2006年2月26日インマヌエル教会聖日礼拝メッセージ


1部/ダビデ時代を開こう
(詩78:70〜72)

・今日、私たちはダビデに関する恵みを受けなければなりません。先週、集会をラスベガスでしました。私はラスベガスに行ったのは、はじめてでした。見ることが何もなくて、ギャンブルする以外はありません。私がいるホテルの中に3千名がいっぱい集まって、全部、ギャンブルをしていました。それで、そのホテルだけだと思ったのですが、他のホテルもそうでした。米国の全地域から、そして全世界の人々が、ギャンブルをするためにラスベガスに集まっているのですが、通りでぶつかるほど人が多いのです。数十万名が、行き来していました。人々は、このようにギャンブルをよくするんだなと思いました。喫茶店にいたら、喫茶店の前にもギャンブルの機械がありました。終わって空港に戻ったのですが、空港にもありました。米国人は、ギャンブルが好きなんだなと思いました。そのような程度ではなく、ある人は米国で思い切り苦労してお金をもうけたのに、ギャンブルをしてみななくしてしまったのです。それのために、またある人は自殺もします。皆さん、米国へ行ってみたら分かるでしょうが、どれくらい住みやすい国でしょうか。しかし、麻薬患者が増えて、精神病者がたくさんいます。よく暮らしているのに、おかしな人々がたくさん生じます。米国には乞食がいないと思ったのですが、行ってみれば乞食がとても多いのです。公園のような所に行ってみれば、家を出てきている人々が多いのです。ほとんどその人々が麻薬をする人々です。このように、犯罪もたくさん起きます。今回、LAのある池で死体120体が出てきたと言われているでしょう。それだけ人をこっそりとたくさん殺すのです。それだけひどい犯罪がたくさん起きているのです。

・神様は、聖書のみことばを与えられたのですが、このようにおっしゃられました。聖書にだけ話しています。目に見えないサタンは悪魔とも言います。人をずっと滅びの中に、表に見えないように追い込むのです。成功した人も、この問題に勝つことができず、お金でも勝てません。警護員を3百人も連れて通うマイケル・ジャクソンでも、精神が狂っておかしなことをしています。人間は運命に捕えられて結局は、滅びるのです。そこから抜け出すのが救いです。それを解決するために、神様はかなり以前から約束されたのですが、キリストを送ると言われました。それが福音です。旧約で福音を一番よく味わった人は誰でしょうか。たくさんいるでしょう。それなら今まで王の中で一番立派な王は誰だったのでしょうか。そのように言えば、王がどれほど多いでしょうか。今現在ユダヤ人は、イスラエルの人ですが、今、全世界の経済30%を掌握しています。米国で一番高いニューヨークのマンハッタンにある土地40%がユダヤ人のものです。米国は弁護士国家なのですが、弁護士1/3がユダヤ人です。一年の映画を作り出すのが90億ドル程度になると言われています。全世界の映画収入です。90億ドルならば、日本のお金で9千億円ほどになります。その映画の85%をユダヤ人が掌握しているということです。スピルバーグのような人がユダヤ人です。このものすごい、簡単に話せばノーベル賞1/3を持っているイスラエルが、全世界を動かしていると見なければなりません。そのイスラエルの国旗を見れば星があります。その星が何でしょうか。それがダビデの星です。今までいた王の中で最も影響を与えたと見なければなりません。神様によく仕えたダビデ王がどのようにしたのかを見ながら、私たちは恵みを受けなければなりません。

・昔には、クリスチャンの人数が少なかったのに、影響を多く与えました。この頃は、クリスチャンは多いのに、影響は少ないのです。事実は、韓国は5千年間、偶像崇拝をしました。韓国は5千年間、木、石や道に特別な所があれば、そちらにお辞儀をしながら暮らしてきたのです。そうするうちに、日本にも占領されて、多くの困難にあいました。百年前に韓国に福音が入ってきたのですが、福音が入ってきて初めて大学をたてました。福音が韓国に入ってきて初めて病院をたてたのです。その時から韓国が目覚め始めたのです。アーレンという宣教師がきて初めて病院をたてました。それが昔のセブランス病院です。その学校が延世大学です。このように、韓国が暗かった時、福音が入ってきて目覚めるようになったのです。幸いに、イ・スンマン大統領をはじめとして、立派な方々がみなクリスチャンでした。アン・チャンホという方はクリスチャンでした。キム・キュシク博士、ソ・チェピョル、女性指導者のキム・ファラン博士もクリスチャンでした。幸いな事です。少数のクリスチャンだったのですが、国に多くの影響を与えました。それと共に、韓国は先進国の隊列に立つようになったのです。木にお辞儀をしていたのが、それを削って工芸品を作ったのです。昔に私たちの民族は、石にお辞儀をしました。その石を削って階段、建物、学校をたてました。このように発展するようになりました。真に幸いな事です。今は、クリスチャンが本当に多くなりました。いかし、影響が少ないのです。理由が何でしょうか。初めに話した福音をのがしてしまったためです。今日、私たちは福音を持ったダビデ王について、祈って恵みを受けなければなりません。ダビデは立派な将軍でした。そして、立派な政治家でした。後ほどには立派な王になりました。今でもイスラエルには、ダビデの影響がとても大きいのです。皆さんが知っているように、福音が入った国はみな良く暮らしました。しかし、教会はあるのに、この福音が薄くなるから、問題がずっとくるのです。皆さん歴史を詳しく見てください。福音がイスラエル中心に回っていた時、イスラエルが世界的な国に上がりました。この福音がローマに入った時、ローマは世界的な国になりました。福音がヨーロッパに入って、英国が強大国になりました。福音がドイツで新しくなった時、神様はドイツを復興させられました。ヨーロッパに福音がなくなったので、神様はこの福音を米国に移されたのです。神様は米国を超強大国にされました。そして、この福音が韓国に越えて入ってきたのです。それで、韓国に今、多くの教会が起きています。正しい福音だけ回復すれば、同じ働きが起きます。ちょうど、釜山で一番トップの釜山市長が礼拝に参加されています。わざわざ準備したことのではないのですが、今日、ダビデ王に対して出てきました。釜山市長が来られるだろうと準備したのではありません。順にしている中に、先週はサムエル、今週にはダビデ、このように勉強しているのです。政治家ダビデに対して勉強をしているのですが、ちょうど市長が今こられました。こういう祝福を、市長、釜山市もみな受けるようになることを主の御名で祝福します。

・今日、最初に考えなければならないことは、ダビデがどのように生きたのかを見る必要があります。ダビデは、いったいどんなことをして生きていたのか、どのように王になったのか、私たちは分からなければなりません。特に、学生たちは見ながらよく学ばなければなりません。ダビデ時代をいくつかに分けることができます。とても幼い時がありました。皆さんが知っているように、ダビデは幼い時に何をしていたのでしょうか。羊飼いをしていました。今日の本文に、羊飼いだった時の話を簡単に記録しています。私たちはここで学ばなければなりません。ダビデが羊飼いでありながら、重要な3つのことをしました。羊を飼っていれば時間があります。このような時、文章を書きまいた。ダビデが残した作品はものすごいのです。その時間に、ダビデが祈りをしました。そして、羊飼いをしながら楽器を扱ったのです。だから、ダビデが作詞、作曲をしたということになります。その程度ではありません。普通、羊飼いが羊を飼えば、羊を一匹くらい失うということです。少しの間、よそ見をしている時、動物がきてくわえて行くということです。そうでなければ、羊があちこち行って道に迷うこともあります。そんなことが数多くあったのです。しかし、聖書を見れば、ダビデは幼い羊飼いの時代に、羊一匹もなくさなかったのです。こういうものを私たちが学ばなければなりません。羊一匹もなくしませんでした。ダビデが羊飼いをしながら、どのようにしたのでしょうか。'私は絶対に羊一匹もなくさない。'皆さん私たちのクリスチャンが、仕事もそのようにしなければなりません。職場に行けば、月給をもらうのが問題ではなく、私は最高に仕事をする。このようにならなければなりません。ダビデは祈る人なのに、羊一匹もなくさないと言いました。羊飼いをするのに、羊を一匹もなくさなかったということは、とても簡単なことではありません。しかし、そこですべての祝福が始まったのです。今日読んだ聖書には、ダビデが羊飼いだった時に、神様が王として呼ばれたとなっています。ダビデは、羊を飼っていたのですが、神様は王に決められたのです。未来の王に。こういう驚くことが行われたのです。だから、人は思うとおりになるのではありません。ダビデが羊をなくさないために、どのようにしたのでしょうか。昔の話しですが、ゴムひもで銃を作りました。多分、この頃の子どもたちはよく知らないでしょう。長老や市長は知っているでしょう。ゴムひもを付けて石を撃つのです。よく撃つ人は、ネズミも捕まえました。鳥を打つ銃だと言いました。上手にする人々は、木の枝にゴムひもを付けて石を入れて撃つのに、鳥もつかまえたのです。言わば、ダビデがそれと似たものを準備したのです。獅子が羊をくわえて行く。普通の子どもならば、家に帰って泣いて話すでしょう。しかし、ダビデは追いかけて行きながら、それを撃ったのです。銃とは違って、回すタイプのものです。それを持って、最後までついて行って、獅子の頭を打ったのです。獅子は歯が強いので、横は強くありません。当たれば死にます。ダビデがどれくらい正確にしたのか、石が飛んで行って獅子に当たりました。だから、獅子がふらつくでしょう。その時に獅子の口を開いて、口を裂いて羊を救い出したのです。これがダビデです。これで終わるのではありません。問題は、祈りの答えがこのように終わるのではないということです。よく知っているでしょう。

・ある日、イスラエルに問題が起きたのです。ゴリヤテという将軍が攻めてきました。未信者も、ダビデ、ゴリヤテは知っています。実際にいた人物です。聖書に見れば、背丈がどれくらいなるかというと6キュビト半でした。それは、どのくらいなのでしょうか。3cmマイナスの3メートルです。背丈が3メートルならば、どうなるのでしょうか。昔に、私の家に190cmある英国人がいました。190cmなのに、どれくらい大きいかわかりません。私と一緒に歩くと、恥ずかしくて歩けません。私が見ようとするなら、かなり上を見あげなければなりません。6キュビト半というと、2メートル97センチ程度になるので、その人にまだ1メートルがあるのです。私があらまし計算してみたら、鎧を着ていたのですが、鎧だけで50kgです。この将軍が槍を持っていたのですが、槍の先だけで何kgかでした。どれくらい大きかったのかということです。こういう人が、イスラエルを攻めてきたのです。40日間、脅迫しました。1対1で戦おうと言うのです。イスラエルの中から王が出てこようが、誰でも出てきて戦おうと言うのでした。相手が勝てば私たちが降参する。そうでなければお前たちが降参しろ。そして、侮辱的な言葉を継続して言うのでした。神様がどこにいるのか、出てきてみろ。主はいるのか。このような形で侮辱をしました。40日間です。イスラエルのおとな、将軍の中で1人も出ることができなかったのです。3メートルもなる人が、大声で叫ぶので、声がどれくらい大きかったでしょうか。力強くて、大きいから、1対1で戦おうと言うのに、誰が出てくるでしょうか。このような状態が40日になりました。その時の王は誰でしょうか。サウル王です。とても苦しいから、ゴリヤテに勝つ人がいれば、婿にして、自分の財産半分を与えると言いました。そして子孫代々、税金を免除すると言われました。サウル王がこのように言ったのです。しかし、ひとりも出て来ませんでした。死んでしまうのでは税金であれ、何であれ、必要ありません。死んでしまうのでは財産は必要ありません。

・皆さんを見て、すべて上げるから命を差し出せと言われたら、するでしょうか。だから、怖くなって誰も出て来なかったのです。だから、ゴリヤテの声は、どれくらい大きいのか、すべての山に響くように大声で叫んだのです。イスラエルで主を信じる者は出てきてみろとこのような形で侮辱したのです。口がまたどれくらい大きかったでしょうか。身長が3メートルほどの人は、口はまたどれくらい大きいでしょうか。この時、ダビデがお手伝いで来たのです。お兄さんたちが、軍隊に来ているので、お父さんがお兄さんと千人隊長にパンを持って行きなさいと言いました。そして、しるしを持ってきなさいと言ったのです。お手伝いに来ました。お手伝いにきて聞いたのです。イスラエルを侮辱するのをダビデが来て、それを聞きました。その時、ダビデは小さい子どもです。羊を飼ってお手伝いする、こういう子どもでした。今で言うと、中学生程度になります。高校生くらいになれば大きいでしょう。主を侮辱して良いのか。我が国に侵略して入ってきて強い者が、このように脅迫をして良いのか。お手伝いで持ってきたものを渡しながら、お兄さんたちに話しました。私がゴリヤテと戦ってはいけないのか。兄たちが怒りながら、お前は幼い時から高慢だったと話しました。その時、ダビデがこういう話をしました。私がなぜ理由がないでしょうか。兄たちが家に帰れと言うので、千人隊長のところに行きました。お父さんが千人隊長に渡しなさいと言われたものを渡しながら話したのです。自信があると言いました。私がゴリヤテと戦うと言いました。千人隊長が見たら、小さい子どもがそのような話をするのです。とにかく自信があるということです。だから、千人隊長が連れて行ってサウル王の前へ行きました。その時、サウル王が言った話が、あなたは小さい少年でゴリヤテは戦士なのに、戦いになるか。その時、ダビデがこういう話をしました。私が私のお父さん家で羊を飼っていた時、羊一匹もなくさなかった。獅子が羊をくわえて行けば、私が獅子と戦って勝った。しかし、重要な話をしなかったのです。石を投げて獅子の頭を殴ったということは言いませんでした。なぜか、それはノウハウだから秘密です。その話の中で、獅子の口を裂いたと言いました。サウル王が見たら、それでも小さい子どもの話でしかありません。おかしいのです。主なる神様は、私を獅子の歯から守って下さった。それなら、主を侮辱する者の手から私を救い出して下さると信じる。それでもあなたに合う軍服がない。いくら探してみても大人たちのものだから、合うのがなかったのです。ダビデが必要ないと言いました。将軍と戦いに行くのに軍服もなく、筒のスカートのようなイスラエルの子どもたちが着ているものを着て行ったのです。ダビデが片方の手には石の鞭と石五ケをつかんで行きました。なぜ五ケをつかんだのでしょうか。これをもって神学者が色々、複雑な解釈をよくします。五ケはモーセ五書だと言いますが、そのようなことはとんでもないことです。

・なぜ五ケをつかんだのでしょうか。理由は簡単です。ゴリヤテがその大きい体で、槍を持ってきて、ダビデを刺す前に、五ケを投げる自信があったのです。これくらいダビデが熟練していました。ダビデが石五ケを持ってゴリヤテの前へ行きました。行ったらゴリヤテが見たら、将軍が戦いにくると思ったのに、子どもが1人駆けて来ます。小さい子どもが来て、戦う姿勢で立っているのです。ゴリヤテが驚いて、なぜきたかと尋ねてみました。お前は今、犬をつかまえにきたのか、棒はなぜ持ってきたのか。これがゴリヤテの最後の言葉でした。神様だけがご存知でしょう。その時、ダビデがこういう話をしました。お前は剣と槍と投げ槍を持って私に向かってくる。私はお前が侮辱する万軍の主の御名でお前に立ち向かう。ダビデが言った言葉です。そして、このように話しました。今日、全世界に主が生きておられることを証しする。また、このように話しました。救いは刃物になく、主の御手にあることを証明する。それと共に最後にこの話をしたのです。今日、主がお前の首を私の手に渡される。簡単に話せば、今日、死ぬということです。これをとても詩的に表現したのです。元々、ダビデは詩人でしょう。ダビデがこのように話をずらっとするので、ゴリヤテはどうだったでしょうか? 多分、私の考えですが、いったい何の話なのか分析もまだできなかったでしょう。この時、聖書を見れば、ダビデが走って行きながら石を投げたとなっています。普通、アーチェリーの選手たちも、弓を撃つ時、しばらく立って注目して撃ちます。どれくらい熟達したのか、走って行きながら投げたのです。残りは必要なくて、ただ一つだけを投げたのです。いくら将軍でも、盾を持って兜をかぶっていたとしても、空いているところがあります。眉間が空いていたのです。目はあけて通うべきでしょう。その空いたところを打ったのです。正確に飛んで行って、石が額にのめり込んでしまいました。分かってみたところ、人の最大の急所がそこです。この石が飛んで行ってその大きいゴリヤテ将軍の額に食い込んでしまったので、そのまま倒れてしまったのです。大声を出す間もなく、打たれてすぐに倒れてしまったのです。あまりにも強く打たれたら、声も出せません。死にそうだ、どうだという話は、あまり痛くないからするのです。ただ一発でゴリヤテが倒れたのです。その時、聖書はこのように記録しました。ダビデは刃物を持っていませんでした。ゴリヤテのそばにあった刃物を抜いて、ゴリヤテの頭を打ったのです。四十日間、主を侮辱したゴリヤテの頭を切ったのです。すごいでしょう。私はダビデが腹が立って瞬間的にしたとは思いません。確信があったのです。羊飼いをしながら石を投げていたのが、そのように連結されるとは、誰が知っていたでしょうか? そのようにして、ゴリヤテの頭を持って出てくるので、どうなったでしょうか? ペリシテ軍隊が全部みな逃げました。戦うこともありません。それでイスラエル軍人が隠れていたのが、槍を持ち出して大声で叫びました。完全勝利したのです。これがダビデです。だから、サウル王がとても驚いたのです。いったいお前は誰なのか? 以前に、楽士もしていたのですが、詳しく見ていなかったのです。ダビデがお手伝いをしても、詳しく見ていなかったのです。ゴリヤテの頭を持ってきたので、どれくらい驚いたでしょうか? いったいお前は誰なのか? この時、ダビデがこのように話しました。主のしもべ、ベツレヘム人、エッサイの息子です。

