2004年3月28日インマヌエル教会聖日メッセージ


 1部/ 三位一体の神様の御名で
(マタイ28:16〜20)
   
・世の中では、まちがいなく成功する方法、実力をたくさん教えています。当然、そのようにせねばなりません。私たちクリスチャンは、より一層、よくしなければなりません。しかし、参考にせねばならないことがあります。世界で一番発展した国が米国です。アジアで一番発展した国は日本です。ところが、世界で一番発展した国の米国に、精神病者が一番多いのです。アジアで一番発展した国、日本に精神病者が、一番多いのです。それなら、それだけではだめなのです。その部分に対して、まさに聖書みことばが答えています。それで、皆様に福音を正しく理解しなさいと言うのです。
 
・アフリカのような所に行ってみれば、食べるものがなくて、子ども達が外に出ています。ところが、日本、米国等の先進国は、そのようなことでなくて、精神が狂って出てくるのです。本当に不思議です。よく見れば、出てきて、人の家の門の前や、駅前で寝ています。皆様が公園に行く時も用心しなければなりません。確かに公園でも寝ています。そちらで麻薬もして寝ているのです。隅々にいない所がありません。米国のような所では、公園で麻薬を飲んで座っている乞食がとても多いのです。夜に間違うと、事故がおきることもあります。
 
・一度、私が大阪に行ったのですが、用事があって通り過ぎました。ある青年が、一人で譜面台を置いて、ギターを弾きながら歌を歌っていました。ものすごい声で叫びながら歌を歌って、ギターを弾いていたのです。 歌の聞き手も観衆は一名もいませんでした。どれくらいおかしな声を出していたか、怒鳴りながら歌っていたのです。歌を良く歌えば、そういうこともあるのかと考えるでしょうが、あまりに歌がへただったのです。もっと驚くべきことは、私が2時間後に帰ってきたのに、その時までしていたのです。一度は、東京で乞食が出てきて寝ているのに、荷物もあって、携帯電話も持っているのでした。ある乞食は、座って米国の雑誌のニューヨークタイムズを読んでいました。日本の乞食は水準が高いなと考えながら、聞いてみたら、字も読めないけれど見ているということでした。皆様がもしロシアのような所に行けば、強盗が怖いのではありません。精神が狂った人が怖いのです。こういう部分を指導者や学者が知らずにいるのです。
 
・それで今日、私たちは学習洗礼を受ける日に、このみことばを選択しました。これはものすごいメッセージです。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」復活なさった主のメッセージです。一般人が話してもすごいことなのですが、キリストがなさったみことばです。一つの国の指導者がしても、たいした言葉なのに、イエス・キリストがなさったみことばです。今日、蔚山、釜山、京仁(ソウル・仁川)、私たちの全世界のインマヌエルの家族たち、衛星で礼拝する方達、インターネットでみことばを受ける方達に、最高の祝福が臨まれることを願います。学習洗礼を受ける方達と、あらゆる信者が、一番目に記憶せねばならない内容です。
 
・この本文の中には、何のメッセージが入っているのでしょうか? 父と子と聖霊の御名によってバプテスマを授けなさいと言われました。それなら、洗礼を受けた方達や、洗礼を受ける方達は知っていなければなりません。天と地のいっさいの権威が与えられています。それとともに、世の終わりまでいつもあなたがたとともにいます。これが何のみことばでしょうか? 色々なことがありますが、聖書箇所のとても重要な部分があります。今日、長老が祈られた通り、創世記1:2に見れば、暗闇の中から抜け出すことを意味します。暗闇とは何でしょうか? 自分も知らないで、どんどんだめになるのです。それが暗闇です。なぜずっと発展するのに、霊的な問題はより一層多くなるのでしょうか? それが暗闇です。すると、先進国、ヨーロッパ、米国がものすごく発展をしなければならないのに、なぜ発展をしないのでしょうか? なぜ人にはどんどん困難が来るのでしょうか? それが暗闇です。そちらから抜け出すことを話します。皆様が福音を本当に理解するならば、普通の祝福ではありません。そのような意味で洗礼を受けるのです。幼児洗礼が聖書的でしょうか? 水を散らすのが正しいのか? 浸すのが正しいのか? それは、私が釜山に行って2部礼拝の時に話そうと思っています。しかし、1部礼拝では洗礼の意味から正しく知っていなければならないのです。神様の子どもになったという証拠です。印鑑を押してくださるのです。
 
・私の聖書がなくなったのに、帰ってきません。それで、今回は聖書を買って私の名前を書きました。そして、サインをしました。私のものだという印です。誰かが見つけたら、私のところに持ってくるはずです。持ってこなければ泥棒です。サインをしておけば、私のものだという印です。皆様にそのような意味で、洗礼を与えたのです。相当なことです。なぜこの世には、どんどん困難が来るのでしょうか? 皆様がそれも知らずに、成功をしても良いでしょうかか? 私の家の中に霊的な問題がずっと来るのに、なぜ来るのでしょうか? それを知らずに、どんどんお金をもうけていて良いでしょうか? 指導者がこういうことを知らなければ、政治、経済、そのようなことでできるでしょうか? それでトーマス・アクィナスの言葉通り、個人的に福音を知らないなら、政治をしてはならないと言いました。トーマス・アクィナスの話しに私は個人的に同意します。暗闇が何なのかわからないでしょうか? 創世記3章の事件が原罪です。原罪が何か知っているでしょうか? 皆様が犯したこともない罪のことを話します。私が犯さなかったのに、なぜ私が罰を受けるのでしょうか? だから問題です。
 
・あまりにも善良な夫婦が結婚をして、子どもを産んだのに、子どもが障害児です。どのようにするのでしょうか? むかし、自分の両親が精神が異常で、ムダン(霊媒師)もしていたのに、それが自分にきたのです。それが原罪です。何の理由もなく、私たちは地獄に行くのです。行いで救われることができないと言うことが、それで出てきた言葉なのです。解決が出来ないのです。神様がキリストを送ってくださって、創世記3:15の主人公を送られました。この事実を知って、創世記3章の原罪から抜け出すことを記念することが洗礼です。 2部礼拝の時に話すでしょうが、子ども達にはなぜ洗礼を与えるのでしょうか? 契約の子どもだという証拠で、その祝福を受けなさいということです。
 
・皆様、創世記3:5を見れば、カインが礼拝ができなくて、弟を殺す場面が出てきます。最初の殺人者です。カインが地球上最初の殺人者です。ご飯を食べて生きるためではなくて、礼拝をささげる中に弟の礼拝は良いのに、自分の礼拝はだめなので、カインがアベルを殺したのです。私は分かります。皆様が教会に通いながら、福音を正しく悟ることができなければ、献金することも惜しいのです。なにか知らないで、いらいらするのです。教会に行けば恵みになって、うれしくなるべきなのに、何かがいらいらするのです。だから、長老や信徒に、少しだけ問題が生まれれば、よかったと大きなことにさせるのです。分かるでしょうか? 私は理解できます。ある教会の牧師、長老がけんかして、告発することがあるでしょう? それが、ある日、突然に寝て起きたら、そのようになったのではありません。長い間、積まれていたのです。不平、不満が長く、長く積まれたのです。なぜ積まれるのでしょうか? 教会が良くすればならないかと話すでしょうが、そうではありません。自分自身に福音がないからです。それで、宗教と福音は違うのです。福音を悟った証拠で、洗礼を与えるのです。分かるでしょうか? 皆様が、必ずこの祝福を受けてくださることを願います。これは私の話ではなくて、皆様が聞いてもかまわなくて、聞かなくても良い、そのような話ではなくて、聞かなければ大変なことになるのです。この部分を知らなければ、正しい政治も出来なくて、正しい教育も出来ません。
 
・今回、大学に行って、そのような講義をするつもりです。なぜ世界の指導者が問題になっているか知っているでしょうか? 大学教育を誤って受けたからです。大学教育の問題が何か知っているでしょうか? それを説明しようと行くのです。それを知らなければ、大変なことになるのです。皆様が、暗闇、原罪、宗教、福音がなんの話なのか知らなければ、どんなに信仰生活してもだめなのです。それとともに、私が聖書を何度か読んで、40日断食祈りして通ったと話して回ります。みなむなしいことなのです。私が何代目にイエスを信じると話すこともあります。なんの関係もありません。私のおじいさんが牧師で、私の父が牧師で、叔父は長老であることは、何の関係もないのです。だから、事がだめなのです。聖書の重要なことを知らないのです。
 
・創世記6章の事件を知っているでしょうか? ノア事件です。そこで最も重要な単語が何か知っているでしょうか? ネフィリムです。家に帰って創世記6:5を見るように願います。それが何の話なのか知っているでしょうか? 今でも米国を掌握しているニューエイジ運動が、サタン教会を作って米国を掌握しています。大韓民国の百万ムダン(霊媒師)が、韓国を乱れさせています。ネパールの3億を越える悪霊がネパールの国を乱れさせています。知らないで日本の八百万の悪霊が日本の青少年を精神を狂うようにさせています。ひとりも知っている指導者がないのです。そちらから抜け出すことを話します。そこから永遠に抜け出したという証拠で、洗礼を与えたのです。
 
・皆様が福音を知ったということが、衝撃にならなければなりません。福音のために生きるということが、とても重要だということを知るようになるはずです。だから献身もするようになるのです。私は、私たちのインマヌエル・ソウル教会の長老を見ながら、この方たちが、本当に福音の祝福を受けられた方達だということを たくさん感じます。なぜなら、よく見れば、自分個人が使うことはものすごく惜しみます。ところが、教会のことはそのようにしないのです。静かに見れば、教会の仕事をする時には、神様の前で献身をすることです。福音でなくては不可能な事だという気がします。福音を知らない人々を見れば、自分個人のあらゆることを皆尽くします。そして、教会にきては全く関心がないのです。反対です。教会にきて献金をしても、常に千ウォン(百円)です。千ウォン(百円)もお金ですが、一年前にも千ウォン(百円)、2年前にも千ウォン(百円)、十年前にも千ウォン(百円)、今でも千ウォン(百円)、来年も千ウォン(百円)です。永遠に千ウォン(百円)です。お金のことを話しているのではありません。それほど知らないのです。日本は、それでも無理にでも祝福を受けようとしているのか、単位が一番低い紙幣が千円(一万ウォン)です。千円は、韓国のお金で一万ウォンです。だから、どんなに少なく出しても、無理に一万ウォンは出すのです。私たちは無理に出すなら、千ウォンを出すでしょう? ところが、米国は全く同じようでも、一ドルです。だから無理に一ドルを出すでしょう? 一ドルのお金の単位は低いでしょう? それで、神様がそれで経済の祝福を私たちの韓国、日本にしてくださるのだなという気がしました。
 
・皆様、そのような部分がどれくらい重要か分かりません。創世記11:4〜5を見れば、バベルの塔が崩れたのです。皆様、理解できるでしょうか? 成功して後ほど滅びるのです。そのような人はないでしょうか? 若い時、夫婦が熱心に仕事をして生きたのに、後ほど老いながら家庭に問題がくるのです。夫のために熱心に献身したところ、夫が後ほど他の人になってしまうのです。よく暮らそうと米国まで行って、金をもうけて勉強したのに、最後に子どもが麻薬患者になったのです。それが人生です。バベルの塔です。どのようにするのでしょうか? 福音は知れば知るほど、時間が経てば経つほど、完壁な祝福がくるのです。それで皆様が洗礼も受けて、学習も受けようとするのです。聖書をよく見るように願います。結局は、イスラエル民族がこれを悟ることができなくて、出エジプト3:8を見れば奴隷になったのです。結局は悟ることができなくて、イザヤ6章を見れば、捕虜になったのです。マタイ16:13を見ると、ローマの植民地になったのです。マタイ27:25を見ると、民族全部が散在して、約1500年以上さまよったのでした。これは歴史的な事実です。そちらから抜け出すことが救いです。
 
・皆様が今日以後に救いに対して正確に知っていなければなりません。救いを正確に知らないのに、どのように救いを受けるのでしょうか? 今、私が話す、ここから抜け出すことを話すのです。それで、コロサイ1:23に暗闇の力から私たちを救い出されたのです。あなたがたは永遠に滅びません。
 
