2004.06.04 サムエル上(01) - 09 (核心訓練)


主の霊が離れたサウル王
( Iサムエル16:14-23)

 
要約資料
 
1.悪霊につかれたサウル王
(1)主の霊が離れる(Iサムエル15:14)
(2)苦しみ、悩むほどの悪霊(Iサムエル16:17-23)
(3)賛美する者を呼ぶ(Iサムエル16:17-23)
1)紹介されたダビデ(Iサムエル16:18)
 2)詩78:70-72(Iサムエル7:15)
3)Iサムエル16:13, Iサムエル16:23
 
2.それによって、国家、家庭、民すべてが、わからない困難を迎えるなかで、ペリシテがイスラエルを攻撃
(1)巨人ゴリヤテの登場(Iサムエル17:1-7)
1)ゴリヤテの姿(Iサムエル17:1-7)
2)戦争条件を提示(Iサムエル17:8-10)
(2)誰も対抗する者がないイスラエル(Iサムエル17:10)
(3)ダビデの手伝い(Iサムエル17:11-18)
(4)イスラエルの侮辱(Iサムエル17:19-25)
(5)主を侮辱(Iサムエル17:26)
(6)ゴリヤテの前に立つ者がないイスラエル(Iサムエル17:25-27)
 
3.ゴリヤテの前に立ったダビデ
(1)理由を持ったダビデ(Iサムエル17:29)
(2)サウル王の前に立ったダビデ(Iサムエル17:31-40)
(3)ゴリヤテの前に立ったダビデ(Iサムエル17:41-49)
(4)ゴリヤテとペリシテを打ち破ったダビデ(Iサムエル17:50-54)
 
*凱旋将軍として帰ってきたダビデ(Iサムエル17:55-58)
(The end)
 
説明資料
→序論
▲昨年よりはるかに多くの重要な教師たちが、ソウルと釜山で教師講習会をしました。今回は重要なメッセージが出ました。賛美するのを見たら、喜びと信仰でするのを見ました。ところが賛美をしない人がいたのですが、牧師たちがしていませんでした。男の人たちがおもにしていませんでした。ファン・スゴン博士を思い出しました。女の人たちが長生きする理由は、テレビを見ながらも、笑ったり泣いたりして表現するのに、男の人は耐えるということです。ある人は歯をくいしばって耐えるのです。 それで、男の人が女の人より苦労を少なくしても、長く生きることができないということです。それで、分かったと思いました。来年には、賛美とからだを使って賛美する時、私とチョン・ウンジュ先生、キム・ドンゴン先生、チェ・チョンウン先生等、おとなの牧師たちをお迎えして、参加するつもりです。約束します。もしかしたら、私は説教ゆえに出ることができないかもしれませんが。
▲今日の本文に、主の霊がサウルから離れたと言われています。また反対にIサムエル16:13,23を見れば、主の霊がダビデに充満したとされています。これが秘訣です。
▲皆様はなんの心配もせずに、3つのことに幸福ならば良いのです。
 
(1)福音(内容)
▲福音を考えるほど幸せだということは、ここに対する途方もない内容を知っているということです。
(2)祈り(味わう)
▲祈りが幸せだということは、祝福を味わっているということです。
(3)伝道(証拠)
▲伝道を考えるだけでも気分が良くならなければならないのですが、これは証拠を持っているということです。 説教も同じです。必ず確信がある説教は、準備ができている説教なので、説教が難しくありません。しかし、説教が難しくて、相手に何を言うべきか分からなければ、難しくて、うれしくありません。この3つで充満すれば、主の霊で充満したのです。すべての問題が解決するのです。もし、幼い時にこの祝福を味わった人は、一名ももれなく時代的な人物になります。今まで米国で一番影響を与えた人は、大統領ではなく、ムーディーです。ヨーロッパまで影響を与えました。ムーディーは、9歳の時から、この祝福を持っていたのです。事業、経済、政治もこの周辺から出てくるのです。これはせねばならないことではなく、幸福になることです。いやな人を考えれば幸福でしょうか? そうではないでしょう。幸福になるでしょう。福音を考えて、味わって祈る 時間が幸福でなければなりません。
▲このようになれば、主の霊が充満するのです。この中には、全てのものがみな解決できます。私たちはできないのですが、私たちにある主の霊、聖霊は、神様であるゆえに、全てのことができます。驚くべきみわざが起きるのです。時々、病気の人に会うのですが、実践をしません。医者、薬剤師に申し訳ないけれど、皆様のあらゆる問題は、血から来るのです。血圧が上がったとか、癌になったということは、この部分に血が回らないからです。ほとんど血です。聖書も、私たちのいのちは、血にあると言われています。それでキリストが血を流して、私たちを救われたのです。
 けいれんが起こって麻痺したということは、血が回らないからです。血を回す作業をしなければならないのに、それで普段の時に深呼吸をしなさいと言うのです。すると、医者、薬剤師に会わなくても良い事が起こるのです。それとともに、ずっと祈るのです。皆様が調子を維持して祈れば、本当に幸福になります。これだけ大きい幸福なことはありません。
福音を受けて、世界福音化のヴィジョンがあって、答えを受ければ良いのです。今どんな問題があっても、失敗、病気があっても、これになれば解決するのです。それでこれが重要です。充満です。
▲そのようにならないと、どのようになるのでしょうか?
 
1.悪霊につかれたサウル- 通路(人間中心主義)
▲サウル王に起きたことです。これは、普通の人にみなあります。悪霊が現われる通路があるのです。私たちは、神様中心へ行かなければならないのに、他の中心で生きるのです。これが人間中心主義です。こういう人が成功すれば、浮き立ちます。これを知らないサウルが王になったので、浮き立ったのです。だから悪霊が入ったのです。
(1)主の霊が離れる(Iサムエル16;14)
▲主の霊が離れたということです。だから
(2)苦しみ悩む程の悪霊(Iサムエル16:1-415)
▲苦しみ、悩むようになるのです。
(3)賛美する者を呼ぶ(Iサムエル16:17-23)
▲これは、前からあったので、臣下が知っていて、自信をもって賛美する者を呼べば良いと言いました。突然に知恵ある臣下が話したのではなく、過去の経験から自信を持って話したのです。
1)招かれたダビデ(Iサムエル16:18)- このようにして招かれた人物がダビデです。
2)充満 - 技術
▲ダビデは、幼い時から聖霊充満の祝福を味わっていたのです。ダビデは聖霊充満した働き人、単純な賛美を したり、技術だけ持っていたのではありません。(詩78:70-72, Iサムエル17:15)
3)主の霊(Iサムエル16:13, Iサムエル16:23)- '主の霊で充満するということです。これが鍵です。
▲結果- これができなければ、まちがいなく、いくつかの結果が来ます。
(1)霊的問題- サウルにだけあったのではなく、あらゆる人間は霊的な問題をみな持っているために、主の霊で充満できなければ、問題がくるのです。あらゆる人は罪を犯したし、義人は一人もいないと言われるのです。
(2)大きい祝福- それで、王になって、大きい祝福を受けたのに、みなのがすのです。
(3)全く同じ無能- 止むを得ない結果です。祝福を受けるか、受けないか、全く同じ無能さに陥るようになります。
(4)失敗- そして、後ほどはあってもできない失敗の人になるのです。全く同じ公式です。
(5)悪霊- そして、人は死ぬ時になれば、どこかに捕えられるようになっているので、悪霊にとらわれていたのが死ぬのです。サウル王がケースです。当然の結果です。あらゆる未信者は、このようになるのです。今日、神様の祝福を覚えましょう。
(6)確認- 私は確かに確認しました。一名ももれなく、人は時間が経つほど、だめになって滅びることを発見したのです。女の人たちは、嫁に行くことを用心しなければなりません。ある女の人が、医者に嫁に行けばよく なるかと思って行ったのです。私が知っている医者です。どれだけ実力があるかというと、ソウルにある重要な大学を卒業して医者になって、釜山で重要な病院3ケに出ていました。国会議員に行くことが願いでした。お金をよく儲けていました。ところが、徐々に徐々に滅びて、完全に滅びたのです。いまは病院にもお金がなくて、本人も病気になったのです。電話をしてみたら、感謝したのに、来てくださるより、電話が感謝すると言うのは、来るなということです。恥ずかしいということです。娘と息子にも問題がきたのです。私は確認しました。家が完全に滅びたのです。
1)未信者- どんな未信者も成功者はいません。単なることとして聞かないようにしてください。すべての人に適用されることです。確かに確認しました。それで、髪を刈って講義する、その人が霊的問題があると言ったところ、江西地域にある牧師が訪ねたということです。それで、知っている人が正しいと言うのです。それでその牧師を呼んで、牧師らしいようにしてくださいと言いました。間違っていることは間違いないが、聖書を引用しないで話して、個人的で会って、メッセージを与えてくださいと言いました。牧師らしくして、その方が救われることができるように、メッセージを与えてあげてくださいと言ったのです。たぶんそのようにするようです。この牧師は、たいした人です。既に行って確認をみなしたのでした。それで、牧師らしく、伝道者らしいようにすると言いました。本人が告白するのに、明け方2時に起きて伝道をしたのに、伝道ができなくて自分に問題がきたのに解決できなかったということです。そうしたあと3年前にタラッパン会って、伝道になるので、胸が熱いということです。女の人は、お金があれば良いと考えるのですが、人々は何が成功なのか知らないで、そのようなことです。
2)完成- 福音を本当に持った人は、どんどん完成されます。ただ条件は、福音を皆様の中心の中に置かなければならないことです。
3)中心- 中心の中に置かないと、未信者のように滅びるのです。
▲私に訓練10年を受けた人が '今、入る人々がこの祝福を味わってもかまわないだろうか?'と言います。10年訓練させたのに、ということです。サウルが神様を信じないのではなく、彼の中心に神様がなかったのです。ダビデが神様をよく信じたのではなく、彼の中心に神様があったのです。これが重要です。これは、一生、記憶しなければなりません。中心の中に神様がなければならないことを説明しているので、方法を説明しているのではありません。未信者のような結果が出てきます。中心ひとつゆえに、そうなのです。主の霊が離れたということです。もう一度、強調します。重要です。中心、教会に通っても、いろいろなことが起きる時、がっかりしたり、気落ちすることはありません。自分の中心の中に福音があれば良いのです。これが重要です。これがなければ、未信者と全く一緒な姿になるのです。それでなければ、どんどん完成されるのです。
 
2.それによって、国家、家庭、民すべてが、わからない困難を迎えるなかで、ペリシテがイスラエルを攻撃
▲そうでなければ、国に問題がきて、他の人までやられてしまうのです。
(1)巨人ゴリヤテの登場(Iサムエル17:1-7)
1)ゴリヤテの姿(Iサムエル17:1-7)
2)戦争条件を提示(Iサムエル17:8-10)
▲巨人ゴリヤテが登場したのです。巨人の中の巨人、どれだけ大きいかというと、6キュビトの人、3m 程度の人です。戦争条件を提示したのです。私に勝つ人があれば出てこい。私に勝つ人がなければ、イスラエルを渡せをいうことです。その話は自信があるということです。
(2)誰も対抗する者がいないイスラエル(Iサムエル17:10)
▲対抗する人が誰もいなかったのです。悪霊にいつも苦しめられたサウル王が、ゴリヤテに勝てば、私の財産 半分を与えて、子孫代々で税金を免除して、娘を与えるという条件を提示したのに、誰も出て来なかったのです。ゴリヤテが40日間、大声で叫んだのです。並大抵のことではないのです。
(3)ダビデの手伝い
▲この時、ダビデが戦争しようときたのではなくて、手伝いをしようときたのでした。主の霊が充満した人は、手伝いに行ってもみわざが起きて、小さい事にもみわざが起きるのです。
(4)イスラエルの侮辱(Iサムエル17:19-25)
▲ゴリヤテがイスラエルを侮辱したのです。
(5)主を侮辱
▲この程度ならば、耐えることができるけれど、主を侮辱したのです。
(6)ゴリヤテの前に立つ者がいないイスラエル(Iサムエル17:25-27)
▲ゴリヤテの前に立つ者がいないイスラエル、みな死んでしまった既成世代です。
 
3.ゴリヤテの前に立ったダビデ
▲ゴリヤテの前に立ったダビデです。この中に機能、力、答えがみな入っています。福音を本当に味わえば、みわざが起きるのです。味わわないと、人間中心主義、心配がくるのです。悩みに成ることはずっと祈れば、みわざが起きます。ダビデが、この祝福を味わっていて、ゴリヤテの前に立ったのです。ダビデの話を聞いてみましょう。手伝いにきたが、自分がゴリヤテと戦うと兄達に話したのでした。だから、兄たちが 'お前は幼い時から高慢だった'と言うのでした。
(1)理由を持っていたダビデ(Iサムエル17:29)
▲'これがどうして理由がないでしょうか?'. 理由を知っているということです。
(2)サウル王の前に立ったダビデ(Iサムエル17:31-40)
▲サウル王の前に立ったダビデが述べた言葉を聞きましょう。その時、ダビデは '私が羊を飼う時、主が私を呼んで獅子と戦って勝ちました。主が獅子の歯と爪から私を守られました。まして主を冒とくする者から、私を守られないことはない'. この時、主の力を説明したのです。これがサウル王の前で言った言葉です。
(3)ゴリヤテの前に立ったダビデ(Iサムエル17:41-49)
▲ゴリヤテの前に立ったダビデは 'お前は剣と槍と投げやりを持って戦うが、私はお前が侮辱する万軍の主の名前によって戦う'と話したのです。普通の話ではありません。いつも答えを受けて味わう者の話です。そして、こう話しました。全世界に主の名を証して、救いといのちは剣にあることではなく、主にあることを証しする。今日、主がお前の命を私に任せたと言ったのです。このものすごい話を、ゴリヤテが分かるでしょうか? 表現も詩的にしたのです。今日、主がお前の首をぼくの手に渡された。これがゴリヤテの前で言った言葉です。許可が下りるやいなや、石でゴリヤテの額を殴ったのでした。額に打込まれたと聖書は記録しています。一気に したのでした。ダビデはゴリヤテとペリシテを、みな打ち破ったのでした。
(4)ゴリヤテとペリシテをうち破ったダビデ(Iサムエル17:50-54)
▲完全に終えたのです。ダビデが凱旋将軍になって帰ってきました。だから王が驚いて、誰かと尋ねたのでした。少し前に、たて琴を奏でていた少年なのに、よく分からなかったのです。だからそばの臣下が説明したのです。 '主のしもべベツレヘム人エッサイの息子です'. そのように報告がなされたのでした。ダビデは、普通の人ではありません。
1)幼い時期- ダビデは幼い時期から違いました。
▲詩78:70-72 祈りの人、賛美の人、獅子を殺すほどの人です。
▲Iサムエル16:13, Iサムエル16:23 主の霊がダビデと共にした人です。
2)味わい- この祝福を味わう人でした。ダビデは、福音、祈り、賛美、証拠を味わいました。これが違ったのです。
3)目- そして、ダビデは重要な目がありました。謙遜であり、大胆でした。そして、神様に関する確信があったのです。だから勝利するしかないのです。この人がダビデです。私たちは、多くのことを学ぶべきです。
 
▲中心 - 考え(ピリピ4:6-7)
このダビデの契約は、中心の中に入っていかなければなりません。考えを変えなければならないのです。ピリピ4:6-7を見れば、私たちの心と考えを守ってくださると言われています。牧師は一般信者と、牧師夫人は女執事と考えが違わなければなりません。
治癒使命者大会に行ったら、ある牧師夫人が私にこう話しました。私の牧師は性格が急なのか、いつもけんかをするということです。訪問に行けば、遅く出てくると悪口を言って、だから、しきりに自尊心争いをするということでした。だから訪問に行っても、恵みにならないということでした。それで、次からは早く出てこいと言いました。時間がなくて話をすることができなかったのですが、その人の考えが重要です。私が早く付いてまわることができない人なのに、直さなければ、すれば良いのです。考えが重要なのです。会社が難しければ、私がこの会社を生かすべきだという考えをしなければなりません。私達がたとえ持っていることはなくても、考えが正しくなっていなければなりません。ダビデを見ましょう。死ぬのか、生きるのか分からないけれど行ったのです。考えを正さなければなりません。他の人が行かないことは、考えが変わっていなかったからです。私たちの命は主にあります。謙遜であり、大胆でなければなりません。私が知っている先輩は、とてもよく習った人なのに、夫はまだ未信者です。ところが夫が浮気したのです。だからけんかになったのです。けんかも水準に従って戦うのです。それで夫に 'あまり申し訳ない。あなたのような良い人に、私が間違って浮気心を持たせるようになった。良い女になることができなかった。これを子どもに話せば、あなたの人柄に支障があるので、他の人が知らないようにしなければならないでしょう? 私が出て行きます。静かに行きますが、心が確かになる時まで祈ってくる。全部、私の誤ちだ。帰ってくることができない'. だから、夫が膝を屈したということです。優先になることはありません。女の人が、自分が間違ったと言うので、夫が膝を屈したのです。赦してくれと言いました。人の考えが他の人を変えることができるのです。夫が教会は出てこなくても、手助けするのです。全く同じ事をやられても、考えが重要なのです。私達がどんなに貧しくて、習うことができなくても、考えもそうであってはなりません。考えがほとんどすべてです。今日、ダビデの祝福を受けましょう。神様にこの中心を持って祈れば、ダビデの答えを受けることができます。
 
▲祈りの課題 - 今回、約千名が行って、一千箇所にキャンプをするはずです。皆様が記憶しなければなりません。
(1)風(目)- 皆様が行ってキャンプすることは、風を起こすことではなく、使役者に会えば目を開けてあげなければならないのです。祈りの課題です。一千箇所の目を開けるようにさせてください。
(2)使役者キャンプ- そのまま帰ってこず、皆様が帰った後、使役者が力を得て、自分たちの間でキャンプを持続できるように、手助けしてあげるべきです。
(3)献身礼拝- わざわざ祈り続けて、その人を呼んで、また派遣して、献身礼拝をささげることができるほど立てなければなりません。
(4)反復- 皆様が行ってきた後、皆様がしなさいと言わなくても、反復してキャンプができるように手助けしなければなりません。
(5)Iコリント 16:19 主が再臨なさる時まで、持続できるようにしなければなりません。これが地域教会です。
ここまでがキャンプです。そのまま帰ってこないようにしましょう。使役者の目が開くように、タラッパンいくつかをすることが重要なのではありません。神様がなさってなるということがわかるようにしてあげなければならないのです。そして、帰ってきた後に、自分たちがキャンプを持続できるように、また開始、感謝、証し、キャンプ、映像なども作って、賛美もして見ることができるように助けるべきです。すると、継続的に キャンプになるのです。主が再臨なさる時まで実が起きるようにしなければなりません。これが地域教会です。一千キャンプ、12国14ケ所でこのキャンプが進行されなければならないのです。
(The end)