・私たちのレムナントが成功すれば、誰の名前が高められるのでしょうか? 主の御名です。ベツレヘム人ということは、故郷、エッサイの息子、親の名が高められるのです。皆さんが成功すれば、主の栄光が現れます。皆さん故郷の栄光も現れるのです。皆さんの親も栄光が現れます。ダビデが、このようにして英雄になりました。うわさが立つようになったのです。このようにして、ダビデはサウル王の婿になったのです。簡単に話せば、ダビデは出世をしたのです。しかし、このダビデは普通の人ではありません。政治界は怖いのです。国民がダビデが現れれば大騒ぎをしました。それで、サウル王がおかしな考えをするようになったのです。そのまま置いておいてはいけない。政治をしていると怖い人々がいます。その時から、ダビデを殺そうとあらゆる方法を動員したのです。永い歳月、ダビデがサウル王から逃げ回っていました。その時から詩を作ったのです。それが有名な詩、主は私の羊飼い。私は乏しいことはありません。たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。ダビデがその時に書いた詩です。その時、重要な詩をたくさん作りました。このように逃げ回っている間に、正しい人はダビデにみなついて、おかしな人はサウルにみなついたのでした。このようにして、ダビデが王になったのです。サウル王は死んで、ダビデが王になりました。ダビデが王になって、どのようにしたのでしょうか? ダビデは普通の人と違います。私が王宮に寝ているのに、主の神殿がなくて契約の箱は風が吹く所にあるんだな! 神殿を作らなければならない。これがダビデです。ダビデが神殿を作る準備を完全にするようになったのです。多分、イスラエルの領土とイスラエルが、その時、最も強くなりました。皆さんが持っている聖書で詩篇の三分の一がダビデの詩です。だから、ダビデが残した影響と祝福はものすごいのです。

・それなら今日、二番目に考えなければなりません。いったいダビデは、どんな信仰だったのでしょうか?これが重要です。皆さんマタイ1:1を開けば、アブラハムとダビデの子孫イエス・キリストの系図となっています。これが何の話なのでしょうか? ダビデの子孫を通してキリストが来られたのです。ダビデは聖書をよく知っている人なのですが、王の家系を通してメシヤ送ると約束されています。こういう神様の大きい恵みを受けた人がダビデです。そのような程度ではありません。ダビデの子孫なのですが、ダビデの子孫でなく、神様の子です。これが重要です。ダビデの血統を通してキリストが来られたのですが、それは自分の血統でなく、神様の子だということが分かっていたのです。この部分がとても重要です。皆さんの信仰生活において、こういう部分を見ることがとても重要です。イスラエルの国にイエス様が来られました。しかし、イスラエルの人ではありません。それを見る目がなければならないのです。血統はダビデの子孫ですが、実際、神様の子キリストが来られたのです。それで、バルテマイがイエス様の前に出てきて、ダビデの子イエスよと言ったのです。例をあげれば、ホ・ナムシク市長はホ氏の家系の人です。しかし、そればかり見れば、見間違っているのです。神様が釜山市長として準備しておかれた方です。このように見ることができなければなりません。神様を信じようが、信じまいが、神様が準備されたのです。ダビデの血統で、イエス様が来られたことは、肉体を着てこられたことで、神様の子メシヤとして来られたのです。これをダビデが分かったのです。これが何でもないことのようですが、信仰生活でとても重要な部分です。私は私の息子の父です。私の孫のおじいさんです。しかし、彼らがそのように見れば見間違っているのです。正しい言葉ですが、神様のしもべ、このように見なければなりません。ですから、イエス・キリストに対してダビデが正確に分かったのです。このように、福音を正しく知って、実力を正しくそろえれば、ダビデ王のように世界を生かすようになります。それで、私は本当に今日のメッセージと合うように市長が神様の大きい祝福を受けられるように願います。本当に、福音を知って、神様の力を分かる方になって、私たちの釜山を生かす永遠な祝福が始まるように願います。

・ダビデがそうでした。福音とは何でしょうか? すべての暗闇、サタンの勢力をみなうち破ったのが福音です。それで、神様がキリストを送られたのです。この内容をダビデが知っていたのです。どれくらいすごいのでしょうか。そして、ダビデは神殿を準備する心がありました。王は普通、政治にだけ関心が多いのですが、ダビデは神殿に関心が多かったのです。神様がイスラエルの王の中で、世界の王の中で最高の王にされました。今日、皆さんに同じ祝福があるように願います。福音を持っていれば、羊飼いであっても、神様は成功させられます。何でもないようでも、福音の中にいれば、最も低い場にいても祝福の門が開くのです。私たちは、しばしば雲をつかむように、何かをつかもうとしなくても良いのです。最も低い場で良くしているなら、働きが起きます。私が前にも話したでしょう。貧しい家に生まれました。それで、勉強ができませんでした。人の家に行って仕事をしたのです。しかし、この人は福音の人です。小さい店でお手伝いをしました。しかし、ある日見たら、お金を渡したのですが、新札だったので2枚くっついていたのです。その方を探して持って行きました。そのようなこともあるでしょう。仕事はとてもがんばってしました。祈りながらしたのです。この人のゆえに、店の物がとてもよく売れました。大きいデパートで店員に呼ばれて行きました。そこで祈りながら、また熱心に仕事をしました。デパートが変わったのです。後には、あるデパートを引き受けるようになりました。後にはデパートの社長になったのです。後には、米国全域にデパートをたてました。デパート王になりました。大統領がこの人を呼んで長官をしてくれと言ったのです。その時、この方は断ったのでした。私は全く勉強をしなかった。私がどのように長官をするのか? しかし、長官になったのです。それでは、私がするが約束することがある。私は長官をするが、私が本来することが別にある。教会に行って聖日に幼い子どもたちに福音を教えるのが私の本分だ。それをするのに支障がなければする。それで郵政省の長官になりました。その人は誰でしょうか? ジョン・ワーナーメーカーです。クリスチャンは福音を持つと、このように成功するのです。ダビデが羊飼いであるように見えるのですが、そうではありません。

・今日、私たちはここで最後に考えるべきことがあります。ダビデをこのように育てた人が二人います。誰でしょうか? 指導者サムエルです。契約の箱に対する話をしました。でたらめな信仰人がとても多いのです。正しい信仰が何か話してくれました。そして、お父さんのエッサイです。皆さんが指導者によく会う祝福を受けることが、とても重要です。それで、ダビデがこういう人物になったのです。今日、私たちは神様の子ども、福音を持ったダビデのように、神様の答えを誰でも受けられます。それでは、結論を結びます。私たちのレムナントと私たちは、何を考えなければならないのでしょうか? 詩78:72 '彼は、正しい心で彼らを牧し、英知の手で彼らを導いた。'と言われています。正しい心とは、信仰です。英知の手は技術です。私たちのレムナントと聖徒は記憶しなければなりません。信仰と実力。クリスチャンは、実力なくてはいけません。信仰と実力。実力だけあってはいけないのです。信仰と実力。知識一つだけあってはいけないのです。神様を知る知識と世の中を知る知識。これを両手にすべて持っていなければなりません。ダビデがそうでした。それで、ダビデは誠実な信仰もあったのですが、手に技術もあったのです。これが私たちのレムナントが捕まえなければならない重要な契約です。今日、私たち大人たちは、何を祈らなければならないのでしょうか?皆さんは、ダビデのような人物を作り出しましょう。これが私たちの祈りの課題にならなければなりません。私たちの子孫をダビデのように作り出しましょう。それが祈りです。そして、皆さんの願いにならなければなりません。それで、これが答えの中の答え、祝福の中の祝福に変わります。

・ある人が私にこういう話をしました。あるカードがきたのですが、あいさつが書いてあって、一番の下に牧師先生200才まで生きてくださいとありました。皆さんが、すべて行ってしまったのに、私一人が二百才生きてどうするのでしょうか? 多分、健康に長く生きてくださいという言葉でしょう。いくらそれでも、私と皆さんはみな年齢をとれば行きます。だから、最も重要なことをしなければなりません。何をすべきでしょうか? 正しい福音を持った子孫を作り出しましょう。私たちは信仰の正しい足跡を残しましょう。みな歩いていきます。チョン・ウンジュ牧師を見れば、ビタミンをたくさん飲みます。私が見れば、いつもからかいます。およそ百才まで生きられるでしょう。とても良いものをたくさん食べれば死ぬ時、はやく死にません。私はそのような人を見ました。死ぬ時になって、家族がみな集まったのに、また起きて歩き回って、家族らは死なないからみな帰ったのです。しかも、思い切り生きて、今度は、本当にみな集まりました。みな集まって、葬式の準備みなしたら、また起きあがったのです。とても死ななくても頭が痛いのです。そう言ったら、笑っていました。いくら飲んでも、年を取れば行くのです。皆さんが、どうであっても、年をとれば行きます。だから、今、何をすべきでしょうか? 私たちは正しく未来を準備して、正しく子孫を育てて、正しく信仰生活しなければなりません。ダビデのような人物を育てましょう。言わば、福音を持った実力がある子孫を作り出して、韓国を生かしましょう。精神病者がうようよするのに、どのように国になるでしょうか? 精神病者がどんどん増えるのに、どのように愛国になるでしょうか? それで、正しい福音と正しい実力をそろえましょう。それで私たちが今、レムナント運動するのです。皆さんがおわかりの通り、モニカという人は、自分の息子がとてもおかしくなって、その息子のためにずっと祈りました。

・そこで、アンブロスという指導者がこういう話をしたのです。あなたの子どものために祈って涙を流せば、あなたの子どもはほろびない。その息子が皆さんおわかりの通り、アウグスティヌスです。福音を持った人物一人が全世界を変化させます。ある貧しい家に夫が死んで、あるおばさんが子ども九人を育てました。だから、ずっと同じ食べ物を九人が分けるのです。隣人が見てそのようにしていてはならない。子どもたちも勉強をしなければならないから、孤児院でも送って勉強させるべきで、あなた一人で連れていてはいけない。その言葉を子どもたち九人が聞いたのです。隣人が行って、子どもたち九人が、お母さんの手を握って、私たちは飢えても良いからお母さんと一緒にいますと言いました。その時、お母さんがこういう話をしたのです。わかった。それでは、あなたたちは信仰生活を良くすべきだ。いくら難しくても揺れてはいけない。そのようにすると言いました。お母さんと子どもたち九人が夕方ごとに祈りました。そこで人物が1人出てきたのです。米国で最大の働き起こしたムーディーです。一度説教したら銃が数十丁ずつ出てきたのです。人殺しに銃をもって来て、説教を聞いて感動して出して行ったのでした。ムーディー1人が米国を揺るがしたのです。このように、レムナント1人をよく育てれば、多くの人が生き返ります。これを置いて祈らなければなりません。それで、皆さんの子ども、私たちの子孫を育てることができる祈りが始まらなければならないのです。さらに重要なのは、皆さんがこの契約を捕まえて祈れば、先に答えを受けます。ダビデの祝福が皆さんにあるように願います。ダビデが持った福音の開始が最も低いところから始まるように願います。私たちの市長に、ダビデが受けた祝福が永遠にあるように願います。祈ります。

<<契約の祈り>>
神様に感謝いたします。私たちにダビデにくださった福音と力を与えて下さい。ダビデにくださった祈りとまたダビデにくださった実力を与えて下さい。神様の子どもが集まりました。当然、低いところから勝利する答えを与えて下さい。どんな場合だも揺れないで、神様の力を体験する聖徒になるようにさせて下さい。私たちの釜山をたくさん発展させて生かした私たちの市長に特別な恵みを与えて下さい。人が防止できない神様の恵みがあふれ出るようにしてあげて下さい。イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン.


-一般信徒宣教会献身礼拝-


2部/祝福の根源を見出そう
(ローマ16:1〜14,23:27)

・今日、一般信徒献身礼拝をささげています。全国、世界、すべての教会が同じ恵みを受けることを望みます。昨年、私が話したことを思い出します。日本で若い牧師がタラッパンを始めました。日本人です。ですから、復興し始めたのです。それで、そばの教会の信徒まできて恵みを受けました。しかし、見たら日本の人々はちょっと違うと思ったのですが、韓国の人と全く同じでした。そばでねたみ始めて、信徒を奪っていくと戦って、若い牧師にタラッパンだ、異端だと悪口を言ったのです。日本の教会が、この牧師を簡単に言わば首にしたのです。追い出されました。それで、人が良い人だと思ったので、ちょっと手助けすると言いました。教会ができるように、ちょっと手助けすると言いました。ところで、この方が驚くべき返事をしたのです。直接、話したのではなく、他の人を通じて、手助けすると言ったのですが、返事が伝達されてきました。有難いけれど、受けないということでした。どうしたのと尋ねました。そのようにすれば、自分たちの信徒の信仰が育たないということでした。自分たちが祈って、答えを受けて、力を得てすべきであり、助けを受けてはいけないということでした。私はそのような考えを持った人を初めて見ました。みなもらおうとします。しかし、この人は違ったのでした。かなり良く暮らしている家なのに、自分の弟子1人が留学をしています。アルバイトもしながらです。金持ちの家の息子なのに私が尋ねました。なぜアルバイトをするのかと尋ねたのです。自分の目標が学校で一番になって奨学金を受けることだと言いました。そして、両親に助けを受けないで、アルバイトをして、それで生活をすると言いました。ひょっとして家が貧しくなったのかと尋ねたところ違うと言いました。今、このようにしなければ、後ほど難しい世の中を生きることが苦しいと言いました。それで、私が見ながら本当に良い人物だと思いました。

・皆さんが信仰生活も、すべての生活にも、とても重要なことがあります。これを見出さなければなりません。私たちに根を抜けと言われることがあります。根源を見出しましょう。何でもこのようにすれば、成功するのです。水も根源を探せなければ、少し日照りになれば水がありません。少し雨がたくさん降っても、食べられないようになります。生活も同じです。深い根源を見出せば、雨がちょっと降らなくても水はあります。雨がちょっとたくさん降っても、そこまでは汚れた水が行きません。祝福の根源を見出しましょう。私たちの産業する方々、一般信徒宣教、すべての方がとても重要です。一言でタラッパンとは何でしょうか?最も簡単に話せば、伝道の根源を見出すことです。私たちの学生たちも、何でもがんばるのも重要ですが、根源を見出さなければなりません。木も生かそうとするなら、ゆっくり根元から抜くべきで、急に抜けば死んでしまいます。それで、皆さんの信仰生活にとても重要な部分です。これを知らないから、実際に祈りも良くできません。祈りとは何でしょうか? 祈りも根源を知らなければなりません。そうすれば祈りになります。これをください、あれをくださいということより、さらに重要なのは何でしょうか。

・祈りの答えを正確に答え受ける根源が3つがあります。それが何でしょうか。これを下さい、あれを下さいではありません。神様を味わうことです。皆さんの祈りの中で一番良い祈りは、神様を味わうことです。これが祈りの根源です。大部分の人々が、このように祈りません。私たちが何かをください、そのようにしなくても良いのです。生きておられる神様は、皆さんに何が必要なのか、すべて知っておられると言われています。聖書をよく見ましょう。主がヨセフとともにおられたので。主は私の羊飼い。だから、祈る時、何かをくださいと言う祈りも重要ですが、神様を味わえば、すばらしい根源を発見するようになるのです。それが聖霊充満です。神様を味わうことがが、聖霊充満です。これになれば、本当に働きが起きます。私たちは、これも知らずに無条件に出せと言うのです。無条件にくださいと言います。日本語で「クダサイ」です。神様もあきれて、どんどん与えても「クダサイ」と言います。正しい信仰生活にならないのです。私たちが受けた祝福がどれほど多いのに、毎日「クダサイ」なのでしょうか。これを味わわなければなりません。

・偉大な王ダビデはこういう話をしました。死ぬ時、息子にこういう話をしました。'あなたは努力して、男らしくなって、主なる神様をよく知りなさい。'これがすべてです。皆さんが本当に学生たちのような場合は、少しだけ黙想祈りをしても、すばらしい働きが起きます。そして、その息子ソロモンがこういう話をしました。全てのものが無駄になる。それと共に言う言葉が、あなたは若い時に創造者を覚えなさい。この祝福を正しく味わいなさいという言葉です。これが祝福の根源です。ある面でくださいという祈りは、全くしなくても済むのです。この祝福だけ味わえば、働きは起きるようになっています。だから、ソロモンがこういう話をしました。'財産もむなしいことだ。名誉もむなしいことだ。金銀、宝物がみなむなしいことだ。王座もむなしいことだ。私が信仰生活を良くする意義もむなしいことだ。'それでは何でしょうか。信仰生活もむなしいことならば,'ただ真実なのは一つしかない。主なる神様だ。'ソロモンの告白です。偉大な告白をしました。だから、ダビデが言う言葉が,'私の力なる主よ。だから、主は私の羊飼いだ。'皆さんがこの祝福を味わうことが祈りの全ての根源を味わうことなのです。

・二番目です。どんな根源を味わわなければならないのでしょうか。神様が私たちにくださった身分と権威。この祝福を味わうのです。このようにすれば、まちがいなく答えを受けます。皆さんが神様を味わうのが、最も良い祈りです。それで、聖霊充満してくださいというのが最も良い祈りなのです。神様を分かるようにさせてくださいという祈りが最も良い祈りです。神様の力が私にあるように祈ることが最も良い祈りです。皆さんがいくら力が強くても、神様の力よりは強くはありません。皆さんが本当にこの中でこの言葉がわかって事業する方が祈り始めれば、事業に働きが起きます。ほとんどすべてが、神様が与えられるこの力を得ないで、自分の頭にしようとするのです。この力をずっと得れば、ずっと働きが起きるのに、自分ですれば、ある日限界がきます。すべての産業人、一般信徒宣教をする方たちが、回復するように願います。神様が与えられる力を得れば、想像を超越することが起こります。これが祝福の根源です。あれこれくださいと言う必要がなくて、私たちにくださった身分と権威がものすごいのです。これを祈るのです。それで答えられるようになっています。

・三番目です。皆さんがすること、事業、勉強があるでしょう。ここで根源を見出しましょう。その根源を見出すことを改革と言います。改革という最も正確な言葉は、根源を見出すことです。それで、大人たちにはちょっと申し訳ないのですが、学生たちはわかるでしょう。revolutionではありません。それは、革命という言葉です。renovationでもありません。それは革新という言葉です。Reformation本来のことを見出すのです。簡単に話せば、根源を見出すのです。アブラハムに何と言われたのでしょうか。'あなた祝福の根源になる。'だから奪っていくことができない根源になると言われました。この祝福を皆さんが今年は必ず発見するように願います。祈りの課題が一つもなくてもかまいません。この時から祈りの課題も正しく出てくるのです。皆さんが神様が与えられた力を得るのが最も重要なのです。神様が私たちにくださった祝福が、ものすごく大きいのです。これをもって祈れば良いのです。そうすれば、事が起こって、働きをすべきなのですが、その中で根源を見出しましょう。こうすれば良いのです。あなたは祝福の根源になる。創世記26:19にイサクが泉の根源を得ました。泉の根源を得れば、他の泉がみな防がれても何の関係がありません。根源を得たから、違うところで水が出てこなくても大丈夫で、根源を得たのです。日照りであっても、洪水であっても関係がありません。このようになってこそ、信仰生活の味がよいのです。それが、ここから始まらなければなりません。このままなるように、主の御名で祝福します。これが信仰生活です。

・私は昔に祈りをどのようにするか知りませんでした。この人、あの人の話が違って、私はどのようにしなければならないか分からなかったのです。ある日、分かりました。そうだ、私が神様に向かって神様の恵みを受けるのが祈りだ。たった5分を祈っても、神様、私に力を与えて、神様の恵みを受けるようにさせて下さい。それが祈りです。知ったところ、ものすごく大きな祝福を受けました。聖霊の働き、天の軍隊が動員されて、暗闇の勢力が崩れる、ものすごいことでしょう。これを祈るのです。そうしたら、ここにこの祝福がくるのです。皆さんの事業にも、仕事にも、全部がこの祝福を受ければ、働きが起きます。ですから、どれくらいやさしいでしょうか。私がそのように頭が悪くなかったのですが、伝道師をしながら、教会がうまくできませんでした。だからとても大変だったのです。私がこれを見出せなかったのです。毎日、手段と方法で、そして教会学校を引き受ければ無条件に復興させようとしました。だから、できるでしょうか。私が根本をのがしたのです。これだけ見出せば、できるようになっています。事業するすべての方たち、宣教に参加するすべての方が、神様の祝福の根源を見出すようになることを主の御名で祝福します。それが改革です。最も根源を捜し出す、それが改革です。このようになれば、驚くべき働きが起きます。私たちは3つの改革のために、必ずすべきことがあります。根源的祝福を発見するために、一つすべきことがあるのです。私を変えるのです。皆さんをいくら祝福したくても、私を変えなければなりません。皆さんがいくら祝福がきて多くのところに行っても、私を変えなければ、祝福を味わうことができないようになります。お金も重要で、働きも重要でsうが、自分が崩れてはいけないのです。

・今日から皆さんのすべての傷はみななくしましょう。これから変えなければなりません。この傷があれば、皆さんも知らない間にゆがんだ考えをするようになります。傷、これがどれくらい怖いことか分かりません。特に、私たちのレムナントは、こういうものを持っていてはいけません。皆さんがいくら良くない環境にあっても、そこで祝福の土台にしなければなりません。これが隠されていて現れるのです。未信者が、こういう話をしました。その人が、誰かを良く見ようとするなら3つのことを一緒にしてみたら良いということです。旅行を一緒にしてみなさい、ギャンブルをしてみなさい、人がお金を失って、気持ち良い人はないから、その人の本性が出てくるのです。一緒に酒を飲んでみなさい、未信者は酒をたくさん飲んでけんかするでしょう。酒に酔えば中のことが出てくるのです。正常にじっとしていながらも、酒に酔えば、悪口を言う人がいます。その中に悪口がぎっしりと積もっているということです。また酒だけ飲めばけんかをする人がいます。それは不平不満がぎっしり埋まっているからで、またある人は気持ち良くて他の人に何もかも与える人もいます。これらがみな隠されていた傷が出てくるのです。事業する方々や役員に、こういうものがとても多いのです。私はこういう傷がレムナントにだけあるのかと思ったところ、大人たちに多くありました。牧師にもとても多かったのです。皆さんに積もった傷が多ければ、このようになるしかありません。考えが正しくないのです。そうしたら、何でしょうか。被害意識、何の問題でないもので被害意識ができます。そして、他の人と比較するようになる比較意識。それと共に不信仰に陥ります。今日、皆さんはここから完全に解放されるように願います。皆さんは、祝福を受けることが確かなので、今は、考えを変えなければなりません。