・2番目です。この祝福が完成されたのが、今日の本文です。皆様が復活なさった主のこのメッセージを捕まえれば、新しい答えがくるはずです。その新しい答えが何でしょうか? 'わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。' その話は、皆様が今日から本当に信じれば、天と地の祝福を下さるということです。新しい祝福が始まるのです。あらゆる国の人々を弟子としなさいという話を聞いて、私は 世界へ行きました。なぜでしょうか? 私の祝福を受ける基準が、これだという気がしたからです。それで、釜山で私たちの長老と役員にこう話しました。元々、牧師は教会と堂会と信徒の許しを受けて通うことが原則です。私たちの副教役者はよく知っていなければなりません。元々、教役者は、教会の中に属しているので、教会の枠のなかであらゆる活動をしなければなりません。それで、その原則ゆえに私が役員にまず了解を求めました。私の場合には、立場がすこし違って、全世界に弟子を探さねばなりません。それで、理解してくださいと話したのです。だから私たちの信徒がOKしたのです。その時から、走りまわるようになったのです。私達が受けねばならない祝福は何でしょうか? あらゆる国の人々です。それとともに、単に洗礼を与えたのではなくて、子と父と聖霊の名前で洗礼をくださったのです。神様が私たちを救われるのに、私達が救われることができないから、キリストを送られたのです。救われた証拠で、洗礼を受けたのです。この事実をあらゆる国の人々と子孫に教えなければなりません。それを見て守るようにしなさいということです。この驚くべき祝福を私の子どもに必ず教えなければなりません。その意味が幼児洗礼です。この驚くべき秘密を私の子どもに知るようにさせるのです。何とおっしゃったでしょうか? '見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。' 聖日だけでなくて、いつもともにいますと言われました。世の終わりの日までです。これが皆様が受けた祝福です。
 
・すると、三番目です。この祝福をどのように味わうのでしょうか? 皆様がこの祝福を確かに受けたのに、どのように味わうのでしょうか? これが重要です。最初です。皆様の過去の習慣、過去の考え、過去の霊的な問題を完全に捨てるべきです。私が幼い時ですが、今でも思い出します。私が中学校 3学年の時でした。お隣りに高等学校 3学年の姉が一名いました。この姉が私に本当に良くしてくれました。今見れば、高3は高3なのですが、その当時にはものすごく大きく見えました。この姉が、私においしいものもくれて、贈り物もくれたのです。今でも思い出すのですが、一度は私に映画を見に行こうと言いました。映画を見せてくれるということでした。それで、良いですよ、行こうと言いました。私たちは、その時、映画を見に行けばお金50ウォンを出して、2回同時上映のようなものを見ていました。しかし、その姉は釜山で一番良い映画館に私を連れて行ってくれたのですが、私が生まれて初めての経験でした。そのような所は、お金もたくさん出さなければならず、席も決まっていました。私が生まれて初めてだったので、びっくりして入っていったのです。それで映画を見たのですが、その映画のタイトルがローマの休日でした。いまだに忘れることはできません。いまは顔もよく思い出せないのですが、その姉がみせてくれた映画がローマの休日でした。その主題が何でしょうか? 王宮の娘が正しい祝福を知らなくて、王宮を出て回る内容です。面白いこともありましたが、王宮を出て回る中に、思い切り苦労して、死ぬような思いをして戻ってくる内容である. 私はその時、その映画を見ながら、何の意味なのかよく分かりませんでした。いまは生きていけば生きていくほど分かります。私達が王のような祝福を受けて、王女、王子のような祝福を受けたのに、それを知らなくて、みなのがすのです。しきりに、むかしのことに捕われるのです。
 
・皆様、むかしにあった霊的な問題を、今日、終えてしまうように願います。皆様の故郷、家系、良いのですが、霊的な問題は切らなければなりません。果敢に捨てるべきです。そうでなければ、大変なことになります。ここに、もしかしてムダン(霊媒師)の子どもたちがいますか? 私の話をよく聞かなければなりません。福音を完全に悟ってそれを完全に捨てるべきです。そうでなければ、その問題がきます。皆様にこなければ、皆様の子どもにきます。不思議に思えることです。皆様の過去の考え、福音がない時の考えを捨てるように願います。すると、皆様に祝福の門が開き始めるはずです。
 
・私が知っている釜山の若い方なのですが、本当に良い人です。この人が司法高試を受けたのですが、だめだったので放棄したのですが、人は本当に良い人です。福音があるのか、ないのか、よく分かりませんが、この人は、いつも見ると遊んでいるのです。着実に底辺から仕事をすれば良いのに、しばしば遊ぶのです。だから、夫人も苦労して、息子も苦労するのです。今でもずっと遊びます。一度、行き過ぎながら訪ねてみたら、今でも遊んでいるということです。忍耐することは、たいしたものだと話しました。むかしのことを捨てることができなくて、教会に通いながらも、ずっと判事になろうとしているのです。果敢に捨てるべきです。
 
・ここのレムナントは、家系の良いことは習わなければならないけれど、霊的問題は絶対について行ってはなりません。必ず記憶すべきです。ここのレムナントを見れば、皆、同じ家族ではないでしょうか? 皆様が家庭で育ちながらあった問題について行ってはなりません。貧しい家で暮らした人々は、経済に対してきれいにしなければなりません。両親が離婚して問題がある家は、結婚をより一層、貴重にしなければなりません。家庭に霊的な問題が深刻だった家の子どもたちは、より一層、福音に根をおろさなければなりません。普通に聞いていてはなりません。すると、この祝福が全部、回復します。
 
・2番目です。あなたがたは、周囲に問題がたくさん起きるはずです。皆様自身だけ悟って恵みを受ければ、みな解決するようになっています。時間がないから、簡単に話します。比喩をひとつあげます。海辺に水がずーっと なくなったのです。貝が石についているいたのですが、水がなくなったのでふたを開けたのです。鶴が過ぎる中に見ると肉がありました。それをくわえたのです。すると、貝がじっとしているでしょうか? 自分のからだをかまれたので、ふたを閉じたのです。ところが、この2つとも石についていました。二つともついて離れないのです。大変なことになりました。からだも痛くて、口も痛いのに離さないのです。貝が話します。私のからだをかみついたのを離してくれと話しました。鶴が話します。お前が口を閉じているので、離せないと話すのです。ふたしているので、くちばしがはさまって、離すことができないのです。貝が話します。私のからだをかんでいるから、からだを離せば、私が口を開くことができるではないかと話します。貝というのは、からだをくわえられたら、ふたが自動的に閉められます。これは一年ずぎても解決しなくて、十年すぎても解決しません。これは百年すぎても解決しないのです。
 
・夫が妻に話します。あなたが良くすれば、私が良くするのではないか? 妻が夫に話します。あなたが良くしてこそ、私が良くするのではないか? すると、熱が上がり始めるのです。あなたが良くしなければ、私が良くしないか? その戦いは、千年になっても解決しません。各々考えが違うのです。方法はひとつしかありません。全く同じく離さなければならないのです、一、二、三、と言って全く同じように離さなければならないのです。ところが、離さないので抜け出てくることができないのです。その時です。漁師が過ぎ行く時に見ると、大きい貝と鳥がついているのです。だからそれを取って、網に入れました。網で縛って持って家に帰りました。熱いお湯をたいて、貝も鳥も煮ました。それでことわざに、漁夫の利という言葉が出てきたのです。
 
・皆様が兄弟の間で、家族の間で、夫婦の間で、同じメンバーの間でけんかしていれば、誰だけが利益を見るのでしょうか? 悪魔だけ利益を見るのです。それゆえに、この祝福をみなのがして見られないのです。必ず記憶しなければなりません。どのように既に来ている祝福を味わうことができるでしょうか? 最後に知っているべきことがあります。サタンの戦略です。このサタンは、あなたがたに知らなくさせるはずです。それで、イエス様がこのようにおっしゃられました。マタイ12章を見れば、サタンの勢力を縛らなくては、家のものを生かすことができないとおっしゃられました。エペソ6章に、パウロはこう話しました。これから神様の子どもとして、最後に戦うことがあります。敵である悪魔との戦いです。目に見えないので、聖書をよく見るように願います。すると、この祝福が見えるはずです。学習洗礼を受ける皆様に、神様の祝福があることを希望します。学習ということは、この事実を学ぶということです。洗礼ということは、そちらに印を押したということです。話しがわからない子どもになぜ洗礼をするのでしょうか? 契約の子どもだということです。2部礼拝の時、話します。
 
・今日、あなたがたが必ずこの契約を捕まえて答えを受けることを始めらなければなりません。あなたがたが、完全な福音を捕まえる道が、皆様が生かされる道です。皆様が完全に譲歩することが勝つことです。キリストのなかであらゆる祝福を回復する道が既にみな来ています。皆様は滅びることができないのです。
 
・ある教授が私に本をひとつ贈り物で送ってくれました。私が翻訳した本だと言いながら本をひとつ送ってくれたのです。何の本かというと、香港からアジア、日本全体で最高の金持ち、全世界では五番目の金持ちの人が、どのように金持ちになって、どのように生きたのかを書いた本でした。私たちの教会の執事であり、教授の方が翻訳をしたのです。自分のサインをして私にくださったのです。簡単に話せば、その人がだれでしょうか? アジアで一番の金持ちで、全世界で五番目に金持ちの人がだれでしょうか? その人の名前が、本のタイトルで出ています。タイトルを見たら、リ・チャチョンです。私は単純に金持ちだと思っていました。ところが本を見たら、何かがあったのです。この人が使う重要な字4個がありました。捨てる小、という字です。そして譲歩するです。だから字が漢字4個があるのですが、小さなことは譲歩して、大きいことを得るのです。その字4個を見ながら、福音もそのようなことでないか? 私達が神様の祝福を受けるために、既に救いを受けたことは、ものすごいのです。この霊的な秘密を知らないから、しきりに人々に問題がくるのです。今日、皆様の問題が完全に終わる日になることを主の御名で祝福します。
 
・私は外に行って、未信者の世の中の人々を見て、けんかしたり、怒ることはないのに、今回、私が怒りました。私が何年か前に一度怒ったことがあります。飛行機に乗る時、私は一週間前に予約します。私が飛行機に乗って文を書かなければならない場合が多いために、良い席をあらかじめ予約しています。予約をしておいて、空港に行ったのに、席を後に押し退けたのです。そのようなこともあると考えました。そのようなことが重要なのではないためです。一時間、飛行機に乗るのに、文を書かなくても良いからです。ところが問題は、それではありません。国会議員がたくさんきたということでした。国会議員が突然にたくさんきて、飛行機を前に乗せねばならなくて、お客さんが後に座ってくださらねばならないと話すのです。それで私が笑いながら、国民が国会議員より高いのではないかと話しました。それで、私が飛行機の後の狭い席に座ったのです。ところが、国会議員が十何名が来るはずだったのに、2名しかこなかったのです。すると席がたくさん余るでしょう。私が後に座っているのに来たのです。先生、前の席へ行っても良いと話したのです。なぜそうなのかと尋ねたら、国会議員がみな来ることができなかったということでした。それでとても腹を立てたのです。むかしに習った悪口を全部動員しました。私が誰だと思っているのか? だから、その人が申し訳ないと言いました。国会議員ならば国会議員であって、なぜ国民を押しのけるのかと話したのです。私は一週間前に予約したではないか? 国会議員が来ても、予約した順に法の通りせねばならないではないか? それまでは良い。ところが、なぜ状況によって、こちらへ行った、あちらへ行ったと言うのか? 人を見ながらするのか? 私がものすごく長い時間、言いました。それとともに私がたずねたのです。あなたは私が誰だと思っているのか? 私が国会議員よりもっと偉い人ならば、どのようにするのか? 申し訳ないことですと言いました。もちろん、その人の誤ちはありませんが、なぜそのように国会議員を恐れをなすのか? 2名の国会議員がいる所で私が大声で話したので、みつめていました。怖がって私を見ていたのでした。私は堂々と見ていました。国会議員が、私を見るとたんに、前に見ました。それで、私がその時、一度怒ったことがありました。すこしひどく怒りました。おりる時、すこし申し訳なかったのです。
 
・ところが昨日、私がまた怒ったのです。何日か前に光州に行くのに国会議員と長官が乗っていたのです。私は一番前の席に座って、その方が後に座っていました。飛行機から出てくるのに、入口で待てば良いのに、飛行機の中にまで入って名札を持って待っていたのです。私がまず出てくるのに手で押し退けながら、そちらがわへ行って挨拶をするのでした。私はどこでも話を上手にやるので、ここまでなんで入って来るのかと言いました。ここまで入ってきて、なぜ国民を苦しめるのかと言いました。外にいれば良いではないか? だから驚いて恐れ入りましたと言いました。名札を付けているのを見ると、公務員のようでした。行きながら、私がなぜこのように怒ったのか考えてみました。理由があります。あまりにも霊的な状態を知らないから、どれくらい国が難しくて、民が難しいか知らないから、福音を知らない者が指導者になるので、そのようになることです。霊的な問題がわからない人々がいるので、そのようになるのです。この事実を知らせて、彼らを救い出す使命が皆様にあります。神様の本当に祝福が学習洗礼を受ける、乳児洗礼を受ける皆様にあることをイエスの御名で祝福します。
 
<<契約の祈り>>
神様に感謝申し上げます。私たちに驚くべき祝福を下さいましたのに、私たちは知らずに生きてきました。また知っていながらも、私たちの弱さゆえにのがして生きてきました。驚くべき祝福を回復する勝利の日になるようにしてください。学習洗礼を受ける方達、幼児洗礼を受ける方達の家庭に、神様の祝福があふれるようにしてください。イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン.
 
 
 


 2部/ 聖霊のバプテスマ
(使徒18:24〜28)
 
■ 今日ここに、アポロという人物が出てきました。パウロの重要な弟子です。ところが、一般信者のプリスキラ、アクラ夫婦が聖書のみことばを話したとなっています。言わば、ヨハネのバプテスマだけを知っていたのでした。今日 19:2を見れば "「信じたとき、聖霊を受けましたか。」と尋ねると" となっています。 3節を見れば " 「では、どんなバプテスマを受けたのですか。」と言うと、「ヨハネのバプテスマです。」と答えた。".ヨハネのバプテスマということは、水のバプテスマのことです。4節に "そこで、パウロは、「ヨハネは、自分のあとに来られるイエスを信じるように人々に告げて、悔い改めのバプテスマを授けたのです。」と言った。". 6節を見ると "パウロが彼らの上に手を置いたとき、聖霊が彼らに臨まれ、彼らは異言を語ったり、預言をしたりした。その人々は、みなで十二人ほどであった。". それで、今日の2部礼拝は皆様が聖霊のバプテスマとというタイトルを心に込めるべきです。
 
■ 皆様を見て、こういう質問をすればどうでしょうか? あなたが信じた時、聖霊を受けましたか? 聖霊のバプテスマを受けましたか? このように尋ねれば、何と答えるでしょうか。パウロがたずねて、プリスキラがアポロに説明したのです。それなら、重要なことなのです。それで、救われたあなたがたが学習、洗礼を受けたあなたがたが、一生にとても良い機会になるでしょう。ですから信じる時、聖霊の働きを受けたのでしょうか? この返事をどのようにしなければならないのでしょうか? そこで2つのことを出てきました。必ず信じて救われた人は聖霊のバプテスマを受けて、充満を受けて、恵みも受けるようになり、異言もする。今日の聖書にあるではないでしょうか。このように主張した派がありました。それを五旬節派だと言います。片方では、そうではない。既に救われれば、聖霊が私たち中におられるために、それが聖霊充満だとする派がまた生じました。それを簡単に話して保守派だと言います。言わば長老教です。長老教が冷たい理由がそこにあります。なぜならば、信じたならば、既に聖霊が来ていると言うからです。純福音では、そうではない。聖霊を受ければ力が現れて、恵みが現れる。これで戦ったのです。ですから、また異端だ、違うと戦うのです。
 
■ 私たち韓国人は、頭が狭いから、少しだけ違えば異端です。それで、私たち韓国人は機能や学問系統、医学系統にノーベル賞が一人も出てこなかったのです。出てくることができないのです。これからも、人物が出てくれば、どのようにしても殺すのです。本当に異常です。韓国人の特性です。少しだけ違えば、そのまま置いておきません。小説の中で「将軍のひげ」という本があります。ひげが邪魔で、将軍がそりました。すると他の将軍がそれをなぜそったのかと言いました。ひげをそったら将軍にならないのでしょうか? それでも、あるのをそのまますべきだ、このようになって、いらない喧嘩をするのです。ですから、教会がそのようなことゆえに、韓国教会がしばらくたくさんけんかをしました。戦うに値する根拠はあります。なぜならば、聖霊充満を受けて、恵みを受けて、力を受ければうれしくないでしょうか? その中でムダン(霊媒師)や違った理論や、色々なことが混ざって行くことができるということです。それをとがめて異端だと言うのです。
 
■ その次に、保守教団の長老教団を見れば、イエスを信じれば既に聖霊が来ているとすれば、本当に安定した話しですが、救われることができなかった人も一緒に座っていることがあります。それで五旬節系統では、救われることができなかったと出てくるのです。そのように衝突して、やたらけんかをするのです。あなたがたが2部礼拝であるために、こういう話をすこし聞く必要があります。どれが正しいのでしょうか? 長老教が正しいのでしょうか? 五旬節派が正しいのでしょうか? 信者が分かっていなければなりません。どれが正しいのでしょうか? 学生達の中でも、これが正しい、あれが正しいと主張して、論文も書きます。総神神学校で、チャ・ヨンベという博士が、ある日、この話を持ち出しました。私がイエスを信じて祈ってみると、聖霊を体験して、恵みがくる。ですから、学校で切り捨てたのです。なぜ違う言葉を言うのか。高神側にアン・ヨンボク教授という人がいました。あなた方が救われることがきなかったか、祈りをしないからで、本当に祈ってみれば聖霊の働き起きると言いました。ですから、高神で切り捨てました。それで、アン・ヨンボク教授が追い出されたのです。私が見る時は、追い出す内容でもないのに、そのように追い出してけんかをするのです。どれが正しいのでしょうか? するとあなたがたの大部分が、イエスを信じて救われて祈っても、全く表に現れないと話すことがはるかに長老教では、正しいと感じられるのです。
 
■ 時間があまりありません。どのようなことが、正しいのでしょうか? 二つとも正しいのです。それが戦うこと自体が間違っているのです。皆様は、イエスを信じる瞬間、聖霊が皆様の中におられます。Iコリント3:16、それが救われた証拠です。目に見えないように、聖霊でこられました。それで悪霊につかれた人を訪ねれば、皆様を見れば、すぐに分かります。この人がイエスを信じる人だ。皆様の中に聖霊がいらっしゃるためです。皆様がそのように不十分に信じていても、聖霊で印鑑を押されました。なぜならば、イエスを信じるからです。勧士一名が占い師を訪ねて、吉凶を占ったのです。イエスを信じる人がなぜきたのか? と言われました。それで、この勧士があまりに申し訳なく、顔をふせて逃げました。逃げながらも、心に少し喜びが生じたのです。私は救われているんだなあ。ですから、イエスを信じれば救われます。イエスを信じる瞬間、聖霊が皆様の中に。すると、この力を信じて祈って、信じて祈れば力が現れます。二つとも正しいのです。そのようなことを持って戦ってはなりません。ですから、悪霊のことを話せば戦うのですが、悪霊はいるのです。それをある、ない、こういう話をしてはなりません。いることはいる, ないことはないとしなければなりません。今日、全世界のメンバーの皆様、今日、私たちの学習、洗礼を受けた皆様にとても祝福の日になることを願います。
 
■ すると、答を出すべきです。信じた時、聖霊を受けましたか、これがなんの話でしょうか? プリスカ夫婦がアポロを連れてきて聖霊のバプテスマに対する説明をしました。これがなんの話でしょうか? なにを念頭 おいて述べた言葉でしょうか? それが、私たちに伝えられなければなりません。パウロがあなたがたは、信じた時、聖霊を受けましたかと言いました。では、パウロは何を根拠にその話をしたのでしょうか。では、私たちもそれを知って受けなければならないではないでしょうか。
 
■ 最初です。使徒行伝2章に、マルコのタラッパンで祈っている途中で、聖霊の驚くべき働きが起きたことを話します。そこを見れば、使徒2:9-10にローマから来た旅人が参加しています。そこにプリスカ夫婦が参加していたことは確かです。それを見てきたということです。皆様ならば話さないでしょうか? 救われた皆様が、今から聖霊充満してくださいと少しだけ祈れば、五つのことが行われます。使徒2:1-6に、神様の力が現れ始めます。皆様が聖霊充満してくださいと少しだけ祈れば、皆様は聖霊充満を受ける資格があるために、少しだけ祈れば、2番目の事が起きるのですが、伝道の門が開いて、証拠が現れます。それが使徒2:9-11です。皆様が聖霊充満してくださいと少しだけ祈れば、神様のみことばが皆様にかならず、つりあうように成就します。そして、4番目には、使徒2:41-42に弟子が起きます。そして、2:46-47に、いよいよ皆様の家、職場、現場に変化が起きます。それをいうのです。どれくらいすごいことでしょうか。あなた達がこれも知らずに、そのまま聖書勉強しても良いのかということです。皆様、これは単なるメッセージではありません。 "主は生ける神の御子キリストです." その告白をするペテロに "あなたは、ペテロです。ハデスの門が勝てません" そのペテロに来られて、父と子と聖霊の名前でバプテスマを与えなさい。そのペテロと弟子にいらっしゃって、聖霊充満を受けるはずだと言われました。そして、力を受けるはずです。そして、証人になるはずです。それが成就したのが、使徒2章です。あなた達がそれを知っているかということです。パウロがこの知らせを聞いたのです。体験したのです。そして、あなた達が信じた時、聖霊を受けたのかと聞いたのです。その話です。
 
■ 皆様は、今日、洗礼を受けた人、洗礼を受ける人々は、神様の子どもだという証拠です。それなら当然に味わう祝福がひとつあるのですが、それが聖霊充満です。それで、聖霊充満、聖霊のバプテスマで論議が多いのです。単なる聖霊のバプテスマ、聖霊充満は、意味の上では同じ話です。皆様がどこに行っても、水滴ひとつが落ちた時、水の洗礼を受けたというのではありません。皆様が水をぱっとかぶれば水の洗礼を受けたと言います。ですから、続く状態ならばそれが充満です。それほど難しい話ではありません。皆様、神様のみことばは、博士だけが知っている、そのような本ではありません。あまり難しく、そのような必要はないのです。簡単になっています。これを持続するから、アンテオケ教会のように、宣教の門が開いたのです。これを持続するから、テサロニケ教会のように成熟するようになったのです。救いをちょっと受けて、はじめに恵みを受ければうれしいのです。すると、私達が言葉も多くして、失敗もするようになります。時間が過ぎれば、成熟するようになります。年を取った人も、恵みをどんどん受ければ、どんどん成熟するようになります。私が頼んだではないでしょうか。年をとった方達は、老いないように望みます。老いてしまえば、若い人々が嫌います。あなたがたの考えがあまりに老いてしまえば、若い人々が通じないから嫌うのです。年を取るのに、どのように老いないのでしょうか? 皆様が白髪になって、力はなくなっても、考えは老いなくてもよいのです。それを老いたと言わず、成熟したと言うのです。ですから、成熟するのです。聖霊充満は、こういうことです。それを受けたのかと尋ねたのです。皆様はどうでしょうか? 今日、バプテスマを受ける方達、またクリスチャンは、必ず記憶しなければならない単語が、この聖霊充満、聖霊のバプテスマです。それで純福音の方向に理論も参考にしなければ、あまりその言葉だけ入ってもだめです。そちらがわでは、無条件に断食して、異言して、体験しろと言うのです。正しいこともあります。しかし、それよりもっと重要なことは別のところにあるのです。
 
■ 皆様が信じる時、聖霊のバプテスマを受けたか、これを話す時、現れたことよりもっと重要なことがあります。それが今日の2番目です。どのようなことを話すのでしょうか? 皆様は救われた瞬間に、暗闇から抜け出したと言われました。皆様が救われた瞬間、原罪が解決されました。皆様が救われた瞬間、サタン、悪霊の文化から解放されたのです。皆様は、神様の子どもになったゆえに、宗教人ではなくて、福音を持ったのです。皆様が救われた瞬間、多くの世の中の文化の中で勝つことができるのです。それを今日、1部礼拝の時、話しました。その事実を理解して、確認して、味わって、証しすることを話します。それが充満です。水がカップに半分くらいあれば、どれくらいあるのか分かりません。水なのか、油なのか分かりません。しかし、ぎっしり入っていれば、あふれてしまいます。その時になれば、分かるようになります。水だな、油だな。そのように、私達が恵みをたくさん受ければ、私も分かるようになって、他の人も分かるようになります。皆様が信じる時、聖霊充満、聖霊のバプテスマを受けましたか? 初めて信じる方達も、全世界で福音を持った方達は、必ず記憶しなければなりません。皆様の子どもを考えてみるように願います。そして、皆様の子孫を考えてみましょう。これから、私たちの教会の多くの子孫を考えてみましょう。今、世の中を生きていく間には、とても重要なこのような祝福をもって味わわなければなりません。それで、今日の午前に聖書箇所を七つ話したのですが、とても重要です。そこから解放されたから、その祝福を味わって証しせねばならないでしょう。それで、信じる時、聖霊のバプテスマを受けましたかといわれたのです。
 
■ 三番目です。救われたあなたがたは、本当に福音を持って祈れば、実際的な神様の力が現れるようになるはずです。なぜならば、私たちには、全部、限界があります。私たちは全部、水準というものがあります。それを越えようとすれば、聖霊の充満を受けましょう。これから、あなたがたは救われた水のバプテスマを受けたので、聖霊のバプテスマを受けましょう。人には誰でもいくつかのことが迫ります。試みが迫ります。試みを乗り越えるべきなのに、迫ってきます。ところが、皆様がそのようなことで損害をこうむって、霊的問題が来て倒れるのです。また、私たちは生きていく間に、問題がなければ良いのに、問題がきます。問題がこなかったら良いのに、くるのです。私達が生きていく間には、葛藤が生じます。人間関係ゆえに葛藤が生まれ、あちこちに葛藤が生じます。また、私たちは生きていく間に、とうてい他の人の前に話すことができない問題があります。葛藤のようなものは話をすれば良いのですが、とうてい話せないことがあります。自分の力では、絶対に解決できません。こういうことを見て、私たちは十字架だと言います。こういうものもある場合もあります。その程度ではありません。私達が生きていく間に、私たちも知らない間に霊的問題がどんどん生じます。若い時は知らなかったのに、年を取るほど霊的問題がどんどんくるのです。はじめは知らなかったのに、家庭の中に霊的問題がどんどん来ます。どのようにしなければならないのでしょうか? 神様がそこに答を下さいました。聖霊の充満を受けなさい。聖霊のバプテスマを受けなさい。そうしてこそ、力が現れるようになるのです。すると、力が私に臨んで、力を受けて、地の果てまで証人になります。
 
■ 皆様の信仰が良くなければならないではなくて、聖書にある人を見ましょう。ヨセフが聖霊充満を受けたのですが、奴隷ではなくて、その家で成功した人物になりました。私はヨセフが信仰が良いと考えません。当然だと考えます。それは、あなたがたもそのようになります。あなたがたも、福音を持っているために、少しだけ祈ればそのようになります。紙一重の差です。私はダビデが信仰が良いとは思いません。当然だと思います。あなたがたも、救われたゆえに少しだけ祈れば、ダビデのように答えを受けることができます。私はなぜかダビデが信仰が良い人だと思っていたのですが、当然なのでした。パウロが正確な福音を持っていたゆえに、祈った時、相当な力が現れました。その聖霊充満を受けなさいと。
 
■ すると、聖霊充満を受ければ、どのようになるのでしょうか? 確かに話します。人によって違います。ある人は聖霊充満を受ければ、色々な行動、賜物が出てくることがあります。全く出てこない人もあります。人 によって違うのです。私達が道を歩くならば、いろいろなことが起きるでしょう。私の友人一人は、道を行くとき、飴細工の人が、はさみをもってさばいていることがあると、そこに行って、一度同じようにさばいてみようと、いっしょにするののです。私は早く行こうと恥ずかしく、すみにいました。遊ぶのも、人によって違います。私達が聖霊充満を受けたということは、人によって違うのです。ある人は異言もします。ある人は、異言が出てこなくてもメッセージを良くします。ある人は、祈れば答えを受ける力が現れます。またある人は、神様の祝福と答えがずっときます。その人に最も合うように、神様のみわざが起きるということです。わかるでしょうか? 救われた皆様は、聖霊のバプテスマ、聖霊充満をくださいと祈るように望みます。その開始が聖霊のバプテスマということです。すると、聖霊のバプテスマ、聖霊充満は同じ話しなのですが、充満は持続することで、バプテスマは始まることです。それで、他の人が違うのではなく、私とは違うのです。
 
■ 私は元々、性格が人の家に行くとか、話を多くするとかができません。元々から、人の家に金を受け取りに行くことは、私たちのお母さんが私にさせなかったのです。私がそのような性格ではないことを知っているためです。私の性格がそうです。私が山に行って祈るのに、他の人も祈るのに、ある人は祈るやいなや倒れたのですが、私はとうてい倒れませんでした。それで、倒れたいと目をちょっとつぶったのに、倒れませんでした。それで 私は違うのかと思いました。ところが、ある人は来るやいなやひっくり返ったのです。それで、あの人は本物で、私は違うのかと思いました。私が山に断食をしに行きました。ある人は異言をするのに、夜を明かしてします。私は異言が出てこないのです。では、どのようにしなければならないのでしょうか。舌をむりやりに回しても出てこないのにです。純福音派で言えば、私は救われなかったのです。私は異言が出て来ないからです。ある人は、すぐに出てくるのに、私はなぜか出てこないのです。私ははじめ、しばらく混乱しました。私は救われなかったんだなあと、混乱したのです。
 
■ 時間が過ぎながら、すぐに倒れた人々が、何年か通って教会も放棄したのです。それでも、私は一度も倒れたことなかったのですが、教会を放棄しないで、着実に通いました。それ自体が聖霊充満だったのです。答えがずっときました。人と知性と色合いとタラントと目的によって、みな違うように働かれるのです。性格が激しい人ならば、興味が沸くように働かれ、また性格が沈んだ人は沈むようにまた働かれるのです。そして、私たちには、幼い時から育った背景があります。私たちはとても押さえられながら育ちました。両親に良いことをしても、良い子だとは言われずに、なにをしようとこういうことをしたのかと言われます。特にその上、慶尚道、釜山文化がそのようにします。釜山の人々はなかなか妻に、あなたを愛する、こういう話しをあまりしません。なぜならば、そのようなことを話せば、すこし足りない奴だと認められてきたからです。ですから、心でぐっと耐えているのです。なんでも話を上手にしません。私たち釜山、慶尚南道の文化がまたそうです。ソウルの人々は退屈ならば話します。また米国の人々は愛してもいないのに、I love you と言います。その人々は離婚の印鑑を押しながらも I love you. 印鑑押して別れながらも I love you. 私たちはそのようなことはできません。人の文化で差が出るのです。ですから、聖霊充満が違うように働かれます。明らかなことは、一つの神様で一つの聖霊です。
 
■ 皆様、本当に祈ってみましょう。聖書の約束はそれしかありません。キリストを送られたので、キリストを信じれば救われるのです。聖書にある重要な霊的問題が解決するのです。救われれば、どのようになるのでしょうか? 皆様の中に、聖霊が働かれるようになっています。聖霊が私の中におられるので、私が何をしなければならないのでしょうか? 聖霊充満を受けなければならないのです。その時から、私に勝って、世の中に勝って、霊的な存在に勝つということです。必ず記憶しなければなりません。今日、学習、洗礼式で、時間があまりありません。これはのがしてはなりません。私が私達の孫を見て、イエス様がどこにおられるか?と言うと、胸をたたきます。孫娘は一才下です。その子に、イエス様がどこにおられるか?というと、手が上がらなくてお腹をたたきます。それがみな自らの水準です。私がもし私たちのチョン長老にイエス様は、どこにいらっしゃるのかとたずねた時、チョン長老がお腹をたたけば、どのようになるでしょうか。水準というものがあります。なぜならば、 聖霊充満は神様が自分の水準にちょうど合うようにくださいます。今日から洗礼を受けたあなたがたは、だまされないで、一日に5分ずつだけ聖霊充満してくださいと祈ってみましょう。してみてください。私がとても苦しい思いで、私の息子に一日に3分だけしてみなさいと言いました。一つも難しいこともありません。どっちみち目をあけるはずなので、目をあける時にしなさい。そして目をとじて寝るでしょう。寝る前にしなさい。そして、昼に非常に退屈な時、1分しなさい。それでも働きが起きます。しないからです。しないことは信じないことです。皆様に驚くべき祝福が始まることを願います。
 
■ 私が率直に告白します。定刻の祈りを決めて、祈りをすこししたのにみわざが起きました。これから利益を得て、その時からずっとしたのです。定刻の祈り程度ではなくて、常時でずっとしたのです。答えがずっときました。どれくらい感謝したでしょうか。行く所ごとに答えを受けるのと違い、祝福を確認だけしにいくのです。どれくらい感謝しているでしょうか。
 
■ 新しく信じるあなたがたは、2つのことを用心することを願います。ひとつは何かというと、教会に通ってみると、試みが多いのです。教会は人が集まった所で、話しが多いのです。そして、皆様の水準にぴったりに集まることができません。皆様の水準にぴったりに集まろうとするなら、水準が低い人々は救われるでしょうか。水準が低い人に合せようとするなら、水準が高い人が救われることができません。初めて学習、洗礼を受ければ、必ず記憶しなければなりません。教会は学校に全く通わなかった人もいて、博士もいます。救いに対してすこし知る人もいて、たくさん知っている人もいます。違うように知る人もあって、立派な人もいます。こういう人々が一緒に礼拝をささげています。いつも銘記しなければなりません。人によって試みにあわないようにしましょう。私たちの執事がどうだ、長老がどうだ、何か声が聞こえれば、むやみに考えず、深く考えましょう。簡単に話して、人ゆえに試みにあう事が起こるから、試みに会わないようにしましょう。福音と聖書のみことばをよく見て、皆様が祈れば、驚くべき事が行われます。ただ福音、ただ聖霊、この二つの単語だけ記憶すれば、皆様に驚くべき事が起きます。イエス様が、ただ聖霊があなたがたに臨めばと、確かにおっしゃられました。
 
■ そして、もう一つ、気をつけるべきことがあります。人々が教会の中だけでなくて、聖書に対していろいろとおしゃべりです。洗礼を受けねばならないか、浸礼を受けねばならないか、こういうおしゃべりです。なぜ人を集めて水を散らす洗礼を与えるのか、水の所に連れていって、深くいれて浸礼を受けるべきだと聖書になっていないか。それが浸礼教です。聖書を見ると、人を連れて行って水に浸ったのに、イエス様はヨルダン川に行ったではないか? なぜ長老教は集まって、散らしているだけなのか。でたらめだ。こういう話しもあります。聞かないようにしましょう。散らしても、浸しても同じです。救われたか、救われていないのかが重要です。極端な話をしてみましょう。皆様が洗礼を受けなかったなら救われないのでしょうか? イエス様のそばにいた強盗が、主よ私には罪があるけれど、主がパラダイスに入られる時、私を覚えてくださいと言いました。今日、あなたはわたしと共にパラダイスにいます。その時、イエス様が何とおっしゃったでしょうか? 浸礼を受けなければならない、そのような時間はなかったのです。
 
■ 救いの秘密を知る人は、その意味で洗礼を与えるのであって、水に浸るべきだ、散らすべきだ、こういう戦い自体が、悟ることができなかったことで幼稚なことなのです。水にどんなに浸っても、救いの秘密を知らない人は救われなかったのです。皆様が救いの秘密を知っていれば、神様の子どもであるために、その証拠で洗礼を受けるのです。神様の救いの秘密を知らなければ、無条件に罪人です。解決できなかっためです。それで、無理に主張してはなりません。聖書に浸したのもあって、散らしたのもあります。コルネリオの家で、コルネリオがイエスを信じて、ペテロが洗礼を与えました。コルネリオの家の中に池があったのでしょうか? バケツに入れたのでしょうか? ペテロが使徒行伝 2章に、一日に 3000人をその場で洗礼を与えたのです。そのようなものもあって、使徒行伝 8章を見ると、エチオピアの宦官が水の所に浸りました。それが重要なのではありません。しばしばいらない言葉を聞かないで、福音をよく聞きましょう。
 
■ 何も知らない子どもに幼児洗礼をなぜ与えるのかという学者がいます。そのように正せば正しい話です。しかし、そうではありません。重要なことは、その子どもが契約の子どもだということです。それで、イスラエルでは、旧約の時から幼い子どもが産まれれば、割礼を与えたのです。皆様が育てる子どもを本当に契約の 子どもとして育てるということです。どれくらい感謝することでしょうか。ですから、いらない言葉を聞かないで、聖書をみなさがして信仰生活しましょう。聖霊充満してくださいと少しだけ祈ったのに、神様はそこで霊力、知力、体力、経済力、人材をみな注いでくださいました。今日から一人ももれなく、この祝福を受けてくださることを願います。もしこの話が信じられない人があるでしょうか? 信じられない方は、このように考えましょう。詐欺にもあうのに、一度だまされてみようとしてください。柳光洙牧師の話しを聞いてみて、一度だまされてみようとしてみましょう。それでも働きが起きます。皆様がこの祝福をずっと受けるならば、後ほどは知恵も生じて、余裕も生じて、多くの目が開くようになります。
 
■ もう一度、結論を結びます。立派な医者の方達もおられますが、聖霊充満を受けることが、からだの健康にも一番目のことです。聖霊のバプテスマ、聖霊充満を受けることが、皆様の霊的問題の解決にも最も重要なのです。皆様に問題があるのでしょうか? この契約を捕まえて祈ることを願います。その問題は変わって、証しになるはずです。
 
<<契約の祈り>>
神様に感謝申し上げます。この祝福をあらゆる主の民が味わうようにさせてください。聖霊のバプテスマを受ける日になるようにしてください。イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン