2003年 08月 17日 インマヌエル教会聖日メッセージ


1部 / 主の御前にすぐれた者
(ルカ1:5-25)
 
  
・今日、2003年 8月 17日は、意味がある日です。なぜなら、マレーシアに私たちの地域教会ができて、マイケルという方を長老に選ぶために投票する日だからです。歴史的にものすごく意味がある時間です。私は神様の御前に、このように祈っています。釜山のインマヌエルに、地域700ケ所を掌握できる伝道人をくださいと祈っています。まんべんなく、ちょっと年もとっていたり、また若かったり、知恵ある700地域の責任を負うことができる長老を立ててくださいと祈っています。集まって会議することも重要ですが、現場を動かすことができる700人の長老を与えて下さい。ソウルには、現場を動かすことができる2000人の長老を与えて下さい。すると、700箇所が立てられ、700人の長老が動けば、私たちは韓国で最高のレムナントを動かす教会を建てることができます。その時になれば、私は辞任してもかまわないと考えています。すると、田舎に行ったり、他の地域に伝道しにいっても良いではないでしょうか? この2700地域の長老が後押ししているということです。そのような、ものすごく意味がある日です。
 
・レムナント集会を終えて、今週には、私たちの青少年修練会でしめくくるようになります。学生達が私に質問する内容やメッセージを持って来ています。自分たちの悩みも話しています。その中で、一番たくさん占める1位が何か知っているでしょうか? 学生達が、自分はこういう悩みがあるといってくれた中の一番高ことで、一番自分たちができないいる部分。一番、先生に質問してみたいという内容です。予想したように、神様のみことばは信じられるのに、自分とあまりに距離が遠いということです。簡単に話せば、自分は神様のみことば通り生きることができないということです。私は神様のみことばが信じられるのに、祈りの答えもないのです。それで説教を聞けば、恵みにはなるのに、自分の現場に行けば良くなりません。そして、自分がレムナントであることが明らかなのに、現実では負けています。そのようなことが1位です。それで、私はそうだろうと考えます。しかし、かまわないのです。あなたがたがそのようにしながら、レムナントは育つのです。私たち信仰人もそのようにしながら育ちます。必ずレムナント達だけでなくて、おとなもそのようにしながら育つのです。あなたがたは、その代りにせねばならない事がひとつあります。今日の聖書にあるのですが、明らかな希望を持っていなければなりません。今、私はできないけれど、明らかな希望を持っていなければならないのです。私は明らかな希望を持っています。神様が聖霊充満の中に霊力、知力、体力、経済力、人材を下さるはずです。必ず一千万弟子を立てるために、訓練、組織、多くのことを神様はくださるはずです。これよりも重要なことはありません。私はここにお手伝いをします。明らかな希望です。これを考えると、すべての困難もみな逃げます。いろいろな話が多いのです。いろいろな事も多くあります。しかし、これが明らかな希望、明らかに違ったことでないなら、すべての問題は解決します。
 
・あなたがたが明らかな希望を抱かなければなりません。神様はなさることができるのです。神様はすでに 祈るザカリヤとエリサベツを見られました。この二人の特徴があります。バプテスマのヨハネの父ザカリヤ。祭司長だとなっています。その次にヨハネの母エリサベツです。エリサベツは、アロンの子孫だとなっています。簡単に話せば、同じレビ族です。聖書を見れば、モーセが生まれる前に、レビ族の男子がレビ族の女子を妻をめとったという話があります。簡単に話せば、契約を知っている男子が契約を知っている女子と結婚したということです。この姿が全く同じです。この人たちに子どもがなくて悩んでいました。私は子どもがなくて悩んでいる方達には、2つの祝福があると見ています。神様が普通より遅く子どもを与えられ、神様の計画を成し遂げられることがあって、子どもがない人には、子どもがいる人より、もっと特別な計画があるのです。驚くべき事に、李承晩大統領をはじめとして、全世界のとても重要な人物は、ほとんど子どもがなかったという事実を、私たちは知ることができます。とにかく、この人達に子どもがなくて、悩んでいたのでした。神様がその時、この祈りをお聞きになって息子を下さったのですが、その息子がまさにヨハネです。ところが、今日ここを見ると、神様が人々が知らない天のみ使いを送られたのです。今日の1章 19節にガブリエル天使がきて話した内容が出てきます。人々が知らない、ものすごい事があるのです。私はここにも確信があります。皆様が祈る時、皆様が知らない時間に神様は主の使いを送られます。ヨハネは知らなくて、あのパトモス島に行って祈っていたら、神様が主の御使いを送られました。アブラハムが信仰を守って祈っていたら、神様は主の御使いを送られて、アブラハムに重要なことをおっしゃられたのです。ダニエルが獅子の穴に行って死刑を受けたのに死にませんでした。この獅子がかみつきませんでした。死ななかったのです。聖書は記録しています。神様は主の御使いを送って獅子の口をふさいでくださったということです。ヒゼキヤ王が危機にあって祈ったら、敵軍がみな死んでしまいました。本当に不思議なことです。寝て起きたら、みな死んでいました。それで今でも、その国の歴史の記録には、単に死んだとだけ記録されています。どのように、軍隊18万5千が一気に寝て起きたら、みな死んでしまうのでしょうか? それで、その国の人々は、これが大きい災いだと見ています。ところが、聖書にはこのように記録しています。その日の夜に主の御使いが彼らを打ったとなっています。私は間違いないと考えています。主の御使いが彼らを打ったので、彼らの18万5千人がみな死んだのです。信じる者に、神様の子どもに特別な祝福があることは、明らかです。私はこの事実を信じながら、信じる者には相当な秘密があるんだなと思いました。信じる者には、悪霊の反対になる聖霊がともにおられるのです。未信者は、いつも悪霊に苦しめられるのですが、私たちは神様が主の使いを送ってくださって、私たちをいつも助けてくださるのです。未信者は地獄が背景ですが、私は天国が背景です。確かに信じることができます。それが自由にできることではありません。確かに信じられました。その時から多くの伝道の門が開きました。その時から、多くのメッセージをするようになりました。過去から今まで、私の足りない部分がひっくり返って、伝道の土台になったのです。
 
・ところが、伝道してきた中から簡単に話せば、敵が本当に多くいました。敵が多かったのですが、敵と戦いませんでした。なぜでしょうか?方法があったのです。敵と戦わないで勝つ方法があります。その人々のために集中祈りをしました。驚くべきことにちょっと気の毒でしたが、集中祈りをしたら、その中で 4人が死にました。うまくいったのか、誤っていたのか、誰のためなのか知りませんが、とにかく死にました。それも老いて死んだのではなくて、早く死にました。とても妨害する人でした。私がその人々が死ぬ時まで祈りました。それで、私が常時祈りを悟ったのです。ずっと回りながら祈ったのです。この福音を防止する手足口を塞いでくださいと。しきりに福音を妨害する組織を防止してくださいと。その人の名前を名指しながら、ずっと祈りました。神様が正確に4人だけを呼んで行かれました。私はあまりに驚いたのです。確かに戦う必要はありません。神様は祈りに答えてくださるのです。それで、あなたがたは、まったく恐れる必要がないのです。
 
・今日、この信仰の人に神様はバプテスマのヨハネという重要な人物を送られました。ここに何と記録されているでしょうか。主の御前にすぐれた者。どうしてそうなのでしょうか? バプテスマのヨハネに、主の御前にすぐれた者だと言われました。今日、私たちはこのみことばを見ながら、神様の重大な恵みを新しく受けるべきです。どうして、バプテスマのヨハネを見て、主の御前にすぐれた者だと言われたのでしょうか? あなたがたがみな成功して祝福を受けたいでしょう。どうして、主の御前にすぐれた者だと言われたのでしょうか? 私はこの聖書を読みながら、簡単にいくつかのことを発見しました。祈りの父母に会ったので、胎内から聖霊充満を受けました。生まれる前から両親の大きい多くの祈りがあったのです。皆様、未婚の男女が結婚する前に、これから息子のために祈るでしょうか? そのような場合はあまりありません。息子がなくて息子を与えられることをずっと祈ったのでした。それで、その子どもを持つようになったので、祈らなかったでしょうか? 聖書を見れば、胎内から聖霊充満を受けたということです。それで、私たちの両親の祈りが重要です。幼稚部、胎児部、嬰児部、あらゆる教会学校を教える先生と両親の祈りは本当に重要です。確かに聖書には祈る両親の下には驚くべき子どもたちが出てきます。一度ももれなく、祈る父母の下にモーセ、サムエル、ダビデ、エリヤ、こういう人物が出てきました。ヨハネのような重要な人物が出てきたのです。
 
・私がだいたい見ると、とても立派だったのに、牧会が難しい人がいます。共通点が本人の祈りも問題ですが、家庭が祈りの背景ではありません。これを普通に考えやすいのですが、とても重要です。この部分を無視してしまえば、とりなしの祈りがないということですが、とりなしの祈りがどれくらい重要でしょうか? すでに祭司長の家庭がバプテスマのヨハネが生まれる前から、その家庭の父母がものすごく祈っていた人でした。皆様は、理由を正す話しもたくさんしないように願います。どのように、神様のみことばが人間の理論で理解できるでしょうか? 祈りをたくさんするように願います。皆様が福音を持っていることが明らかならば祈りましょう。人の話を聞かず祈りましょう。皆様が本当に事業に成功したいならば、祈りましょう。皆様が福音を持った神様の子どもであることが明らかならば、祈りましょう。あれこれと頭を使わずに、本当に祈りましょう。本当に祈りは答えられます。私は聖書でも見たし、体験しました。それで、バプテスマのヨハネが、すぐれた者として生まれるようになったのは、その父母の祈りがどうなのでしょうか? 今日の本文には、ずっと背景が出てきました。
 
・また、重要な理由がひとつあります。今日の15節を見ると、ナジル人として呼ばれたのです。この時代、ナジル人として呼ばれたら、葡萄酒も飲まずに、否定されることには近づかず、はなはだしきは頭も剃らないで、とても特別に育てる人物がありました。今、そのような必要はないのですが、旧約時代にはそのような人物が必要でした。それでナジル人と言うのです。ですから、このナジル人としてヨハネは生まれたのです。
 
・ナジル人とは誰でしょうか?聖書には、ナジル人が何名かが出てきます。その人々を見れば、だいたい参考にすることができます。その一番目の人物がサムエルです。皆様、サムエルがナジル人として生まれたのです。そのサムエルの母が祈った時、ナジル人として育てると言いました。その話は、なんの話かというと、一時代の責任を負う神様の人に育てるということです。そのような明らかな信仰と希望があると違うのです。それで、その人々は頭も剃らずに、特別にしました。いまは福音で充満すれば良いのですが、その時は福音が完成していなかったので、そのように特別に行動しなければならなかったのです。それで、皆様がよく知っているサムエルがナジル人です。
 
・また皆様がよく知っているナジル人が一名います。とても力が強いサムソンです。サムソンは、頭を剃られたら力を失いました。ナジル人の契約をのがして、少しの間、失敗しました。ペリシテ人を完全に処理した力強いその巨人がまさにサムソンです。新約聖書で、荒野で完全に福音を伝える人物が出てきたのですが、その人物がバプテスマのヨハネで、この人がナジル人です。それで、私たちはどんなメッセージを受けねばならないのでしょうか? 簡単に分かります。教師をしても、事業をしても、商売をしても、何をしても良いのです。一時代の伝道者として生きるようにさせてください。こういう人は大きい人物になるしかありません。
 
・より重要なことは三番目です。来られるイエスがキリストだという事実を初めて証しした証人がバプテスマのヨハネです。もしかして、こういう話しを聞いたことがあるでしょうか? '見よ。世の罪を取り除く神の小羊' そのような話を聞いたことがあるでしょうか? この話をした人がバプテスマのヨハネです。イエス様を見て、世の罪を取り除く神の小羊だと言って、イエス様に洗礼を授けた人がいます。この人がまさにバプテスマのヨハネです。ですから、どんな人物なのか分かるはずです。イエス様に洗礼を授けた時、はじめにイエス様が洗礼をしてくれと言われて、できないと言いました。その時、イエス様があなたと私と、ともに義を成し遂げる者だと言われました。旧約時代には、祭司長が羊の頭上に手を当てました。そして、祈りました。そして、刀を持って羊を刺して血を流す儀式をしたのです。頭にかすめませんか? 皆様が今、国民が呪いを受けるようになったとすれば、皆様が国民を代表して祭司長が出て、羊の頭上に手を当てて祈ります。羊の血をもって神様に赦しを受けて、呪いから解放されるようにしたのです。頭に速くキャッチできるでしょうか? このバプテスマのヨハネは祭司長です。父も祭司長です。ところが、この人がイエス様の頭に手を当てました。人類のすべての罪を担うキリストだと話しました。このバプテスマのヨハネは、普通の人ではありません。まさにすぐれた者です。こう話しました。あの方は盛んになり私は衰えなければなりません。バプテスマのヨハネが言った言葉です。その話をなぜしたかというと、誰がキリストでしょうか? バプテスマのヨハネがキリストなのか、イエスがキリストなのかと尋ねられたのでした。その時、バプテスマのヨハネが言った言葉です。あの方は盛んになり私は衰えなければなりません。私はその方の靴の紐を解いてあげる資格もありません。分かるでしょうか? イスラエルは、お客さんが来たら、先ず一番に足を洗ってあげます。足を洗うためには、履き物を脱がすべきです。サンダルのようなものを履いているゆえに、ひもを解かなければなりません。それを門の前で奴隷が待っていてするのです。それを解く資格もありません。私が敢えてイエス様の足を洗ってあげる資格もないとバプテスマのヨハネが話したのです。たいした人物です。簡単に話せば、キリストをまず最初に証しした人です。バプテスマのヨハネは、短く生きて行ったのですが、相当な神様の働きをして行きました。それで、イエス様、神様が主にあってすぐれた者だと言われたのです。それなら、今日、私たちはバプテスマのヨハネのようにする必要はなく、重要な答えを受けることができます。すると、皆様はバプテスマのヨハネを見ながら、どんな答えを受けねばならないのでしょうか。すぐ答を得るでしょう。正しく祈る礼拝が何か知っている教会と家庭です。やさしいのです。皆様が礼拝が何か知っている教会と家庭です。一時代と一地域を生かすだけの信仰の人です。キリストを正確に子孫に伝達できる人です。すると、答えを受けるということです。簡単な話です。聖日に可能ならば、働き人たちは、礼拝を重視しなければなりません。私は時々見ると、働き人や重要な人々が礼拝をささげずに、きたり行ったりするのを見ると、あの人は死ぬ時に殆どなったんだなあというような気がします。それも仕事があるから、行ったりするのではなくて、礼拝をささげることが嫌いできたり行ったりする人は、まちがいなく、死ぬ時に殆どなりました。霊でも、肉でも死ぬ時に殆どなったのです。それで、礼拝ぐらい重要なことはありません。祈りのバプテスマのヨハネの両親を見ましょう。私たちは一時代のナジル人を作り出さなければなりません。そして、私たちはキリストを正しく証しして残さなければならないのです。
 
・考えより人々が信じられないことがあります。神様が信じられないのです。神様が信じられれば簡単なことなのですが、実際には信じられないのです。皆様、結局、神様が信じられないのです。皆様、心配が生まれるのでしょうか? 夫に対する心配が生まれるのでしょうか? 息子や妻に対する心配が生まれるでしょうか? 結局、神様が信じられないということです。未来に対してとても心配になるのでしょうか? このことが、このようになったら、どのようになるだろうかと心配がひどくなるのでしょうか? 結局、神様が信じられないということです。そのような結論が出てくるのです。人々があまりに過度に心配するならば、後ほどは自分自ら崩れるようになります。それは、神様が信じられないということです。小さなことではありません。神様が目に見えないから、どのように信じられるのでしょうか? それで極限状況に会わされたら、その時だけ神様を信じるのです。だから、私たちは実際には神様を信じません。これが人々の一番目の問題です。実際に神様を信じないということです。なにがそんなに心配が多いのでしょうか? なにがそのようにおしゃべりなのでしょうか? なにがそんなに話し声が多いのでしょうか? 神様を信じないということではないでしょうか? 神様が生きておられるならば、何が心配になるのでしょうか? 祈れば良いことなのに。私たちは、この部分がだめなのです。それから、神様は信じられるのに、2番目のことができません。どうして、キリストでなければならないのか? 私は神様は信じられるのに、キリスト、これがよく信じられないのです。それならば、救われることができません。キリストでなければ、私たちは解決することができません。多くの人々がそのように考えます。またある人、特に学生達は、救いに対する質問を一番多くします。すると、むかしにイエス様がいらっしゃる前に死んだ人は、みな地獄に行ったのか? と言います。私ととても親しい友人がイエスを信じなくて死にそうになったのですが、その友人がこう質問しました。すると、神様が選択をした人は信じて、選択していない人は信じないのに、私に「君は選択されたようで、私は選択されたようではない。君は努力をしなくても信じられて、私は努力しても信じられなくて、呼ばれないから、できないではないか」とても賢い友人なのに、その部分は理解ができなかったのです。できないことがない友人だったのですが、それだけはできませんでした。癌になって、私を探したのです。行ってみると肝臓ガンでした。既に顔が真黒になっていました。その時、イエスを信じました。本当に信仰は、神様の恵みです。イエスを受け入れた後に死にました。それを悟りながら、信仰ということが、そのように理解ができないのでしょうか? 救いに対する部分が理解できないようです。ある学生が質問しました。すると、神様は信じる人は天国で、信じない人は地獄に送っても良いのか? 多くの重要な質問であるゆえに、返事を簡単にはできません。本当に金日成主席の体制下にいる人は信じることができません。私たちは実際に救いの祝福を味わうことができないのです。実際にキリストの秘密を知らないのです。実際に神様を信じません。皆様、本当にキリストが信じられて、神様が信じられるならば、神様の子どもであることを理解するならば、答えを受けるようになります。'神様、今日の昼にエリサベツに送られた主の御使いを私に送ってください' 神様は自らの計画は確かに成し遂げられます。そこに対して信仰が良いバプテスマのヨハネの父が疑ったので、子どもが生まれる時までおしになりました。今日の本文の中に出ています。子どもが生まれる時までおしになったのです。信じなくて、何を言うのでしょうか? 霊的な意味は大きいのです。神様の力を信じないので 40年荒野を歩きました。それでも信じないので、結局、入っていくことができなかったのです。
 
・皆様、カナンの地には、ヨシュア、カレブ、新しく生まれた人だけが入って行きました。実際に一緒に出てきたが信じないので、神様が 40年間、引っ張られて体質を変えようとされたのです。実際に信じないので、ザカリヤをおしにされました。すべての人類がおしになっても、神様のみことばはなされます。信じなければ、皆様の損であって、神様のみことばは成就しています。今日、皆様が祈りの答えを受け始めなければなりません。本当に、皆様は希望を捜し出さなければならないのです。神様、私たちの教会に、またソウルに 2700地域を与えて下さって、私がする事業、私がする仕事がナジル人の仕事になるようにしてください。皆様がいる現場が、まさに礼拝する祝福の現場になるようになれば、この時、神様がお金を与えられたのではなくて、主の御使いを送られました。この時、神様が主の御使いを送られたのです。私は信じます。私はなんの応用も、なんの対話もしません。ただ一つだけ、釜山に 700地域教会を立てることを。あちこち葛藤が生じて作ったのではなく、運営ができなくて崩れるようなことではなく、本当に地域がだめで、人がだめで、無理にするようなことではなく、私たちの教会の牧師と役員を中心に伝道する教会、長老と牧師中心に全地域に組織を揃えた 700地域教会、首都圏に 2000地域教会です。単なる地域教会ではなくて、組織が動く 2000地域教会、あの蔚山まで組織が動く 2800地域教会です。その力を合わせれば強大です。何んでもできるのです。組織が生かされるか、死ぬかが問題で、何んでもできます。私はそれだけが希望です。その他のことは価値もなくて、耳に入れることもしません。私は16年前からそれだけを見て走っています。いまは答えが来つつあるところです。皆様は、相当な祝福を受けた人々です。それで、私は皆様に会ったことが祝福です。レムナントに会ったことが祝福です。そのように思っています。主の御前に最もすぐれた者。皆様、みな記憶出来ない答えを受けるように望みます。どのようにみな記憶できるのでしょうか? 今日、ザカリヤとバプテスマのヨハネを見ながら、本当の答えを受けるように望みます。皆様が信じようが信じまいと、明らかなことは事実です。皆様のことが正しかろうが、正しくなかろうが、みことばは確かに成就しています。神様は主の御使いを送ってくださって、今でも答えていらっしゃるのです。まちがいなく、神様は伝道者を祝福していらっしゃいます。間違いありません。それで、この契約を持った者に、神様は答えていらっしゃるのです。今日、ザカリヤとエリサベツに送られた主の御使いを神様は、皆様の事業と家庭現場に送られるのです。単に礼拝をささげて行かずに、契約を握りましょう。今日、皆様が礼拝をささげる時、この契約を握らねばならないのです。それでこそ答えられるのです。エリサベツとザカリヤに送られた主の御使いを送ってくださって、私にも神様の答えをあたえてください。この祝福が皆様にあるようになることを主の名前で祝福します。
 
<契約の祈り>
 神様に感謝申し上げます。今日、みことばを悟っていない者の目を開けてください。地のことだけ眺める者に霊的な目を開けてください。世の中のことだけ計算して倒れる者に、天の祝福を与えて下さい。今日、ザカリヤとエリサベツに送られた神様の御使いを送ってくださって、答え門を開けて下さい。答えを体験する日になるようにしてください。新しい希望を持つ日になるようにしてください。福音の希望をいだく日になるようにしてください。主イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン
 
 


 2部 / すべての国々の民よ。これを聞け
(詩49:1-20)
 
 
・詩49:1-2 「すべての国々の民よ。これを聞け。世界に住むすべての者よ。耳を傾けよ。低い者も、尊い者も、富む者も、貧しい者も、ともどもに。」普通、医者が言うのには、70%だけ胃を満たせば良いということです。すると、健康をよく維持できるということです。胃の中70%をちょうど満たすということは、事実難しいのです。それで、もう少し食べたいという気がすれば 80%だということです。だから70%満たすことは、難しいのです。特に私たち人間だけがそうなのです。亀やこういう動物は、少しずつ食べようとします。はなはだしきは、ネズミは米袋に入れても、腹いっぱいには食べないということです。あちこち動きながら、満腹するように食べるのは、人しかいません。これはなにを話すかというと、最も知恵ある人間が、最も無知だと見ることができるのです。下手すると、20節にあるように、動物のようになって、動物よりだめになります。
 
・ある人はこう話しました。人間はどんどん上がれば天使のようになって、おりて行くと動物のようになると話しました。今日、このみことばは、ある面で本当に怖いことです。「すべての国々の民よ。これを聞け。世界に住むすべての者よ。耳を傾けよ。」一名も例外ありません。「低い者も、尊い者も、富む者も、貧しい者も、ともどもに。」と言われています。私たちはどれだけ愚かなのか、よく悟れません。私が知っている執事一人は、とても賢い方でした。自分の話で三代目に信じる家だということでした。私がこの方に会ったら、ほとんど話す言葉がありませんでした。あまりに知っていることが多いのです。私は聞くことで時間が皆過ぎました。私が見るには、信仰はありません。信仰がなくても知っていることが非常に多くて、話をするのです。常に勇敢です。いつでも会えば自慢して、自慢することも多いのです。いつでも見ればおしゃべりです。不信仰な話しがあまりに多いのです。私の頭の中にイメージが突き刺さっています。私達が人生を生きていく間に、頭に打込まれる人があるでしょう。その人は、私の頭に刺さっています。一度、食事をしようと人々が集まったのに、長老の悪口、牧師の悪口は、普通でしました。それも話し方がどれくらいうまいのか、とても笑わせながら言います。人々は笑うのですが、私は本当に異常だと考えました。ところが、牧師が降りてきたら、むっくり立ち上がって行って挨拶したのです。私の頭に残っている人です。ある日、私に知らせがきました。その方がからだが良くないと言いました。それで、私が時間を作って訪ねたのです。癌だということでした。癌の末期でした。既に職場は整理をしたということでした。多くのあがきをしたということです。本人も感じて医者も話したということでした。だめだと言いました。行かなければならない所は決まったと言いました。私がその方の顔を見ました。前には見ることができなかった顔を見たのです。とても真実でとても謙遜で清潔でした。その時、私は感じました。人間はこのように無知なのだな。癌の末期になって、自分の顔をあらわすのだな。本当に無知なのが人間です。
 
・私は、そのような人を本当に多く見ました。釜山にもそのようなことがありました。そのようになっても、自分をあらわさない人間も多いのです。人間ほど無知なのはありません。釜山からソウル大を出て記者をしている人がどれくらい強くて賢かったでしょうか。この人は、勉強をどれくらいしたか、そこらへんの牧師よりもっと聖書をたくさん理解していました。話をすれば、聖書をどのように、そんなにたくさん知っていているのか、聖書がさらさら出てきました。ところが、この人は教会も行かず、信仰がありませんでした。この人が、それしか仕方がないことが、妻も教会に通っているのですが、軽んじて見ていました。そばの雑貨屋のような教会牧師は、もっと軽んじていました。この人は、大韓民国の牧師は、レベルが低く見えたのです。どれくらい知っていることが多くて、賢かったか分かりません。この人にある日、決定的な瞬間がきたのです。今、釜山に住んでいます。病気になりました。どうすることも出来ない病気になったのです。その時になってやっと頭を下げたのです。そのように人間は無知で、高慢なのです。その時になって、そんなにも反対して非難した、そのイエス様を救い主として受け入れたのです。私たち人間がどれくらい無知なのか分かりません。だから「すべての国々の民よ。これを聞け。世界に住むすべての者よ。耳を傾けよ。低い者も、尊い者も、富む者も、貧しい者も、ともどもに。」3節に 「私の口は知恵を語り、私の心は英知を告げる。」4節を見れば「私はたとえに耳を傾け、立琴に合わせて私のなぞを解き明かそう。」私たちレムナントと多くの人々に重要な話しが出てきます。私たち人間は、真に無知で弱いのです。しかし、すべての国々の民よ。これを聞け。
 
・今日、今、何をおっしゃりながらそのように言われたのでしょうか。6節に「おのれの財産に信頼する者どもや、豊かな富を誇る者どもを。」聞きなさいということです。私たちは、お金を儲ける技術がなければなりません。少なくとも、私たち信者は、お金を動かす力がなければならないのです。しかし、物質が最高ではないことを悟りましょう。私たちレムナントがたくさんいます。皆様が、学生の時に貧しく育つ人もあって、金持ちで育つ人もいます。そうでなければ、物質はそれほど知らずに育つ人もいます。すると、3種類の人は失敗します。ここのレムナント人々は、よく聞かなければなりません。あまり幼い時からお金に執着して、お金、お金と言って育つ人は、必ず失敗します。あまり幼い時からお金を無駄に使う人は失敗します。でなければ、お金に対してあまり知らなくても、失敗します。良くしなければなりません。6節にどんなに物質を持っていても、それではだめだという事実です。「すべての国々の民よ。これを聞け。」これは聖書のみことばで、本当の真理です。私たちレムナントは記憶するように願います。あなたがたは、貧しい家で育つことがあります。堂々として、清潔で、可能ならば他人の助けを受けないように育つように望みます。皆様がお金にあまり震えて、お金をあまり愛して、そのような式で大きくなれば、まちがいなく、おかしな人になります。すると、皆様が 40才を越えて50才になれば、絶対に変えられません。だから、そのような人にならないで。私達がお金を儲けることができる技術なければなりません。男子は男らしくお金を動かすべきです。そうでなければ、そこに陥る人は、価値がありません。それで、どんどん世に問題がくるのです。人々が想像を超越することをします。お金となると、想像を超越することをするのです。それで20節を見ると、動物のようになるらしいのです。何で保険を取ろうと父母を殺すのでしょうか。それこそ、動物よりだめではないでしょうか。すると、そのお金が自分のお金になるのでしょうか。祝福されるでしょうか。
 
・今日、すべての国々の民よ。これを聞け。10節にこういう言葉があります。「彼は見る。知恵のある者たちが死に、愚か者もまぬけ者もひとしく滅び、自分の財産を他人に残すのを。」なんの話でしょうか。皆様の中で勉強を多くした人もいるでしょう。本当に幸いで良いことです。ひょっとして、皆様の中にソウル大や米国のハーバードや良い大学を卒業することができます。本当に幸いなことです。皆様の中で大きい試験に合格したり、高試に合格したり、重要な祝福を受ける人もいます。本当に良いことです。私たちのすべての子孫がそのようにならなければなりません。しかし、記憶しなければならないのです。そこに誤って引っ掛かるならば、重要な神様の知恵を知らなくなります。そのような人にはならないで。私達が万が一下手すると、そのようになりやすいのです。私が信仰生活をずーっとしてきました。すこし学んだ人が住んでいる町に行ってみました。頭がとても痛くて生きられないほどでした。どれくらいおしゃべりなのか、実が結ばれません。それとともに子孫がみな死にました。本当に愚かです。私達が習うことは、感謝なことですが、どれくらい知っているでしょうか。良い学校を出たことは良いことですが、どれくらい知っているのでしょうか。皆様、大学を卒業しても、本をいくらも読みません。行くなということではありませんが、それが神様を知らない程度に重要なものではありません。私がどんなに優秀な学位で、どんなに学問を持ったとしても神様を知らないならば。すべての国々の民よ。これを聞け。銘記しなければなりません。
 
・私たちも知らない間に、神様を知らないで学んだことが私たちをさえぎっています。それで、これは誤解してはだめです。学ぶ必要がないとのいうこととは違う言葉です。私は個人的に無知な人よりは、学んだ人が好きです。無知な人は話が通じません。話しが通じないことが、どれくらい退屈でしょうか。しかし、学んだ人々は話が通じます。どれくらい良いでしょうか。しかし、私が言う話は、そのことではありません。私達がこういうことゆえに、とても重要ないのちをのがすならば、良いでしょうか。今日の16節にも出てきました。'恐れるな。人が富を得ても、その人の家の栄誉が増し加わっても。'17節に '人は、死ぬとき、何一つ持って行くことができず、その栄誉も彼に従って下っては行かないのだ。'私たちは、多くのお金を儲けなければなりません。しかし、大金をもうけて苦闘する、そのような人にはならないようにしましょう。小さな事に気をとられれば、なんにも目に見えません。私が大きいお金を儲けなければならない、このようになれば、目に何にも見えません。そのような人になってはいけません。大きいお金を儲けることができる実力、うつわ、信仰を揃えましょう。それでなければ、ものすごく違った言葉です。18節にこういう話しがあります。'彼が生きている間、自分を祝福できても、また、あなたが幸いな暮らしをしているために、人々があなたをほめたたえても。' 人の称賛、人の栄光、こういうことで人生を左右されるのですが、そこにあまり偏らないようにしましょう。分からないかと思って、また話されました。「すべての国々の民よ。これを聞け。低い者も、尊い者も、富む者も、貧しい者も、ともどもに。」ここには、なんの例外もありません。
 
・今日、私たちは何を聞かなければならないのでしょうか。49章15節です。'しかし神は私のたましいをよみの手から買い戻される。神が私を受け入れてくださるからだ。' 一般の人々は知らないことです。サタンの権勢、罪の権勢、呪いの権勢から抜け出てきなさい。私達が愚かにも、知識、物質、世をかけまわるのですが、これを見ることができないのです。そのような人になってはなりません。今日、皆様が神様のみことばを見ながら、必ず記憶しなければなりません。すべての国々の民よ。これを聞け。私たち人間は、よみの権勢から救われなければならないのです。そして、事業するように願います。よみの権勢から、今日15節に見たように救われて、あなたがたが仕事もして、その時からしなければならないのです。この順序が変われば、大変なことになります。私達が悟らなければならない部分が何でしょうか?サタンの力、罪の力、地獄の力、呪いの力から抜け出す道が救いです。すべてのクリスチャンは、ここに目を開けなければなりません。
 
・私たちの長老はご存知でしょうが、米国のカーター大統領が韓国にきた時、朴正煕大統領と会談をしました。ものすごく重要な警護室にいた人が私たちのメンバーなので、その方が話をしてくれました。個人の席上で、カーター大統領が朴正煕大統領に福音を伝えたということです。だから、朴正煕大統領が、このように答えたということです。幼い時、多くしてみたと言ったということです。だから、福音をわかることができなかったのです。カーター大統領が福音を伝えたのに、この人がよく理解できなかったのです。よりによって、その事があって少し後に、大統領は悲惨に死にました。最も安全な所で、最も安全な人に殺されたのです。道端で死んだのではなくて、最も安全な所で、彼を最も保護した人に殺されました。本当に不思議な事が行われたのです。その方がとても重要なことをのがしたのでした。私が見るのに、カーター大統領がしたメッセージが最後のメッセージではないかと思います。カーター大統領が、大統領を止めて、多くの良いことをしながら福音を伝えたのです。後に聞いた話です。すべての政治家に福音をみな伝えたということです。この方は、とう小平にも福音を伝えたということです。ところが、ほとんど福音を理解できなかったということです。他の欲が多いからです。そうであるせいなのか、どうしてなのか、その人には相当な困難が始まりました。
 
・実際に記者に聞いた話ですが、この方が北朝鮮に行った時、金日成主席に福音を伝えたということです。金日成主席も同じ返事をしたということです。以前にたくさん信じて、たくさん祈ったと、いまはしないでもできると言いました。本当にわかっていないのです。よりによってそうであるるせいか、この方が死にました。私が見る時、最後のメッセージではなかったでしょうか。本当に笑うことではありません。どんなに権力と、どんなに多くのことを持っているとしても、あまりにも重要なことを知らずにいるのです。よみの力から、15節に見れば、「しかし神は私のたましいをよみの手から買い戻される。神が私を受け入れてくださるからだ。」とても重要な話です。皆様がこの部分の重要さを感じれば、その時から多くの答えの門が開くはずです。私は敢えて皆様の前に約束することができます。皆様がこの契約を捕まえていれば、事業も、学業も、全てのものもできるようになります。簡単に話せば、キリスト教は、この順序がひっくり返って、今、問題がきたのです。似ているように見えるけれど、その問題がひっくり返ったゆえに、ずっと問題がくるはずです。すべての国々の民よ。これを聞け。ずっとくるようになっています。私は皆様が福音を本当に知って、絶対に滅びないようになることを主の御名で祝福します。
 
・なにを話すのでしょうか。2番目に考えるべきことが 3節です。 '私の口は知恵を語り、私の心は英知を告げる。' すべての国々の民よ。これを聞けと言って、言われたみことばです。私たち皆が、まず悟るべきなのは何でしょうか?神様の真の知恵と真の英知を速く得なければなりません。今回、役員修練会をしました。昨年より人々がたくさん来て、良い方達がたくさん来られました。その中で一部分を話しました。必ず祈りの答えを受ける方法に対して話しました。聖書66巻が何を語っているか、メッセージから整理しましょうと言いました。メッセージが整理できていないのに、どのように信仰生活ができるでしょうか。そうこうしながら、困難が来たら、神様を恨んで、人々を恨もうとするのです。ある人は困難が来たら、神様が私に試練を与えるのではないかと言います。もちろん正しい話です。しかし、神様が試練を日ごとに増し加えられるでしょうか。メッセージが整理できないのです。正しく救いが何で、伝道が何で、聖書がなにかメッセージが整理できなかったということです。これを整理して、自分のものにしましょう。自分のものにできる正確な方法は、いのちをかけて、正確な祈り課題を作りましょう。そして、実際に自分の日課表にあてはめましょう。役員に頼みました。あなたがたが、そのようにならなければなりません。聖日に教会に行き、職場に行き、事業するために行くということは、日課表ではありません。それは、私達がしなければならない生活です。なにか分からない、私たちクリスチャンは、自分だけの秘密の日課表がなければなりません。私たち役員と新しい家族に頼みました。必ずメッセージを祈りの課題として整理して、自分のものに作りましょう。それを持って祈る秘密がなければなりません。自分の日常生活の日課表の中に確かにそれがなければなりません。 世界福音化のために準備しましょう。世界福音化のために勉強して、運動もしましょう。こういう色々な話をしました。
 
・ここに今、49章 3節に '私の口は知恵を語り、私の心は英知を告げる。'皆様ひとりもだまされなように、福音のみことばが皆様に整理されて、祈りができなければなりません。私は、いまだにそのようにします。集会を終えて家へ帰ったり、宿舎へ帰ると、どんなに遅くても、今でも運動します。無条件にするのです。ほとんど一日も抜けないでしています。なぜでしょうか?体力を育てなければならないのです。世界福音化 しなければならないのです。もちろん、神様がくださるでしょうが、世界福音化は私がすることではないけれど、準備をしなければならないのです。外国に行って道を忘れないために、ずーっとまっすぐに行って、まっすぐに帰ってきます。そして、必ずします。そして、ずっと目標、契約を捕まえます。1千万弟子です。それのために20個の戦略をずっと祈っています。私はインマヌエル教会をいつ辞任するかを祈っています。2800地域に指導者が立って、長老が立つならば、私は退くつもりです。それが来年になっても、後来年になっても、できたら私は手を引くつもりです。世界的なレムナント教会を作りましょう。確かにできることです。これのために私を助ける者、主の働きをする者に祝福を与えて下さいと祈っています。この希望より良い希望がないために、どんな残念な事が起こってもかまわないのです。ある人が、どんなに失望を与えても、私は揺れません。その人が奪い取る希望より、もっと重要な希望があるためです。必ず釜山には700ケ所の弟子を立てるはずです。私と胸が通じるキリストを見上げる長老と牧師を700ケ所に植えるのです。ソウルは、インマヌエルを土台にして 2000ケ所に植えます。それで蔚山からソ長老のような方は普通の方ではありません。インマヌエルのように伝道しようと全てのものをあきらめて自分が入ったのです。それで合わせて 2800ケ所です。一千万弟子。確かに持っています。
 
・皆様、今から何をするのでしょうか。愚かな者にならず、早く暗闇から抜け出てきましょう。大統領、長官、財閥にかかわらず、早く暗闇から抜け出てきましょう。お金の自慢、知識自慢をせず、早く抜け出しましょう。それが一番目のメッセージです。すべての国々の民よ。これを聞け。そして、3節に何でしょうか。神様の知恵と英知を学びましょう。私達の言葉ですれば、メッセージが正しく整理されるようにということです。皆様、メッセージを整理して祈りが出てこなければなりません。それでこそ、まちがいなく答えを受けます。4節にこういう言葉があります。 '私はたとえに耳を傾け、立琴に合わせて私のなぞを解き明かそう。'真の平安、真の賛美をしましょう。元々、人間は滅びませんでした。なぜ神様が地獄に送って、天国に送るのでしょうか。元々の人間はそうではありませんでした。もしかして、誤解する知識人は悟ってくださるように望みます。なぜ神様はある人は地獄に送って、天国に送るのかというと、元々、人間はそうではありませんでした。サタンと地獄の背景の暗闇の権勢の誘惑を受けて、そちらへ選択をしたのです。それで神様がキリストを送って回復させようとされたのです。なぜキリストなのでしょうか。その道しかないためです。それで、神様が救うようになさったのです。この三つです。すべての国々の民よ。これを聞け。
 
・私たちのレムナントに必ず頼みます。勉強を熱心にしましょう。しかし、それで救われることができないために、高慢にはならないようにしましょう。私たちレムナントにもう一度頼みます。素晴しい人、お金を儲ける人になっても、お金、お金と言う人にはならないようにしましょう。そのような価値ない人になってはなりません。皆様は素晴しい人になりましょう。そして、神様の前で。人の前で美しくなろうと、あまり人を見て通う軽い人にならないようにしましょう。そのようなことは、何でもないことのように見えるけれど、ずっとそのようにすれば、おかしな人になります。 皆様、アナニヤとサッピラがそのようにして、あのようになりました。あなたがたが話をわからなければなりません。私はそのように思います。困難がきてわかるのでしょうか。正しくわかるでしょうか。皆様は神様のみことばを祝福のみことばで、そのまま捕まえてくださることを願います。
 
・今日の本文にあるとおりに、3つだけ捕まえれば良いのです。暗闇の権勢から抜け出したから、私は暗闇の権勢を破るのです。神様が私われたので、祈りの答えを受ける一生の祈りの課題を捕まえるのです。そして、不安ではありません。不安なので熱心にするのではありません。最も安全な平安、安全な答えを神様の答えを捕まえて生きようということです。だから、今日の4節を見ると '立琴に合わせて私のなぞを解き明かそう。'と言われています。私たちは、この重要なことだけを捕まえれば、驚くべき祈りの答えがくるようになっています。
 
・私は良い両親に会いました。そんなに勉強が出来ない人ではありませんでした。他の人が私に良くすると言いました。先生もそのように話しました。私は育つ時、模範的に育ちました。学校で漫画を見るなと言われたので、まだ漫画を一冊も見たことがありません。子ども達は、漫画がおもしろいというのですが、私は見ませんでした。学校の壁にこのように書かれていました。おやつを買って食べるのをやめようとなっていたのです。私たちの学校でそのようにしたのです。この頃見ると、誤っているのです。間食をたくさん食べなければならないのに、おやつを買って食べないようにと言われたので、一度も買って食べませんでした。完全に模範生でした。おやつを買って食べなかったので、私の身長は、このように標準です。私の母が絶対に海辺に行くなと言いました。それで、私の母の話をどれくらいよく聞いたでしょう。それで、私の母の失敗のメッセージゆえに、私がまだ泳ぎができません。私の母がみなよく教えたのに、それだけは誤って教えたのです。もしかしたら、海辺に住んでいたので、溺れ死ぬかもと思って、そのように言ったのでした。釜山は、海辺でしょう。少しだけ行けば、海なので、ひょっとしてと思って、そのように言ったのでした。これをあまり善良で、そのまま受けたのでした。幼い時、そのまま聞いて、習慣になってしまって、今でも水を見れば怖いのです。とにかく、どれくらい模範生なのか分かりません。両親の話をよく聞いて、勉強を忠実にしたのですが、それではありません。私がますます成長しながら、葛藤がき始めたのです。どの程度になったのかというと、神様がいるのかという程になりました。この程度に行ったから、皆いったことです。
 
・私たちの教会と役員に説教がどれだけ重要でしょうか。これがすべてです。私が幼い時、大きくなりながら、牧師と伝道師と長老と信徒を見ながら、神様を信じてはならないという気がしたのです。これがサタンの策略なのに、私が引っ掛かったのでした。私が牧師を見て、神様を信じねばならない、こういう気がせねばならないのでしょう。信徒、おとなを見て、神様を信じねばならない、こういう気がしなければならないでしょう? 私は何の決心をしたかというと、私は私の両親ゆえにどうすることもできませんでしたが、絶対に教会に行かないと心の底から決心したのでした。それで、堕落したのです。その模範生の私が、漫画も一冊も見なかった私が、どれくらい堕落したでしょうか。限りなく堕落しました。どれだけ堕落したでしょうか。説明ができない程に、私ではない程です。私が見ても、私ではありません。完全に堕落しました。毎日のようにけんかをしました。
 
・ある日、決定的な瞬間がきたのです。人間はどれだけ無知でしょうか。そのようにしてはならないと知っていながらも行きました。やくざ6人に会ったのです。食事をするために会ったのではなくて、けんかをしようと会ったのです。6人に会ったから、どのようになるでしょうか? その時代は、今のように法もなくて、殺せば終わりです。それも夜 12時に市内でもなくて、埠頭の道で会ったのです。内容は話す必要もなくて、けんかをしました。私がやっと気を取り戻す程でした。6人に対して、どれくらいたくさん叩かれたでしょうか。やっと正気になって、這って帰った家が誰の家に行ったかというと、自分の家へ帰れば、母親が心配するはずなので、チョ・エンテ牧師の家へ行ったのです。その時、1-2時になっていました。門をたたいたら、出てきてチョ牧師のお母さんが見て、あまりに驚いて、水を持って来て洗いなさいと言われました。幸いに頭が堅かったので、死にませんでした。洗って家に帰って寝たのですが、朝に事故が起きたのです。私とけんかをした相手方一名が、病院に入院したのです。内容は説明出来なくて危篤だという知らせに、その時になって、しっかりしたのです。私がなぜ、このようにまでなったのか? 死ねば殺人ではないか? 私がなぜこのようにまでなったのか? その時、初めに行った所が、教会でした。ところが、私の母は、普通の人ではありません。毎晩、病院に行ったのです。死ぬ人を捕まえて、毎日、祈りました。ところが、その人が目を覚ましたのです。目を覚まて、私の母を見て誰かとたずねたということです。私の母が、誰の母だと言ったら、なぜここにきたか、「私が手助けしようときた。」と言ったら、「必要ない。私がすることはひとつしかない。私が生きたから、することはひとつしかない。」私の母が、何かと尋ねました。行って、すぐにその奴を探して殺すと言いました。その人の希望は、私を殺すことでした。みな説明できなくて、私の母がどれくらいこの人のために毎日祈ったか、後ほど感動を受けたのです。この人が完全に悔い改めて、私の母を見て、お母さんと呼んだのです。より驚くべき事実は、学校の先生の息子でしたが、そのお母さんが10 年間、家を出て行った息子の知らせを聞いて訪ねたのでした。それで、私の家の財産や残ったものをすべて売って、その人にあげたのでした。その時になってはじめて私が、これ以上だらくしてはならないと悟ったのです。
 
・信仰がなくなるということは、普通のことではありません。そして、皆様の子どもが模範生であるほど、賢いほど崩れるということは、普通のことではないのです。頭が悪い奴は、堕落しても少ししか堕落しないのです。ダビデを見ましょう。他人の女性を見た瞬間、頭を速く回したでしょう? 堕落も模範的に生きた人がすれば、より怖く堕落します。それで、教会にまた帰ってきたのに、信仰生活がよくできるでしょうか? 教会が目に見えるでしょう。教会に通いながら、どれくらい苦労したか分かりません。単なる伝道ではなく、私は骨にしみるように感じたのです。教会は、福音を伝えるべきです。類似した宗教を話すことは、結局はだめです。私がまたひとつそのような教会を作るために牧会をするということではありません。
 
・私はその時から目が開いたのです。多くの政治家たち、英雄が後になると死ぬということを知ったのです。多くの財閥、芸能人が、裏路に行って死ぬということを知りました。私はその時からほとんど宗教人が、霊的問題がきて死ぬことを知りました。ある日、私が悟ったのです。教会に通う人、みなが失敗するということを知りました。これがなぜでしょうか? 福音がないからです。霊的問題が解決しないのです。それで、私はこれをするのです。もちろん違うことがあります。多くの人々が攻撃してきました。構わないのです。私はこれをするために教会をして、伝道運動をしたのです。ところが、どんなに苦闘しても、福音を悟って答えは来るのに解決しません。私の個人問題の解決ができませんでした。その時から知ったのです。祈りの秘密です。それとともに、この福音を味わいながら、自分のものにするのです。今、私がすることがひとつ残っています。より一層、謙遜にせねばならない! これから残っている仕事がひとつあります。多くの人々が誤解した話をなくさなければならない! 多くの人々が、世界福音化できるように、より一層話さねばならない。一千万弟子が起きても大丈夫なように、私が謙遜にせねばならない! 私たちの教会が 2800地域を生かすことができるように、私がうつわを準備せねばならない! 私に残ったことです。すべての国々の民よ。これを聞け。まちがいなく、神様のみことばです。暗闇の力から私たちを救う主を知りなさいということです。
 
・今日、順に話すならば、知恵のみことば、神様のみことばを正しく知りましょう。2番目に話をするならば、「なぞを解き明かそう」ということは、真の平安、真の歌、真の賛美を悟りましょう。決定的に重要な 15節、暗闇の力から抜け出てきましょう。すべての国々の民よ。愚かな人にならず、早く抜け出てきましょう。ユウ長老が大統領のために祈りましたが、その方に福音が入っていかないと、絶対にだめになります。すべての国々の民よ。これを聞け。なぜ米国、ヨーロッパに危機がきたのでしょうか? 福音がなければならないのです。すべての国々の民よ。これを聞け。私たちがこの契約を捕まえて、本当に答えを受けることを主の名前でお祈りします。私達が早くレムナントを育てて、礼拝ができる家が早く出てくるように回りながら断食祈りをしましょう。
 
・ナン・ドンヒ記者が先週に合宿を受けたということです。釜山では、屋根が低くて、ものすごくメッセージが聞きやすいということでした。この女子高、ここに座っていれば、何かがよく聞こえないのですが、そこは本当によく聞こえるらしいのです。それで、ナン・ドンヒ記者に「そうです。あなたは、本当に頭が良いなと言いました。私たちの職員に、いくら何と言っても、わかることができないのです。」レムナント集会に絶対に響かせてはならないとお願いをしたのに、みな響く所でしました。ナン・ドンヒ記者のように感じることができる頭を持った人が、それほどいません。声が回るならば、絶対に私の心に安定するようにき入らないのです。それで、私たちは早く祈るべきです。今ここに 1,2部の席がありません。私たちは、 SAINGE 挑戦しなければなりません。本当に祈りを開始して、契約を捕まえねばならないのです。皆様、生涯に暗闇と戦って勝つべきです。本当に福音がある教会に作りましょう。皆様、この契約を捕まえて、聖書にある答えをそのまま受けるようになることを主の名前でお祈りします。
 
<<契約の祈り>>
 神様に感謝します。今日、この契約が私たちに生涯の重要な契約になるようにしてください。愚かな者にならないで、神様のみことばを聞く答えの人になるようにしてください。私たちの主イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン