2003年 05月 04日 インマヌエル教会聖日メッセージ


1部 /逃亡する弟子たち
(マルコ14:43-52)
 
 
・私が釜山で最初に出会った医師は女の方ですが、ある教会で訓練を受けた執事で、伝道訓練を受けようと来たのでした。私たちのチームと伝道すれば良いという気がしたのですが、その方が専攻した分野が‘家庭医学'でした。‘家庭医学'ですから、伝道するのに本当に良いと思いました。ところが、ご主人、本人、子どもがみな深刻な困難にあっていることを私が知りました。本当におかしいと思いました。‘家庭医学'なのに、なぜそうなのかと考えたのです。ある時、重要な団体にきて、子ども達に関する講義を専門的にする方がいました。ところが、この方が講義を終えて私と食事をする途中で、私に話をして、本当に恥ずかしいと言いました。何かと尋ねたら、自分は子どもについて講義をするのに、自分の子ども達は良くならないと言いました。その中の一人は家を出て行ったということでした。本当におかしなことです。私たちは、そのようになりやすいのです。誰でも知っていることです。
 
・5月は家庭の月です。しかし、私はそのように考えません。すると、6月は何の月でしょう。私はそのように考えてはいません。誰でも、みな家庭が重要だということは、知っているはずです。しかし、昨年に韓国で12万を越えて13万以上の家庭が崩れました。子ども達の教育をよくすべきだということを、誰が知らないでしょうか。子どもの日ができるようになったのは、むかし子どもたちが後まわしにされていたので、パン・チョンファン先生が子どもが重要だと話して、そのように一日でも子どものことを考えようと言ったので、子どもの日になりました。それから、むかしには女の人たちが苦労をしていました。名前もなく、光もなく、苦労をしたので、この頃は苦労を全くしませんが、むかしにはあまりに冷遇されていたので、一日でもかわいそうなお母さんにちょっと花でもあげて祝う日があるべきではないだろうかと作られた日が、母の日です。少しして父が割り込んで、父の日に変わったのですが、そのようなことは、そんなに大きい意味ではありません。家庭はどんどん崩れます。その日を守るからといって、良くなっていくのではありません。しかし、たくさん家庭という言葉を使っているゆえに、私たちは世の中と関係ない人でもないので、こういう部分を祈る必要があって、考えを正しくする必要があるのです。それよりも、もっと重要なことは、私と皆様が今日だけでも祈りながら、今日私たち1部礼拝を通じて、全国、世界でメッセージを聞いているので、少しの間だけでも何を祈れば良いのでしょうか。少しの間でも、私たちの子ども、私たちの家族、私たちのレムナントが、神様に栄光をささげる良い家族になれば良いという考えをしてみるべきなのです。
 
・ところが、もっと一歩進んで、あなたがたが今日礼拝をささながら、隠された家庭の問題、私たちの子どもの問題、こういうことを解決される恵みを受けねばならないでしょう。日本に行って帰ってきたのですが、日本に行ってみると、この頃、日本がどれだけ深刻かというと、日本の史上、一番景気が悪いと言われました。そのような状況で、日本に精神が狂って通う子ども達がとても多くて、学校に行かないで家に静かに座っている子ども達が、何十万名もいます。深刻です。学校に行かないで、どこにも行かないで、家に座っているのです。うつ病にかかった子どもも多く、こういう深刻な問題が来つつあります。私と皆様が今日‘なぜそうなのか'という部分を本当に理解しなければなりません。神様がそれを解決できる方法を私たちにくださいました。私たちには、解決出来ないことをご存知なのです。家庭はだめになっています。ここに未婚の人々がたくさんいますが、あなたがたは結婚を大切に考えなければなりません。だめになっています。むずかしいのです。なぜだめなのかも分からなくて、分かっていてもどうしようもありません。誰かが結婚する時、自分は本当にうまくできないようにという人は誰もいません。嫁いで行く時に、自分は夫に心配をかける妻になるべきだという人がどこにいるでしょうか。妻をめとる時に、自分は一生、妻を苦しめようと思う人はいません。みな上手にやりたいのですが、それができないのです。なぜだめなのかも知りません。これを聖書が明らかにしています。それで、私は大胆にみことばを伝えることができます。誰がそのような心を持つでしょうか。信者でも、未信者でも、家庭をよくしたくて、子どもをよく育てたくて、そのようなことです。それが好きなようになるでしょうか。皆様が家庭に祝福を受けて、良い生活をしてみたいのに、しかし、家庭に問題はくるのです。
 
・なぜそうなのでしょうか。聖書で明らかにしています。本当に驚くべき本です。私は聖書のみことばを見ると、驚くべき本だという気がします。分かれば解決し始めるだけでなく、大きい祝福を受けます。それで、家庭の月を迎えながら、1ケ月間だけ祈るのではなく、皆様がこのみことばを捕まえて、大きく祝福を受けて答えを受けるべきです。それで結論から下ろします。神様を知らない罪と、神様を知らなくさせたサタンと、その二つゆえに来る呪いと運命、これゆえに死ぬのです。簡単です。神様を知らないでしょう。知れば良いのですが、知らなくさせる存在があるのです。目に見えないこの存在が問題です。サタンです。それで終われば良いのですが、終わりません。人間に迫ってくる運命と呪いがあります。防ぐ道がありません。聖書にだけ正確に明らかにしています。未信者は、知らずに運命を探して占いに行きます。占いに行く必要もなくて、占ってできることでもありません。こういう問題は、解決できないのに、家庭問題が解決できるでしょうか。皆様は、参考にはできるでしょうが、期待することではありません。時間が経てば経つほど、家庭は難しくなるでしょう。これが事実ならば、日本、韓国、米国などでは、家を出てきた子ども達が多くいます。どんどん出てくるのです。対話せずに静かに座っている子ども達が多いのです。こういう深刻な問題が、地球にきています。それが、まさに3つのためです。
 
・神様を知らず、自分勝手に生きる罪、これをするようにさせる、目に見えない背景があります。サタンと暗闇の力です。それで、私たちには呪いと災いが迫ってきます。だから、苦しめられるしかない事が迫るのです。私は正しく生きてきたのに、子どもに問題が来ます。私は単に結婚したのに、子どもが異常です。誰がそのような子どもを産むことを願ったでしょうか。良い夫に会って、良い妻に会って結婚したのに、子どもが生まれたら、自閉症でした。それは、父母の罪でしょうか。そうではありません。そのように生まれたことをどのようにするのでしょうか。そして、分かってみたら、家庭の霊的な問題があまりに多いのです。この答が皆、聖書に出てきています。それで、神様が誰を送ってくださったのでしょうか。この問題の解決者を送られました。送られて、私たちには簡単に信じなさいとおっしゃいました。なぜでしょうか?他の道がないためです。信じなさい。それで、罪、サタン、地獄の運命、この三つを解決する単語、薬で話すならば、薬だということができます。この三つを解決するのが、キリストという単語です。それで、私たちは、イエスを信じるので、メッセージを度々聞いて、訓練を受ける理由もそこにあります。今日、驚くべき事が行われたのに、地球上で最高におかしな事が行われました。そのイエスが来られたのに、弟子達がみな逃げたのです。もっと驚くべきことは、イエス様に従って通っていた弟子がイエス様を裏切って、イエス様がおられる所を指しました。そして、イエス様を最も受け入れなければならないユダヤ人たちが、イエス様を捕まえていく、そのような場面です。皆様は簡単に読み過ごすことができるけれど、地球上で最高におかしなことです。今まで地球上に多くの事件があったのですが、どんな事件が最も重要だったと見れば良いでしょう。今まで多くの事件がありました。イエス様を十字架に釘づけて、槍で刺して、なんの罪もないのに死ぬようにした事件です。小さな事件ではありません。一般の人々は、そのように思っています。ところが、その程度ではありません。神様がキリストを送ってくださったのは、さっき話した私たちの問題を解決するために送られたのです。ところが今日、マルコ 14: 49節にこういう言葉があります。‘わたしは毎日、神殿の境内で一緒にいて教えていたのに、あなたたちはわたしを捕らえなかった。しかし、これは聖書の言葉が実現するためである。'この事件をおいて聖書を成し遂げるためだと言われました。今日は、家庭の月でも、そうでなくとも関係なく、また家庭の月であるゆえに、両親、指導者、学生達、すべての人が必ず記憶しなければならないことが3つあります。それを今日、本文で捕まえて、全部恵みを受けて重要な答えを必ず受けてくださることを願います。
 
・今日、ここの最初は何でしょうか?神様のみことばが、どのようになされるのかということです。私達が必ず知っていなければならないことです。皆様が福音を悟ることができなければ、苦しみにずっと会います。 苦しみを通じてなされるのです。簡単な内容です。今日、勉強しなければならない多くのことがあります。最もしなければならない事は何でしょうか?人間は生まれてみな苦しみます。福音を知らないからです。人間はメンタイを見ておじぎをして、人間は獣を見ておじぎをするような存在ではありません。神様を知って、福音を知らなければならないのに、それを知らないから、苦痛がずっとくるのです。この部分を両親は、必ず悟らなければなりません。ここには今日、学生達がいます。多くのことを勉強すべきですが、難しいことでもありません。皆様が心だけ開けばよいのです。あなたがたがまず最初に知っていなければならないことは何でしょうか?福音を知らなければ、ずっと苦痛がきます。ここにもしメッセージを聞く方の中に、ムダン(霊媒師)や僧侶をしている人がいるならば、私の話しに同意しなければならないでしょう。ずっとすれば、皆様の子どもにずっと霊的問題がきます。なぜそうなのでしょうか。福音を悟ることができないからです。神様が私たちに何を下さったのでしょうか。簡単に福音を下さいました。ところが、それを悟ることができないのです。唯一人間だけ、神様を崇めるように創造されているのです。それで、神様を正しく知る時、こういう苦痛もみことばを成し遂げるのです。イエス様がおっしゃられました。
 
・聖書をよくご覧になるよう望みます。聖書66巻を読んでみましょう。ひょっとして読まなかった方も多いでしょう。聖書66巻には何が入っているのでしょうか。聖書66巻には、大きく2つのことが入っています。 このようにすれば、救われます。簡単です。このようにすれば、救われるということが入っていて、もうひとつは何でしょうか?この話をわかることができないで、徹底的に滅びた国があります。その国が、イスラエルです。その話です。聖書は複雑に見る必要がありません。悟れなければどうなるのでしょうか。イスラエルは、一生の間、どうなったか知っているでしょうか。バビロン、エジプト、ローマ、アッシリヤの捕虜になりました。結局、どのようになったでしょうか。皆様もおわかりの通り、1948年に解放される前に約2000年間、国を失いました。それがイスラエルです。その話です。この福音を持ったイスラエルが、悟ることができないから、この福音は異邦の民に移って、イスラエルは滅びたということです。それが聖書です。今日、私たちの両親とこの席に学生達がいっしょに座っているのですが、まず最初に知っていなければならない知恵は何でしょうか?人間はお金を崇めたり、獣を崇めたり、動物を崇めるものではありません。人間は、神様を崇めるようになっています。それで、福音を正しく悟らなければならないのです。これが最初です。それが人間で、正しい人間になることです。どれくらい人間が不十分だから、メンタイをみてお辞儀をして、豚の頭を見てお辞儀をするのでしょうか。狂っていることではないでしょうか。人間はそのように創造されませんでした。それで救いのものすごい祝福を悟れば、ずっと答えがなされるのです。今日、イエス様が十字架を背負って苦しまれたことは、救いを成し遂げることです。それで、神様のみことばを成し遂げることです。両親は、一生、記憶しなければなりません。子ども達に正確な福音を伝えることと、この福音がよく伝えられることができなければ、どのようになるのかというと、良い姿でなくなって、最高のことなのに、よくわかることができないのです。それが両親の使命です。ここに幼い子ども達は、何でしょうか?ここに学生達もいます。あなたがたが正確な福音を知っていれば、みな解決します。それで、これが非常に重要です。これゆえにイエス様が十字架を背負われたのです。
 
・それで今日、両親と家庭の月を迎えたあなたがたが、大きく2番目に知っていなければならないことは、この地には正確に三種類の人がいるということです。最初は、どんな種類の人がいるでしょうか。まったく救いを知らなくて、救われていない自然の人がいます。食べて生きて、死ぬのです。こういう人がいます。そのままの自然の人です。生まれて、食べて、死ぬのです。神様が人間をそのように作られたのでしょうか。 獣のようです。そうではありません。その自然の人を聖書ではヨハネ8:44(あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。)でイエス様が診断なさって、悪魔の子どもと言われました。ちょっと深刻な話です。ローマ 3:23(すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず)で、神様を知らない罪人だとなっています。そして、世の中の方法で、ユダのように生きて行かざるをえません。ユダが大きい罪人のように見えるけれど、このように生きて行かざるをえない自然の人です。また聖書を見れば、救われることはしたけれど、肉に属する人がいると言われています。Iコリント 3:1-3 (さて、兄弟たちよ。私は、あなたがたに向かって、御霊に属する人に対するようには話すことができないで、肉に属する人、キリストにある幼子に対するように話しました。/私はあなたがたには乳を与えて、堅い食物を与えませんでした。あなたがたには、まだ無理だったからです。実は、今でもまだ無理なのです。あなたがたは、まだ肉に属しているからです。あなたがたの間にねたみや争いがあることからすれば、あなたがたは肉に属しているのではありませんか。そして、ただの人のように歩んでいるのではありませんか。)しかし、聖書を見れば、福音をよく理解して、伝道を理解して、神様の計画を理解した霊の人があると言われています。この部分を両親が理解しなければなりません。今日、あなたがたが家庭の月でもあるのですが、また子どもの聖日も重要ですが、私達が子ども達を教えることも非常に重要です。しかし、この福音がどれだけ正確に伝達されるか、伝達できなければ、大きい事がきます。
 
・教師の問題を見ながら、校長先生一人が自殺をしました。現在、子ども達を教える教師が、全教組を作ったのです。ここにも教師がいるはずです。そのような問題が起きています。残念なことは、その方達が、子ども達を教える人々です。ここに先生がいるはずです。私が先生を見ながら、本当に残念だと考えました。あの人々が、子ども達を教えることができるだろうかという気がしたのです。とても貴重な子ども達を教えるのに、何が問題になるのでしょうか。そのようなことは、私達が分かるすべがありません。みな個人の事情があるでしょうが、私達が見る時は、精神の問題だと思います。今、全教組という教師チームが必要でしょうが、あまりにも高慢、向こう見ずで、話す言葉も多くて、政府に政治をするのです。全てのものをみなしようとしています。教師だけでも良いはずなのに。こういう問題です。すると、自殺した校長を見ましょう。耐えることができなくて自殺をしたのですが、その方はあまり前後がふさがって、むかしのことしか知らなかったのです。だから、若い人々が聞く耳がなくて、抗議しに来たのです。死んだ校長を見て、ある教師が手紙を送りました。詩を書いて送ったのですが、校長先生、その時、校長先生はその樹で美しい花が落ちたことを見て、ゴミといいながら、教師の前でそのように私を侮辱して、掃除しなさいと言ったのですが、私はそのゴミを本当に美しい花びらと見たのに、校長先生が権威を持ってゴミだと言ったから片づけた。今日、校長先生は去って行ったが、その樹の下にはそのゴミではなく、花びらが落ちていると文を書いていました。その詩は多くのことを内包しています。どれだけ、ふさがっていたかということです。校長先生が自殺したことを見れば、若い先生がどれくらい向こう見ずで横行するかという話になるでしょうか。こういう精神問題が、私が見る時は深刻です。
 
・皆様、私たちのインマヌエル教会にくる多くの方達、タラッパンで多くの方達が必ず知っていなければならない部分です。私達は、伝道も重要ですが、それよりも重要なことがたくさんあるのです。私たち自身が多くの精神問題、この三つの問題、何ゆえにイエス様が十字架を背負われたか。根本的に私達が滅びるしかない霊的問題を解決されたのです。これを必ず悟っていなければならないのです。今日の本文を見る時、この人達は、知らずにこのようにしたのですが、私たちはこの信仰教育を受ける理由は、神様の子どもとなった祝福が何かを回復しなければならないことで、もうひとつは、この地の精神問題は深刻なのです。精神が狂っているだけが狂っているのではありません。地球上にくる最高の問題が精神問題です。
 
・先週、大邱集会に行きました。確認してみたら、大邱の道ばたにいる精神病者だけで1万名です。大邱のなかで精神病院で治療を受けた人だけで15万名です。いっぱいになりました。私たちは必ずこの部分を回復しなければなりません。それで、聖書から、あなたがたが今から3つのことをすれば良いのです。福音充満とは何でしょうか?救われたのに、福音充満ということは、今から皆様の家庭、仕事、全てのものを福音の目で見ましょう。それが福音充満です。それで、今から必ずそのようにしてみましょう。福音の目で見始めれば、ひとつずつ発見でき始めます。その次に、あなたがたが仕事をして、勉強をする時、全てのものをする時、伝道の目で見ましょう。はじめは分かりません。時間た経てばどんどん正確になります。その次に、すべてのこと、皆様の問題を全部祈りの中で見ましょう。解決し始めます。あなたがたが、この祝福を必ず受けてくださることを願います。知らないからです。イエス様が十字架ですべての問題を解決した、このことを知らなくて、イスカリオテのユダはイエス様を指して、イエス様を捕えられるようにさせて、パリサイ人達は、知らずにイエス様を捕まえて殺したり、はなはだしきは弟子達はみな逃げたのです。ところが、これが神様のみことばを成し遂げることだと言われました。このようにして、すべての神様の計画がみななされました。今日、あなたがたが救われるということは相当な意味を持っています。皆様の過ぎたあらゆる過去が、神様の計画を成し遂げ、みことばを成し遂げることになるはずです。それで、ここは今、教会学校の教師もいて、両親もいます。今日、子どもの聖日なのですが、特に違うように考える必要はありません。
 
・必ず考えねばならないことがあります。私が幼い時から、教会に通いながら、福音を聞くことができなかったのです。それで、必ず考えてください。それだけ考えられれば良いのです。幼い時から教会に通ったのに、福音だけ聞くことができなかったのです。他のいろいろなことをみな習いました。歌も習って、列を作って回りながら踊ったり、いろいろなことをしたのに、福音だけ聞けなかったのです。12年間教会に通った朴正煕大統領は、福音を聞けませんでした。記憶しなければなりません。その方は、福音を知らなかったのです。ところが、その人は小学校の時から、高等学校の時まで亀尾にある教会に通いました。記憶なさらなければならないのです。難しいことは何にもありません。ここに今、中高等学校の先生もいて、中高等学生の両親もいるでしょう。福音の中にある祝福がどれくらい大きいでしょうか。この良い姿を説明しなければなりません。絶対にそうです。ここに中高等学生を引き受けた方達がいらっしゃいます。それが説明できなければいけません。ここには、今、大学生、青年達が多くいます。皆様は必ず理解しなければなりません。福音の中にあるものすごい霊的知識と、それを知らなければ世に来る問題がこざるをえません。これをどのように解決しなければならず、それが何なのか?を理解しなければならないのです。
 
・そして、年齢が40を越えた方は記憶しなければなりません。あなたがたが、福音という重要な祝福に根をおろして、体質にならなければ、年をとりながら問題が来ます。私はそのようなことをたくさん見ました。この福音がものすごいのです。難しいことではありません。当然に、人間が神様の子どもになることです。それが福音です。福音を難しく考える必要はありません。人間が悪霊を崇めないで、神様を崇めることです。 人間はとんでもないことについて行かないで、正しい道を行くのです。人間が精神が狂う、こういう偶像崇拝をせずに、神様の子どもになることです。人間が運命の中に陥らないで、神様の祝福を受けることです。汚い悪霊勢力に捕えられないで、神様の子どもになることです。これが福音です。これが救われたことです。それなら記憶しなければなりません。
 
・大人は福音の体質にならなければなりません。これが出来なければ、大きいことです。北側で信仰生活して、伝道師までして神学を卒業して、私たちの韓国にきて、勧士までした方が死ぬ時になって、自分が救われたのか、いないか分からないと言いました。そうなのです。これがそれほど体質が怖いのです。皆様、年齢が高くなるほど、年齢が40以上になった方達は、一生の間、完全に成功しようとするなら、福音の深い根をおろさなければなりません。すると、皆様は万事に成功するようになっています。すると、皆様の霊的問題はみな解決します。間違いありません。ここに私たちの大学生、青年達は、これから目を開かなければなりません。福音と霊的知識。これを開くことができなくて、イスラエルが滅びました。私たち中高等学生達は、揺れやすい年齢です。福音の中にある神様の子どもの最高の良い姿を発見しなければなりません。先生は、それを説明しなければならないのです。話をしなくても、教会のなかで試みにあって、教会に通うことがきらいというようになれば、大変なことです。私たちの小学生、幼い子ども達を教える両親と先生達が、難しくせずに、子ども達に正確な福音を、神様の子どもなる正確な福音を教えなければなりません。教会を長く通ったのに、イエスを信じるということと、神様を信じるという話をよく区分できないのです。知らないのです。ある子どもは、私に聞きましたよ。‘先生。神様を信じなければならないのですか。イエス様を信じなければならないのですか' 尋ねるべき質問です。賢い子ども達が多いのです。エリヤが川辺へ行って、何かをするという話をした中に、ある子どもが、その時は日照りになって、雨がふっていなかったのに、川辺に水があったのかと尋ねました。子ども達は、どれくらい賢いでしょうか。私は考えも出来ませんでした。だから、子ども達はそれほど賢いのです。
 
・私達が福音を正確に説明しなければなりません。キリストが何で、神様、父、御子、御霊が三位一体で、この説明が理解できなければなりません。子どもに説明できなければならないのです。私達が神様に会うことができないので、神様がイエス・キリストを送られました。信仰で、神様の子どもになるのですが、その証拠で聖霊が私たちとともにいらっしゃるのです。こういうことを子ども達には、福音に対する正確な説明にならなければなりません。これができなくて、私たちのお隣りのある執事は、子どもが福音も知らないのに、断食をさせて、子どもがみな死んでいくのです。そのような方法でする必要はありません。子どもがなにを知っているのでしょうか。話しを聞かないからと、断食させるのです。子ども達は、とても重要なために、あなたがたが福音を正確に説明をしているか、そうでないかにしたがって、そうでなければ、まちがいなくこういう段階がきます。私が幼い時、福音を聞かなかったので、教会にいたずらをしながら行ったり来たりしました。福音を知らないから、そうだったのです。たくさんの賞をもらいました。そのようなこととは関係ないのです。暗記することを良くします。私は、聖書をたくさん読みました。しかし、福音を知らないから、私は教会に通うことを形式でしていました。それとともに、私が福音を知らないから、信徒に良い姿がないように見えたのです。成長して、青少年期にさしかかって、心とからだは教会を離れたのでした。離れていくしかありません。このようにして滅びるということも知らずに行ったのです。全部、そのような道に行くしかありません。幸いに、私が 20台で福音を悟ったのですが、その時悟ることができなければ、ほとんどみな、年を取ったら体質を変えることができません。この良い福音を知らないのです。
 
・あなたがたの中に、この福音でなくて霊的問題を解決できるのでしょうか。できません。聖書にだけおっしゃっています。神様の御子がいらっしゃったのは、悪魔のしわざを打ち壊すためです。聖書にだけあります。驚くべきことです。体験してみましょう。イエスを信じる者は、死からいのちに移っているのです。体験してみましょう。それで、私が子ども達に占いにいってみなさいと言うのです。終わったのです。驚くべきことです。すぐに分かります。特に悪霊につかれた者は、皆様を見ればすぐ分かります。死からいのちに移った程度ではなく、罪と死の原理から解放されました。どれくらい驚くべきことでしょうか。これを家庭の月を迎えて、一度考えてみる必要があります。幼い子ども達には、正確に伝達しましょう。中高等学生達は、その程度ではありません。福音の中にある素晴しい祝福があるのです。それを説明しましょう。それを見せましょう。中高等学生は、それを見なければなりません。福音を悟った、神様の子どもになったということは、最高に格好が良いことなのです。さらには、社会に入っていく大学生、青年達は、霊的知識がなければなりません。ホセア4:6(わたしの民は知識がないので滅ぼされる。あなたが知識を退けたので、わたしはあなたを退けて、わたしの祭司としない。あなたは神のおしえを忘れたので、わたしもまた、あなたの子らを忘れよう。)に、わたしの民は知識がないので、滅ぼされると言われています。霊的な知識がなくて滅びるということです。悟らなければなりません。知らなければ、大きい事が起こります。それで、訳が分からなくて、社会に行って崩れるのです。訳が分からなくて、結婚して問題が生まれるのです。残念なことです。さらには、40才を越えた方達は体質です。これがよく変わらないのです。これを記憶すれば、あなたがたは勝利するようになります。それで、この契約を必ず捕まえて、今月に皆様の家系に大きい祝福が望むようになることを願います。神様が家庭の月を下さいましたのは、福音を持った皆様に、家庭に、驚くべき祝福で他の家庭まで生かせという使命を下ったことを信じます。
 
・今月にレムナントが全部、回復することを願います。そのまま信仰生活をするのではなく、決断するように願います。信仰生活は、決断が必要です。私たちがローマに行っても、伝えなければならないとパウロが決断をおろしたら、神様が危機の中のパウロに‘恐れてはいけません。パウロ。あなたは、ローマに行かなければなりません'と言われました。決断を下さなければなりません。学生達も決断を下さいなさい。一番、家庭の月を迎えながら、私たちの家庭にある霊的問題を全部解決すると祈りましょう。皆様が祈ることを願います。この頃、あまりに霊的問題が多いのです。早く解決して、私たちの教会を通じて多くの伝道の門が開くように祈るように願います。それで、次の聖日には、両親のために祈るべきなのですが、同じです。こういう重大な問題を知らなければ、解決しなくなっています。それで、皆様の子どもを皆様の次の世代が、この福音の大きい祝福を受ける重要な日になることをイエス様のお名前でお祈りします。
 
<<契約の祈り>>
神様に感謝申し上げます。私たちは、福音を持った神様の子どもなので、これからこの祝福が私たちの子ども達に、レムナントに伝達されるようにしてください。家庭の月を迎えました。今月に神様のみことばを聞きながら、私たちに良心的に家庭の祝福を回復するようにしてくださって、子ども達に神様の正しい福音が伝えられるようにしてください。全世界に散らばっているレムナント達に、神様の証拠が起きるようにしてください。今日、福音の秘密を持って重要な問題が解決するように根をおろす福音の目を与えて下さい。また、この福音を伝える目で、世界を見るようにしてくださって、祈りを回復する祝福の日になるようにしてください。私たちの主イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン
 


2部 / ダビデの信仰の色合いと神様の恵み
(詩38:1-22)
 
・家庭、子ども、また私たちのレムナントが貴重だということでは、話す必要もないほどです。実際に、私達が何をせねばならないことかを考えるのですが、旧約の信仰の人の文を集めたものが詩篇なのですが、詩篇の中にほとんどすべてが、ダビデが書いた文です。そして、新約聖書は 27巻しかならないのに、半分以上の14巻は、パウロが書きました。そのように見る時、ダビデとパウロの話がおもになっているように見ても言い過ぎではありません。それで、私たちは救われた人であることが確実で、ここに私たちのレムナントがいることが確実なために、また特に子どもの聖日で、多くの学生達が恵みを受けねばなりません。私はダビデとパウロを見ながら、必ずひとつお願いすることがあります。受けねばならない恵みがなにかという部分を、今晩に考えねばならないのです。牧師達の中に、本当に祈って良い方達なのに、教会が良くならない方がいます。すると、なぜ良くならないかを早くキャッチすべきです。それをキャッチできなければ、ずっとむずかしいのです。しかし、その方達の共通的な特徴は、人格がなっていないことではありません。人が足りないことでもなく、努力をしないからでもありません。どこに問題があるかというと、基本的なことに問題があるのです。基本的な所、これがならなければ困難になります。
 
・現場で伝道運動がたくさん起きているのに、信徒がどんどん離れて行きます。残念です。伝道運動をせねばならないのに、一度礼拝をささげれば 4時間取られます。だから、忙しい信徒は、はじめから行かないらしいのです。あまりに時間がたくさんかかるからです。今まで、色々な事が起きて、信徒のあなたがたが信仰生活しながら失敗をしました。信仰生活をしている途中で、他人に損害を与えたり、信仰生活をしている途中で葛藤があるのです。こういうことは、福音を持った人はみな理解します。何かがずっと良くならなくなります。これが小さな問題ではないのです。この部分が、まさに基本的な部分です。こういう部分を早くキャッチして、子ども達を育てなければなりません。皆様が違ったとしても、子ども達はそのように育てなければならないのです。レムナントに揃えてやらなければならない部分が何でしょうか?基本を取り揃えるべきなのです。この部分が取り揃わなければ、一生、苦労します。苦労しているあなたがたのように、また苦労します。それで、こういう部分をよく教えるべきです。
 
・今日も、問題を起こしている人々の話を少し聞いたのですが、特に問題にする必要がありません。良い仕事をしておいて悪口を受けたり、違ったことをしておいて正しいと言うのですが、基本がなっていないからです。人はどのようなことをしても同じです。例えば講壇上にある手拭いを頭にかぶって通えば異常です。人は基本的な問題です。私が本当に尊敬する牧師一人は、とても良い方なのに、教会に行く所々にデマや問題が生まれるのです。祈りも多くして、勉強も熱心にするのに、本当に残念だと考えるのですが、この方を静かに見れば知ることができませんし、対話だけでは分かりません。実際に私と親しい信徒一名がそこにいるのですが、なぜしばしば信徒がおしゃべりをするのか? なぜ教会がどんどん良くならず、その良い牧師をこうだ、ああだと言うのか? と聞いたら、その青年は私をよく知る青年なので、簡単に答えました。まず、礼拝をささげると1時間 40分説教するということです。分かりました。なんの話なのか、基本がだめなのです。
 
・このダビデに、私たち学生達が習うべき部分です。ダビデは最初、何から基本ができていたのでしょうか?それは、福音から基本になっていました。ダビデは口を開ければ、主のために。幼いダビデが主のために。主は私の羊飼い。これは単なる話ではありません。すでに福音の基本が正しくなっていました。また、ダビデが家で羊を飼いなさいと言われたら、羊一匹が足りなければ、いのちをかけて探すのです。すでに、このダビデが聖書にIサムエル 17章に、獣が羊を奪って行けば、獣と戦っても羊を探し出してきました。そして、奇跡的に獣に勝ったのです。ある時には、Iサムエル 17戦うと、偶然か、実力なのか、獅子にも勝ったとなっています。こういうダビデでした。戦争が起きて、父がダビデをお手伝いに送ったのに、Iサムエル 17:18 父エッサイがダビデにこう話します。兄にこれを持って行って、千人隊長にこれを持って行って、しるしを持って帰ってきなさい。そのまま持って行って、しるしを持って来なさい。そのように話します。こういうことを見る時、ダビデが福音と生き方の基本を揃えていました。これがものすごく重要です。皆様、基本が揃っていないと、どんなにしても良くならないのです。基本が揃っていなかったから、それで私達が家庭の月、子どもレムナントといえど、学生に正しく教えなければならないことが何でしょうか?基本的なことを正しく教えるべきなのです。福音を教えるべきです。私はあまり極端な経験を持った人が、学生を教えること嫌います。それは基準ではありません。私が何かある体験をしても、それは基準ではないのです。子ども達は、最も正常で、最も福音的なことが伝えられなければならず、最も正しい理性と最も正しい福音が伝えられなければなりません。特別なことが伝えられてはなりません。だから基準が正しくならなければなりません。ダビデが王になった時もそうであって、困難を受けた時もそうです。ダビデはすばらしい人物でした。それで、私たちのレムナントと今、難しい目に会っている方達、こういう方達が福音とすべての部分に基本を揃えましょう。すると、ある日、できる日が来ます。そうでなくて、基本を強固にしなくて、しきりに何かくっつけようとすれば問題がきます。それで出来ないことも私たちにありますが、神様がするようにさせてくださる部分ですが、基本的な部分を正しく揃えるべきです。一言で、ダビデは基本ができた人でした。福音の基本ができていて、すでに祈りの基本ができていた人です。だから、勝利するしかない人物です。私たちレムナントが、このようにならねばならないのです。難しいけれど、基本を揃えましょう。説明するのが難しい部分なのかも分かりません。基本を確かにするということは、どういうことがなったのか、確実にわかりません。本当にむずかしいのです。伝道運動をしながら、静かに見れば、伝道運動をするのに、問題を起こす特定の人物の特徴を見れば、基本ができないでいます。基本がなっていないことを話すことはできないでしょう? 結局、本人が損害を受ける場合が多いのです。そのような話をしようとすれば、あまりに複雑で、またする時間もありません。しかし、私達が子どもの聖日を迎えて、レムナントを育てようとするので、私達が子ども達をどのように育てなければならないのでしょうか? 子どもに福音と生活の基本を正しく教えてあげるべきです。基本が正しくなければ、また苦労します。それで、今日、すべてのレムナント、またそして、私たちの学生達が基本的な重要な福音と教育を強固に受けねばならない、そのように考えて1部礼拝の時、少し申し上げましたが、幼い子どもの時は、正確な福音を聞くことができるべきです。そして、私たちの中高等学生の時には、この福音を持ったということは、普通の祝福ではありません。これが素晴しいことなのです。こういう伝道師、こういうリーダー一名だけあれば、学生達を生かします。そして今、この福音は絶対に知らなければなりません。今、霊的問題が深刻なために、こういう部分を正しく知って行くことが、大学と青年です。それも知らずに行けば、理論は明らかですが、なるようになりません。どのように世の中が自分の思い通りになるでしょうか? だめになります。それで、未信者の中で生活することは大変です。朝にも話したように、年齢が40才を越えると、直すことができません。人には経験というものがあるので、どのように直せるでしょうか? 福音の根がおりなくて年を取ったらどのようになるのでしょうか? 最初はなるかもしれないけれど、こういう部分を話しました。その中で、皆様に神様の恵みで今、福音を伝える重要な場に立つようになりました。神様の大きい祝福が本当にあるようになることを主の御名で祝福します。
 
・今日の本文を見ると、こういうダビデにも苦しみがきました。参考にすべきです。基本が強固で、福音を悟っていました。すると、なんの苦しみもない、そのような話にはなりません。こういうダビデにも、今日 1節を見ると、主の怒り、3節には主の憤りで、私にどれくらい困難が来たと、あまりに難しければ、私たちもそうでないでしょうか? 私が、自分の罪によって、自分のとがの荷物が重いと 4節に表現していて、ものすごく疲れていて、不安だと表現しました。10節を見ると、気力がみな落ちて、私は耳が遠くなった者のようで、おしのようだと言っています。そして、ダビデがとても憂う部分が出てきて、特に19節にこういう話しがあり、無理に私を嫌う者が、強くなっていると言いました。この時、ダビデが最も困難に会ったのです。今日、皆様が信仰生活をするなかで、神様の民も、あなたがたも困難に会うことがあります。ところが、2番目にダビデがこういう時、どのようにしたのでしょうか? 聖書にいくつか整理してみれば、詩篇23:1 主は私の羊飼い。ダビデが勝ち抜いた方法です。Iサムエル17章、ダビデは、私は万軍の主の御名によってあなたに進むと言いました。ダビデが頻繁に表現する言葉の中で、私の盾、私の要塞、私の避け所、こういう話をたくさん使用しました。この話は、ダビデが困難がくる時ごとに、深い恵みの内に入っていったということになります。解決策で、ダビデが困難を受ける時ごとにしたことです。事実は重要なことにあったら、何をせねばならないのでしょうか。深い恵みを受けねばならないのです。無条件、無計画に祈るということではありません。本当にダビデのように、深い恵みを受けねばならないのです。ところが、あなたがたが銘記せねばならない三番目のことは、神様は救いの秘密を持った人である皆様、伝道者がであるのが確かで、祈る人ならば、恵みを与えて下さるのです。神様が恵みを与えてくださいました。私はヨセフを見ながら、神様の恵みだと思います。あのような困難をどのように勝つことができるのでしょうか? 神様の恵みです。人に死が迫るのに、勇気が生まれるということは、神様の恵みです。私が知っているある方が話したのですが、夫婦が日本に行ったら、10階の建物か、7階の建物かが揺れて、這って降りてきたということです。たぶん、地震が大きくあったようです。二人の話が面白味かったのですが、二人で悔い改めたということでした。より笑ったのは、男の人一人がおりて行ったということです。夫人が一緒に行かないのかと言ったら、真っ青になったということです。そして、私を置いて逃げる人ですと言いました。それで、そのご主人が言うことは、早く降りてこなかったからだと言いました。人が困難にあったら、どのようになるのでしょうか? ここにいる二人の中で、誰かがまず死ぬとすれば、どのようにするでしょうか? 人ならばそうです。困難に会った時、死ぬということが明らかなのに、そこで堂々とできたということは、神様の恵みです。どのように、私たちの力でできるでしょうか? 私は聖書を見ながら、そのような困難の中で、勇気を持って信仰を守ったということは、まさに神様の恵みだと思いました。神様がそのような心を下さらないでしょうか? シャデラク、メシャク、アベデネゴは、火の中に入っていくのに、明らかに死ぬと知っているのに、そこで何だと話したでしょうか。三人が全く同じく、主なる神さまは私たちを救い出してくださいます。たとえそうでなくても、私たちは偶像にお辞儀をすることができないと言いました。その心がどのように生まれるのでしょうか? 神様が、たぶん深い恵みの中で力を与えられたのでしょう。日帝時代、神社参拝を拒否した人々に、神様は大きい力を与えられました。共産主義の手で死ぬ時、力を与えられました。Iコリント10:13 脱出の道をくださって、力を与えて下さるのです。たぶんそのようなことです。心配しないようにしましょう。あなたがたに3つのことを明らかならば、間違いありません。
 
・この地に生きる間に、伝道者、福音を持った者であれば、迫害もくることがあります。しかし、伝道者であることが確実で、神様の子どもであることが明らかならば、神様は脱出の道を下さるはずです。それがまさに、神様の計画を成し遂げる機会になります。ダビデがどれくらい困難をたくさん受けたでしょうか? それで、私たちは次の週には旧約と初代教会の家庭がどのようにしたか、聖書を注意深くみようと思います。今日、私たちはダビデを見ながら、救われた人であることが確かならば、この祝福を味わわねばなりません。それで、私達が霊的問題を解決する色々な道があるなかで、皆様が結論的に記憶すべきです。既にイエスを信じれば終わったのです。しかし、残っていることがあります。今回、ソウルで重要な働き人たちとそのような話をしました。霊的問題がたくさん残っているのです。これを解決しようとすれば、まず3つのことをしましょう。第一には、なんでも事実的なことを見ましょう。事実的にすべきです。またひとつ客観的に見ましょう。そして、今日ここにあるとおりに、基本を堅くしましょう。それで、皆様の霊的問題が、目に見えないように解決します。既にイエスを信じて終わってしまったのです。身分が移されてしまいました。既に手術をしたので、回復だけすれば良いのですが、そこで3つのことは記憶すべきです。事実的なこと、今からあまり仕事を目立るようにしようとせずに、事実的なこと。すると、恵みを受けるようになっています。可能ならば、客観的な人になりましょう。そして、福音と信仰生活の基本を堅くしましょう。私たちの学生達が、必ず記憶すべきです。両親が子ども達に教育をさせる時、事実を確認する教育もさせるべきです。これは簡単なことでなくて、普通、世に行って聞いてみた話の中で、ほとんど事実であることはありませんでした。私がインターネットに入っていって確認してみたことの中で、ほとんど事実のことはありませんでした。すぐに世界を動かしているフリーメースンのインターネットの入ってみましょう。違うのです。そのようにできていません。それで 21世紀を予測する人々は、インターネットを informationでなくて exformationになるはずだと言いました。同意します。人がみな作り出しています。神様のみことばでなく、完全なのものはありません。参考にだけするのです。信じてはなりません。ほとんど事実ではありません。特に指導者になる方か、教会に重要なことを引き受けた方ならば、一方の話しだけ聞いて決定すれば、大変なことになります。いつでもみな聞いてみて祈らなければ、人々はほとんどみな話す時にも、感情を入れたり、何か目的があったり、何か動機があったり、何か人を破ろうとすることがあったり、何か自分の立場を入れています。それを見て、客観的に話す人が、それほどいません。私たちのレムナントは、それを育てなければなりません。それを育てて世の中に行って、福音を持って、福音は事実であるゆえに、事実を見る目があるべきです。法廷に一度行ってみましょう。人の死ぬ、生きることが判事の勝手で、印象が汚いからと死刑にしません。あなたがなにか泥棒のように生まれたから懲役 5年、そのようにしません。いつでも、告発した検事の話を聞いて確認してみて、その次にそうでない反対側の弁護士の話を聞いてみます。その二つの根拠を調査してみるのです。そして、すぐにはしません。本人に確認してみます。それで終わりません。現場に行って確認してみます。事実の場合死刑というので、気分が悪い、印象が汚い、だからすぐに死刑だと言いません。そうではないでしょうか? それで、私達が信仰生活をするなかで、ほとんど事業をしてもそうで、信仰生活をしてもそうで、私はほとんど見たら、何でも疑ってはならないけれど、それほど事実的なことはないなと思います。よく見ましょう。事実だけ見るようになれば、伝道も成功して、全部みな成功します。
 
・私が伝道師の時、はじめに伝道を始めたのに、何の力があるでしょうか? 教会学校を生かさなければならないのに、私に力があるでしょうか? 実際に力がありません。それだけ認めても仕事になります。ところが、うわべで学校の前に子どもが出てくるのに、伝道紙を渡して、それが伝道になるでしょうか? むなしい事になるでしょう。事実だけ見ても成功します。これではないと思いました。行って印刷紙を分けながら、これではない、これで何で子ども達が救われるのか? その時に、頭にかすめたことが、子ども達を長期的にずっと一名ずつ一名ずつ、エリートはエリートとして、特別な子どもはその子どもとして、呼んで教育させることで、紙を渡すのは時間浪費であって、福音を伝えることではないと思ったのです。それで、発見したのが、聖書のタラッパンです。それで信徒の家を借りて、子ども達一名ずつ、エリートと連結して聖書勉強しました。ですから、私たちは事実的な目だけ開かれても成功します。特に私たちレムナントが、教会に行って試みに会うことはありません。たわごとを聞いて、どこかに行って他人の話を聞いて、米国、ヨーロッパで勉強する学生達が、今事実でもない、瞬間的に出てきた言葉、雰囲気によって出てきた言葉、感情によって出てきた言葉、おとなが不十分に話す言葉、全部、腐敗した言葉、こういう言葉を聞いて、レムナントは死ぬということです。正しくわかって、そのようなこともあるのだなと、精神を整えて信仰生活しましょう。ほとんどすべてが、世の中のことは事実ではありません。だから確認すべきです。そして、人には、客観性があるべきです。皆様、必ず記憶すべきです。ある時、あまり客観性なく米国を回りながら、韓国のメッセージは柳光洙牧師で、このメッセージを本当に悟った人は一人もいないという客観性ない言葉ですが、そのように言った人が多いのです。全部基本がならなかった人です。柳光洙牧師、インマヌエル副教役者は多くても、メッセージが全部、悪い水で、自分は良い水だと言う人もいました。全部、客観性がない言葉です。そのような人々の特徴が、ほとんど基本が良くありません。学校を出てこなかったり、家を出てきたり、ほとんどみな特徴が、基本が良くできていないのです。だから、だめなのです。だから、途方もない祝福を受け取っておいても、いつも悪魔のお手伝いをさせられるのです。私はなぜ、この話をするかというと、子どもと家庭、私たちのレムナントを見る時、これが単なるメッセージだけでしょうか。神様が私たちに単なるメッセージを与えて、礼拝をささげようとするのでしょうか? また、一度礼拝をささげて行けとうことでしょうか? それではないのです。神様が私たちのレムナントに、重要な基本的なこと、福音も基本を正しく揃えて、祈ることに基本を正しく揃えて、少しだけ客観性ある、こういう人になれば、成功するしかないのです。そして、少しだけ事実的に見れば、皆様がどんなにないところから始めても成功します。レムナントは、この契約を捕まえてくださることを望みます。なぜでしょうか?神様の人だからです。あなたがたは、福音を持っているために、どんなに困難が来てもかまいません。神様が皆様をを救われたので、新しい力を与えて下さるのです。それでこそ、霊的な問題が解決します。私たちの学生達にほとんどそのような部分がないけれど、おとなには多いのです。霊的な問題は、誰でもみなあります。このようにしてこそ、正しく癒されるのです。現場に行ってみましょう。どれくらい畑が多いかわからなくて、私達がこれを知らなく、ほとんどすべて、客観性がなくて、ほとんどすべて事実性がありません。ほとんどすべて、基本がならなくてやられています。こういう部分を知っていれば、霊的問題が癒され始めて、私たちレムナントは、大きい祝福を受け始めるはずです。ダビデがこういう目がありました。この時神様が、逃げることではなくて、恐れることではなくて、死ぬ生きるは問題ではなくて、神様が私に石を投げる技術を知るようにしたので、ゴリヤテと戦うと言ったでしょう? 悟ったのです。行って、お前は剣と槍で出てきたが、私はお前が侮辱する主の御名で立ち向かう。ダビデが言った言葉です。どれくらい論理的な話でしょうか? 今日、主がお前の首を私にくださった。ダビデには自信があったのです。戦って勝ちました。一時で、戦況がひっくり返ったのです。こういうダビデにも困難が多くありました。私たちのレムナントと聖徒たちが、揺れたり、気落ちしないように願います。その時ごとに、ダビデはまた一ケ所、恵みの中に困難がくる時ごとに、また一つの深い神様の計画の内に、その時ごとに神様はダビデを世界的に大きい答えを下さいましたという 事実です。必ず記憶なさるように望みます。結論的に、またレムナントに頼みます。信仰生活をするなかで、福音も祈りも事実的に習いましょう。世の中を見ることも、可能ならば少しだけ確認してもかまいません。両親が、1・2 回触ってあげたらよいのです。子ども達が話す時、両親が修正してあげても、先生ひとりだけよく会って小さい修正をしても、一生が左右されます。
 
・一度、私にこういうことがありました。外に行って帰って来たのに、いきなり私の父がほっぺたを殴ったのです。いつも殴らないのに、突然に殴られて鼻血が出ました。その時、私の母がなぜ子どもを殴って鼻血を出させるのか? 知ってみたら、お隣りでけんかがあったのですが、それを見て帰ってきたら、私の父が小さい奴が戦い止めようと行ったのか? そのようなことを何で見る必要があったか? と殴ったのですが、鼻に当たったのです。その時から、けんかの見物は絶対にしませんでした。しかし、年を取れば取るほど、それが分かりました。そこに何ゆえに行くのでしょうか? 私の父がけんかをするのを見てきたと殴りました。親が鼻血を出しても、そのような方法ですれば大丈夫です。1・2 個の教育がものすごく重要です。なにか、私が悟れるようにしました。私が何ゆえにあんなことを見るのかということを感じるようにさせたのです。それが、一生に影響します。私達が違ったことをする時にも作用します。ダビデが単に習ったのではありません。私たちの学生達が、小さい福音を事実的に確認して、皆様が祈りも事実的にして、聞いて、仕事をすることも事実的に進行するならば、成功します。相当な霊的問題が解決し始めます。そして、そこであらゆる答がみな出てくるのです。少しだけ他の人を配慮して、少しだけ前後を考えて違った話にならなくて、これが客観性ということです。どんなに正しいことでも、時刻表を見て、それが客観性です。そして、これが間違いないならば、東西南北、下上左右を考えるべきです。それが客観性です。こういう頭があるべきです。ダビデに、そのようなものがありました。だから成功するのです。それとともに、ダビデは単なる人ではありません。祈りの深い基本を持っていました。ダビデは、神様を知る知識が飛び抜けて、基本を揃えていました。学生の時、基本を揃えましょう。皆様が今、祈りに対する恵みと、正しい祈りの基本を合せることができなければ、無神論者と似ているように生きるようになって、違うように知っていれば、神秘主義者になります。二つの中にのひとつです。知らなければ、未信者のように生きます。違うように知っていれば、神秘主義者になって、祈りも最も事実的ながら、最も正しく、このように分からなければなりません。祈りも心配になります。レムナントが、正しく習うべきです。最も事実的で、最も正確に、そのようにすべきです。それで、詩篇をずっと勉強する中に、私は特に私たちのレムナントと学生達と幼い子ども達が、大きい答えを受けねばならないのです。私はそのように見ています。今日、あなたがたが新しく始めることを希望します。すると、すこし退屈なこともあります。しかし、そうではありません。事実をよくみつめて、深く祈って、深くするほどかまわないのです。違うように知っているのに深くしたら、大変です。そうでないでしょうか? 違ったことを見たのに、深く違った道をずっと行けば、それは違った道です。あなたがたが、何でも客観性を持って、神様の前に深く祈れば、大それた道には行きません。そのような時には、断食してもかまいません。いくら深くしてもかまわないのです。なにか基本を堅く揃えて、神様の前に深く祈ることは、いくらしてもかまいません。学生達がそれを習うべきなのです。それでこそなるので、違ったことを捕まえてずっとするのは、違っているのです。
 
・ダビデのように、貴重な祝福を今日から受けるようになる皆様になることを本当に主の御名でお祈りします。ずっと詩篇を見れば、どのようにせねばならないだろうかを探して、答えを受けねばなりません。まず今日、この契約を捕まえましょう。基本と福音的な事実と、あらゆる客観性を持って神様の前に深く恵みを受け始める、このように祈って問題が解決する皆様になることを主の御名で祝福します。
 
<<契約の祈り>>
感謝を神様にささげます。福音と祈りと信仰の事実的な恵みを与えて下さって、ダビデのように私たちに真に色々な時刻表を見ることができる客観的な信仰を与えて下さい。どんな困難が来ても、福音と祈りのなかで、強固な基本的なことを揃える神様の子どもになるようにさせてください。それで、暗い世の中、事実でないことに揺れる世の中、客観性を完全になくした世の中、基本が揺るがす世の中で当然に必ず勝利するようにさせてください。イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン