2003年 06月 22日 インマヌエル教会聖日メッセージ


  1部 /イエス・キリストか?殺人者バラバか?
(マルコ15:6-15)
 
 
・誰かが私にこういう話しをしました。病院でがんになって、手術する人を見て、本当にうらやましいと感じたということです。病院で手術する人が、何でうらやましいのでしょうか? そのように話した人は、自分はがんになったのですが、手術が不可能らしいと聞いたのです。私に会ってその話をした人が、一ケ月後に死んだという知らせがきました。皆様が今日礼拝しようと来ましたが、その中には本当に真理のみことばを聞くべきだと思って来た人もいて、そうでなくて、家族が行こうと言うからやむを得ず出てきた方もいるでしょうし、またある方達は、元々キリスト教の家庭だからと、単に聖日であるから礼拝をしようと来た方達もいて、ある方は聖書を読んで祈って来た方達もいて、ある方は聖書がどこにあるかと探してから来た方達もいるでしょう。
 
・今日、皆様が一緒に読んだ本文は何でしょうか? 特に考えることなく読んだ方達もいるでしょう。今日、イエス様が十字架にかかって処刑を受ける時、ユダヤの法律にしたがって過越祭になれば罪人一名を釈放するようになっています。その時、裁判官がイエスを釈放することを願うのか? バラバを釈放することを願うのか?と質問しました。その時、全国民がバラバを釈放せよと言いました。バラバは殺人強盗なのに、バラバを釈放する内容です。どっちみち二人の中に一人を釈放せねばならない裁判官は、民の歓心を得るために、誤ちはバラバが多かったのですが、バラバを釈放したという内容です。
 
・私は、学校に通いながら、英語の勉強もして、幼い時から漢字の勉強もして、数学の勉強もして、みなしました。また、家庭で私の母の教育を確かに受け取りました。私の母がとても充実した教育をさせてくれました。母のしっかりした教育に反発心が生じて、食べなさいと言われるものを食べず、反発心を起こしたことがあります。ところが、私が大きくなりながら、学校で勉強をして、いろいろな本も読んだのですが、2つの教育を受けることができませんでした。その2つの教育は何でしょうか? 普通、私たちの学生達もそうです。
 
・私がある時、教会に熱心に通って伝道をしたのですが、教会が復興して、千名程度が集まるようになりました。ところが、周辺の教会が信徒を抜かれるから、そのまま置いていてはだめだといううわさが広がりました。私は感じなかったので、知らなかったのです。それで、この方達が私に電話をして、コーヒーを一杯飲もうと言うので飲んで、次には風呂に行こうと言うので、風呂にも行きました。ところが、一日中風呂に入って遊んでいるので、時間が惜しかったのです。家でもお茶を飲むことができるのに、惜しかったのです。ある日は、コーヒー一杯飲もうと言うので、家にもコーヒーがあるのにと思って行かなかったのです。しかし、その話は交わろうということでした。行かなかったのです。その周囲に人々がかたまって 100%嘘を作り出して書いたのです。そのことが全世界に広がったのです。私は驚きました。ヨーロッパまで行っても、悪いうわさが出ていて、正しい言葉や正しい話はよく伝わっていず、嘘や冒涜する話しや、人を難しくする話しが、どうしてそんなに早く広まるのか、困難にあいました。それで、私はなぜそうなのか? こういう教育を受けたことがないのです。知らずにやられてしまいます。いままでです。
 
・そして、私がどんな教育を受けることができなかったのか? というと、私のそばに、お母さんが精神異常者で病院に入院して、お父さんはトラックを運転する運転手の人がいました。お母さんが病院に入院しているので、病院費を儲けるべきなのに、遅い時間に誰かがお願いをして、トラックに引越荷物を積んで行くとき、動物が一匹はねたので、本能的に避けて相手側のバスにぶつかって死にました。その時、私が「異常だ。なぜそうなのか? あの家には小さな子どもが3人いるのに、お母さんは精神病院にいて、父が死んでしまえばどうなるか?」私の心の中に神様は生きておられるのか? 神様が生きておられるなら、なぜあんな事が起こるのか? という考えになりました。こういう教育を確かに受け取ることができなかったのです。なぜそうなのでしょうか?
 
・私がある日、聖書を見ながら重要な答があることを知りました。聖書で2つの重要なことを悟ったのです。今日の本文の話は、単なる話しではなくて、育っている青少年であるあなたがたにも重要な話となります。また幼い子ども達も、こういう教育を聞くことも、受けることも出来ないのです。今日、イエス様が完全に罪人のように追い込まれて、むしろ殺人強盗バラバが特赦で釈放される場面を見ながら、多くのことを悟りました。今日、短い時間の中にすべての背景を説明することはできません。
 
・私は時々、なぜあの家にはみんな病気で死ぬのか? こういう部分とか、少しずつ目をあけて見ると、この世の人々が、なぜ災いの中に陥って困難にあうのか? こういう部分に答が出て来なかったのです。本当に私は、遅く悟りました。神様が私たちに救われなさい、福音を理解しなさいと言われたのですが、その時から分かるようになりました。「受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には神の子どもとされる特権をお与えになりました。」いったいイエスを信じれば、神様の子どもになれば、どうなるのでしょうか? ローマ8章 2節を見ると、罪と死の原理から解放したとされています。いったい神様の子どもになれば、どうなるのでしょうか? 真理を知り、真理があなたを自由にします。後ほど悟れました。福音を理解するということ、神様の子どもになるということは、人間に臨む災いとあらゆる霊的問題から解放されることだと、後ほど知ったのです。私がこれを知って、伝道し始めました。言ってあげなければならないからです。
 
・私の家は、長い間、仏教を信じる家系でしたが、私が中学校 1学年の時、父が亡くなって、母が私たちを育てようと苦労しました。私も知らない間にむずかしい、貧しい、こういうものが頭に入りました。なぜそうなのか分かりませんでした。ところが、この地に生きる人々が、ほとんど霊的問題にあっています。それで、神様が私たちに福音を下さったのだなと分かりました。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。」それが理解できるようになりました。
 
・今日、私が座って韓国讃美歌101番の賛美を歌いました。(主イエスの御名こそ、高く尊し) 果して、ここに座っている方達が、ひょっとして生まれて初めて教会に来た方、福音を深く理解できない方は、この賛美が理解できるでしょうか? '主の前に私がひざまずき'ひざまずくということは、何にでしょうか。また、その名前を賛美する、こういうものが理解できるでしょうか? 私が、救いが何か? を知って、神様の子どもが何かを知りました。人は誰でもこの世を生きている間に、運命の中に陥って出てくることができません。それで、神様が子どもになれと言われるのは、そこから抜け出てくるようにすることです。いよいよ私が知るようになりました。これを福音だと、そして、救いと言うのです。
 
・ここには、私たちの大学生、若い学生達がたくさんいます。私が昨年に、私たちの中高生を集めて、その時、学生達が3000人ほど集まったのですが、その時、宿題を一つ渡しました。'今日から一度だけしてみなさい。大韓民国の中には、神がかりの占いが本当に多いのです。伝道をしようと行ってみなさい。伝道しにいって、何をするのでしょうか? 行って吉凶を占ってみなさい。'その宿題を渡したのです。すぐに行った学生達もありました。その宿題を出した理由は何でしょうか? 本当に悪霊につかれて、目が開いた人がいます。霊的な目が開いたこの人達は、神様の子どもの皆様を見る瞬間、理解するのです。本当に驚くべきことです。それで、中国に入っていったら、中国に易、シャーマニズムの人が見た瞬間、分かったということです。驚くべきことです。人間には運命があるのですが、この暗闇の権勢の下に捕えられている運命があるのですが、それから抜け出てくる道が福音です。私はこれを遅く知ったのです。それなら、命をかけるべき程なのです。
 
・人間は滅びるしかなくて、どんなに成功しても失敗するしかなくて、成功するほどより問題がきます。ここに私たちの学生達がいますが、福音を知らなければ、神様の子どもになった祝福を知らなければ、成功するほどより失敗がきます。これをどのようにするのでしょうか? 私はこれを知るようになりました。これが福音だな! 福音を知らない人々の行動がここに出てきました。ある面で当然なのです。世論に従って動くしかありません。私がこの前、米国に行った時、ニュースでずっと出てきました。何のニュースかと思ってずっと見たら、マイケル・ジャクソンに関するニュースでした。この人が、精神が異常になって、幼い子どもを捕まえてホテルで子どもを屋上から投げるまねをして大騷ぎが起きました。今週に、最も悪口をたくさんされた人の名簿にマイケル・ジャクソンが上がっていました。放送で一時間ごとに、一度ずつ出ていました。それとともに見たら、手術を多くして顔が崩れたという言葉も出てきました。私がそれを見て、本当に人間は成功しても、神様を知らなくて、福音がない場合、あのようになるはずだと理解できました。誰か福音を知っている人が、マイケル・ジャクソンに福音を伝えなければならないという気がする程でした。
 
・こういう霊的問題がくれば、分からないのです。私たちは、そのまま生きていくのです。今日、私達が必ず理解しなければならない部分が何でしょうか。この短い時間に、長い全てのものを言うことはができません。私は、命をかけて福音を伝えてもかまわないという答を得たのです。私は、この部分に多くの重要な全てのものがみなあるという答を得ました。これを知らない人々は、変に動くしかありません。それとともに、私が群集心理は知っていなければならないけれど、その無知の中に陥ってはならないのです。今日の本文にあるとおり、世論を分析して飛び抜けなければなりません。しかし、世論信仰になってはならないのです。現実と事実をよく把握しなければならないけれど、私たちは現実に陥ってはなりません。今日の本文が、そのような内容です。
 
・バラバを生かして、イエスを十字架にかけよという内容です。単に過ぎ行く内容に見えますが、これによってどれくらい大きい呪いをイスラエルが迎えるようになったでしょうか? 皆様がおわかりの通り、即、過ぎることができる内容ですが、信仰生活をする人や、社会生活をする人は、よく知っていなければならない内容です。ほとんどみな世論を追って動きます。それで崩れるのです。私達が世論に明るくなければならないのですが、世論信仰になってはなりません。
 
・それで私は、今日の本文を見ながら、3つの信仰を持てば良い、そうすべきだと説明したいのです。聖書の中に入っている内容は多くあります。しかし、聖書は一言で話そうとするなら、滅びの中にいる人間は救われなさいという本です。すると、聖書はおもに内容がどのようになっているか、全部見れば海外に行って、外側で信仰生活をした本です。そのように理解すれば正確です。アブラハム、カルデアから故郷に帰ってきた話し、モーセ、ヨセフ、全部エジプトで苦労して帰ってきた内容です。それが創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記です。その次に、バビロン、アッシリヤの捕虜になって、帰ってきました。旧約のT、U列王記、T、U歴代史。すると、新約聖書には何となっているのでしょうか? ローマという国に植民地になって散らばっていて信仰生活をした内容です。それならすぐに察知できることが何でしょうか?
 
・私が今回、シアトルに行ってお願いをした内容です。すると今、バビロンやローマ、アッシリヤにあるという話は、散在しているということです。散在した者、旅人という意味です。Iペテロ 1章 1節を見ると、各散在した寄留者にと言われています。それで、私が使った単語がレムナントです。レムナントということは、散在した者、残った者という意味です。聖書で重要な内容です。それで、私たちは「切り株」という言葉を使うこともしました。
 
・いったい聖書で何を言うのでしょうか? 私はこれを見て、3つのことを理解しました。私たちは、どんな信仰を持つべきでしょうか? 強大国の中で、あの世の中で生き残る信仰を持たなければなりません。ヨセフのように、今日、私たちの学生達に必ず頼みます。皆様が生きていく間に、安らかでおもしろいこともたくさんありますが、ものすごく難しい事もあります。皆様が今、両親に頼って勉強をしていますが、後ほど、どのようにするのでしょうか? 色々なことがあります。特に、海外で勉強する留学生もたくさんいます。それで、聖書は私たちに何を言うのでしょうか? 終わりまで生き残る切り株信仰を回復しましょう。その話です。救われた福音を持っているけれど、その救いの福音はどんなことでしょうか? 終わりまで生き残る切り株になれということです。
 
・孟子がこう話しました。神様を知らない人ですが、偉丈夫な男子は、どのようにすべきか? 真の男子は、どのようにすべきか、3つを話しました。その一番目が、貧窮に不能と言いました。なんの話でしょうか? どんなに貧しくても揺れないということです。また富貴に不能。どんなにお金が多くて、どんなに富を味わっていても、堕落しないということです。そして、権勢を不能、どんなに力があって、権威がある人の前でも、屈しないという意味です。話す背景を見れば、世の中がものすごく難しいということを言っています。
 
・今日、皆様にものすごく重要な祝福があるようになることを希望します。私たちは、信仰生活をどのように勝利せねばならないのでしょうか。終わりまで生き残る切り株信仰を持つべきです。聖書を静かに見れば、信仰が良い人、ヨセフ、ダビデという人物が、難しい中で一回も恨んだことがありません。この人達を見ながら、たいしたものだという気がしました。
 
・今回、シアトルにいる学生達、おとなに話しました。海外で生き残る信仰を持つべきです。米国に行ったところ、米国で飛行機に乗っておりれば、目的地まで行くのに2時間以上ずつかかる所が多いのです。ある時は、3,4時間もかかる所も多いのです。普通乗って1・2 時間かかります。牧師一人が私にいっしょに行きます。行けば、こういう話、あんな話をするのに、私が話を聞いてみれば、この方は知っていることも多くて、賢い方のようでした。多くの話をしました。米国はこうだ、あるものはああだ、言わばこういう話です。私が降りながら、そのような話をしなくても良いのですが、その方を見て話をしました。「先生のなさったことばは、みな正しいことのようです。たくさん参考になりました。しかし、先生が持っているその信仰では、米国福音化ができません。」と言ったところ、この方が、敢えて私がそのように話すとは想像することもできなかったのでした。はっと驚きながら、そうですと言いました。私たちは、そのような信仰を持って、これからの難しい時代を生きていくことはできません。今日、ここには学生達、レムナントがたくさんいます。神様のみことばを捕まえて、どんな困難が来ても生き残る信仰を持つべきです。それが聖書に一番目に話す内容です。どんな困難が来ても生き残らねばなりません。その信仰が何でしょうか? 神様の子どもは生き残ります。この信仰を持てということです。
 
・今日の場面を少し見ても分かります。イエスを十字架にかけて、バラバを釈放せよ。これが今日の世の中なのかも知れません。あの強盗バラバを釈放して、イエスを十字架にかけて殺せと群衆が言いました。だから、裁判長がどうしようもないほどの状況もなって、そのように決定したのです。歴史にあったことです。今日、それを読んだのですが、私たちの世の中がそのようなかもしれません。そのために、私たちは正しく信仰を持たずには生きることができません。それで、今から祈り始めるように願います。
 
・今日、堂会で集まって何の話が出てきたのかというと、堂会員たちから一日ずつ断食しながら祈ります。すべての信徒も、必要な人は賛同してください。目的は何でしょうか? 私たちの子ども達を正しく教育させることができる建物を準備しようということです。それで、私達が本当に生きておられる神様の前で祈りましょう。今、子ども達の教育がどれだけ深刻でしょうか。皆様のかわいい子ども達が育って行く所がありません。何か行く所が多いように見えますが、正しく習う時がないのです。それで、これから教会で作るべきなのです。青少年がきて、習うことがなければならず、青少年がきて、正しく教育を受けて、'こうだな。歴史はこのように流れるんだな。福音はこういうことだな'と習うべきです。どんな信仰を教えねばならないのでしょうか。困難、暴風の中で生き残ることができる信仰を教えましょう。
 
・イギリスの王にこういう報告が入ったということです。イギリスの学生達がフランスに行って勉強している途中で、フランス寄宿舎でけんかになって、イギリスの学生達が追放されたという報告がきたのです。大きい問題ではなかったのですが、追放されたのです。王が聞きました。「なぜ、私たちの子ども達がフランスに行って勉強するのか。」なぜ行くのかと聞かれたので、臣下が答えて、「まだイギリスには大学がなくて、フランスには大学があるために、そちらへ送りました。」その時、王が驚いて、「まだイギリスには大学がなくて、他の国にはあるという話か。」それで王が命令を下したのです。洪水が起これば犬も流されて、豚も流されて、みな流され、洪水が起これば獣がみな流されます。ただ一つだけ流されずに上がってくるらしいのです。それが牡牛です。洪水が起これば、そこに流されずさかのぼることができる、そのような人を作りなさい。それで出てきた言葉が、オックスフォードです。OXという言葉は、牡牛という言葉です。さかのぼる大学を作りなさい、というようにして開始しました。そして、そのような信仰を教えなさいということです。
 
・皆様、記憶すべきです。これから、ますますみな難しくなるはずです。私たちは、最後の時、残った者、切り株、聖書の単語がなにか知っているでしょうか? あの散在した者、生き残った者、捕虜となった者、レムナント、みなそのような意味です。その人々は、どんな信仰を持たねばならないのでしょうか。強大国と現実に勝つことができる信仰を持ちましょう。それが可能でしょうか。可能です。私たちの子ども達が、悪い世の中に勝てるでしょうか。勝つことができます。神様の子どもならば、勝つことができるのです。どんな環境にも勝つことができます。その信仰を持ちなさいということです。世の中が今、こうです。こういう世の中にどのように勝つべきなのでしょうか。権力により悪い人を作ったり、殺すこともするこういう世の中にどのように勝つのでしょうか。それに勝つことができる信仰を持ちましょう。そのことです。
 
・ダビデを見ましょう。30年以上に追われて回りました。サウル王ゆえに。皆様もダビデをご存知でしょう。そばを行く軍人が、ダビデを見て言った話です。「サウル王は、精神が狂った。国家のためにも、あの方はいなくなるべきだ。」その時、ダビデが何と言ったでしょうか。「神様が油を注いだしもべを、私達が手をつけても良いだろうか」ダビデの信仰です。終わりまで守りました。一回も恨んだことがありません。ヨセフが監獄に入って行きました。一度も恨みませんでした。そちらで祈っている途中でみわざが起きました。後ほど総理になりました。そのような信仰を言います。皆様、今、信仰を育てるように願います。今は、役員もそうで、教役者もそうで、信仰を育てるように願います。どんな状況の中でも生き残る信仰を持ちましょう。ここにいる私たちの学生達に頼みます。世の中はどんどん難しくなります。私たちは死なないで、生き残る信仰を持つべきです。神様の子どもならばです。他の人は出来ないかもしれませんが、神様の子どもはできます。
 
・私は聖書を見て、世の中をたくさ見てから救われました。それでなければ、運命の中に陥って死ぬほかありません。大韓民国の国会議員のほとんどすべてが占いに行きます。それしか仕方がないのです。大統領府に入っていく時は勇敢に入っていきますが、出てくる時は、全部、失敗しているでしょう。それしか仕方がないのです。成功すれば、困難が来るしかありません。霊的問題に勝つことはできません。救われた神様の子どもならば、今からどんな信仰を持たねばならないのでしょうか。どんな困難の中でも生き残らねばならないのです。私たちの学生達は、神様の子どもです。あなたがたに信仰を育てる祝福があることを願います。
 
・今日も朝に堂会員たちが集まって、こういう話をしました。夏に行事が多いのに、中高の学生達、大学生たちを私達がたくさん手助けしようという話がたくさん出てきました。手助けして、訓練もたくさん行って、そのようにすべきですと言いました。それで、私はこういう話をしました。そうではありません。私たちの学生達が、自分たちの力を集めて、自分たちの機能と信仰を集めてしなさい。それでも足りないならば話す必要がありますが、後からせねばならないことではないでしょうか。今、教会で教育を間違っています。なんでも受けて、もらって、ささげてはなりません。すべてではありませんが、こういう話をして、本当に申し訳ないけれど、私たち未来指導者学校に学生達が、学業をなくした子ども達を集めて勉強をさせています。私はこの子ども達は、悪い学生達でないと考えます。数字は知りませんが、多くの学生達が会費を出さないのです。それで、私が両親に連絡しなさいと言いました。子どもに何でお金があるでしょうか。子どもの会費を出してこそ、勉強するのに、出さないのです。なぜ出さないのでしょうか。両親に対して連絡しなさい。両親の中に連絡をしたところ、大部分の人々が何と言ったでしょうか。知らないと言うのです。学校に入らないで、送りだしなさいと言いました。あまりに驚きました。衝撃的な話です。子ども達が、このようになるしかないでしょう。もちろん悪い子ども達もいて、良い子ども達もいます。子ども達は、このようになるしかないのです。それで、その学校の仕事をしている働き人、学生達に会うと、そのような話をします。しばしば、もらって、使って、うけていると、こういうことを習ってはなりません。あなた達が努力して生きなさい。そして、強い者にならねばならないのではないか。他人にしばしば頼る弱い者になって良いのか。これから、終わりの日に生き残らねばならないのにということです。
 
・私ははっと驚きました。私の家に英国最高の大学を卒業したエディンバラ大学の最高の留学生が、伝道訓練を受けると私たちの教会にきたのです。私の家に3ケ月いました。それで、私が不十分な英語力で説明もしたのですが、私ははっと驚いたのです。その子の父は大きい事業家でした。私は、はじめから変に感じました。私に対して手紙がきたのに、「韓国にある牧師と教会に行って訓練を受けることを願う。それが私の願いです。祈りの課題です。それで、祈りの答えが来たら、すぐに行く」ということでした。それで、祈りの答えは何か?とたずねたら、飛行機の旅費のために祈っているということでした。それだけできれば来るということでした。いつでも行けば、よいのかと尋ねるために連絡をしてきたのでした。祈りの答えは、私が聞き入れてあげました。交通費を与えるから来なさいと言ったら、この人がきたのに、見たらお金は一銭もありませんでした。お小遣を私が皆上げました。帰る時、交通費を与えたことももちろんで、私がより驚いたことは、この子が本当に貧しいようでした。父がものすごく貧しいのかと思ったのですが、父は英国とスコットランドで有名な事業家でした。この人は、エディンバラ大学を出て顔だちがよくて清潔な家によく育ったようです。父が韓国に行くと言うので、何というか、よく行ってこいとパーティーをしてくれたそうです。父がパーティーをしてくれながら、交通費を与えなかったのです。この人が何と言ったと思いますか。当然に、もらうことではありませんと言いました。これが私たちとの差です。私たちの教育とヨーロッパ教育との差です。
 
・私は、はっと驚きました。自分が努力するか、アルバイトをして行きなさいという意味です。それで、「私たちの教会が教育をよくさせねばならない。なにか、私達が弱い人物を作っているんだな。」今、私たちの子ども達は、からだは大きくて、たくさん食べて、身長が大きいのです。私より身長が大きいのです。ところが、心が限りなく弱いのです。自殺したくて、自殺サイトに行って恵み受けて、このように弱いのです。からだはものすごく大きいのです。この頃は、よく食べるのか、むかしの私たちより大きいのです。平均がいくら大きいか分かりません。私の前を一度、モデルが過ぎて行ったのですが、それが人なのか馬なのか分かるすべがありません。こういう状況です。心はとても弱いのです。精神も弱くて、心も弱いのです。これでどのようになるのでしょうか?
 
・私達は、神様の子どもであるゆえに、今からどのようにせねばならないのでしょうか? どんな状況でも生き残る信仰を持つべきです。まちがいなくそうです。2番目です。私たちは、どんな信仰を持たねばならないのでしょうか。肉体的な戦い、友人との戦い、家族間の戦いではなく、霊的な戦いをできる信仰人でなければなりません。私たちは霊的な戦いです。人との戦いではありません。クリスチャンは、他の人と戦わなくて勝つのです。戦わないで勝つことがクリスチャンです。なぜでしょうか?霊的な戦いをしてこそできるのですが、理解できないのです。
 
・皆様の家に食い込んでいる聖書でだけ明らかにする暗闇の勢力、それと戦うべきです。これがクリスチャンです。一般の人々には理解できないことです。今、大韓民国にムダン(霊媒師) 100万名がいるのですが、100万名を掌握している悪霊の勢力、これと戦うのがクリスチャンです。今、目に見えなく、学校に偶像文化が広がっています。これと戦うのが、クリスチャンです。これが神様の子どもです。霊的問題が来るしかないのです。霊的問題が来るしかない、ここと戦うのが神様の子どもであり、使命です。
 
・この前にも話しましたが、トラックの運転をしている途中で、ある日成功した、とても実力ある歌手エルビス・プレスリーがいます。今でも、その人に対して米国に行くと、すごいのです。米国に行ってみれば、あちこちにエルビスの歌がたくさん流れています。まだ実力もあります。一回は、私たちのメンバーと食堂に入っていって食事をしたのですが、エルビスの歌が出てきました。一緒に食事をしたメンバーがきて、あの人は歌がうまい。あの人は誰か? あの人がまさに死んだエルビス・プレスリーという人です。どれくらい声が甘美なのか。あなたがたもおわかりの通り、38歳で寝ている途中で死にました。目を開けてみると死んでいたのです。なぜか、それは誰も知りません。推測するだけです。この人がものすごく麻薬も多くして、この人がなぜしたのでしょうか。確かに平安ではなかったのです。確かに自分の胸の深い所には、本当の平安がなかったのです。それで、この人に霊的問題がきました。霊的問題ということが分かるでしょうか? 有名な俳優、チャン・クギョンが自殺をしました。なぜしたのでしょうか。多くの財産を残して、今回も大騷ぎが起こったではないでしょうか。なぜしたのでしょうか。私は理解できます。その人が真に安らかではなかったのです。なぜ、安らぎがなかったのでしょうか。一般的に説明するのは難しいのです。この人に、ある日、霊的問題がきたのに、自分の考えの内に入ったのです。自殺せねばならない、そのような気がしたのです。自殺ということは、単にすることではありません。自分を完全にあきらめることですが、単純なようにすることではありません。難しくてするのでしょうか。どんなに難しくても自殺はしません。なぜするのでしょうか? この人に、すでに霊的問題がきたのです。霊的問題ということは、正確に聖書的に話せば、サタンに捕えられたことです。聖書的な表現なのですが、そのように話せば理解できないために、私がいう言葉です。そのことと戦うことが神様の子どもということです。皆様、必ずこの契約を捕まえてくださることを望みます。
 
・三番目です。この世界に散在した人。なぜ散在するのでしょうか。世界宣教です。神様が皆様に与えられた貴重な祝福を、皆様すべてに臨むようになることを希望します。感謝なことに、韓国で最高のコメディアン、キム・ミワ氏が礼拝に参加したのですが、私がキム・ミワ氏にそのように話しました。私は何にも必要がない人間です。ただ私の願いはひとつあります。多くの人々が、あなたを見て神様の祝福はこういうことだなと知らなければならないのです。多くの芸能人が、神様の祝福を受けるとこのようになるんだな、私たちもこのようにならねばならないと知らなければならないのです。それを手助けすることが、私の使命です。それしか願いはありません。私たちの貴重な多くの現場と家庭に、神様の祝福があることを希望します。それが福音です。伝道は他のことではありません。この人を見ると、私が本当に神様を信じねばならない。それが福音です。前にいるので例を上げますが、このピアノを弾いている子(チン・オクという子)がとても勉強を良くします。私たちの青少年は、よく知らないけれど、チ・オクほどの状況になれば、ほとんどあきらめねばならないのですが、誰も手助けする人がいませんでした。ひとりで勉強して、ひとりで祈って、ソウルまで来ました。それで、ソウルでその系統に最高の大学に行きました。私がきて話す時、「あなたは、その大学でしなさい。」すると、他の子ども達が、この子を見てどのようにするでしょうか? 神様が信じるので、あのようになるよ。それが伝道です。これを全世界に伝えることが、世界福音化することです。それをすべきなのです。皆様、必ず記憶することを望みます。
 
・切り株の信仰。生き残る信仰を回復すべきです。私たちは、これから生きていく間、霊的問題と戦うだけの信仰があるべきです。私たちは、他の人に福音を伝えるだけの祝福と答があるべきです。最後に記憶せねばならないことは、もちろん、今日、イエス様を十字架にかけた人々に、失敗によって救いの働きが行われました。その人々の功労ではありません。その人々は失敗したのですが、イエス様は十字架にかかって、復活なさって、人類を生かす救いの働きを成就されるようになったのです。私たちは人間がどんなにこのように、あのようにしても、神様の計画はなされて行くのです。それで、私たちはそこに対する神様の計画はなされて行くのです。私たちは、そこに対する神様の子どもです。皆様、この祝福を受けるように主の御名で祝福します。 
 
・私は皆様に自信をもって、事実的にお話しします。神様の子どもならば、どんな状況の中でも生き残ることができます。神様の子どもならば、霊的問題と戦って勝つことができます。神様の子どもならば、他の困難にあっている人を生かし出すことができます。この契約を捕まえましょう。それでなく、別に重要なことはありません。神様の子どもは、どんな状況が来ても生き残ります。これが聖書の話です。神様の子どもならば、霊的問題とともに戦って勝つことができます。一般の人々は知りません。神様の子どもならば、世界の福音化できます。それが私たちの契約です。これを本当に今日、捕まえてくださることを願って、私たちのレムナントにこの祝福が真にあるようになることを主の御名でお祈りします。
 
<<契約の祈り>>
 神様に感謝申し上げます。困難な世の中を生きていく間に勝利するようにさせてくださって、肉体的な戦いでなくて、霊的な戦いに勝利するようにさせてください。多くの人を生かす神様の祝福があるようにしください。イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン
 
 


2部 / 絶望と憂い
(詩42:1-11)
 
 
・今回、シアトル集会で半分が私たちのレムナントの学生達でした。学生達に最後の三番目にこういうメッセージを与えました。私たちは、いろいろな話をたくさん聞いて、人々はいろいろな話を多くします。経験もあって、知識もあって、たくさんあります。やや下手すると、私たちは不信仰に陥ることもあります。どんなことがあっても、強大国で生き残る信仰を持ちなさい。必ず私たちのレムナントにお願いしました。
 
・率直な私の告白です。教会に通いながら、一番難しいのが何でしょうか? 不信仰に陥らないで生き残ることです。教会は色々な事をせねばならず、色々なことを話さねばならないために、また人であるゆえにそれしか仕方がありません。そのような短い時間に、やや下手すると、私たちは不信仰に陥ることもあります。それは怖い結果を持ってくるようになるのです。正しい言葉もあって、間違った言葉もあるでしょうが、私たちはこういう言葉を総合してみれば、不信仰に陥りやすいのです。その話は正しいのですが、私達が陥りやすいのです。これはクリスチャンが注意せねばならない内容です。
 
・ここに私たちの学生達がいます。こういう話し、ああいう話し、両親、友人、学校、全部正しい言葉ですが、皆様の胸の中にあなたがたも知らないで不信仰が根をおろすのです。これが死ぬ道です。抜け出すことができません。聖書は海外で起きるみわざが多いのです。その話は、そこで生き残ったということです。ヨセフも海外で、ダニエル、シャデラク、メシャク、アベデネゴも、パウロも全部みなそれで、その単語を引用した単語が散在した者という意味で、その単語を英語でRemnantと言います。単語の理解をよくすべきです。 切り株、残った者ということで、remnantという言葉は、散在した者ということです。捕虜になって、みななくなったのに、そちらで残って働きが起き始めたということです。みななくなってしまっても、信仰が残っていれば生き残るのです。新しい芽が生えるためにレムナント運動という言葉をつけました。
 
・2番目に頼んだことが何でしょうか? 霊的な戦いをする信仰を持ちなさいです。霊的な戦いをしなければならない事が多いためです。なぜ神様がしばしば世界に散らされるのでしょうか。神様の民は伝道、宣教を理解する日まで苦労します。理由がありません。どんなにはっきりした理論が出てきても、理由がありません。皆様が本当に伝道と宣教を理解する日まで、苦労は続きます。それが悟れたら、正しい理解ができるのです。イスラエルがそれを悟る日まで、死ぬほどの苦労をずっとしました。私達が考えるのに、明日から伝道しにでかけねばならないという話ではありません。これが分かるその時から、すべての問題は解決し始めます。あなたは、まず神の国とその義を求めなさい。そうすれば、それに加えてすべてのものが与えられます。確かにおっしゃっています。この三つが私たちにどれくらいわなになるか分かりません。
 
・外国に行った学生達が、教会に行っていろいろな話を聞いている途中で信仰が落ちます。注意すべきです。いつかは世界を動かすべきです。信仰が落ちるのです。すると、教会に行くことがいやになります。簡単な話のように見えますが、1,2度行かなくなります。その次には無理に行きます。教会で勧誘して訪ねてくるので、行きます。こういう方法で、きたり行ったりするのですが、実像は、その中には他のことが入っていくのです。そうでなくても、不信仰が生じるのに、不信仰が根をおろします。すると、完全に死ぬのです。回復が良くできないけれど、いつ息をふきかえすのでしょうか。ますます陥って、はいりこんで行くのですが、決定的な瞬間に、相当な危機がきて、その時だけ精神を整えるのです。このようになります。そのような危機に入っていく理由がないということです。特に私たちのレムナントが。だから、信仰生活で人の話をよく聞かねばならないけれど、聞く必要はありません。参考にすべきで、耳を傾ける必要はなくて、心を抜かれる必要はありません。信仰がみな抜かれるからです。12坪の教会を開拓してここまできたではないでしょうか。ずっとそばでする話が全部不信仰です。内外から、全部正しい話しですが、不信仰です。それをよく受けて、陥らないことが信仰です。外国に行ってみましょう。全部正しい話ですが、すっかりみな不信仰です。「いや先生。それがどうして不信仰か」と尋ねられれば困るのですが、皆様の中には信仰ではなく、違ったことが入ります。それで不信仰になるのです。レムナントが外国に行って、教会に行かずに倒れる学生が1,2名ではありません。長老、牧師の子ども達の中に教会に行かないでいます。それが簡単な話のように見えますが、教会に1,2度行かないのが何の問題か? 1年、行かなければどうなのでしょうか? それが問題ではないということです。状態がすでに失ったことになるからです。すると、暗闇の勢力が存在しているのに、どのようにしても攻撃されるのです。こういう状態になるということです。話をよく悟らなければなりません。
 
・皆様が本当に神様の子どもならば、霊的な戦いをしましょう。肉体的な戦いを話すのではありません。兄弟間で葛藤したり、信徒の間で葛藤したり、職分者の間で葛藤することではありません。霊的な戦いをすることです。そして、私たちは世界宣教するのです。これを悟ることができなければ、悟る日まで苦労します。クリスチャンが、この簡単なことを悟れなくて苦労して、死ぬのです。これを悟れば、簡単なことです。今日 42:5 「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。」わがたましいよ。どうして絶望するのか。それで今日のタイトルは絶望と憂いとしました。これが何でもないことのようでも、相当に不信仰に追い込まれます。
 
・私たちに気落ちすることも生じます。カーネギーはこう話しました。人々が苦しむことの中で70%はお金のためです。そのように話しました。正しい話です。しかし、それはとても水準が低い話です。真に金がある人には問題がないでしょうか。深刻により多いのです。今、一番心配することは、若い人々や学生達がお金をよく知らないことです。金があれば良いかのように思っているので、より大きい問題がきます。もちろん、ある程度解決にすることはあります。家も買って、車も買って、お金があれば可能です。それと悩み、問題が解決することは別の問題です。それで、お金をたくさん持っていれば、どのようになるのでしょうか。それは今、説明がみな出来ないために、カーネギーが述べた言葉は一理はあるけれど正しい話ではありません。
 
・日本にパク・サンエ博士が、日本のある博士と本を書いたことを見れば、人々に病気が来る重大な理由は、ほとんどすべて心が絶望して、ストレスを受けて、こういうことで重大な病気になるのです。このがんという線を越えるか、しないかとしている途中で、いつ越えるかというと、皆様が絶望する瞬間に越えます。科学的に医学的に証明しました。だいぶ一理あると考えます。皆様が風邪を引きかけているときに、外に出て冷たい風に当たれば風邪になるでしょう。仕事をたくさんしたというより、睡眠を正しく取ることができなかったらかかります。同じで、重要な病気が限度を越すのが、いつでも絶望して憂いとストレスを受ける時だと、そのように記録されています。私は正しいという気がしました。
 
・ソウル大学の生体学ホン・テス教授の本を見ると、私たちの考え、神経、血の流れ、全部が関係あるために、そのような時、最も多くのからだが弱くなって病気がくるらしいのです。一理あると考えます。私たちは気落ちして絶望しやすいのです。今日、ここを見れば、「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。」私は教会に通いながら、多くの方達を心から尊重して、祈ってあげますが、最も注意せねばならないことは、私達が神様の前に進んで信仰生活をする中に、人に会って信仰がみな落ちることです。時々、私たちに信仰が生じるようにする人があります。それはごく少数です。全部、正しい言葉を言いながら信仰を落とします。違った話をすれば良いのですが、いっそ違ったことを話せば、違ったと言って、信仰が落ちないのですが、むしろあまり正しい言葉を言うために信仰が落ちるのです。たわごとを言うならば、かまいません。精神が狂った人が、きたり行ったり言う話に、それを聞いて信仰が落ちるでしょうか。しかし、本当に習った人、知っている人が何か話せば、その話を聞いて信仰が落ちないでしょうか。正しいという気がするので、私たちには不信仰が不思議に訪ねてきます。表に見えないように気落ちさせるのです。ここでものすごい攻撃を受けるようになります。
 
・今日、あなたがたは信仰生活をすれば、詩篇を見たり、聖書を見る時、そして、教会史に重要な働き人を見れば、個人的にいくつかの祝福を味わっていました。それを味わうべきです。私が知っていることでは、個人的に五つを味わうべきです。詩篇と聖書全体を統合してみればそうです。個人と教会が味わわねばならないことがあります。個人的に何を味わわねばならないのでしょうか? 基本的な聖霊充満が何か? 味わうことができるべきです。そして、皆様自身、今日から作って見るように願います。誰かに従ってしてみる必要はなくて、皆様自身が聖霊充満を作りましょう。自分自身の聖霊充満。それがなければ、ある日損害をこうむります。必ず今日からしてみるように願います。学生達もしてみましょう。自分自身の聖霊充満です。自分自身、信者は個人的に味わうことができねばなりません。
 
・2番目は、信者は神様の子どもであることが明らかなために、祝福を作ることができねばなりません。すてきなら良いのです。祝福を作ることができねばなりません。個人的に持っているべきです。あの人が本当に素敵だ。このようにならなければなりません。例えば、あの人が私達が長くいっしょに過ごしながら、本当に素敵だと感じられるべきです。それが重要です。夫婦が住むのもそうです。職場生活をするのも、そうです。私たちは神様の子どもであるゆえに、個人的に最も基本の、自分自らの聖霊充満を味わう秘密がなければなりません。今日の聖書を詳細に見ましょう。そして、聖書全体を見ましょう。そして、自分自らの祝福を作ることができねばなりません。皆様 20代、30代、40代は違います。50代は違います。作ることができねばなりません。60代、70代は違います。しかし、大部分の結婚した人々、特に若い人々の話を聞いてみれば、ほとんどすべてが、子どもが二人まで産んだのに、まだ家で住んだこと、むかしに中・高等学校で遊んだこと、大学に通いながらミーティングしたこと、こういう夢から抜け出すことができません。更新がとうていできないのです。毎日、そうしています。夢だけ食べて生きているのです。子どもを二人も産んだのに、子ども二、三人産んだのに、夢だけ食べていきることができるでしょうか?夢通りなるでしょうか。これくらいなにを作ることがありません。そして、普通、結婚生活をするでしょう。社会生活をしないでしょうか。作ることができねばなりません。クリスチャンは、それが重要です。
 
・例を一度あげます。父がダビデを見て羊飼いをしろと言ったのですが、このダビデが、どうにして、作ったでしょうか。自分の目標を作りました。それを王の前に話したでしょう。絶対に羊一匹もなくしませんでした。最も良い羊飼いになることです。イスラエルの羊飼いは、たまに羊をなくします。ところが、ダビデは絶対に羊をなくしませんでした。何でもないことのようでも、その自らの良い姿です。羊を誰かが持っていけば獣を探していって、獣と戦って連れてきます。私達が見れば、そうなのかと言うでしょうが、そうではありません。私が見る時、ダビデの顔を見たことはありませんが、聖書を静かに見れば、本当に素晴しい人です。私がこの人を見る時、本当に素敵だという感じがします。ダビデとパウロを見れば、本当に素敵です。
 
・自ら神様の子ども祝福を作っていくことです。ものすごく重要です。皆様自らの聖霊充満を味わう機能があるべきです。自ら秘密があるべきです。自らなければ絶対にだめです。皆様が神様の民でなければ知りませんが、ある日、失敗が迫って、そこでもちろん、神様が救ってくださるでしょうが、それをずっと反復しても良いでしょうか? ある日、絶望の中に陥れば、神様が救ってくださるでしょうが、私達が大きい重要な病気になれば、神様が救ってくださるでしょうが、毎日、入って出たりしても良いでしょうか。それは信仰生活と見ることができるでしょうが、おもしろくない信仰生活ではないでしょうか。だから、自ら聖霊充満が必ずあるべきです。自ら良い姿を作って、祝福を作るべきです。必ず特に女の方達は記憶して、子ども達を育てるのにまったく同じです。小さい子どもたちを育てながら作ることができねばなりません。こういう技術があまりありません。作るべきです。年を40になったら、また違います。 50-60台ならばまた違うのです。そのまま待ちながら老いてはなりません。作ることができねばならないのです。
 
・このダビデを見ましょう。青年になった時には、サウル王を避けたように見えるけれど、それではありません。とても信仰告白と祈りをして国を導くだけの重要な人物をみな募集したのです。ダビデをぱっと見れば、逃げていくように見えます。ダビデが長い間、逃げて回りながら、誰かが見れば誤解する程に、あの人が頭を使ったんだなあという程に、しっかりした働き人が全部、ダビデの下につきました。ダビデが王になるやいなや、勝利しました。違います。ダビデが王になった後には、一般の王とは違いました。何か自分の業績を表して、こういう王ではありませんでした。私が王になったのに、私の名前を出して、そのような王ではありませんでした。ダビデがとても重要な王になった後、願いが何だったでしょうか。神殿を建てることでした。それで、神殿で礼拝をささげるようにするのがダビデの願いでした。ダビデの老年期を見ましょう。普通の人ではありません。なにか作りながら進んだのです。
 
・神様の子どもならば、皆様、個人的に三番目にすることが何でしょうか? 専門性を育てるべきです。ご飯を食べなければならないのではないでしょうか。これから、女の人も専門性を育てるべきです。ご飯を食べなければならないではないでしょうか。学生達が賢いように、仕事を真っすぐにしなければ、ご飯を食べられないのに、どのように世界福音化をするのでしょうか。専門性を育てましょう。女の人も、子どもも年をとった人も専門性を育てましょう。そうすればできます。ダビデを見ましょう。今、詩篇の人物、聖書の人物を見ましょう。
 
・4番目にどのようにせねばならないのでしょうか。あなたがたは、世界福音化を成し遂げる準備をしましょう。どんなに年をとっていても、無力でも、すれば神様が力をくださるはずです。とても重要な五番目のことは何でしょうか? 危機を対応できる準備をしましょう。それがあるべきです。危機が来たら、うろたえていれば良いのでしょうか。どうして私のたましいが絶望して、不安なのでしょうか。私に危機がきたのです。困難がきたら、必ずすることがあります。徹底的に研究してひっくり返して機会にすることです。どんな問題がきてもかまいません。機会にするのです。すると、まちがいなく祝福が出てきます。私は二十の伝道戦略が、苦しい時にみな出てきました。間違いありません。だから、困難が来ても関係ありません。問題がくれば、機会にするのです。私の個人的な、教会的な問題も同じです。こういう技術がなければなりません。
 
・私達が聖書を見る時は、教会は何をせねばならないのでしょうか? 教会は今回、ハンマウム教会, ワシントンにインマヌエル教会、何カ所かに行ってきました。またシアトル集会を終えて、すぐにワシントンへ行って、ワシントン教会のキム・ソンジン博士、長老将立式もして、レムナントの重要な働き人のキム・サンブン、ユン・カユンの結婚式の司式もしました。そして夜に遅くにイ・ドンチュル牧師の教会のハンマウム教会でメッセージをしてきました。そちらで私が今から5つだけしなさいと言いました。すると神様が皆様の仕事をなさるはずだと話したのです。それが何でしょうか? 最初は、福音がみな途絶えたために、福音回復時代を開いてと言いました。すると、神様が皆様の教会の事をなさるはずです。2番目には、見張り人時代を開きなさい。すると神様がじっとしておられないのです。すると三番目が、全地域の地域教会に伝道弟子時代を開きなさい。そして、残りの重要な2ケが、レムナント共同体訓練時代を開くことです。そして、ローマ16章にある V.I.Pたちが集まるエリート宣教時代を開くのです。すると、神様が皆様の事を確かにされます。信者は確かに準備をする方法を知っていなければなりません。
 
・このように、重要なことを、どのようにすることができるのでしょうか? それがまさに今日の本文にある祈りです。今日 42章 1節によく出ています。 "鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。"このようになれば、できないことがありません。鹿が小川を探したように、皆様のたましいが神様を求めるならば可能です。本当に祈れば、どんな問題も解決できます。心配しないように願います。5節を見れば "わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。" そして 11節を見れば "わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。"と言われました。あなたがたは、絶望する必要もなくて、不安になる必要もないのです。
 
・今日、私がメッセージを三段階を与えました。記憶なさるように願います。一番目は個人です。皆様個人がいくつかのことを明確に用意しなければなりません。自らの聖霊充満を準備しなければならないのです。すると、どのようになっているか一度してみるように願います。二つ目は、信仰生活をすれば、祝福を作ることを願います。格好良くすることを願います。キリスト教の信者を見れば、どれくらい良い姿がないでしょうか? 本当に気分が悪いのです。それで、どのように世界福音化の祝福を受けるでしょうか? 格好良くするように願います。祝福を作ることを願います。
 
・私は、少し前に悔い改めをしました。どんな悔い改めをしたかというと、私の家内が勉強したり、清掃するから、いそがしいのです。ところが、私が見たら、家が汚くて大変でした。それで、私がしかめ面をしながら、小言をずっと言ったのです。そうしたあと、しかめ面をしながら悟りました。これは、しかめ面をしてはならないのです。私がなぜ、このように良い姿がない人でしょうか? どれくらい家内が大変なことではないでしょうか? 私が清掃せねばならないのに、私は時間がないでしょう? それで、私が提案しました。家内が勉強すると、清掃すると難しいではないでしょうか? その代わりに、その大変な所で家をきれいに清掃だけすれば、私が帰ってくる時ごとに賞金1万円ずつ与えると言いました。その後、この頃は家がものすごくきれいです。参考にするように願います。三つの星の将軍イ・サンソン将軍の娘が結婚しました。ワシントンの家に招いて、イ将軍と奥様に会ってこの話をしたところ、三星の将軍の奥様が "聞いた?"と話しました。ですから長老も "分かったよ"と話しました。私自らの考えです。私たちは、小さい事も格好良くしなければなりません。クリスチャンは、すてきでなければなりません。人があまり良くないと伝道もできません。皆様は、一生に一度生きて、行くはずなので、良い姿なく常に戦いながら生きる必要があるでしょうか? 格好良く生きることを望みます。必ず準備しなければなりません。
 
・そして、専門性を育てるべきです。年齢が若くない人も専門性を育てるべきです。スピノザが言った言葉です。 "明日終りが来ても、今日、りんごの木を植えろ"と話しました。私達がどんなに力がなくても、できます。そして、私たちは世界福音化を準備しなければなりません。これは、皆様がみなしている祈りであるから、良いでしょう。そして、危機に会えば勝つことができる信仰の準備ができていなければなりません。これが個人にものすごく重要です。いつでも、どんな危機がきても越えて立つことができなければならないのです。それを越えることができなければ、神様の子どもが負けてしまうでしょう。それとともに、教会は福音時代を回復しなければなりません。それゆえに教会は集まるのです。教会に集まるのは、国家と世界を生かす見張り人にならなければなりません。教会が、これからは単に集まるのではなく、伝道弟子を植えるのです。それでレムナントを起こして、エリートを立て起こして、世界福音化をしなければならないのです。すると祝福を受けるしかありません。すると、こういうものすごい働きをどのようにするのでしょうか?
 
・それが三番目です。聖書を見ましょう。あまりにも簡単です。 "鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。"とおっしゃいました。鹿はおしっこや糞水を飲む豚とは違って、どんな水でも飲みません。鹿はとてもきれいな水を飲むのです。きれいな水を探しもとめるのが難しくて、あちこち通うのです。飲まなければ死ぬためです。そのように祈らなければなりません。 11節を見れば "わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。" と言われました。詩81篇のように、皆様が主を眺めるならば、神様が力ある御手であなたがたの事をなさるとおっしゃいました。エレミヤ 33章 3節を見れば "わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。"とおっしゃられました。そして、私たちは少しだけ定刻の祈りを準備することを望みます。皆様が少しだけ祈れば、神様は大きい答えを下さいますはずです。ある時には、皆様が祈らねばならないという心だけ持っても、答えがきます。ダニエル10章を見れば、ダニエルが神様の前にひざまずいて、祈らねばならないと心に決めてひざまずいたその日に、神様は主の天使を送られました。始まるその日から答えがきたのです。皆様が少しだけ始めても、答えをくださる良い神様です。絶望するなとおっしゃいました。どんな困難が来ても、皆様はそれを機会に作って、神様を眺めるならば "私の顔を助ける私の主をほめたたえる"と言われています。なにが恐れることがあるでしょうか? これが詩篇の結論です。
 
・詩篇をずっと読んで行くでしょうが、3つの結論があります。私個人と教会、そして、これをするための祈りです。気落ちする必要がないということです。勝つことさえできれば、皆様の受けている困難がより大きい祝福になるはずです。皆様がもし負ければ、相当な苦労の中から、神様が救い出されるますが、勝つことさえあれば、これらすべてのものが相当な答えの門になるはずです。皆様の子どもに問題があるのでしょうか? むしろ、神様を眺めるように願います。何にもしなくて祈りなさいということではありません。たった今話した、いくつかのことを準備しながら祈るように願います。答えられるようになっています。
 
・私が困難にあった時、エレミヤ 33章 3節をずっと読みながら祈りました。 "わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。" そのみことばがものすごく恵みになりました。そのみことばを覚えてずっと祈ったのに、本当に答えがきました。無知な私が知ることもできない、大きくて秘密のことを神様はくださいました。今日、あなたがたの中にがっかりされた方達は、気落ちしないで、主を見上げるように願います。 "わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、"と確かにおっしゃって、私たちは答えを受けました。引続き神様の祝福を受ける門が開かれることを希望します。
 
・ソウルで開始をして、釜山でもいっしょに開始します。むかしにしたことを新しく開始するはずです。ソウルでは、長老たちが私達がまず率先して断食祈りをすると言いました。これからは、私たちすべての信徒が、心を集めるように願います。どんなことがおきるか見るように願います。私達が地下でキム・ジュング牧師が伝道師の時、私たち信徒が回りながら断食祈りをしました。もちろん、私達が断食するから答えを受けるのではありません。神様の前に中心をささげて心を集めるためにです。断食をしてから起きたことを知っているでしょう? 受けた伝道や参加した人々が受けた祝福を知っているでしょう? すると、私達が新しく始めることを願います。
 
・どのように始めるのでしょうか? 今、私達が祈らなければならない時刻表がきました。どんな祈りをしなければならないのでしょうか? 私達が断食しながら祈るように願います。私達が仕事をするのに支障が生じるので、たくさん断つことではないのですが、一食は誰でもできるでしょう。ダイエットするのにも良いでしょう。一度ずつ胃を空けて与えることもからだに良いのです。科学的にも明るみになりました。それで、私たちは、神様の前に叫んで祈りし始めればよいのです。どんな結果を神様がくださるか見るように願います。 "あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。"とおっしゃられました。この契約を捕まえて、一週間、力ある新しい出発があるようになることをイエス様のお名前でお祈りします。
 
<<契約の祈り>>
 神様に感謝申し上げます。 "わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。"とみことばなさいました。今日、この契約を捕まえて、鹿が谷川を探しているように、飢え渇いて神様を探す者に、神様が答えてくださる驚くべき秘密を捕まえて、残った生涯に勝利するようにさせてください。今週にも勝利するようにさせてください。私たちの主イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン