてください。イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン。