2004年 1月 11日インマヌエル教会聖日メッセージ


 1部/ 取税人を呼ばれたキリスト
(ルカ5:27〜32)
  
・空港や、人がたくさん集まる所に行ってみると、静かにきて挨拶する人々があります。もちろん、私はよく 知らないので、申し訳ないのですが、その人々が私のことがわかって挨拶をします。そのような場合が少なくありません。ところが、一度、空港から出てきたら、なぜか女の人が私を見て、大声で叫びました。クリスチャンなら、あのように大声で叫ばないのに、なぜ大声で叫ぶのかと見たら、私を見て大声を出したのではなく、私の後から出てくる人を見て、大声で叫んだのでした。コメディアンの中に、猿に似たようにする人がいるのですが、その人が出てくるのを見て、大声で叫んだのでした。コメディアン一名と食事したことがありますが、なぜ人々がコメディアンを見て、大声で叫ぶのかと尋ねました。その方の話では、コメディアンは笑わせるから、知らない人が見ても、とてもあいさつをするのだと言いました。一理があると考えました。
 
・ソウルで、ある教会は、堂会の中でだけ国会議員が10人がいるということです。ソウルのある教会は、タレントだけで100人いるということです。すごい雰囲気ではないでしょうか? 顔をたまに知っている国会議員、タレント、こういう人々が教会の中に100名ずついるなら、雰囲気が違うはずです。むかし、私がいた教会は、大統領と直接通じる警察幹部一人がいました。ほとんど仕事をしたら、できないことがありません。この方は、単なる警察ではなくて、大統領と直通電話を使う人でした。簡単に話せば、嶺南一帯のすべての情報を担当していた人です。私達が仕事をするのに不便な事があったら、電話を一回するなら、殆どできるようになりました。この方は、聖日になったら教会礼拝に参加します。外側に警察 5〜6人が動員されて、車両整理までしました。その方がソウルに行ったら、警察は、一名も来ませんでした。
 
・一度は、私たちの学生達の修練会がありました。場所がなくて、金海の小学校を訪ねて、貸してくださいと言いました。その学校の教頭先生が絶対にだめだと言いました。学校の子ども達が物を全部置いているのに、手をつけるから、絶対に貸してあげないと言いました。ところが、その学校が一番位置が良かったのです。祈って静かに考えてみました。その時、私たちの教会に、教育界では一番偉い教育委員長がいました。私は、人間中心はあまり使わないのですが、とにかく学校が必要だと電話しました。この人が、学校の校長先生や教頭 先生に電話をされたのです。私たちの学校を使ってくださいと言うだけではありません。朝夕方にきて、挨拶をして、何かありませんかと言いました。それを見ながら、私は権力は良いことだなと考えました。
 
・一回は、何かの取り締まり期間がありました。大新洞を見たら、むかし安息教の人がする英語学院がありました。バスから降りると、ほとんどみな踏切を渡らないで、早いからそちらで渡ったのです。私も渡ったのですが、夜明けにある人が呼びました。ここは踏切ではないと言われました。分かっていますが、私たちは毎日 このように渡ると言いました。今、取り締まりの期間だと言われました。取り締まり期間ならば、どのようにするのかと尋ねました。今、道の向かい側で、人は全部つかまって、すぐに裁判をすると言われました。これは本当に大変なことになったと思いました。学校に行ってすることが多いのに、西部警察署で裁判するために行く人々が たくさん集められていました。今ならば、携帯電話もあって電話をするのですが、公衆電話でしようとするので、公衆電話にもたくさん並んでいました。それで、どうにか実力を発揮して割込みをして、電話をしました。その長老に電話をしました。私が取り締まり期間なのに、間違って道を渡って...と話をしたところ、長老が笑ってくださいました。時間が少ししてから、即刻連絡がきました。即刻警察一名が来て、柳光洙氏どこにいるのかと尋ねられました。ここだと言ったら、怒ったようにして、ここに来なさいと言われて、後に連れて行かれ、早く行きなさいと言われました。そのように危機を克服することもありました。私達がこのように人々は誰でも 権力者、身分が高い人、上手にやる人が好きです。
 
・イエス様が取税人を呼ばれたのです。皆様、取税人と言うと、理解がよくできないでしょう。イスラエルの国がその当時にローマの植民地になっていました。ローマの人々が頭をよく使うのです。どのようにすれば、税金を取れるだろうか? そのようにして、イスラエル人の中のやくざのような人を捜し出したのです。誠実な人は、そのようなことはしないから、すこしやくざのような人、チンピラのような人を捜し出したのです。捜し出して任務を与えました。「お前は今日から取税人だ。だから税金を集める人だ。いくら集めても、お前の自由だ。ただ、いくらかだけ私たちローマ政府に捧げなさい。それ以上集めても、それ以下集めても、それはお前が思うようにしなさい。ただ国民に無理だけ無いようにして、政府にいくらかずつ出せ。」それが取税人です。だから、取税人はどのような人でしょうか? とても人々が不良です。人もとてもうれしい存在ではなくて、とてもうるさい存在です。堂々と国家にお金を入れているゆえに、税金を出さなければ告発もします。そして、ローマ政府から認可を受けたゆえに、たくさん取っても、残りは自分のポケットに入れて、残りはローマに持って行けば良かったのです。これだから、取税人と言うと、ものすごく非難の対象で、取税人と言うと、とても悪い人でした。ある面で見れば、ローマ政府と一緒にユダヤの国を困らせる人です。反対側から見たら、ない人を訪ねて、税金を無理に出させて、お金を自分のものにする人です。それで、ローマ政府から見れば、悪い人ですが、必要な人です。これが取税人です。ところが、イエス様が弟子を呼ばれるのに、取税人を呼ばれたのです。この取税人は、している仕事を放棄してイエス様の弟子としてついて行きました。ですから、パリサイ人、律法学者が黙っているでしょうか? とても非難しました。どのようにして、あなた達は罪人と取税人と一緒に食事をするのか? 今日、そのように出てきたのです。当然な非難です。その時、イエス様がこのように答えられました。病人には医者が必要ではないだろうか? そのように、私は罪人を呼ぶために来たのです。そのような話で、みことばを終えられました。そのような対話が、今日の本文に少し出てきています。今日、私と皆様が一年をまた始めながら、この本文のみことばで重要なことを悟らなければなりません。
 
・最初、神様は立派な人を呼ばれるのでも、足りない人を呼ばれるのでもありません。神様が呼ばれる人は、あなたは、足りないから呼ぶ。あなたは優秀だから呼ぶ。そのようなことではありません。今日の本文にあるとおり、罪人を呼んで悔い改めさせるために呼ばれるのです。人々の視野は、この人が立派だ、そうではないという以外はないのですが、神様は人を救おうと呼ばれるのです。取税人であるから呼ばれたのではありません。貧しくて哀れだから呼ばれたのではありません。また、立派だから呼ばれたのではありません。また、立派だから呼ばれなかったのでもありません。それは条件ではないのです。神様が人を呼ばれたのは、罪人を救うために呼ばれました。この部分をのがせば大きいことが起きます。
 
・いや私達が何で罪人か? そのように聞く人もあります。ところが、それから解釈しなければなりません。ローマ3章23節に 'すべての人が罪を犯した.' これが何の話でしょうか? 皆様、これが理解できなければ、教会に通う必要もなくて、通うこともできなくて、通ってもだめです。私が何を盗んだか? 私が強盗をしたか? 私が殺人をしたか? 私が何で罪人というのか? 私は法律がなくても生きる。法律がなくても生きるのでしょうか? 今日も私が家の前に出てくるのに過ぎて見たら、赤信号に変わったのに、違反してきました。信号違反すれば六千円なので、すでに六千円もうけてきました。家の真下に降りてくるのに、赤信号でも誰でも皆行きますが、私は知らずに、過ぎたのです。法律なく生きるのでしょうか? みな守ったとしましょう。とても法律をよく守るとしましょう。ところが、今日聖書に話す罪人は、それを言うのではありません。その罪も罪ですが、それを言うことではなくて、私たち人間が、人間も知らない間にくる問題があります。創世記 3章の事件以後に生まれる人間には、深刻な霊的な問題がきたのです。それで、神様がそれを解決なさろうと、キリストを送ってくださったのです。それゆえにいらっしゃったので、何で、取税人だ、身分が高い人だ、低い人だ、その話ではありません。では、くやしいじゃいでしょうか? とんでもないことばです。皆様、奴隷を知っていますか? 昔の奴隷制度です。奴隷が息子を産むと奴隷です。いやそのようなことがあるのか? と言ってもそうなのです。孫が産まれたら、その可愛い孫まで奴隷です。そのようなことがあるのか? そのようになるのです。そのようなことがあるのか? と質問と事実は別のことです。事実であって、そのようになるのです。いや神様が誰は救って、誰かは捨てて、それは皆様の考えであって、事実とは別のことです。人間には滅びと呪いがきているのです。それは否認することができません。方法はひとつしかないのです。他の方法がないのです。抗議をどんなにしても仕方がないのです。方法がありません。方法はひとつしかありません。あの可愛い孫を奴隷にさせないとするなら、方法はひとつしかありません。私が奴隷というその法的な問題を解決しなければならないのです。そのようにならない以上、息子を千名産んでも、千名みな奴隷です。分かるでしょうか?
 
・それで、イエス様が '罪と死の原理からあなたがたを解放した。イエス・キリスト、いのちの御霊の原理があなたがたを罪と死の原理から解放した.' 普通のみことばではありません。創世前にすでに暗闇、混とん、空虚の中にありました。それはすでに皆様が生まれる前に暗闇とサタンと呪いの勢力があったということです。それを知らない人間は、神様のみことばを信じないで、その暗闇の中に陥ってしまったのです。それから救われなければならないということです。これは取税人だ、そうでくて長官だ それが問題ではなくて、それから解決しなければならないということです。私たち青少年を覆っている闇の勢力が、今日、全部逃げさるようになることをイエスの御名でお祈りします。
 
・だから、聖書ぐらい正しい答はありません。 'すべての人が罪を犯した。義人はいない1人もいない。’ローマ 3章10節、それで‘罪からの報酬は死です' 正確です。この話をわかることができなくて、先進国米国に麻薬患者がうようよいるのです。この話をわかることができなくて、私たちより先んじた日本に家を出てきた 子ども達がうようよしているのです。医者が多いけれど、精神病者が急増しているのです。私はどんなに見ても、聖書があまりにも驚くべき神様のみことばだと思います。それで '私達がまだ罪人であった時、キリストが十字架で死んでくださることによって、私たちに対する神様の自らの愛を証されたのです’ 早く救い出すために、信じる者は、永遠のいのちを得ます。皆様が呪いにだまされるなと、早く救われなさいと信じる者は死からいのちに移っているのです。神様が人間を早く救い出すために、受け入れた人々、すなわち、その名前を信じる者は、神様の子どもとなる特権が与えられます。どれくらい神様が皆様を祝福なさろうとされていているでしょうか。主の名を呼ぶ者は恥にあわない。この話を悟れば、救われるのです。聖書をどんなにたくさん知っていても仕方がありません。どんなに経験が多くても仕方がないのです。皆様の前の事実と経験とは違います。どんなに経験が多くても、死ぬことはどうすることもできないのです。間違いない事実です。ここから救うためにイエス様がいらっしゃったのです。
 
・パリサイ人の水準を理解できますか? それも知らずに罪人と遊んでいるのか 何であんな人と食事をするのか?こういう水準です。イエス様が、驚いて病人にはだれが必要なのか? それなら、私はなぜきたのか? 罪人を救うために来た。簡単に話せば、その質問をするパリサイ人が、先ず一番に救われねばならない対象なのです。あらゆる人が罪を犯したのです。
 
・私は幼い時、ダンテという人が書いた神曲を読みました。その人が想像して書いたのか、何かの夢を見て書いたのか分かりませんが、なにか相当な作品を作りました。その人が書いた驚くべき本の内容は何でしょうか? というと、ほとんどみな聖人が地獄にいます。地獄にいる人をみな明らかにしました。孔子、釈迦、ソクラテス、みなここにいます。この人は、自分が見たことを書いたのですが、よく見たと思います。どうすることもできないのです。人間は、先ず一番に受けねばならないことは何でしょうか?救いを受けなければならないのです。これを受けることができなかった人間は、どのようにするのでしょうか? 時間が経てば経つほど、何か押さえられます。教えてあげることもなかったのに、偶像崇拝するのです。台湾の人と韓国の人と、会ったこともないのに、全く一緒にへびを作って置いてお辞儀をしています。相談したのでもないのに、龍を作って置いてそこにお辞儀をしているのです。会って相談したこともないのに、偶像を作って置いてお辞儀をしています。本当に不思議なことです。こういう事が全世界に起きているのです。それで、精神病と肉体の病気が、いっぱい来るしかないのです。それもそうで、運命から抜け出てくることができません。イエス様がこの世にいらっしゃった理由は何でしょうか? 神様が、なぜこの世にキリストを送られたのでしょうか? これを確かにしないと大変なことが起きます。
 
・私たち学生達がここにたくさんいます。皆様は狂信者にならないように願います。私は皆様の勉強も正しく しなくて、社会生活も正しくしなくて、信仰生活するということは願いません。しかし、福音は正確に知っていなければなりません。福音を正確に知っていてこそ、あなたがたが勝利できるのです。これ以上、話すことができない程です。すると、世の中は、聖書にはなんとなっているのでしょうか? どんどん難しくなります。むかしに本当に用意した大統領、金大中大統領に失望したという話を多くしました。今回は盧武鉉大統領を立たせたのに、今回は絶望しました。これからだれが立つのか、誰が立っても、絶望を越えて滅亡したと言うはずです。大統領の責任だけでもありません。聖書は確かにおっしゃっています。どんどん難しくなるはずです。終わりの日には、苦しみの時が来るはずだ。人は自分を愛して、とんでもなく変に神様を離れて死ぬために、どんどん苦しみの時がくる。それで、あなたがたは、学んで確信したところにとどまりなさい。他のことではありません。今日、皆様がこの年を始めながら、この祝福を受けるようにイエスの御名でお祈りします。
 
・2番目です。何を悟らなければならないのでしょうか? 救われる者を呼ばれたのです。今日見ると、全てのものを捨てて付いて行きました。救いの計画があるけれど、その時間は救われる人のために呼ばれるのです。取税人か?違うか、それが問題ではありません。今日、誰を呼ばれたでしょうか? 救われるべき者を呼ばれました。その話です。
 
・皆様がおわかりの通り、友人二人が盗みに通ったのですが、説教のみことばを聞いて、ひとりが悔い改めました。その人が後ほど米国の大統領になりました。自分と一緒に盗んだ友人を見ると、後ほど牢屋に座っていました。どれくらい他の結果を持ってきたのでしょうか? 今、キリストは取税人を呼んだり、身分の高い人を呼ばれるのではなくて、救われる者を呼ばれるのです。中風になった人が屋根をむしり取って入っていきました。聖日ごとにそのように礼拝をささげれば、成功します。屋根をむしり取れということでしょうか? その話ではなくて、それ程にということです。私は聖日に来る時ごとに確信があります。神様が皆様を祝福なさろうと、みことばをあたえる中に、私はお使いであるだけです。確信があります。そして、それならこのみことば聞く神様の民は、神様が祝福なさるはずです。神様は今、誰を呼ばれるのでしょうか? 救われる者を呼ばれるのです。皆様、長血になった女を見てください。それが礼拝です。イエス様のすそをつかむだけで、病気がよくなる。その信仰を持ってきました。バルテマイを見てください。私がイエス様に会えば、私の目が開くはずだ。その信仰を持ってきました。どれくらいよく見たのでしょうか? これが狂った人でしょうか? どれくらいよく見たのでしょうか。エステルのところに行って、目を開いてくれと言うならば、それは誤って見たのです。どれくらいよく見たのでしょうか? こういう者が救われるのです。できたら、私の子どもを直してください。イエス様ができたらというのは、なんの話か?信じる者には、できないことはありません。今、私が列挙した人の特徴が何でしょうか? 共通点は何でしょうか? 正しく来たではないでしょうか。そうです。市場に行って、目を開いてくれと言っても良いでしょうか? 本当に私たちのいのちを治める方は誰でしょうか? 神様です。
 
・この人が呼ばれたら、すぐに全てのものを捨てて、金儲けになることをみな捨てて付いてきたということは、 正しく見たということです。イエス様がこういう話をなさいました。祈りなさいという話をなさりながら、友人の家にパンがあります。その友人が知って、夜に訪ねて門をたたくのに、上げないことがあるでしょうか? ずっとたたいて、寝ることができないのです。外でたたく人が友人です。上げないでいられません。しかし、重要なことは何でしょうか? 友人のためではありません。重要なことは何でしょうか? パンが確かにあるべきなのです。これを知ってたたいたのです。上げないはずがありません。ですから、友人としてきて、くれと行ったのが問題ではなくて、パンがあるということを知っていた、その話です。何の話なのか分かるでしょうか? 今、この取税人がたとえ罪人と共にいた人であっても、イエス様が誰かがわかったのです。これが重要です。皆様が本当の祈りをするならば、どのように祈るのでしょうか? 誰に対して祈るのでしょうか? 皆様、人生の方向をどこに合せるのでしょうか? これが重要だということです。ですから、共通点がそこにあります。
 
・悪い裁判官が、お金をもらって裁判を違うようにしました。くやしい目にあったこの女がずっときて話すのです。どこでもきて話します。あの貴重なお客さん会うのに、そこにも来ました。言わば、息子や娘がお見合いするところにきて話します。ちょっと用心深い人と会う席なのに、そこにきてまた話します。後ほどは、家に訪ねて来て話します。この判事が狂いそうになりました。どうするでしょうか? その女を殺すか? その女に何の力があるでしょうか? それもありません。その女にお金があるのでしょうか? その女に権力があって、後ほど関係あるでしょうか? なんにもありません。ただ一つしかありません。この判事が悩みに捕われました。何のためでしょうか? この女が絶対に放棄しない女だからです。ここで悩みになったのです。それで、判事がどのようにしたでしょうか? 分かった。私が誤ってした。正しくしてやろう。神様が悪い裁判官でしょうか?本当にあなたが祈るのに、答えてくださらないでしょうか? 問題は、この女が、裁判官が裁判できるということを知っていたことです。イエス様が取税人を呼ばれたのですが、取税人がみな放置して、イエスに従いました。ものすごく重要です。今日、皆様、今年に本当に祝福を受けるように願います。答えが来るか、来ないかは問題ではない. 私たちのいのちを治めておられる方が誰かを正しく知っていなければならないのです。
 
・三番目です。取税人を呼ばれたのに、これが是非の対象問題ではありません。キリストは、未来を置いて、未来に用いる者を呼ばれました。今現在で見る時は、罪人のように見えて、パリサイ人が高く見えるけれど、後の日を見るとそうではありません。今日のように、どんなにユダヤ人が立派であっても、高慢なユダヤ人は未来には特に使い道がありません。税金を取るところに座っていたこのレビは、世界福音化の弟子として神様が呼ばれました。証拠を知っているでしょう? ユダヤ人が勝ったでしょうか、初代教会が勝ったでしょうか? ユダヤ人は、後ほど国家、民族までなくなりました。おわかりの通り、歴史で1800年間さまよいました。しかし、この人たちは、世界を征服して、あなたがたがこの席に座るようにさせたのです。どれが正しいでしょうか? イエス様がレビの未来を見て呼ばれたのです。ある面で、私と皆様がすごいから呼ばれたのではありません。未来の福音運動に用いられるので、皆様がより良いのです。国会議員も重要ですが、皆様がより重要です。それで、未来と力と使命を下さろうとレビを呼ばれたのです。訓練をさせて、世界を征服しようと、レビを呼ばれました。私が見る時は、本当に相当な瞬間です。あたかも、皆様と私のようです。私は本当に救われた後に、なぜ神様が私を召されたのかが分かりました。福音を受けなければならない人が多いな。特に学生達の集会に心を寄せる理由は、私が学生の時、崩れたためです。それで、どれくらい多くのことをのがしたのか分かりません。そうでなければ、今より速い速度でより多くの福音を伝えるはずなのに、たくさんのがしました。神様がレビを呼ばれたという事実を、どのように人々が理解することができるでしょうか? 今日、皆様が聖霊の人ならば、重要な答をみな得たのです。とても重要な答です。それで、いっそパリサイ人より取税人が良かったのです。福音を悟ることができなかった高慢な者よりは、いっそ貧しいけれど、福音を悟った者が良かったのです。私は伝道を始める前に、こう話したことがあります。信徒に尋ねました。福音を悟ることができなかった修道女に未来があるでしょうか。福音を悟った売春婦に未来があるでしょうか? 極端な話ですが、どれがよりよいでしょうか? 私は福音を悟った売春婦に未来があると見ています。ですから、なぜ取税人を呼ばれたのでしょうか?
 
・皆様、一年を始めながら、胸中に重要な決断ひとつをおろさなければなりません。皆様は不信仰にだまされないようにしましょう。不信仰もとても水準が高い不信仰があります。皆様が勉強をとても多くすることによってなる、知識的不信仰があります。ですから、ニーチェのような人は、勉強をあまりに多くして、神様はないと言いました。一段階より跳び越えて、神様は死んだと話したのです。ニーチェは、少しして精神が狂ってしまいました。ニーチェは家で死んだのではなくて、精神病院で死にました。それも部屋で死んだのではなくて、庭で死んだのです。それも夜に寝ている途中で死んだのではなくて、真昼間に死にました。それも天をみつめながら、大声で叫びながら死んだのです。大声で叫ぶのに、その声がまた異常でした。その真昼間に太陽 の下で太陽を見つめながらどなるのに、何と言ったのか知っているでしょうか? 世の中が暗くて真っ暗だと むやみに叫んだのでした。そのようにして死んだニーチェの最後の声です。皆様、知識的不信仰で死んではなりません。
 
・そして、私たちは信仰的な、神学的不信仰にだまされるのです。大韓民国と世界の3分の2の神学校は、皆様が知らずにいるけれど、神様のみことばを信じることができないように教えています。創世記、出エジプト記、申命記、レビ記、民数記のモーセ五書を神様のみことばではないと教えます。有名な神学者カルバルトは、聖書の中に神様のみことばもあるようだと言いました。救われることができなくて、伝道の経験がない者の話だと私は確信しています。それで、ドイツがあのようになったのです。みなドイツの人々ですエミリー・ブルンという人がこう話しました。「聖書のみことばをあまり熱心に信じることは偶像崇拝だ。ですから、精神病になって死ぬのだ。私は聖書のみことばの奇跡、こういうことは信じない」ユニオン神学校の学長をした人が言った言葉です。ある日、彼は自殺しました。自殺は、何となくするのでしょうか? 気分が良い時にしますか? とても恵みになる時、自殺するのでしょうか? 絶望する時にするのでしょうか? そうではありません。サタンのお手伝いをしなければ自殺しません。普通の問題ではないのです。神学的な不信仰にだまされないようにしましょう。
 
・私は聖書のみことばを悟った後に、外に行くと、あまりにも正確でした。今でも使徒13,16,19章、易、シャーマニズム、占い、偶像、迷信にそのまま陥っています。ところが、ある愚かな神学者が、私を見て言う言葉が「先生。それは韓国に合うので、米国に合わない」と言いました。とんでもない言葉です。米国は、易、シャーマニズム、占いの文化が最高に発達した国です。その証拠で、14名の悪霊につかれた者が集まって作ったのがニューエイジ運動です。その神学者は、米国で生きる資格がありません。占い、易、シャーマニズム、偶像崇拝が、一番多いところが米国です。ですから、だまされないようにしましょう。正確です。皆様がこの神様のみことば、答えの他に、絶対にだまされてはなりません。そして、多くの牧会的、宗教的不信仰にだまされてはならないのです。
 
・単純に信じるように願います。1789年、フランス革命がおきました。そのまま信じるように願います。本当でしょうか?と言うと、頭が痛いのです。それを信じて年代を正して見ると、正しいでしょう。私の父は姓が柳です。漢字は「柳」です。本当に間違いないのか。正せば頭が痛いのです。すると、これが普通の侮辱ではありません。私達が単純に信じることは信じなければならないのです。皆様が本当に、救いの祝福、この神様の契約の祝福を、今年は味わうようになることをイエスの御名でお祈りします。それで、皆様の子ども、家庭にあるあらゆる霊的問題は、ひとつずつ解決されるはずです。たぶん、皆様が細かい答えがくるということを知るようになるはずです。今日、チョ・ギゴン長老が祈りをしました。あの長老は、むかしから江原道で私たちの教会まで核心訓練にきた人です。こういう話を私にしました。私がなぜ医者をせねばならないのか? 医者をするのはきらいだ。これをなぜせねばならないか? そのような質問にいつも苦しめられたそうです。それは、普通の人がする質問ではありません。本当に基本的で、単純ながらも、大きい質問です。そのようにさまよったそうです。そうしながら、夫人に会いました。それで、私がさまよった中で本当によく会ったと言いました。それで、この人が福音を受けたのです。どれくらい、すると江原道からここまで来るのでしょうか? 私たちの信徒3分の2 以上がみな休んでいる時、あの江原道からここまで訓練を受けようと来たのです。結局、神様が私たちの教会の堂会員に呼ばれたのですが、こういう働き人が、私たちの教会に集まっているのです。こういうみな理由を持った働き人たちで、世界が組織されています。全部、理由を知っている人々が今、この席に集まっているのです。今年、皆様の一生に本当に真の答えが続くことを主の御名でお祈りします。
 
<<契約の祈り>>
神様に心より感謝申し上げます。神様の子どもとなる祝福をくださったことを感謝申し上げます。取税人を呼ばれた主が、私たちを救われたように、世界を生かすようにしてください。私たちの子どもたちに、現場に 真の証拠をくださることを信じます。こういう霊的問題が、私たちの子どもに伝えられないようにさせてください。知らない不信仰が、私たちの子孫に伝えられないようにさせてください。霊的無知が私たちのレムナントに伝えられないようにさせてください。霊的混乱が、私たちの子孫に伝えられないようにさせてください。それで、私達が今日、契約を正しく捕まえる日になるようにさせてください。主イエス・キリストのお名前でお祈りします。 
 
 


 2部/ 時代を生かす教会
(使徒11:19〜30)
−キム・ドンゴン牧師-
 
(柳) 今日は歴史的な日です。教会史を見れば、伝道運動が成功した所を見れば team ministryがなされました。ペテロとパウロです。ペテロが教会を堅くして、パウロは伝道運動を本格的にしました。宗教改革時代が 開いて、ジュネーブでベジャという人が、カルヴィンを後から応援して、教会を堅く立てさせて、カルヴィンは、神学と多くの教会政治を正しく堅く立てました。それで、改革を完成させたのです。私たち教会が、世界福音化する教会として、ともにするためにハン・サンベ牧師を担任牧師にお迎えするようになりました。私は本格的な伝道運動に走って入っていくためです。あなたがたが、祈って多くの祝福を、意味を悟ってくださるべきです。特別に私たちの総会、タラッパン運動に私が個人的に、私たち団体に最も影響を与えて、最も祈りを多くするキム・ドンゴン牧師を説教者としてお招きしました。今日 '時代を生かす教会'というタイトルで、キム・ドンコン牧師が、政経総会長、現在、安養東部教会牧師ですが、みことばを下さいます。
 
・昨年、一年を送りながら、どのように、こういうことがあるのか? という程に、私の心に大きい感激がありました。好景気という話をご存知であるはずです。商売がよくなって、事業がよくなって、何でもよくなることを話します。私は、私が昨年に12年、今年で13年目なのですが、好景気で、霊的な好景気という考えをしています。私の心では、初代教会以後にこういう事があっただろうかと思います。一時は、韓国に聖霊の風がものすごく強く吹く時がありました。しかし、風が吹いても何をするのか? みな試みにあって崩れました。タラッパンの中で、こういう好景気に会ったのに、その理由が何でしょうか?
 
・最初は福音です。このように、ものすごい福音を、このように聞くことができるでしょうか? 本当にイエスがキリストという、この福音をずっと聞きました。私は聞きながら、自分自身も福音の中でどんどん何かが立てられて、霊的な生活が安定して、霊的な祈り生活も安定することが、こういうことがあるのか? と思います。教会もそうで、私たちのタラッパンの中で、国内外で見ながら、この福音がどれくらい偉大でしょうか。このように福音があふれ出る時が、どこにあったでしょうか? メッセンジャーの柳牧師を通じて、ずっと福音が流れ出るのです。
 
・2番目は訓練です。他の見方をすれば、初代教会より優れた訓練です。このように聖書的伝道方法が今、共同体時代、専門化時代までメッセージが出てきました。この訓練をずっと受けるから、一言で、人が生かされる程度でなく、事業がなるのです。その中に秘密がみなあるためです。もう一つは証拠です。もし私達が福音をたくさん聞いて、どんなに訓練をたくさん受けても、証拠がなければだめです。この驚くべき証拠が、ここ、あそこで、信徒たちは幸せだと言って、現場では人が生かされて、霊的な問題は癒されて、精神問題も癒されて、こういうことを見る時、私は '私がどのように'という考えをします。
 
・私が51才の時、私がこれを始めたのですが、柳牧師が、その時 50才以上はだめだと言われました。私がキム・テウン牧師に怒ったのです。キム・テウン牧師が、柳先生の代わりに伝道学校に来られた時、聞いてみて、柳先生だけができることでなく、キム・テウン先生もできると思い、その翌日、すぐに銅鉱教会に行ったのです。それで事務室から出てみて、ちょっと難しいと言われたのです。理由は、私は牧会をたくさんして、年をあまりにも取っていると言われたのです。どれくらい腹が立ったでしょうか。全く神様の力が年齢と関係があるのか、と私が怒りました。それとともに、近道を話してくれと言ったところ、このようにしろと言われました。それで、はじめには、キム・テウン牧師の影響を受けたのです。
 
・この教会は、普通の教会ではありません。今でもタラッパンにまで働きして影響を与える教会が、アンテオケ教会です。一つの教会を通じて起きる事をすれば すごいことです。まずこの教会の構成メンバーをここに 見れば、使徒 11:19に, 'さて、ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々'、この人たちは、止めることができない人々です。完全に福音で結論が出た人です。結論程度ではなく、事実、福音を味わっている人々です。この教会は、一般信者中心でまず立てられた教会です。このインマヌエル・ソウル教会と似ています。この福音を味わうということが、普通の話ではないのです。
 
・私が32歳の時、神様に会いました。会うことで私が恵みを受けたのです。聖霊の恵みを体験しました。恐ろしいことを発見したのですが、私が神様に会って、その恵みを受けたので、この世界が完全に違いました。私が32年間生きてきた世界と、私が神様に会って恵みの中に入っていってみたら、この世界とはあまりに差が出ました。すぐに、職場の人々と合わなくなりました。私がそのように一緒にごろごろした人なのにです。教会に行っても私は、とても良かったのです。教会で神様を信じる人々、この人たちと一緒に交流して、ところが失望したのです。神様を信じる人々が、なぜこうなのか 私は、本当に神様を信じればすごいことだと思っていたのに、私がすこし味を知ったのに、その時まで生きてきた人生と違っていました。それまで眺めた世界と違ったのです。他の見方をすれば、私が天の背景を持って神様の原理で生きるのだということなのに、これを見たらそうではなかったのです。
 
・どの程度合わなかったかというと、妻と合いませんでした。なぜでしょうか?妻は、その時、遅く神様に会って、私に会ったからです。全てのものが合いませんでした。恵みを受けたので、とても良いのに、聖霊充満 を受けて実際的な信仰になって、心にかなう平安と真の喜びが来るので、全くうらやましいことがありませんでした。一言で、手に握ったものがなくて、目に見えることがなくても、みな来ているのです。ゴミのような人間が世の中をあきらめて自殺までしようとした私が、神様に会ったのです。これ以上、世に対しては未練を 持つ必要がない程度に、私は世に対して終わった者でした。この世界に入って、何かできません。恵みの味を見て、ずっと恵みの生活をしようとすれば、人が異常でした。人に会ってみると、人から試みにあって、不信仰になりました。その時、私が感じたのが、それほど世の中で人に会って、人を通じて失望して挫折をしないように、今は人を見ずそのまま主だけ見上げて生きるべきだと確かめました。これが、そのようになりません。しばしば試みと不信仰がきました。はじめに受けた時はそのようなことがないのに、これをどのように解決するのでしょうか。
 
・そうしたあと、神様が牧会をしなさいと言われたので、牧会を始めました。ところが、牧会をするのに、信徒に霊的生活をするように助けるべきなのに、試みにあわないように、不信仰に陥らないように、世に流されないようにしなければならないのに、それができませんでした。それでも恵みを受けることがよくて、祈らないことより、祈るほうがよいから、熱心に祈りなさいと言ってあげる程度あって、答をあげることができませんでした。本当に私に驚くべき事が行われたのです。私が聖書 66巻をずっと見て発見したことが、神様だけよく信じれば終わったことではないかということです。そして、見ると一時代的人物は、神様を本当によく信じたのです。ところが、神様をよく信じることが簡単ではなかったのです。
 
・恵みが持続できなくて、私が13年前に、ヤンスイリ修養館で柳牧師のメッセージ聞きながら、はっと驚いたのです。あの福音がそのように偉大なのだな! イエス様の福音が全てだな! それを聞きながら、私の思いと一致したのです。三日間、泣きながら恵みを受けました。すこし恵みの中に聖霊の導きを受けるために、私の心に聖霊の働きだ、神様の大きい時代的な福音だ、そのようにして行ってきてすぐに決断を下しました。これから私は、今までむなしいことをしていたんだなあ。本当に、これからこの福音の内に入っていくべきだと考えました。一言で信仰生活を一度良くしてみようと苦闘した私だったからです。それで、その時から柳牧師のメッセージを釜山まで、初期の頃は、福祉教会の牧師と執事と飛行機に乗って通いました。核心メッセージを聞いて録音して一週間ずっと聞いて、またその時、月火の集会テープをずっと聞いたのです。
 
・なぜでしょう?福音にあまりに飢え渇いていて、ずっと聞いてみたかったからです。それでずっと聞きました。聞けば聞くほど、飢え渇きました。約三年、キリスト続いて聞いて、チームの働きに入ったので、私がまたキリストを聞いてみたかったのです。それとともに、チームの働きの中で福音をずっと聞きました。僅か 5、6年、柳牧師にしたがってメッセージを聞いたのに、私の霊的生活が安定したのです。何となく、何か平安になりました。信仰生活は、簡単なことではないからです。そうしながら、私が約3,4年前なのですが、驚くべき事が行われたのです。そのように信仰生活を難しく私を崩れるようにした試みや、不信仰が、私とまったく関係なくなったのです。只事ではありません。どのように、こういうことがあるのでしょうか。私は福音の偉大さを、福音が全てであるということを、私のみだけでなく、この福音を聞くインマヌエル教会は言うまでもなくて、世界現場にあるあらゆる信徒、あらゆる人々に、この福音を通じて完全に癒されることを願います。
 
・福音は力です。創造の力です。全てのものを回復することです。全てのものが生かされるのです。普通ではありません。アンテオケ教会が始まった時、一般信者がすでに福音を味わっていました。結論が出ていたことは、話す必要がありません。
 
・私がはじめから祈りが全部だと考えて祈りをしたのに、どんなことが起きたかというと、福音が全部で、キリストが全部と、全てのものという事実が私にしきりに事実で入力されて、事実として体験するので、あたかも子どもたちが、父母が全部だと見つめる、そのような中心、キリストが私の人生の全部だというようになりました。それで、私が特別に祈ろうとしなくても、すでに私の心がいつも聖霊にあって主を見上げる人になっていました。祈りに対する負担もなくなったのです。柳先生の言葉通り、祈りが安らぎになって、終わったということがこの話でした。
 
・主にあって、この教会は普通の教会ではなくて、この教会の上にアンテオケ教会のように、まず一般信者が、信徒が本当に福音を聞くことをイエスの名前でお祈りします。
 
・福音を味わうので、結局、伝道はなります。ここを見ると、使徒11:20〜21に, 'アンテオケに来てからはギリシヤ人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えた。/ そして、主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った。' そのようなことです。但し福音だけ悟ったことではありません。ずっと訓練をしました。福音を深く悟れば悟るほど、現場が見えるようになっていて、 現場が見えれば見えるほど、訓練を受けたいとなります。本当に恐ろしいのです。私は私たちの教会の教役者、信徒に、とにかく柳先生のメッセージを聞くことができて、訓練を受ける機会だけあれば、私がそのままのがしません。今回も、済州島に私たちの教役者が約20人が行きました。教会でお金出してあげました。なぜでしょうか。流れを絶対のがさないためです。訓練のパターンをのがせば、絶対にだめです。全く同じタラッパンといっても、タラッパン3年する時、ずっと基礎から伝えたからです。チームの働きも同じです。中間をのがせば、なにかがよく合わないのです。感謝なことに、私がこの訓練の中にずっといたら、教会で時間が経つと、キャンプが自然に進行します。これを見ながら、使徒行伝の働きで、他の見方をすれば柳先生のメッセージが私たち東部教会の現場でそのまま成就しているのです。全くこういう祝福がどこにあるでしょうか?
 
・まして、インマヌエル教会は、伝道がなっていく、こういう叫びがおきることを信じます。この程度ではなくて、献身がおきることを信じます。エルサレム教会が難しかった時、献身を味わいました。すでにこの程度なのに、弟子もたくさん立っていました。マルコのタラッパン出身であったためです。既にアンテオケ教会は、一般信者で構成されていたのですが、既に主のしもべが来る前に、福音を味わって、伝道がなっていて、献身を味わうことができただけでなく、既にそこに弟子がいたということです。マルコのタラッパンで立てられた教会です。そうではないでしょうか。私は特に、柳先生、すべての皆様だけでなく、この中に入った人を弟子化させているのに、まずモデルとなる教会がなければならないと信じます。少なくとも、このインマヌエル釜山、ソウル教会は、この三つの部分に、福音を完全に味わって、また伝道を味わって、献身を味わって、弟子が立てられる祝福があることをイエスのお名前でお祈りします。
 
・この知らせを誰が聞いたのでしょうか。エルサレム本教会で聞いたのです。使徒 11:22に, 'この知らせが、エルサレムにある教会に聞こえたので、彼らはバルナバをアンテオケに派遣した。'. 普通のことではありません。一般信者がいのちをかけて、福音を味わいながら、いのちの運動をするのに、弟子運動をするのに、そのままいるでしょうか。それで、バルナバを派遣したのです。私はハン・サンベ牧師が担任で就任するのに、ものすごく意味があると思います。柳先生を横で見ながら、せつない部分が、柳先生が今、インマヌエル釜山、ソウルに縛られることができないことです。皆様、世界現場に行ってみましょう。大騒ぎです。わめいています。柳先生を待っている現場がどれくらい多いでしょうか。柳先生が言われたのは、「私が申し訳ないことは、インマヌエル釜山教会に私が牧会をしなければならないのに、牧会をできなくて、メッセージだけ投げて出てきて、インマヌエル・ソウルも同じだ」ということでした。ソウル・インマヌエルの長老が、私たちのイ・チョングン長老に話したということです。本当にイ長老は良いと話しました。私たちの牧師は聖日が過ぎれば、また行く。ところが、イ長老はキム牧師がいつも教会にいるではないですか? と話したのです。
 
・私は柳先生について行きながら、集会がなければ、いつも教会にいます。私が知っていることは、この教会には、良い働き人がたくさんいます。時代的な働き人がたくさんいるのです。他の見方をすれば、ソウルをひっくり返して、首都圏をひっくり返して世界福音化をする働き人が、こちらにみな来ています。柳先生がここで牧会をすれば、この働き人をそのまま立てられるでしょう。私たちのハン・サンベ牧師を遅いけれど、神様がこちらに呼ばれた理由は、まさにそのような方であると信じます。柳先生がされていない事を代わりにされるはずです。柳先生と同じ胸を持って、ここに来て時代的な働き人を立てる、こういう部分をするはずです。バルナバがまずきて見たら、普通の教会ではありませんでした。バルナバも見る目が早いです。だから、タルソに行って一時代的なパウロをつれて、2名で約一年間、集中的に訓練をしたのでした。
 
・私が働きをしながら感じたことがあります。私がこの働きに飛込みながら、一般信者の働きでありまた、一般信者を立てることができる教役者が立たなければならないという気がしました。それで、私は私たちの教会 の長老達に対し話したのですが、まず教役者が中間指導者で立ってこそ、中間指導者が現場で、一般信者で根 おろすことができるのです。だから、お金がかかるけれど、国内外でずっと柳先生の流れをのがさないで訓練 の内に入っていかなければならないと話しました。それで、私はお金も多く使いました。それで、私は私たち の教役者にも柳先生の訓練をのがすなと言いました。本当に驚くべきことです。12年間、同じように柳先生を追って福音の内に入っていくので、偉大な福音が結局は、私たち中間指導者と教役者を通じて、一般信者の内に入っていくのでした。また講壇のみことばを通じて入っていくのでした。
 
・二つ目は訓練です。この受けた訓練が、そのままとどまっていません。私にとどまっていることがなくて、副教役者にとどまっていることがなくて、必ずこの訓練は、現場へ行くようになることを信じます。そして、教役者が現場に行かなければなりません。ずっと福音の内に、訓練の内に、現場の内に行くべきです。現場が なろうが、なるまいが、行かなければならないでしょう? 教役者がどこにいるでしょうか? ところが、驚くべきことは、これがずっと流れていくのです。約6〜7年、ずっと流れて行くのに、その中間指導者と教役者が立てられるだけ、現場に一般信者が立つのです。これが7〜8年ほどなるので、これから教役者を中心に現場にタラッパンがなって、なにかミッションホームに、地域教会になる水準の人々が、現場で一般信者として立てられるのです。私は、柳先生の働きの中で共に祈りながら、せつないのが、この教会が柳先生が直接入って、ここに来る副教役者をよく立てて、現場にいる一般信者をよく根をおろさせて、本当にタラッパンから地域教会まですることができるように立てて行かねばならないのに、こういう部分がだいぶ惜しかったのです。しかし、これから時になって、神様が私たちハン・サンベ牧師を送って柳先生の胸を持ってなさることを信じます。まず、ハン・サンベ牧師の下に副教役者が立たなければなりません。そうではないでしょうか? 副教役者がどれくらい重要でしょうか? どんなに一般信者が大事だと言うものの、留守にしても良いのですが、教役者はそうではありません。教役者は、海外でもずっと訓練の中に入っていって、行ってきても、その訓練を現場の内に適用できるのです。
 
・それで私は考えます。本当に私たちの柳先生が、なぜハン・サンベ牧師をこの席に担任で立てられたのでしょうか? 私はこのように考えます。今、柳先生は、このものすごいメッセージをインマヌエル教会だけでなく、全世界にこのメッセージを伝えねばならないためだと信じます。それで、先生がこちらに縛られている時間がないのです。このメッセージがどれくらい偉大なのか知っているでしょうか? 私も私たちの教会を見れば、おもしろいです。私は聖日福音中心のメッセージをすこし投げるだけです。そして、残りの夕方、水曜礼拝は、全部、柳先生の現場メッセージをリバイバルします。そして、私たちは衛星礼拝をたくさん見ます。その程度ではありません。核心には、どれくらいたくさん入っているか分かりません。それで、他の見方をすれば私が申し訳ない程です。今、私が牧会しているのではなくて、私たち東部教会を柳先生が牧会しているのです。他の見方をすれば、私がすこしひどく話せば、このインマヌエル教会より良いことを得ているのは、私たちの教会です。私がのがさないのです。今、柳先生は、縛られている時間がありません。今、このメッセージが全世界にのびて行っています。このメッセージが行っていくあちこちに途方もないパワーとみわざが起きることを信じます。それで、柳先生のために祈りながら、この福音が少しも離脱したり、弱くならないように、ずっと盛んになって、福音が世界へのびて行くことができるように祈らなければなりません。
 
・私たちのハン・サンベ牧師の教会の執事と、産業宣教を終えて食事をしながら柳先生がおっしゃったのを聞いたのですが、今、契約教会が本当にうまくいっている過程です。話を聞いてみたら、福音の中で今、立てられている最中の教会です。本当に他の見方をすれば、だいぶ惜しくて残念です。しかし、このことは、普通のことではありません。神様が一時代に本当に民族と全世界を生かすために、契約教会が少しは損害をこうむっているようだけれど、より大きく祝福なさることを信じます。ソ・テスク牧師が、私たちの教会で約2年を訓練を受けまいた。ところが、ある日、柳先生がソ・テスク牧師を本部教会に送ってくださいと言われたのです。それで、私が分かりましたと言いました。私がワシントンに行って驚きました。ワシントンで今回、インマヌエル教会の集会をしたのです。ところが、教会が堅く立てられていました。私はそれを見て、恐ろしかったのです。柳先生の話した言葉で、このように動かされるメンバーは、普通ではないという気がしました。
 
・神様が特に契約教会の上に想像も出来ない祝福を下さいますことを信じます。ハン・サンベ牧師自身は、どうなのでしょうか? 言うまでもありません。一度考えてご覧になることを願います。今、全世界のメンバーが待っていて、米国は米国で待っています。米国で、ある牧師が、柳先生が米国へいらっしゃれば、飛行機を自家用で乗って通うべきだと話しました。そのようなことです。
 
・私は、このように考えます。担任として立てたということは、この教会の責任をとって一時代的な教会に立てて行くことです。ここにハン・サンベ牧師が用いられるのです。この教会は普通の教会ではありません。聖歌隊員を見ながら、やはり時代的な人物がきて賛美をするんだなという気がしました。何かがあります。なにか谷間にある東部教会とは違います。私たち信徒が見ているけれど、なにかが違います。なにかがあるのです。一時代の伝道者に時代的なメンバーがついているんだなという気がしました。こういうメンバーを引き込んで 立てることができるハン・サンベ牧師です。それで時代を生かす教会になるはずです。もちろん、ソウルもひっくり返すべきです。
 
・実際に、柳先生が首都圏に上がってくる問題に対して多くの話があったのですが、私が私自身を見て、チョン・ウンジュ先生を見て、果してこの首都圏に重要な人々を私たちが立てることができるだろうか? 柳先生を通じて立てられるべきではないか? こういう心を持っていました。これから、神様が具体的に私たちハン・サンベ牧師を通じて、みわざを起こされることを信じます。ハン・サンベ牧師は、個人的に大きい祝福で栄光と信じます。このようにして立てられれば、これから働きがなるはずです。柳先生がメッセージの中で、今回、牧師合宿で私が私たちのハン・サンベ 牧師に仕えながら模範を見せるべきだと話されました。それで席も一緒に座りました。本当にこの教会にいのちをかけて来る働き人を正しく立てて、正しく地域教会を敷いて立てるはずです。それで、先生が、今年にはこれからパラで地域教会、機能宣教、一般信者宣教でよく立てられた働き人を、これから現場に教会の中へ立てて行くはずです。私が見る時、先生には覚悟があると思います。柳先生が、これから担任を離れたのではありません。むしろ、より柳先生が、より一層地域教会を立てて行って、機能宣教と一般信者宣教を丹念に立てて行くことになると信じます。それで時代的な仕事をして、このモデルとなる教会ができるのではないでしょうか? 釜山も同じです。こういうことが起こることを信じます。
 
・このアンテオケ教会の長所が何でしょうか? 目に見えるローカル教会ですが、目に見えない教会が敷かれていました。それがパラ教会です。それで結局は巡回チーム使徒行伝 13章1節のチームが構成されたのです。ここで1年間、集中的に訓練を受けながら、時代的なチームが出てきたのです。このチームが動きながら、起きたことを知っているでしょう? たいした事が行われました。マケドニア、アジアを通じて回りながら時代的なメンバーが発見されて、発見された働き人が立てられたのです。
 
・私はそのように考えます。今、柳先生のメッセージを聞く全世界の人、メンバーが飢え渇いています。これから、柳先生がパラ現場に使徒行伝 13章1節のチームになって、世界現場をまわるならば、世界現場にあらゆる時代を生かす働き人が備えられることと信じます。彼らを先生を通じて立てて行くことを信じます。これから、彼らが立てられなければならないのです。こういうことが、私たち韓国でだけ立てられてはなりません。どんなに見ても、米国が韓国とは比較ができません。韓国の経済と政治の戦いでは、世界福音化するのには力不足です。結局は、世界現場に、米国現場に世界エリート、時代的なメンバーがみな来ています。そして、経済が後押しされています。そして、私が見る時、中国がすごいのです。
 
・私が柳先生の横で祈りながら、私たちの柳先生がまちがいなく、世界パラ現場を通いながら、世界に隠されて立てられていない、こういう働き人を立てて、全世界 1千万のメンバーを立てる、こういう重要なことが起きることを信じます。それとともに結局は、柳先生の横にローマを福音化できる時代的な伝道弟子が、この インマヌエル教会と東部教会、そして、タラッパン全体教会で起きて、これがひとつになって柳先生を中心に私たちの時代に世界を福音化することを信じます。こういう祝福があるようになることをお祈りします。
 
<<契約の祈り>>
真に有難うございます。主なる神様が、この時代にアンテオケ教会を立てて、結局は、あなたが願われるしもべを立てて、集中訓練をされて、巡回チームを作って、結局はマケドニアに、アジアに、ローマに世界福音化する働き人を立てて、ローマを福音化されることを信じます。神様が時になって、私たち ハン・サンベ牧師を私たちの担任牧師として立てて、これから教会の垣根に来ている時代的な働き人を立てて、これから柳先生の意図と胸通り立てることを信じます。そうしながら、私たちの柳先生は、本格的に、これから首都圏の二千地域教会を、それとともに機能宣教と一般信者宣教を通じて、世界福音化を成し遂げることを信じます。特に共同体専門化時代です。貴重なしもべが世界のパラ現場をまわりながら、世界レムナントを立てて、産業人を立てて、結局は共同体専門化時代を通じて、全世界を生かす、こういうことがおきるようにさせてください。私たちの柳先生に、特別にこの働きを果たしても余ることができる恵みを増し加えてくださり、担任として就任する私たちハン・サンベ牧師に、神様が霊権を万倍くださり、よりこの働きをよく隨行できるようにして、これからインマヌエルのあらゆる信徒達が、一つの心になって、私たち ハン・サンベ 牧師によく仕えて、一時代的な教会を立てて、より大きく時代的な働きができる教会になるようにさせてください。感謝して主イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン