2004年 6月 一般信者地域教会修練会 柳光洙牧師 録音版



第1講 初代教会が持った力 − 権威
(使徒1:8)
 
 
イエス様がこのようにおっしゃられました。使徒1:8に、「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれる時、あなたがたは力を受けます。エルサレムとユダヤ、サマリヤと地の果てまで、わたしの証人となります」とおっしゃいました。これはイエス様の遺言ではなく、生きておられる主の最後のメッセージでした。命令も含まれているのですが、それよりは約束です。力を受けるようになるはずです。そして、証人になるはずです。当然に、そのようになるはずです。
私達が何名かずつ米国に行く時があるのですが、今回は千名を越えて行くようになるはずです。私は神様の力もすごいのですが、皆様もすごいと考えます。私たちが宣教大会したら、千名くらい集まるのではないだろうかと考えたのですが、倍に集まりました。海外宣教キャンプに、何百名かが出てくると考えたのに、申請が千名くらいされました。たぶん今回、時代的な大きなみわざが起きると思います。
初代教会が持った力、それを私達がもう一度、回復しなければなりません。初代教会は、どんな力を持っていたのでしょうか? ものすごく重要です。力がなければ勝つことができません。けんかをするのに一番初めの条件が力です。無力なのに、どのように戦うのでしょうか? 私たちは、36年間、日本に植民地になっていました。もちろん、日本が間違ったことが多いけれど、より大きい誤ちは、私たちにあります。私たちに力がなかったことです。力がなければ、他の人からやられるようになります。解放された後にも、私達が多くの部分で負けています。肉体的にも力がなければ負けます。すると、霊的には話す必要もありません。それで、力がなければ、何にもできません。重要な時期を控えて、また、タラッパンの重要な時期に皆様が力を得てくださることを望みます。
 
オーラル・ロバートという牧師がいました。あまりに牧会がだめで難しかったのです。この人が神様の前にひざまずき祈りながら、力をくださいと言いました。本当に神様が働かれました。それで、ものすごいみわざが教会に起きました。すこし残念なことには、福音運動でなく、神秘運動でした。結局は、米国教会から無視される結果になりました。
チャック・スミスという牧師が牧会があまりにだめで、牧会している途中で放棄したということです。そうしながら、ある日、力を得ました。みことばの学びをしている途中で力を得て、2千ケ所に教会を立てて、みことば運動をしています。私達には、力がなければ何にもできません。それで、イエス様が「聖霊があなたがたの上に臨まれる時、あなたがたは力を受けます」と言われたのです。
初代教会は4つの面で大きい力がありました。私達が必ず記憶しなければなりません。
 
1. 内容
初代教会は、内容面で力がありました。方法も重要ですが、内容面で力がありました。
(1) 宗教的
ほとんどみなが、パリサイ人であっても、その他の人々は宗教でした。これでは何にもなりません。共産主義では、宗教は麻薬と同じだとさえ話しました。それでは、人を生かすことができません。
(2) 福音の力
初代教会は、内容的に宗教的ではなく、内容的に相当な福音的な力がありました。
 @ 災い(マルコ10:45)
それで、初代教会は内容が3つの内容を持っていました。罪と呪い、運命、災いに勝つ、そのような力を持っていたのです。どんな場合にも、災いはなくなりません。ところが、これに勝つ力を持っていたのです。それで、マルコの福音書10章45節に、イエス様がすべての暗闇の勢力をうち破られたのです。これを実際に持っていました。ですから、初代教会を誰が防止することができるでしょうか? 皆様、今から果敢に、思いきり味わうように願います。他のことを味わわないように望みます。それで失敗するので、それでなければ、失敗する理由がありません。
福音を受けた聖徒と主のしもべが、他のことだけ味わわなければ、完全に成功するようになります。それで、この福音は災いをなくすことです。
 A 人間回復(ヨハネ14:6)
それだけでなく、宗教と多くの人々があったのに、人間の問題を解決できません。それで、人間回復がだめなのです。人間回復が出来なければ、何にも出来ないのです。それで、ヨハネの福音書14章6節を見ると、わたしは道であり、真理であり、いのちなのですと言われました。人間が神様に会ってこそ、人間回復になるのです。会う道がないので、わたしは道であり、真理であり、いのちなのですと言われました。
 B 悪魔(Iヨハネ3:8)
そして、私達が知らない悪魔の存在があります。これに勝つことができる力があるのです。私達が勝つことができるのではなく、Iヨハネ3章 8節で、「神の息子が現れたのは、悪魔のしわざを打ち壊すためです」と言われました。これだけすれば完璧です。
この祝福とこの力を、どのように味わうことができるかが、初代教会です。いつも告白しました。いつも宣べ伝えました。
(3) どのように?
 @ イエスがキリスト
イエスがキリストです。牧師達に頼みたいのです。福音の働き以外に違ったことは、門が開くならばして、その他はしようとしないでください。常にイエスがキリストです。
 A 復活-聖霊
その方は、復活なさって、目に見えないように完壁に聖霊で働かれます。それで、聖霊充満を受けなさい。
 B 名前-権威、証拠 
そして、イエス・キリストの名前の権威を使用して、イエス・キリストの名前の権威を宣べ伝えましょう。このようにしたのです。皆様が今現在、重要なことをおいて、契約を捕まえなければなりません。ここでしたい話は本当に多いのですが、皆様が聖霊の導きを受けなければなりません。救済運動も、門が開くならばして、おもにすることになってはなりません。奉仕活動も、門が開けばするのですが、右手に知られずに左手が知らないようにするので、おもにすることになってはだめです。教会に多くの門が開けば、開かれるままに、しかし絶対におもにすることになってはなりません。初代教会は、完壁な内容を持っていました。
タラッパンメンバーが悟ることができなければ、大変な事になります。私がしている心配がそれです。皆様にならざるをえないために、混ぜていきながら分からなくなれば大変な事になります。この運動はならざるをえないのです。これがどれくらい大きい風なのかというと、全てのものをみな押し倒すことができます。ここに行けば、知らずに答えだけ味わっているうちに、のがすことがあります。ですから、この話を説明するのが、あまりにもむずかしいのです。
ある牧師が私にたずねました。私が何の働きをすれば良いでしょうか? このように答えました。何の働きもせず、本当に祈りなさい。すると、神様が扉を開けてくださるのです。現場に行っても、なんの動機なく、本当に福音を伝えなさい。すると、人が生かされるのではないでしょうか? その後には、明らかな答が出てくるのではないでしょうか? その道で行けばよいのです。ところが、私たちはほとんど下手するとのがすのです。
皆様は、ものすごく重要な方達です。一時代の伝道者です。それで、他のことを捕まえる必要はありません。もしこれでなく、違ったことが必要とするならば、皆様は誤って悟ったのです。事業もこの中にあります。知らない人々は、何でこの福音が何の事業かと言います。お金を儲けなければならず、教会に行って、ご飯を食べさせてくれるのか? 世の中を生きることが、ものすごく難しいのに、ただイエスだけと言っていて良いのか? すべてみな間違った話しです。間違った話しでなく、とても危険な話しです。皆様の事業が、この保障を受けられない以上、未信者と全く同じ事業です。私たち教会が、この保障を受けられない以上、全く同じ他の教会のようになるのです。私たち個人が、この保障を受けられない以上、結局は個人がだめだという事実です。ですから、この中でなにかほとんどならなければなりません。これを皆様が知っているでしょうが、初代教会が持っていた力の内容です。今からまた始めてみることを望みます。
明日の昼には、重要な時間で点検です。これから私をちょっと点検しなければなりません。本当に私がこの 福音を味わっているのか? そして、教会も点検しなければなりません。本当に聖書的なみわざが起きているのか? 自分の職業と職場を本当に点検しなければなりません。それは明日、私達がしてみようと思います。
その中で初代教会がどんな力があったのでしょうか? 皆様、パリサイ人は目が暗くなったのですが、相手にならなかったのです。パリサイ人が持っていたものとは、相手になりませんでした。ですから、霊的な目を開けて見れば、パリサイ人は全部滅亡させる内容だけを持っています。皆様がこの目が開かれれば、胸に根をおろしてこそ、応用もできて、働きも起きるようになるのです。
心配
これを本当に知っているようになれば、心配になりません。私たちは未来に対して心配することもありません。主が聖霊で、今でもこの席に皆様と共に完壁に働かれるのです。
問題
皆様がどんな問題を見ても、大きい問題になる必要がありません。問題が答であり、祝福です。キリストがわたしの名で臨む聖霊です。そして最後に、この聖霊充満を受けなさい。すると力を受けるようになるはずです。そして、地の果てまで証人になるだろうと言われました。
私のメッセージを聞くだけでなく、よく考えてみてください。ですから、今、メッセージを聞きながら、初代教会の状況を考えてみましょう。単に聞くのではなく、パリサイ人が立ち上がっている状況を見ましょう。そして、こんにちの教会を見ましょう。すると、復興する皆様の教会と伝道者がどこへ行くべきかが出てきます。これが初代教会の力の内容です。それで、この中には全てのものがみな入っているのです。時間が経つほど、分かるようになるはずです。
 
2. 方法
初代教会が持った2番目の力です。初代教会の力と方法がすでに違いました。パリサイ人と完全に違ったのです。
(1) 未信者の方法
パリサイ人は、多くの組織を持っていました。パリサイ人は、多くの権力を持っていました。パリサイ人は、会員がたくさんありました。パリサイ人は、経済がたくさんありました。ですから、未信者と全く同じ方法を 使ったのです。しかし、初代教会はそのような方法を使いませんでした。初代教会の3つの方法を見ましょう。とても力がある方法を使いました。皆様がここで事業、職場の答が出てくるべきです。 
(2) 3つの方法
 @ 現場-すそ野を広げること、 畑
初代教会の方法が現場ででした。ところが、単なる現場ではありません。皆様が単に現場と言えば、理解ができません。初代教会は、すそ野を広げることからしました。初代教会は何から作ったかというと、畑から作りました。初代教会がこれから作ったのですが、これは怖い方法です。全世界を生かすことができる方法です。
 A 組織-弟子
それで、初代教会は組織と弟子という方法を使いました。こういう方法をずっと使ったのです。暗闇の勢力がぶるぶる震えざるをえません。
 B 施設-教会
三番目に使ったのが、施設と教会です。あなたがたが教会堂を建てている教会があります。なんの心配もせずに、現場をたくさん作りましょう。そして、そこで弟子がたくさん起きるようになるはずです。すると、この部分は自ずから解決し始めます。すると、あなたがたが中身を早くキャッチしましょう。
開拓を始める方達は、すそ野を広げることからすれば、弟子が起きて、施設はついてきます。それで、皆様は初代教会の方法を早くキャッチしましょう。皆様は地域教会をして、伝道運動をしなければならない重要な 方達です。
(3) 祈り運動, みことば運動, 伝道運動
それとともに、初代教会は、ここで継続的な祈り運動をしました。この三ケ所を通じて、みことば運動を続けながら、それとともに伝道運動をしたのです。これが初代教会の方法です。前のことは、初代教会の内容です。これを早くキャッチして、自分のものにしなければなりません。事業もこのようにしなければならないのです。
私が昨日、私たち教会の大学生にメッセージをしながら言いました。経済勉強をしなさいと言いました。経済勉強をしようとすると、経済学もあって、経営学もあって、たくさんあります。それを話すのではありません。先進国は必ず現場から作りました。ですから、差が出るのです。これは目を覚まして見れば、聖書ぐらい良い方法がありません。絶対にのがしてはだめです。
ですから、ハーバード大学とソウル大学の差です。ソウル大学は、運営に合せて勉強がよくできる人を選びます。だから就職が 30%しかできないのです。昨年、ソウル大出身の就職が 30%だけできて、70%が遊んでいます。ハーバード大学は、そのようにしません。現場にハーバード大学の組織が敷かれているのです。そこに必要な学生を選抜して、そこに必要な教授を呼ぶのです。だから就職程度でなく、100%です。これが今、すごいのです。
私はその人々は、福音はよく知らなくても、ものすごく福音的だと見るようになります。私は米国に行ってみて、ものすごく福音はないのに福音的です。それを感じました。日本に行っても感じました。日本人は悪霊にたくさん仕えているのに、方法は福音的です。ですから、今、日本が何をしていているか知っているでしょうか? 10年を見通して、市場開発をしています。ある重要な人がそのように話しました。日本経済は揺れているのではなく、世界経済の征服のために10年後を見通して土台を作っているのです。どれくらい聖書的でしょうか?
初代教会は何から作ったかというと、マルコのタラッパンに集まった人数はいくらもいなかったのですが、三千カ所に弟子を探し出したのです。確かに三千人の弟子が集まったということです。確かにマルコのタラッパンには、三千名が集まるはずはありません。ですから、マルコのタラッパンにはメンバーだけが集まって、三千カ所に弟子が広がったのでした。それで使徒行伝 9章を見ても、すべての現場に広がったと言われていて、マケドニヤも見ると、全地域に弟子が広がるようになりました。そのようにならざるをえないのです。そこで祈り運動、みことば運動、伝道運動を続けたので、みなひっくり返したのでした。これが経済勉強の中の経済勉強です。
皆様、タラッパンを知っていますか? 今、私達が何をしているか知っていますか? 全世界にすそ野を広げることをしているのです。今、建物からしていません。全世界に組織を作るのです。イエスを信じる人を早く捜し出して、イエスをまともに信じる人を早く捜し出して、イエスの弟子たち、レムナントを早く探しましょう。崩れません。父母を離れても、崩れません。このようにすそ野を広げることをしています。
これだけが暗闇の勢力をうち砕く道です。これだけが、神様のみこころを成し遂げる道です。その後に教会が生まれたのです。その施設は、その後についてくることです。それで、皆様がタラッパン運動をよく見ましょう。20個のことを持って畑を作って通うのです。そして、共同体を作って、どんどん入っていくのです。早くキャッチしましょう。たぶん事業を良くする人は、聖書を見ながら驚くはずです。たぶん正しく事業をする専門勉強をした人は、タラッパンを見て驚くはずです。私と皆様は、このように無知に育ったのですが、方法はものすごいのです。単なることではなく、これから21世紀を生かそうとするならば、なんでもこういう方法でなければなりません。
私が昨日話したのですが、日本に行ってみると、違うことがあります。店にお客さんがいません。あの人達は、ご飯を食べて生きていけるのかと思いました。それが私の錯覚でした。その人々は、店のドアだけ開けているだけであって、顧客は別にいるのです。ですから、安全弁を作って置いて、商売をするのです。ですから、私たち韓国と完全に違います。この人たちは、ものすごく聖書的です。この人たちは、福音を悟ることができなくて、救われていないのですが、ものすごく福音的です。
これは初代教会の方法です。この方法は、時代を超越して出てくる方法です。過去にもそうですが、21世紀に必ず合う方法です。こういうものすごい流れを私たちのメンバーが感づかなければなりません。ですから、タラッパン運動は何の運動でしょうか? 初代教会がのがしてしまった現場を捜し出す運動です。教会堂は多くて、信徒は減っています。神学校は多くて、教会は減っています。牧師の数は増えて、信徒数は減っています。神学博士は増えて、世界教会は戸を閉めています。何をのがしたのでしょうか? 現場をのがしたのです。これを捜し出すのです。事業もこのようにしなければなりません。皆様がこれから、職場生活もこのようにしなければなりません。何でもこの方法でしなければならないのです。ですから、聖書は方法の中の方法であり、力の中の力です。そこで祈り運動、みことば運動、伝道運動を続けなければならないのです。
しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。
 
3. 霊的部分
初代教会の力です。霊的な部分です。この部分にものすごい力がありました。
(1) パリサイ教会
どれほどパリサイ教会が、この部分に無知だったかというと、まったく知りませんでした。
 @ マタイ12:25-45(100%)
マタイの福音書 12章 25節から45節を見ると、パリサイ人がイエス様を非難する内容です。あのイエスという人は、本当に異常だ。何でそんなに悪霊がいるのか? 悪霊を追い出して、そのようにするのか? あの人は、もしかしたら悪霊につかれた人ではないかと言いました。イエス様を見て、ゼルバベルの悪霊の頭ではないか? 何で悪霊を追い出せるのか? 理解ができません。パリサイ人の霊的な目です。
未信者は、100%ここに捕えられています。偶像崇拝がこれではないでしょうか? 私は、全世界の教会に尋ねたいのです。偶像崇拝がこれではないでしょうか? 占うのが、これではないでしょうか? 宗教がすることがこれではないでしょうか? 先祖供養をするのがこれではないでしょうか? すると、どのように答えられるでしょうか? だから、パリサイ人が、なぜあなたは悪霊につかれた者にそのようにするか? それは言いたくて言うのではなく、未信者100%がここに陥っているということです。イエス様がこうおっしゃられました。この話を分からないならば、神様とあなたは関係ない。強い者を縛らなくては、あなたの家の家財を救い出すことができるか? イエス様がなさったみことばです。勒奪できるでしょうか?
 A マルコ3:13-15
それで、イエス様がマルコ福音3章14節15節に、あなたがたを呼んだのは、あなたがたとともにいるためです。正確に話せば、あなたがたを救うためです。またこの事実を行って伝えるように、伝道するためです。イスラエルと全世界が陥っている悪霊、それを追い出す権威を与えるためです。
 @ マルコ16:15-20
イエス様がまたおっしゃられました。最後にわたしの名前で悪霊を追い出すはずです。
 A ルカ10:19
弟子達に、ルカ福音 10書19節にこのようにおっしゃられました。権威を与える。へびとさそりを踏む権威を与える。敵のあらゆる力を制御する権威を与える。ものすごいのです。これがイエス様の約束です。
(2) 約束
簡単に話せば、霊的な部分なのですが、私達が悟らなければならない部分です。私達が肉体的な部分を持っては伝道することができません。
(3) 力
初代教会の力がどこから出てきたのでしょうか?
 @ 使徒13:1-12
使徒行伝13章1節から12節ですが、ここに陥った人々を救い出すのです。
 A 使徒16:16-18
使徒行伝16章16節から18です。知識人パウロを呼んで、ここに陥った人々をみな救い出すのです。
 B 使徒19:8-20
使徒行伝19章8節から20節です。ここに陥った人をみな救い出すのです。これがまさに教会が持った霊的な力です。これをのがすので、教会が復興ができず、どんどん問題がくるのです。これは気分を悪くすることではなく、よく考えなければならないことです。今信徒に会ってみれば、ほとんど霊的な無力で苦しめられています。気分が悪くなることではありません。それで私達が商売人のように信徒をみな抜かれる、こういう話しをしているのではありません。今、信徒がものすごく苦しめられています。ですから早く、牧師がキャッチしなければならないのです。それで、この部分を知らなければ、霊的な働きができません。肉体的なことだけを知っているのに、どのように霊的な働きをするのでしょうか? 
私はこの頃、ちょっと幸いだという気がします。シン・スンチョン博士という方が、この頃、この部分について文を書いています。韓国で有名な学者です。本当に幸いだと思いました。簡単に話して、霊的な部分を話すのです。牧師は霊的な部分を一言も話しません。イエス様は、あなたがたを呼んだのは、ここにあるとしたのに、絶対に話しをしないのです。
ですから、初代教会の力がここから出てきたのです。初代教会が世界を征服した力が、どこから出てきたのでしょうか? 純粋な福音から出てきました。初代教会が世界を征服した方法が、どこから出てきたかというと、一言で現場です。言葉だけでなく現場です。初代教会が人を生かす霊的な力がどこから出てきたかというと、まさにここから出てきました。どれくらいすごいでしょうか? 勝利せざるをえません。あなたがたは、重大な 訓練を受けている方ですから、整理を早くしなければなりません。
 
4. 個人
初代教会は、この祝福を味わう個人的な力がありました。皆様が、この個人的な祝福を回復することを希望します。
(1) 聖霊充満の維持
必ず記憶しましょう。何度か話しました。皆様自らの聖霊充満を維持しましょう。聖霊充満を維持するために、絶対的条件3つがあります。
 @ 福音の根
賜物から受けるのではありません。福音の根からおろさなければなりません。ここで失敗がくるのです。皆様が特別な運動をするのではなく、福音の根からおろさなければなりません。
 A 水準-目的(方法)
聖霊充満は、人にしたがって、全部、水準が違います。
 B 賜物(みこころ)
この後にくるのが賜物です。ある人は霊的な賜物、ある人は一般的な賜物、ある人は説教、ある人は癒し、このようにくるのです。この順序をひっくり返してはだめです。聖霊充満は、人と同じようにする必要もありません。神様が皆様に向けた目的がみなあるのです。それで、聖霊充満を維持できる自己の方法が確かになければなりません。
長老達がここにいます。皆様が長老を長くするならば、下手すると難しくなることがあります。最高の祝福を受けなければならない長老が長くするならば、難しくなって力が抜けるようになります。長老が最もまずすることがこれです。今からずっと福音に根をおろしましょう。そして、長老の水準にちょうどあう聖霊充満を受けましょう。すると、神様が贈り物で賜物をくださいます。これも自分の勝手にではなく、神様の思い通りにです。確かに、聖書にそのようになっています。Iコリント 14章に、そのようになっています。神様のみこころに従って賜物をくださるのです。そのようなもので、私達が取り出して、作り出すことではありません。
元々、贈り物というものは、他の人に与えるものです。私がエステルに贈り物をひとつ上げるとします。一度もあげたことはないのですが、あげるという時は、私の勝手です 私が見て、何が必要だろうと考え、それであげるのが贈り物です。
この頃は、時代が異常です。女の人が贈り物をくれと言います。男の人に電話をかけて、贈り物をくださいと言うのです。それは真の贈り物ではありません。真の贈り物は、相手が私にくれることです。賜物は神様が 私たちにくださることです。私達が神様に、断食しながら、脅迫しながら、出して下さいとします。私達が万が一下手すると、何でも逆にするのです。必ず記憶しなければなりません。初代教会は、ひとりももれなく、聖霊充満を受けました。皆様、聖霊充満を維持することを主の御名でお祈りします。
タラッパン運動をどのように続けるのでしょうか? 聖霊充満の維持の方法がなければなりません。ですから、3つが続かなければならないのです。福音の根がずっとおりなければならず、そして、自分につりあった祈りと味わうことがずっとならなければならず、それとともに、神様が私たちに与えられた祝福と恵みをずっと味わわなければなりません。これから、どのようになるのでしょうか?続けなければなりません。地の果てまでわたしの証人になります。今夜に一人ももれなく、この決断を下さなければなりません。どのようにこれをするのでしょうか? 他に参考にして尋ねて、聖書見る必要があるけれど、皆様自らがしなければならないのです。
(2) 定刻の祈り
私の場合には、このようにします。私は定刻祈りで必ずすることがあります。今日もしました。定刻の祈りで必ずすることです。
 @ 集中
5分でも、10分でも、20分でも、30分でも立場にしたがって集中祈りをします。必ずしましょう。5分でも良いのです。常時祈りをいつもする人は、長くする必要もありません。なぜなら、常時祈りをいつもするために、長くする必要もなく5分でも良いのです。ここで相当な事が行われます。皆様、祈らないのに急に祈ってもだめだから、5分ずつだけでもしてください。私がすることです。私がこれをした後に、祈り終えてすることがあります。
 A 運動
私は自分でする運動があります。部屋でします。皆様が参考にして、このまますれば良いのです。私の場合には、まず腕立て伏せをします。その次に、走れば下に音がするので良くないでしょう。その次に寝台の下に足を入れて腹筋をします。それだけしても、いくらでも健康維持ができます。どこかでランニングパンツを履いて走り回るのではなく、このまましてみてください。途中でやめてしまうようなことをなぜするのですか?
私がこのように話せば、ヘルスクラブの社長が気分悪いでしょう。私の講義を聞いて、気分が悪い人が何名かいます。最初、宗教人が気分悪いのです。医者が気分が悪いでしょう。このようになるので、ヘルスクラブの社長が気分が悪いのです。時間がかかりません。女の方達、あなたがたが腹筋をしてみましょう。少しずつすれば良いのです。続ければ何百回もできます。少しだけしていても、絶対にお腹は出ません。思いきり食べて、思いきりしてみるように望みます。女の人のお腹があまり出てくれば、きれいではありません。それで、伝道しにいけば、他の人が変に考えます。どうせなら、いつもきれいな人がきてこそ伝道をしたら、その人々が喜びます。食堂をしても、いつもきれいな女の人がすれば、お客さんがたくさん来ます。商売をしても素晴しい人がすれば、商売がうまくいくのです。気味が悪い人が商売をしたら、来ません。ですから簡単です。必ずこのように運動しましょう。私が定刻の祈りの時にすることです。
 B 勉強(学習)
私は勉強します。私は英語の勉強をします。その時間になれば聞いて、残りは集会に来る時まで合せてします。私が定刻の祈りの時にすることです。これは、みな理由があります。これは肉体的なことですが、相当な未来と関係があります。今晩、帰ったらメッセージを捕まえて集中祈りをしましょう。あまり多くせず、3分だけしましょう。腕立て伏せも何百回もしたら疲れてしまうので、少しだけしてみましょう。それとともに続けましょう。毎日のようにしましょう。一日に2回ずつ、3回ずつ続けましょう。私は無条件に三回ずつします。これがなんでもないことのようでも、量がものすごく多くなります。後ほどはそうです。水滴が落ちて後ほど岩に穴をあけるのを見ましょう。勉強も少しずつしても、たくさんするようになります。この祈りをそのままするようでも、リズムがかならず回復します。
(環境)
皆様が集中祈りを始めて、定刻の祈りを始めれば、環境がみな回復します。私は、これ以上は出来ません。私は時間なくて、山祈りに行く時間がありません。立場が困難で、徹夜祈りする時間がありません。いつも出回っているから明け方祈りをする時間がありません。私としては、これしかできないのです。皆様が可能ならば、明け方祈りして、夜明けに運動するのが良いでしょう。それができても、できなくても、これをしなければなりません。すると、これはなんでもない小さなことなのに、あらゆるメッセージがみな生かされるようになります。それで、皆様がイエスがキリストだな! 内心、心よりアーメンになります。今でも働かれているんだな! 間違いないんだな! このようになります。その時に、未信者を見ると、ナザレのイエス・キリストの名前で起きて歩きなさいとなるのです。答えを回復するならば、自然になります。
開拓をどこにしなければならないのか?そのような心配をする必要がありません。副教役者が、これからどのようにすべきか?そのような心配をする必要がないのです。そのようなことは、僧侶がすることで、あなたがたはする必要がないのです。殆どなるようになっています。これがなんでもないようでも、初代教会の核です。それとともに、霊的部分に答を必ず持っていました。違うのです。それとともに、この祝福を味わわなければなりません。少しだけ実践してみましょう。できます。
そして、この定刻の祈りをすれば、オーバーしなくなります。祈りをたくさんせずに、考えを多くすれば、オーバーします。
ある日、ある人が金を借りて滅びたのですが、なぜ借金を借りたのかと夜通し考えている途中でオーバーしました。ですから、これがどれくらい重要か分かりません。
ダニエルが定刻の祈りで、皆様がおわかりの通り、バビロンをうち破りました。ペテロが定刻の祈りであらゆる働きを成し遂げました。第九の祈り時間に、そしてコルネリオに会った時にも、歴史的な瞬間がおきる時にも、祈る時間でした。その少しの間するのに、ということです。パウロがマケドニヤの時代的な転換点の時期にも、祈る時間でした。どれくらい確実でしょうか、幻の中に呼んだと言われています。パウロが暴風に出会った時にも、船の下で祈る時でした。確かに言ったのは、昨日の夜に神様の使いが私に現れたと言いました。その暴風の中で祈っていたのに、神様がパウロに「恐れてはなりません。パウロ」とおっしゃいました。回復することを望みます。
定刻の祈りの特徴は、集中が重要です。祈りの課題がなくても良いのです。可能ならば、定刻の祈りは私を 神様に完全にささげましょう。聖霊充満してくださいと祈りましょう。私の考え、心、肉体、全てのものを主の聖霊がつかんでくださいと祈らなければなりません。そのようになれば、皆様の講壇メッセージも理解できます。これを一日に三回ずつすれば、事実上、人間中心主義を使う必要がありません。これを一日に三回ずつ するということは相当なのです。
私が一度尋ねます。奥さんに一日に三回ずつ電話する人は、手を上げてください。恥ずかしくて上げないのか、いないから上げないかでしょう。それは妻に三回ずつ電話する人は、どんな人でしょうか? 私が考えるには、少し足りない人でしょう。確かに足りない人でしょう。何しに朝にして、昼食にまたして、夕方にまたするでしょうか? そうでなければ、本当に愛する人です。二つの中のひとつです。妻に朝に職場に行って電話して、昼食の時、ご飯を食べて電話して、夕方に元気かと電話する人は、愚かな人でなければ、本当に妻を愛す人です。たぶん 99.99%が愚かな人でしょう。
なぜなら、医者が話しました。妻に会いたい。こういうエネルギーが、3ケ月で落ちるらしいのです。愛さないことではなく、やー! 妻に会いたくてたまらない。夫に会いたくてたまらない! このエネルギーは、結婚して3ケ月後に落ちるらしいのです。ですから、一日に三回ずつ電話しない人が正常です。ところが、一日に三回ずつする人は、本当におかしな人でなければ、本当に愛する人です。
電話を一日に三回ずつすることは、わずらわしくてできません。必ず可能なことがあります。妻に一日に三回ずつ電話できる可能性は、ひとつしかありません。妻に完全に捕われた場合です。分かるでしょうか?
定刻祈りの前提条件
定時祈りが可能なのが、ひとつしかありません。神様の契約と神様の中に完全につかまえられた時、そこにとどまるためではなく、それが前提になった時にできます。定刻祈りの前提条件が、それです。私が福音の中に完全に捕われた証拠、その時に出てこざるをえません。私が本当に契約の中に完全に捕らわれている証拠、神様の福音がどれくらい良いかと捕われている証拠、祈りの秘密がどれくらい大きいかを知っている証拠、それで出てくるのです。あなたがたが多く聞いたでしょうが 今日、考えを良くしなければなりません。正確に話せば、しなさいではなくできるようになるのです。これが正答です。ですから、妻に捕われればよいのです。
私が前に話さなかったでしょうか? 私の息子が、 今の奥さんに一日に三回電話したのです。それも節制しながらしたのです。自分は軍にいて、愛する人は外国にいたから、電話を多くしたのでした。これで電話料金が20万円になりました。家内が 20万円になったことを見て、気絶まではしなかったのですが、それと似ているようになったのです。電話機が問題のようだ。他人の事情は知らずに電話局に悪口を言いました。私は感づいたのです。その電話料金を教会からは出さないでと言いました。教会に電話料金20万円は、私から出します。払うのか?それなら、電話局で調べてからすべきではないか? と言うので、調べてはならないと言いました。なぜ? 犯人が分かるからだ。息子だと言いました。隠れて電話をしていたのが出てきたのでした。それで、私が息子がどれくらい申し訳なかったでしょうか? そのようにかかるとは知らなかったのです。それで私が激励しました。200万円かかかっても良いと言いました。分かります。捕われれば、そのようになります。どれくらい重要でしょうか? それで結婚させたのです。比較的、早くさせたのです。私が事情を知ってしたのです。
私達が定刻の祈りをするということは、普通のことではありません。誤って悟れば律法です。これはそのような話ではなく、なるしかないのです。どれくらい祝福でしょうか? 個人が、この力を回復して味わわなければなりません。.
(2) 常時の祈り
この時から、常時祈りが始まります。私はいつでも常時祈りは、このようにします。必ずしなさいということではなく、私がすることを話すのです。行く場所とあらゆる現場があります。まず神様に質問します。
 @ 最高-祈り
神様の最高の計画を成し遂げてください。神様の最高の計画を知るようにさせてくださって、神様が最高に栄光を受けて下さい。すると2つの答が出てきます。この人に福音を伝えるか? こういう考えになります。そして、祈るようになります。そのようになるしかありません。今日も私が飛行機に乗ったのに、私のそばにある男の人が座りました。飛行機で座って、この祈りをしました。神様、本当に最高の栄光を受けて下さい。今 この時間に、神様の最高の計画を悟るようにさせてください。その祈りをして、そばの人を見たら、この人に 福音を伝えるべきかという気がしました。そうしながら、釜山の人なのに印象があまりに悪かったのでがまんしました。
結局は祈ったのです。私はいつでも祈りが最高だという結論が出ます。私はちょっと実践力がなくて、祈るのです。私は恥ずかしがり屋なのですが、祈るのは恥ずかしくありません。このようにならざるをえないのです。
 A 資料-祝福
そして、答が出てきます。多くの新聞を見たり、TVを見るようになります。すると、重要な資料と神様の祝福を探し出すのです。それで、私は外国に行けば、多くの祝福を見ます。日本は、このようにして成長したんだなあ、米国はこのようにして成長したんだなあ、韓国はこのようにして困難に遭っているのだなということを知るようになりました。それが全部、常時祈りで出てきたのです。
 B 考え
そして、今は深かったり、短かったり、私の頭の中をかすめていく人々があります。その人々をイエスの名前で祝福するのです。今日もここにおられる長老達、頭の中で祝福するのです。顔を洗いながらも、あなたがたを祝福するのです。すると、その方たちに対して祝福の祈りするのです。これが私がすることで、これが常時祈りです。これがなんでもないことのようでも、引続きみわざが起きるのです。ですから、私がこの祝福を 探し出さなければなりません。あなたがたに本当に神様の驚くべき門、祝福の門がずっと開くことを確信します。
(エペソ6:18)
それでパウロが常時で聖霊にあって祈りなさいと言いました。常時祈りの秘密3つ(最高-祈り、資料-祝福、考え)です。定刻の祈りの秘密3つ(集中、運動、勉強)です。私はこのようにします。皆様、本当にしてみましょう。
(20個の戦略)
 それとともに20個の戦略を持って常時祈りします。昨年に産業人大会を終えながら、私が多くの恵みを受けました。それでその時に、祈りの課題を握りました。それで、今回の産業人大会のメッセージをして、多くの話をしました。
昨年に牧師と共に世界宣教大会をし終えた後に、多くの恵みを受けました。その時から祈りを始めたのです。その時から、今は難しい主題を探しながら祈りました。それが常時祈りです。私たちタラッパンは、人々があちこち動き回って、いいかげんに作っていくような所ではありません。
それで共同体現場宣教と言いました。今回、大学生も共同体現場宣教です。大学生に合うようにするのです。
今回、皆様に合うように、今は記念碑的な、代表的な、時代的な答えを語りました。それは私の話ではなく、聖書の話をしたのです。
あなたを光を宣べ伝える者として呼んだと言われました。ですから、代表的な祝福です。そして、あなたを山の上に立てた町のようにさせると言われました。ですから、代表的な祝福です。聖書にそのようになっています。福音が回復する時ごとに、時代的な答えを受けました。ですから時代を変えたのです。その話です。
そして、重要なことをする時ごとに記念碑を立てました。それは全部、次の世代と共同体と関係があります。私の話ではなく、聖書にあることです。それで聖書にある大きい答えを探してお分かちしたのです。それは、1年間、祈ったのです。それで、約 6ケ月前から確信がきました。今回は国内では集いをして、全部、外国に行きます。みな行く訳には行かないのですが、多くの人が行ってキャンプを同時に起こすはずです。どんな答えが来るのかを一度してみましょう。皆様が本当に使徒行伝 13章の歩みを歩くように祈ってみましょう。驚くべき ことです。  
これが初代教会の力です。今、世界征服するあなたがたが持たなければならない力です。すばらしいのです。パリサイ人と比較できません。
 
霊的な目
マルコのタラッパン教会-パリサイ人教会
皆様が本当に霊的な目が開かれなければなりません。マルコのタラッパン教会とパリサイ人の教会は、大学生と幼稚園の水準です。パリサイ人の水準が幼稚園ならば、マルコのタラッパンに集まった人々は大学の水準です。簡単に話せば、幼稚園生が大学生に威張ったのです。そして、パリサイ人が持った内容がうわべならば、初代教会は本物の中身を持っていました。パリサイ人が持っていた内容は、一般的で誰でもできることです。しかし、初代教会は唯一のことです。だからならざるをえません。皆様の中にあまりできない方達は、心配せず、他にだめなことはしないでください。するとできるようになります。
私の後輩が私にたずねました。先生、タラッパンをしようとするのに、良くできません。なにをすれば良いのですかと言いました。親しいから話しました。なんにもするなと言いました。あなたはすることが、あまりに多いと言ったのです。私達が聖霊の前を行ってもだめで、後から行ってもだめです。聖霊の導きを受ければ良いのです。ところがよく理解できないようでした。この福音は、ものすごいのです。なるしかありません。もし遅くても、待ちましょう。福音は皆様をだまさず、神様は私たちをだまさず、みことばは絶対に違うことはありません。地の果てまで証人になります。
人もあるときは、重要なことを見て耐えなければなりません。勉強を多くした学者が一名いました。この人は、単に勉強する人ではなく、本当になにかがあるのです。それで勉強をするのに、奥さんが苦しいのです。あなたはお金を稼ぐべきで、なぜ勉強だけするのか? それでも、この人が勉強だけします。ですから、奥さんが怒って出て行って、落ち穂も拾って、畑で仕事もしていました。落ち穂を拾っていたら、鳥がきて食べるのです。あなたは、本だけ見ていずに鳥でも追い払ってください。それで、この人が棒を持って鳥に来るなと振り回しながら本を見るのです。どれくらい本を見るかというと、雨が降るかもしれなくて本を見ている途中で見ると、雨に落ち穂みなが流されてしまったのです。ですから、奥さんが行ってみて、とうていこの男の人とは暮らせないと出て行ってしまったのです。女の人が荷物をまとめて家を出て行ってしまいました。この男の人は、奥さんが家を出て行ったのも知らず本を見ていたのです。他の見方をすれば、足りない人です。それが足りない場合もありますが、非常に優秀な場合もそのようにすることができるのです。この人が、あまりに苦しくて、からだが疲れて釣りに行ったのです。とても良い川岸で釣りをしていたら、釣り場を入って考えていたのです。そうしながら、その時に王が通り過ぎるようになりました。王が釣りを好きなのか、釣り場に行ってみようと言ったのです。釣りしている人は誰か? それで王が何を釣っているのかを見たのです。王が来たら、大騷ぎが起こるでしょう? そばも見なくて釣りをするのです。王が来たのに、そうしていたのです。王様がどうも驚いたのです。釣りをする所にいるのに、釣り針は普通、曲がっているのに、この人の釣り針が、針のようにまっすぐになっていたのです。どんなにしても、魚が食いつかないのです。王がとても不思議で、あなたの釣り針がおかしいのではないかと言いました。それで、頭を上げて文字を書いたのですが、何と言ったかというと、このまっすぐな針に魚が食いつくまで待つということでした。それがなんの話か?私は釣りをするのではなく、重要な時刻表を待って、このようにしていると言いました。王がその人が誰なのかわかったのです。その時から、王と交わることが始まったのです。王がこの人に多くの文も学び、文字も学びました。そうしながら、王が結局、この人をとても重要な席に呼んだのです。この人が、すばらしい服を着て臣下がきて車に乗せて行ったのでした。行って見たら、あのふもとに自分の妻はまだ何かを拾っていたのです。町では大騷ぎが起きました。誰が王に登用されて行ったので、大騷ぎになったのです。それで見たら、自分の夫です。夫を見て挨拶したら、夫が笑って、水の入ったうつわをくれと言ったのです。夫人がぶるぶる震える手で水一杯をもってきたら、夫が水を飲まないで投げたのです。遅かったということです。王様が呼んだ王宮に入っていって、夫人は一人になったのでした。
深刻に聞かないように。姜太公の話です。これが女の人が目が暗くなったのです。私たちも霊的な目が暗ければだめです。皆様がこれを回復しなければなりません。ただ聖霊があなたがたの上に臨まれる時、あなたがたは力を受けます。地の果てまで証人になります。
(後悔)
これが開かれることができなければ後悔します。旧約時代に、多くの人々が後悔しました。パリサイ人の中で多くの人々が後悔しました。中世教会の多くの人々が後悔したのです。その時には、おそいのです。それで、私たちは今、この神様の力と祝福を回復しなければなりません。明日、私たちは点検しなければなりません。今日、皆様はこの力を回復しなければなりません。
個人的に準備する部分は少しだけ実践すればよいのです。私はあなたがたが前の3つであると見ています。それでいまは4番の個人は少しだけすれば深くなるはずです。この時からみわざが起きるのです。皆様の中にひょっとしてだめな方達は、答がここにあります。人生に対する味わうことが少しだけあれば、みな生かされるようになります。イエスがキリストだということと、イエスがキリストだということだよということは違います。ソウルに行けば人が多いというのと、ソウルに行けば人が多いらしいという話は違います。福音の祝福を味わい始めれば、みな生かされるようになるのです。時代的な内容と方法がみな息をふきかえすのです。それとともに、皆様の霊的な問題が解決する驚くべきみわざが起きるのです。永遠にのがさない祝福の夜になることを希望します。あなたがたがこれから祝福の人なので、今夜から、この祝福を味わうようになることをイエスの御名でお祈りします。
 
 
 



第2講 伝道者の点検
(使徒16:6-10)
 
よく知ってい部分です。しかし、本当によく知らずにいる部分でもあります。6節を見れば「アジヤでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤの地方を通った」と書いてあります。だいぶ力が抜ける現場です。簡単に記録しているようですが、みことばが途絶えて、伝道運動ができなかったことを話しているのです。この時に、私たちは気落ちすることもあります。ある人は苦闘することもあります。
7節を見ると、「こうしてムシヤに面した所に来たとき、ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった。」ここでも聖霊が働かれませんでした。8節に「それでムシヤを通って、トロアスに下った」たぶん、その夜にパウロが祈ったようです。9節に「ある夜、パウロは幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が彼の前に立って、『マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください。』と懇願するのであった。」 とても小さなことのように見えるけれど、これが世界の教会史を変えることです。10節に「パウロがこの幻を見たとき、私たちはただちにマケドニヤに出かけることにした。神が私たちを招いて、彼らに福音を宣べさせるのだ、と確信したからである。」ここで私達が習わなければならない部分が出てきます。パウロの偉大な部分がこの部分です。力を使わないのではなく、神様の計画を見て力を使ったのです。まさにヨーロッパ福音化の始まりになったのです。
時々こういう話しをします。人々が大きい事故に会ったり、困難に会ったりします。みな過ぎた後に、本当に感謝すると言います。神様がこういうことを知るようになさったと言います。それなら、ひとつ応用されることがないでしょうか? それをあらかじめ知っていたなら大丈夫だったのです。神様がこの道で行くようにするために、こういう事が行われたんだなあ! すると、この道へ行くことを理解するならば、こういうことが行われる必要がないのです。これが今、タラッパンで福音運動をするのに強調する部分の中のひとつです。それで今日、伝道者の点検です。皆様は伝道者であることが明らかなので、伝道者の点検です。難しくなくて、少しだけ考えて祈ればよいのです。
ここに今、50才以上になった方達はよく分かるでしょう。私達が学校で試験を受けると、月末考査、期末考査の試験を受けるようになります。その時見れば、謄写をした試験紙で受けます。今の学生達は理解できないけれど、謄写紙で押したので、1,000人が試験を受ければ1,000枚を夜通し押さなければなりません。大部分が正しく出てこないのです。たくさんインクが出た所もあって、字が正しく出てこない部分もあります。おとなは想い起こされるはずです。すると、先生がする仕事が試験を受ける時に、字が見えない部分を読んでくれるのです。ところが、ある勤勉な先生は、はじめから黒板に新しく書いてくれる方もいました。なぜか一ケ所見えないというのではなく、中間中間に見えないのです。簡単に話せば、本当に未開の時代です。ですから、あるやつら、頭良いやつらはカンニングするのに活用します。2番の答をよく分からなければ、2番が見えないということは2番が分からないということです。大韓民国の小、中、高、大学どれくらい多いでしょうか? それをそのまま使っていたのです。
私が悔い改めて教会に戻って奉仕をするようになったのですが、教会で週報を作りました。一度は、私達が会誌を作るのに、印刷所に行ったら、印刷所で謄写して活字を通じて作るのに、一つも裏に透けないで両面にしました。普通、学校で謄写機を使えば、片方を押してしまえば、あまりに油が多くて裏には文を書くことができません。ところが、印刷所では両面ができているのです。少しだけ考えれば良いのです。なぜ私たちはできないのか? 印刷所では確かにしたのに? この考えだけでも、仕事ができるのです。驚くべき事実は、大韓民国のあらゆる小学校の先生がその考えを一度もしなかったのです。ですから、全国がそのまま使いました。中高、大学でも、その考えを全くしませんでした。それで、私が両面に透けないのを上手にやることができるのを見ました。それで私が印刷所へ行ったのです。これがどのように両面に透けずによくできるか? と尋ねたのですが、商売をしなければならないので教えてくれませんでした。商売人は、商売をしなければならないので、教えてくれないのです。教えてくれないから、私がこっそり見たのです。何のインキを使うのかを見たのです。見たら、文房具屋に売っている謄写用インクは、そのまま使うものだったのですが、良く見たらインキの種類が分かるようになりました。ところがそのインキ缶が違ったのです。名前がピコと書いてありました。商品名前がピコというものなのですが、ピコインクとなっていました。それで、その下を見たら、ノルピョペイント(インクの会社)でした。すると簡単ではないでしょうか? ノルピョペイントを探して行ったのです。行って謄写するインクはあるかと尋ねました。この人たちは、売らねばならないから、あると言いました。それで、一缶を買いました。買ってふたをあけてみたら、完全に堅くて、固まってしまっています。すると使う時には、なにかを混ぜるということです。何を混ぜるのかと尋ねに、ノルピョペイントを訪ねました。溶かす液があるのかと尋ねたら、あると言いました。それでは、なにを入れたら良いのかと尋ねたら、石油を入れたら溶かすことができるので、普通の人は石油を使うということでした。速く乾かすのには、それが良いというので、混ぜてしてみたら、あまりに速く乾きすぎたのです。それで、また行って尋ねました。しばしば聞きに行くことは難しいのです。溶かす液がまたあるということです。それなら、前に話してくださいと言って、それで買って帰って使いました。それで字を書いたら、教会ものはあまりに古くなって使うことができないので、新しいものをひとつ買って使ったのです。その次の週報から、私たち教会の週報は両面きれいにできました。文字もできるだけ、印刷のように書いたのです。それで、それからそれを何年かしたのです。
ある日、突然に軍隊を行くようになりました。60万の軍人が、それを研究せずにそのまま使っていました。 それで、私が軍部隊の中で、その仕事をしてあげると言いました。それで、両面きれいにしたのです。その人々は、両面でできないのに、私は両面でしてしまうのです。60万の軍が、そうでした。一度だけ考えれば良いのに、ところがそれを隊長が見たのです。これは誰がしているのか? ということで、すぐに私がピックアップされたのです。重要な文書を報告する時は、私にとても丁寧に頼んでくるのです。軍隊はどのようなものか知っているでしょう? これをきちんとするふりをしながら、一日中、遊びました。空いている時間に本も読んだりしたのです。いっそのこと、訓練を受けず事務室に入れと言われました。それで、行政班に入っていって、ゆっくり遊びながら仕事をしました。各部署にいる将校も、それが見栄えがよいから、私に頼まなければなりません。この頃の子ども達の話で完全、部隊で「ちゃん」(人気者)になったのです。一つだけ考えてもそうです。それを60万軍人が考えることもしないのです。大韓民国の小学校の先生が、月給をもらって何をするのでしょうか? 考えないでいるのです。子どもたちは、試験を受けるのに、よく見えないのに、よく見えるようにすることができないか? 研究すれば良いではないでしょうか? それを発明することもなくて、あることを少しだけ考えれば良いのに、それをしないのです。いったい60万の軍人が何をするのでしょうか? 少しだけ考えれば良いのに。だから本当に残念です。私達は、少しだけ考えればよいのです。
私が伝道している途中で、この伝道がなぜだめなのかと思いました。それをし続けるのは、私の良心に合わなかったのです。子ども達をいつも集めて、騒いで送って、騒いで送って、メッセージは入っていかなくて、私の良心に合いませんでした。どのようにすれば、子ども達にみことばが入っていくだろうか? やさしいことではないか? 考えることはやさしいのです。子ども達を一つの教室に、一つの礼拝堂にみんな集めているので、講義ができませんでした。それで、金持ちの教会に行ったら、発見できなかったことですが、教会が小さくて分ける所がなかったのです。すると、いろいろな所に分散をさせるべきだということです。それで、子ども達を集めて、礼拝後に2部は分散をさせました。ある班は外の下に、ある班は後でして、ある班は前庭でしました。これがをしめたら、寒くなってできないのです。そうならば、寒くない所に行けば良いのです。寒くない所に分かれてするのは、家しかないのです。このように、頭が悪い私が家があるではないかと思いました。いや信徒の家が、みな家ではないか? これで分けたのでした。このようにする他に、伝道も地域別に分けてすべきです。このように、霊的な目が暗い私が、このようにしたのですが、聖書を見たら、家が出てくるのです。聖書を見ると、ルデヤの家、ルンパの家、誰々の家、不動産を紹介する所のように家が出てきました。その時に、ピンと来たのです。これを私達が本当に祈れば、神様が答えてくださることです。
マルコのタラッパンがどれくらい大きかったので、三千の弟子が集まったのでしょうか? その時に、ピンときました。それで、毎日神殿で、毎日家で、そのようにしたのです。私は、ある日、昔に聖書勉強したことと全く同じだということを知るようになったのです。これで聖書を見つめ始めました。ところが、その時から答えを数十年間、ずっと受けているのです。何がそんなに難しいでしょうか? 神様が、私たちに不可能なことを命令されませんでした。ですから、少しだけ考えればよいのです。ところが、これを少し考えることがないから事件が起こるのです。ですから事故や事件で、私たちは悟るのです。そのようにするなと、私たちに祈りできる力を与えられたのです。そのように困難につまらなく受けないようにと、私たちに聖書のみことばを与えられたのです。その時から一度もふさがらずに、ずっと答えがき始めました。それとともに、時間が経ちながら、答えを受けながら20個を捜し出したのです。
それとともに私は会堂を見て、共同体がピンと来たのです。どれくらい簡単でしょうか? だから、聖書に答がみなあるのです。ですから、少しだけ考えても、このように答えを下さるのに、私達が祈るならば、どれくらい多くの答えを捜し出せるでしょうか? 神様は、私たちを滅ぼされず、自分自身を点検することを望まれるのです。
 
序論
序論の部分をすこし見ます。神様がアブラハムにカルデヤを離れなさいと言われました。少しだけ考えれば良いのです。なぜ神様が私にカルデヤを離れなさいと言われるのでしょうか? ここから問題がくるのです。父が死にました。兄も死にました。アブラハムは、その時、出発したのです。すると推測が出てきます。まちがいなく、アブラハムを離れることができないように、父が妨害したのです。まちがいなく、アブラハムを離れることができないように、兄が妨害したのです。後ほどアブラハムが悟ったのです。これで私をカルデヤから離れよとおっしゃったんだなあ! 簡単に悟ることを、遅く悟ったのです。信仰生活が、これより重要なことがありません。既に私たちは救われたのに、救われたことより重要なことはないのです。
私は、後ほど悟りました。私の父がどんな人なのかというと、ものすごく勤勉な人でした。私と似ていません。私はどれだけ怠けたか、むかし、横になっていて、起きるアラーム時計が7時にリーンと鳴れば起きるのがいやだと横になっていて、すこししたら音が終わるだろうと横になっていたのです。10分だけ横になっていれば、そうこうしながら1時間、少し目を覚ましたかと思えば、アラームを消すのがいやで、足で消してしまいました。私は、そのように怠け者です。私の父は誰に似たのか、どれくらい勤勉か分かりません。早朝4時に起床です。いつでも時計です。4時に起床して、6.25(朝鮮戦争)以後で、すべての人々が避難して、醤油を入れておくことができないから、醤油を供給するのです。どれくらい夜明けに早くするでしょうか? 夜になれば、電気がないから、明かりをつけるように油を供給するのです。6.25が起きて、家が燃えてなくなって、あばらや暮らしでしょう? 虫がたくさん来るでしょう? 昼には防疫をしようと回りました。家に帰ってきたら、そのままいないで、自分で設計して家具を作ったのです。止めることができません。私の父が、4つの事業をしました。私たちは、良い生活をしたのですが、それは問題ではありませんでした。どれくらい熱心にしたか、4時に私を一緒に目覚ませます。私の父が、何の恨みが積み重なったのか、私に大きくなったら判事になれと言いました。昼夜、私の父の夢です。いつもそうでした。私は、判事がなにかも知らずによいだろうと思いました。私の父が早く亡くなったのです。今、考えると、大きい幸いです。たぶん私が神学校に行くと言うと、私の父が驚いたでしょう。ですから、今、過ぎて見ると、何でも益に見えます。私の父が亡くなって、まずほっとしたひとつは夜明けに起きなくて良かったことです。だから、人ということは、どれくらい愚鈍でしょうか。神様のみこころでなく、無条件に熱心にだけしたら良いでしょうか?
 
1. カルデヤ-カナン
なぜ神様がカルデヤを離れなさいと言われたのでしょうか? 少しだけ考えれば良いのに、アブラハムが知らなかったのです。離れても知りませんでした。ご飯でも食べるか? どこで暮らせば良いか? 妻ゆえに死んだらどうするか? いつもこの悩みです。どんどん年を取っていくのに、息子は産まれるだろうか? それがアブラハムの悩みです。ですから、死ぬほど苦労してから悟ったのです。私達が悟るというのが、どれくらい重要か分かりません。
2. 奴隷
何ゆえに、イスラエル民族がエジプトに奴隷になったのでしょうか? 少しだけ悟れば簡単です。
3. 王、預言者、祭司長-捕虜
皆様がおわかりの通り、王や預言者や祭司長が、少しだけ悟れば捕虜にならなかったではないでしょうか? これを今、悟ることができなかったのです。
4. パリサイ人-旧約
皆様がおわかりの通り、パリサイ人が少しだけ悟れば、分かったではないでしょうか? 旧約聖書を少しだけ注意深くみれば、キリストが誰なのか分かったでしょう。このように、困難をいつも受けました。
5. 初代教会
初代教会を見ましょう。初代教会が本当によく悟ったのです。迫害がおきました。
(1) 迫害-パン種作戦
ここで成功の答が出てきたのです。迫害がおきたから、イエス様が教えてくださった戦略の中に完全に入っていったのです。パン種作戦、本当に良くしました。私たちは、悟りさえすればよいのです。
(2) 迫害の危機-11:19 
より大きい迫害がおきました。迫害程度ではありません。危機になるので、即、アンテオケ教会を立てました。本当に良くしました。今日の本文を見ると、伝道の門が行く先ごとに開いたのです。
(3) マケドニヤ
ここで祈っている途中で、マケドニヤというものすごい門を開かれたのです。
(4) 使徒27:24
それだけでなく、暴風の中でパウロは知っていました。恐れてはなりません。パウロ。カイザルの前に立つべきです。と言われました。これが重要です。それで私たちは信仰に対する点検を時々しなければなりません。 神様が時々するようにさせられるのです。すこし問題になることがあります。
 
5. 信仰の点検
神様は良い所に送るために、事件を下さることもあります。あらかじめ知っていていたなら、どのようになるでしょうか? 神様は、ローマに送るために、マケドニヤでものすごく多くの迫害を受けるようにされました。幸いに、この神様の契約の秘密をパウロが悟ったのです。それで、パウロは大きく用いられました。
今日、あなたがたはものすごく重要です。私はいくつかのことを確認しました。
(1) 成功者の理由
成功者を研究してみたのです。一名ももれなく、成功者は神様をよく信じたことを確認しました。音楽も本当にする人は神様に会った人です。今でも、正しく絵を描く人は神様に会った人です。科学者でも、物理学者でも、正しい人は神様に会った人です。政治家も正しい政治家は、神様を信じる人です。成功した人の中で神様を信じない人は、全部、問題を起こしました。金日成主席、ヒットラーのような人は、全部、問題を起こしたのです。
私がそれを見て、そうだと確かに確認したのです。
(2) 道-宗教,教会
神様は信じるけれど、神様に会う道を知らないのです。あらゆる宗教人が神様を信じようとしたのですが、道を探せません。それで宗教人や教会に通う人が、全部、失敗するという事実を確認しました。
根x,
そして、ほとんどみんなが福音をだいたい聞くことは聞いたのですが、根を下ろしていないことを知るようになりました。これが確認できたのです。
(3) 福音-征服
少しですが、福音をまともに悟った人は、全部、世界を征服しました。血の契約ひとつを捕まえて、エジプトを破ったという事実を確認したのです。これは根拠がある確認です。すこし高慢だという米国がなぜ祝福を受けるのかを確認しました。善良な第三国と、イスラム国家がなぜ困難に会うのか私は確認したのです。それで最後に持った確信があります。
(4) Rt
福音伝道は誰でもすることではありません。神様が残された者を通じて、聖書を見ると、少数民族を通じて 多くの人がではなく、隠された人を通じて、この福音運動をされるはずです。私は確かに確信しています。
 
本論
それなら、皆様は今からいくつかのことを点検しなければなりません。私たちは点検する時に、たびたび失敗をします。しきりに苦闘して、何をすべきか、失敗からします。それが問題ではありません。私を点検しなければなりません。
 
1. 私を点検
皆様、必ず皆様に対していくつかのことを点検しましょう。本人が知っていることではないでしょうか?
(1) 祈りで福音を味わっているのか?
本当に祈りで福音を味わっているのか? 点検しましょう。すると、何の心配もしないでもよくなります。開始であり、終わりです。これ以上、絶対に必要ありません。私が本当に祈りで福音を味わっているのか? 福音を受ければ良いので、何でまた味わわなければならないのか? そのように質問するかもしれません。いや救われなかったか、何で祈りで味わわなければならないのか? それも正しい質問です。
(人格)
しかし、神様が人間を創造なさった時に、人格的に創造なさいました。これが重要です。人間は、何を持っているかにしたがって、そこで終わるのではなく、発展するようになっています。人間はよい方向にも、そこで終わるのではなく、発展するようになっているのです。目に見えなく、終わることなく、良くない方向でも発展するようになっているのです。それで、祈りで福音を味わいましょう。それで、聖霊充満を受けましょう。この道しかありません。皆様、何ゆえに霊的問題を解決しろと言うのか知っているでしょうか? どんどん発展するのです。はじめに少し精神がそうであっても、すこしそのまま置いておくと異常になるのです。
同性愛する人が、私に質問しました。私がこういう返事をしてあげました。同性愛を始めるようになったことは、本人の思い通りにならなかったのでしょう。問題はそれではありません。他の面で、ずっと発展するのです。霊的な暗い面で、ずっと発展して入っていくのです。それが問題です。結婚しないならば、どうでしょうか? それが問題ではありません。あなたの霊的問題が、継続して発展していくのです。これが問題です。ですから、分かったのです。それで、聖書には聖霊充満を受けなさいと言われています。それで、福音化され続けなさい。皆様、これを点検しなければ大変な事になります。皆様、教会は復興しても、皆様は特に用事がなくなります。
タラッパンは、ものすごい働きが起きて、福音であるから、ところが、あなたがたは味わうことができないようになります。必ず記憶しなければなりません。なぜか麻薬をする人もいます。その人は止めることができます。ところが、霊的問題に捕えられてする人がいます。ずっと陥るようになるのです。これが後ほど、暗いトンネルにずっと入っていくようになります。人間は、そのようになるようになっているのです。それを人格的な存在で創造なさったということです。天使が堕落して悪魔になるように、人間もそのようになれるのです。
反対に、神様は人間に、無限に発展するようにお造りになりました。以前に、ニュースを見たでしょう? 60-70才になったおばあさんが、朝ごとにバトミントンをするのを見たことがあるでしょう? 私は驚きました。私の母は、歩くのもやっと歩くのに、私の母より年上の方が、バトミントンをするのに、高く、低くサーブも入れて、驚くことをしていました。ですから、何十メートルの道を自由に行ったり来たりしていました。その程度ではありません。70才になったおばあさんが、遠く飛んで行くはねに付いていって、後に打ち返すのです。私も驚きました。人間は訓練すれば、あのようになるのです。神様が、そのように創造なさったのです。
人間は頭が終わることなく発展します。参考に、霊的問題も終わることなく発展します。それで、祈りで福音を味わって、聖霊充満だけが生きる道です。すると、皆様はその問題があるとしても、ある日、それが解決して、ある日、それが祝福に変わるようになるはずです。早く点検しなければなりません。祈りで福音を味わっているのでしょうか? これだけ点検すれば、あらゆる問題は解決します。
(2) 伝道を味わっているか?
すると、二番目のものが出てくるようになっています。それで、点検しなければならないのです。本当に伝道を味わっているでしょうか? こういう点検をしなければなりません。あなたがたが伝道する時に、どのように伝道しなければならないのでしょうか?
 @ 聖書-タラッパン
聖書にあるマルコのタラッパンで起きたみわざが起きているでしょうか? みわざが起きなくても、その中に 私がいるでしょうか? それで、タラッパンという言葉をつけたのです。聖書にある神様の働きそのまま起きているのでしょうか? それで、これができれば自然に
 A 弟子-チームの働き、ミッションホーム、専門教会
弟子がおきるようになります。ここにしたがって起きるのが、チームの働きです。ここにしたがって起きるのがミッションホームです。ここにしたがって起きるのが専門教会です。
 B 70人弟子-地域教会
ここで、初代教会のように70ケ所に70弟子が起きるようになれば、その時から立つのが地域教会です。
 C 共同体
この地域教会が、いろいろな所に起きるから、共同体戦略が現れざるをえません。
 D 巡回伝道
このようになれば、指導者は巡回伝道をせざるを得ません。パウロがしたように、起こらざるをえないのです。ですから、あなたがたは、この部分を点検しなければなりません。
(3) 聖書的答え
そして、本当に聖書的な答えを受けているでしょうか? 確認できなければなりません。私は誤ちをする時に神様の答えを受けたことがあります。私は、その時も福音は本当に偉大なのだな! 私は出来ないな、神様が福音でだけ私を生かすことができるんだな! 福音を受けた者は、滅びることができないな、こういうものを失敗しながらも確認しました。それで、タラッパンに聖書的な答えがずっと起きています。今までずっと成就しています。この部分を皆様は、ずっと点検しなければなりません。
そのうちで最も重要なのが、祈りで福音を味わっているかが最も重要です。必ず点検するように願います。祈りで私が福音を味わっているのか? 祈りは、あらゆる面にみな適用されるためです。
 
2. 教会点検
2番目に点検しなければなりません。必ず役員も祈るように望みます。教会点検が出来なければ、役員が最もまず損害を受けるようになります。これができれば、役員が最も祝福を受けるようになります。銘記しなければなりません。今、自分に何の誤ちもないのに、教会が教会らしく出来なければ、最も困難を受けるのが役員です。それで、こういうことは2度と再びないようにすべきです。幼い時から見ました。長老になって何年かしたら、人があまりに変になってしまうのです。点検しなければなりません。
1) 7つの結果
祈りで福音を味わえば、初代教会のように7つの結果がくるので、必ず点検しなければなりません。7つは、多いように見えますが、簡単です。
 @ 聖霊の働き(力) 火、風
聖霊の働きです。私たちは、ここについて行けばよいのです。聖霊の働きです。私たちは、祈りをたくさん する中で、聖霊が働かれることを体験しなければなりません。すると、時間が過ぎれば、神様の力が引続き現れるのです。これを契約で捕まえなければなりません。これが今だめでも、これを基準としなければならないのです。あらゆる役員が、神様の祝福があるようになることを希望します。
初代教会は、この契約を捕まえて、力のみわざが現れました。火のような、風のようなみわざが起きたのです。火がなにか知っているでしょうか? 私はこの二つを体験してみました。釜山で風が一度吹いて、みな飛んで行きました。松都の前にある建物がなくなってしまいました。前に台風が来た後に、みな飛ばされてしまいました。怖がってその人々が建てません。以前に風が吹いた時に、影島にあるアパート全部、ガラスがみな割れました。馬山では、まさかここまで来るのか? と思ったのに、みな飛んで行ってしまったのです。まさかここまで来るかと、カラオケで歌っていたのが、みな死んでしまったのです。歌もよく歌うべきです。風が吹いたら、誰が防げるでしょうか? この内に私たち聖徒と役員が、みな入っていくのです。使徒行伝 2章にある事件です。難しくありません。順番に見ましょう。
 A 証拠-証人-伝道
ですから、証拠が現れるのです。証拠が現れるから、証人になるのです。そのようになってこそ、伝道の門が開くのです。これが初代教会の働きです。皆様に証拠であれば、誰が防げるでしょうか? それで、皆様を見て説明者になれと言われずに、証人になれと言われました。講師ではなくて、証人になりなさい。説教者ではなくて、証人になりなさい。あらゆる説教者は、講壇では証人にならなければなりません。あらゆる一般信者は、現場では神様の祝福の証人、祈りで福音を味わう内に入っていって、聖霊の導きに方向を合せればよいのです。この部分を知っていれば、変わるようになります。私たちのメンバーが何かをしようといえば、あるものは聞いて、笑っています。祈ってみようということです。このみわざが起きれば、行けば良いのです。これがものすごい働きです。
今回、宣教大会を良く見てください。私がカン・スクジュン牧師に言いました。昨年、宣教大会が終わって祈りを開始したのです。それとともに、神様に祈り続けたら、少しずつ明らかにしてくださいました。その時、私たちメンバーと話しました。今年、このようにしなさい。皆様が継続祈れば、祈りの課題が現実化してきます。何か幻を見るよりもっと重要なこと、現実化になってきます。証人です。確かに証拠がきます。これが初代教会です。このようになれば、役員、教役者、聖徒達が神様の祝福を受けざるをえないのです。この話を知っている人は、欲を出す必要もなくて、固執する必要もありません。この話を知っている人は、自分の思想はそれもありません。神様が願えばOKで、自分の思想が必要でしょうか? どのように聖霊の風に勝てるでしょうか? あらゆる信者は、こういう方法で入っていかなければなりません。これが教会のなかで起きたかのように見えますが、信仰生活です。これは最も回復しなければならない所が教会です。役員は、必ず記憶しなければなりません。なぜなら、一番代表的な祝福を受けなければならない人が、役員であるためです。この場に参加した長老達、按手執事達、勧士たちは、必ずこの祝福を受けて、証人になるように願います。
 B 生きているみことば(成就)
このようになると、驚くべき事が行われます。この聖書が単なる本なのかと思っていたということです。バイブルという言葉は、ビブロスからきた言葉です。本という言葉です。私達がそのように思っていたということです。ところが、これはそうではありません。完全に生きているみことば、このようなことがあるのでしょうか? このみことばが成就することが始まるのです。これが初代教会です。初代教会には、この三つの運動がおきました。
 C 弟子
これだから弟子が起きたのです。三千の弟子が起きました。これがありえるでしょうか? 完全に邪魔していたのに、三千の弟子があちこちに起きたのです。それで、私たちタラッパンは、ここに方向を合せました。教会堂を建てる前に、2000ケ所の地域教会からしなさいと言いました。私たちの副教役者に指示しました。教会堂を建てる前に1000万弟子から植えなさい。働きが起きるようになっています。
 D 現場
ですから、いよいよ未信者が分かるようになります。これは、只事ではありません。現場です。毎日神殿で、毎日家で、このまま終わらないように、神様はまた迫害を加えられました。早く悟れば迫害を受ける必要がありません。このまま十分に満足でありえます。神様が大事件を起こされたのです。
 E 宣教-アンテオケ
それで、悟ったことが宣教です。アンテオケです。このようになったのです。
 F 共同体
残りの事は何でしょうか? 単語をよく見ましょう。ローマ16章、テサロニケ教会、ピリピ教会、コリント教会、エペソ教会、いよいよこの人たちが、共同体を成し遂げたのです。これが初代教会の7つの戦略です。初代教会が回復した7つの姿です。かんぺきです。私は聖書を見みつめると、かんぺきです。牧師は、このようにできるように手助けすることが牧会です。信徒がこの方向へ行くように知らせてあげることが説教です。この方向に入っていくことができる最も良い方法が、福音を祈りで味わうことであるゆえに、説教を続けてあげなければならないのです。
そんなにかからないはずです。キム・ドンゴン牧師がこうおっしゃいました。何年かすれば、地図が変わるはずです。そうでしょう。私はこの牧師がなにかを知っていることを知りました。地図が変わります。伝道の大きいみわざが起きるはずです。神様が皆様を祝福なされば、大きな働きがおきるはずです。これは早く点検しなければなりません。
(2) 3つ
それで、教会のなかでは重要なこと3つが起きなければなりません。初代教会です。
 @ 機能
自らのあらゆる機能を持って、神様に栄光を、自らのあらゆる習ったことを持って、神様に栄光を、このように機能宣教です。
 A 地域
自分が生きているあらゆる地域に神様の証拠を
 B 世界
あらゆる一般信者は、世界宣教に。
点検しなければなりません。それで、機能宣教、地域教会、一般信者宣教、年初のメッセージです。これは年初メッセージですが、絶対にのがしてはだめです。これを常に点検しなければなりません。
(3) 理由
また、悟るべきことがあります。教会では理由3つを知っていなければなりません。
 @ 迫害
教会では、なぜ迫害の中で聖書を記録したのでしょうか? 早く見るべきです。知らなければ、迫害を受けます。なぜ聖書の新約聖書を迫害の中で記録するようになさったのでしょうか? それを早く悟らなければなりません。
 A 方法
 どんな方法としなければならないために、そのようになさったのか? 未信者のように自慢して、未信者のように大変に見えることは、だめだということです。収穫する戦略のために 迫害の中で許されたのです。
 B 未来
それなら、これからどのようになるでしょうか? 知っていれば、迫害を免れるようになるはずです。あちこちに戦争、飢饉が起こるでしょうが、終わりまで耐える者は救われるはずです。
皆様、知らないのですが、ずっと困難を受けることは、ここにみな含まれています。契約をよく握ってくださらなければなりません。必ず点検しなければならないのです。
 
3. 職業、経済点検
皆様の職業、経済を点検しなければなりません。
(1) 唯一の答え
こういう事が起きるはずです。唯一の答えです。これが来ないなら、待ちましょう。来ないなら、来るように専門性を持ちましょう。専門性を持ったら来るということではなく、神様がこの答えをなさるのです。
 @ 代表的
そうしてこそ、皆様に代表的な祝福を下さるのではないでしょうか?
 A 記念碑的
そうしてこそ、皆様に記念碑的な祝福を下さるのではないでしょうか?
 B 時代的
そうしてこそ、皆様に時代的な答えを下さるのではないでしょうか?
その意味の唯一性です。この話は、独特のことを話すというのではなく、不思議に食堂をするのに、皆様の家にたいした事が起きるのです。不思議に商売をするのに、他の人は答えを受けられないのに、皆様は受けるのです。本当に不思議なのです。教会、インマヌエル教会が、何もしていないのに、どんどん復興するのです。不思議なのです。唯一性です。どんどん伝道運動が起きるということです。唯一性です。今は席がなくて、釜山でも外で苛立つ程です。それでも神様はご存知であるはずです。私より神様がより急いでおられます。私はしないでも良いのです。私たち信徒が外で立って風邪になるならば、神様の損害であって、私は構いません。そうしながら、もし稲妻に当たって死ねば、神様に栄光を帰して、私は構わないのです。確かに神様がご存知であるはずです。それを見て時刻表を準備するのです。それで外から入る席がないということを知って、その時から祈りを始めました。神様、時代的な神殿を与えて下さい。これは私たちタラッパンメンバーが威信をかけるほどの神殿を与えて下さい。福音がない宗教人が見て、悟ることができる証拠を与えて下さい。私たちレムナントがきて、思いきり味わうことができる施設を与えて下さい。皆様の事業が、この答えがきます。ここに合せましょう。
(2) 宣教に参加
すべての教会員は宣教に参加しているでしょうか? それなら、バビロン捕囚みたいなことは、皆様の前にないでしょう。それなら、23ケ国にさまようことは、皆様の子孫にないでしょう。それなら、アッシリヤに、エジプトに奴隷で行く理由がなくなるはずです。必ず参考にしましょう。点検しなければなりません。
(3) 経済計画
皆様、今から経済献身計画を立てましょう。私は神様の前に、どのように献身するはずだと立てましょう。私はひとつしかありません。神様、私たち教会がレムナント訓練させる程、時代的な答えを与えて下さい。そして、1千万弟子レムナントを育てるぐらい与えて下さい。それで、ここに対する祈りを続けています。祈るということは、考えてまた祈って、考えて続けることです。これを皆様が点検しなければならないのです。
 
祈りの課題
私には祈り課題が3つあります。今ずっと祈っています。
(1) レムナントを育てることができる教会
まず、私たちの教会のあらゆるレムナントを育てることができる教会を祈っています。お金があっても、なくても、あらゆるレムナントを勉強させる教会です。私がよく知る人材一名がいます。この方は、あまりに長い間、勉強していて、経済を堅くすることが出来なかったのです。とても実力があります。そして、人がとても正しい人です。この人がある日、新聞で資料を見たということです。トゥレマウル宣教会があるのですが、そこに書類を見て奨学金申請をしました。トゥレマウル宣教会で、この人の履歴書と書類だけ見てOKしたのです。留学に行って、帰ってくる時まで、トゥレマウルはキム・ジンフン牧師でしょう? その人が米国に行きました。この方が証しをしたのです。自分は呼ぶと思っていたのに、呼ぶこともせず、書類を見て決定したのです。本当に不思議なことだと言いました。この人が米国で博士学位を取って、重要な大学で勉強をしてきました。そして、ソウルでとても重要な教会の担任牧師になりました。その人が恵みを返さないでいる人ではありません。
見て下さい。計算が出てこないでしょうか? 私がいつも言う話が、その話にならないでしょうか? 信仰なければ、計算でも早くすべきです。特に役員は記憶しましょう。すると、お金があるのか? と言いますが、後に起きる事件を知っていなければなりません。投資というのにも、事業も生産的投資があって、消費的投資があります。すると、この頃は経済がどのように回っているでしょうか? 人材が頭一つだけひらけば、いくらでも回る時代です。この頃は重要な働き人たちが、重要な人に仕えるのにもお金を持っていきません。ものすごい可能性があることをして、小さなことはしません。時代を見ましょう。するとどのようになるのでしょうか?
私は話すはずです。私たち学生達は、全部、勉強したら、一生、レムナントのために献身しましょう。いつかはなるはずです。
(2) 団体
私たちタラッパン本部団体で牧師の子どもとレムナントを無条件に育てましょう。そして、今、土曜日に集まる21世紀、本部、総会の常任委員が集まります。その中心にすべての予算をオープンさせて集めましょう。そこの手伝いは当然に産業宣教がしましょう。そして、学生達が申請を出したら、無条件に手助けしましょう。牧師の子どもは、無条件に手助けしましょう。その日が来る時まで祈っています。何をするのでしょうか? 私達がすることが何でしょうか? お金は外に回っています。何をするのでしょうか? 回ることは回さなければ、何をするのでしょうか? すると、この学生達がじっとしているでしょうか? ただ条件があります。あなたがたが成功すれば、一生、仕えなさい。私を助けてくれということではなく、一生の間、これに仕えなさい。すると、どんな計算が出てくるでしょうか? 日が過ぎれば過ぎるほど、強固になるのです。すると、より多くの人材を育てるのです。
(3) 共同体(RT)
全世界に共同体を作り、一千万弟子を立ててレムナントを育てましょう。祈らなければなりません。2の部分は、すぐにしなければなりません。皆様は知らないのですが、タラッパンは強大です。今、各国に散在して強大です。この力を一ケ所に集めて、レムナントを育てましょう。ところが、単に育てるものではありません。あなたが勉強するのに学費をあげる、このように育てるものではありません。未来を約束することです。あなたが成功したら、一生の間、ここに仕えなさいということです。そうしてこそ、時代を掌握できます。
それなら、本当にお金がある人々、土地がある人々は、出すようになっています。現在、私達がする状況では出さないようになっています。教会で救済費の次元ですれば、どのようになっているか知っているでしょうか? 難しい人はもちろん助けるべきです。子ども達が貧しく助けてもらったということを知っていれば、この子どもが大きくなりながら少しだけ失敗すれば、教会に来ません。恥ずかしいからです。私が教会の助けを受けて成功しなければならないのに、成功をしなかったんだなあ! ほとんど教会に来ません。人を失ってみな失います。教会は救済もしなければならないけれど、救済する所ではありません。教会は人を育てる所です。これが私たちの世代では不可能です。それなら、私たちの子どもに遺言で話すはずです。育てるべきです。計算をしてみましょう。これが正しくなるということを知っていれば、全世界の賢い人々がじっとしていないでしょう。
この前、ソウルで有名な食堂で40億円の財産を持ったおばあさんが、寺に行って出しました。よりおかしなことは、若い時に教会に通っていたのです。私はそれを持って惜しいと、他人のことを持って話すのではありません。あまりに気に障ることです。私が大韓民国全体のお寺の重要な寺、教団に皆いってみました。本当に気に障ったのです。あのつまらないところに、どれくらい巨額を投資して、私たちはお金がなくて困っているのに、この人たちは、お金 1億 2億が当然です。ですから、本当に気に障りました。これがどれくらい残念なことでしょうか? あなたがたが一度行ってみましょう。あまりに心配になる事があります。あんなふうだから偶像に陥るのです。あまりに切なる思いになる事があります。教会は集まっていらない事をして、けんかもして、異端も作りだして、異端製造国です。少しだけ自分の気分に合わなければ、異端に作ってしまいます。理解ができません。私達が目を刺しているでしょうか? 気絶をさせるでしょうか? 賜物運動をするでしょうか? 私は尋ねたいのです。私が人を見て、目を刺すでしょうか? 按手をするでしょうか? 気絶をさせるでしょう? おやすみになるようにするでしょうか? 異言を要求するでしょうか? お金を要求するでしょうか? なんにもせずに、伝道しなさいと言うのに、本当におかしなことです。切なる思いになります。私が見ると、本当におかしなことです。より気が滅入ったことがあります。タラッパンにきて是非を問うことは、気が滅入ることです。それでも希望になる事があります。残っている皆様とレムナントです。この頃、私たちのレムナントが、ますますたくさん起きることを見ると、期待できます。それゆえに生きるのです。行き先ごとにレムナントが、倍に働きが起きているだけでなく、恵みを受けています。私たちのレムナントが、決断を下しているのです。点検しましょう。あなたがたが、単にするのではなく、契約を本当に堅く握ってくださることを望みます。神様の本物の答えが皆様にずっとなるようにお祈りします。
むだな災い、迫害にあわないことをイエスの名前でお祈りします。