・神様は、皆さんを呼ばれる時、どのように呼ばれたのでしょうか。この根源だけ発見すれば、根源的な祝福をくだいます。それでこれを何と言うのでしょうか。契約的な祝福です。これのために呼ばれたのです。これで考えを変えるのが自分の改革です。皆さんにこの祝福が必ずあるようになります。今から祈りの答えを受けるために、方法も変えなければなりません。私たちは神様がくださる契約が明らかだから、方法も変えるのです。信仰生活も、事業も、商売も、教会生活も、何でもみな全く同じです。原理は全く同じです。神様の方法で変えれば良いのです。偶然ではありません。神様が必ず必要とされる必然性の味を正しく知らなければなりません。福音も神様が必ず必要とされることなので、これを味わわなければならないのです。祈りも神様が本当に必要とされことが何か、勉強も神様が必要とされることを、事業の中でも必ず必要なことが何か、ということが神様の方法です。これは難しい話ではありません。少しだけやさしいと思えば、すぐ答えがきます。必然性です。なぜしなければならないか、少しだけ質問しても働きが起きます。事業に神様の聖霊が働かれる、驚くべき祝福があるようになることを希望します。少し難しい話のようでも、簡単によく考えて下さい。これから必ずすべきことは何か。これを発見する絶対性。これが神様の方法です。この間、説明したので簡単に話します。

・例を一つあげれば、出エジプト3:18血の契約から救われるのは、神様の必然的な話です。イスラエル民族がカナンの地に行かなければならないのは、絶対的な神様の計画です。それで、皆さんの目の前に置かれたことは全部、答えに変わります。当然性。もし道がふさがれれば、奇跡が起こります。これが信仰生活です。神様の方法です。今からレムナントは、どんな考えを持つべきでしょうか。本当にこれを必ずすべきなのかということを、何度も尋ねましょう。心の底から。これから私が必ずすべきことは何かを尋ねましょう。それが何でもないことのようですが、生涯1、2回だけ質問しても、皆さんの人生は変わります。その時から、当然の答えがくるのです。少し難しいこともあるのですが、祈ってみれば、最も正確な答えがきます。皆さんが商売をしたり、事業をしていても、する時に考えなければならないことが、これをいつも捜し出すことです。それなら簡単です。それで、私たちのタラッパン伝道もこういう方法です。この地に本当に必要とされることは宗教ではなく福音です。この地に本当に必要なことは、福音ではなくて完全福音です。この地に必要とされることは、説教でなく福音で根をおろすことです。私はそれを発見したのです。それなら何でしょうか。レムナントだけでなく、全世界に福音を宣べ伝えなくてはいけないから、この世界福音化は絶対的なのです。私はこれを悟ったのですが、特別なことではないのに、答えが来はじめました。あるものは考えるだけでも答えがきます。これを置いてこの祝福を味わって、祈りもこのように味わっているから、想像を超越する知恵もできました。すべての人に全く同じです。私たちが知恵があってこそ事業もできて、世の中を生きていけるのに、神様のこの祝福を受ければ本当に知恵が生じます。根源を発見する祝福があるように願います。もう皆さんは、今年は必ず経済祝福があるように願います。それで今から祈り始めるのです。

・いつも話しているように、今、教会が違う宗教にたくさん奪われています。生かさなければなりません。私たちのレムナントたちも、今から始めて事業する方々も、今から始めるように願います。1人ももれなくするように願います。私は昨年まで話しませんでした。私のことはご存じでしょうが、私は契約を置いてずっと祈っているから、神様がメッセージくださるまましています。そして、驚くべきことに、一度ももれなく成就しました。それで、私がするのは説教準備ではありません。神様が今、お望みのメッセージが何かを探すのが私の仕事です。皆さんが知っているように、説教準備はあまりしません。なぜならば、とても準備をよくしても、とんでもない話ができるためです。ある人は、準備をとてもよくします。そして、自分も知らないことをするのです。ある面でそれは説教ではありません。短くしても神様が願われる説教をしなければならないのです。

・それで、ずっと定刻、常時祈りをする中に、今年はこの祝福の時刻表がきたのです。すべての聖徒は、RUTCに参加しましょう。すべての聖徒は、教会建築に参加しましょう。すべての聖徒は1人ももれなく一般信徒宣教に参加しましょう。みな出して何を食べて生きるのかと心配しないように。十円ずつだけ出したら良いのです。三十円ならば良いでしょう。収入がなければ、十分の一献金はしなくても良いのです。それもしたくなければ、一円ずつだけでもしましょう。これが、何の話なのか分かるでしょうか? 皆さんの祈りを植えようということです。皆さんの心を植えようということです。皆さんの人生を入れてみようということです。驚くことが行われます。それで金額が問題ではありません。すべての信徒が、一般信徒宣教に参加しなければなりません。それが正常です。例えば、よくしなさいと言えば悪いでしょうが、少しずつだけしましょう。イスラエル民族が1人ももれなく血を塗った日、エジプトから出るようになりました。マルコのタラッパンに1人ももれなく祈った日、聖霊充満するみわざが起きて、世界福音化になりました。この3つをはやく根本的なことを見出さなければなりません。皆さんこの3つが本当に重要です。皆さんが神様のこの根源を見出すために、重要なことが私にある考えと契約です。皆さんが事業をしたり、勉強をしたり、何をしても、方法を探して祈らなければなりません。未信者もこれを捜し出してしまえば救われないでも答えを受けます。そして、本当に経済の祝福、神様がとても望んでおられる根源を見出しましょう。神様の驚くべきみわざが起きるでしょう。一般信徒宣教に参加するすべての方は、神様の祝福の根源を見出しましょう。

・結論です。神様の根源的な祝福は3つなのですが、神様が与えられる力を得ましょう。今から神様、私に力をくださいと祈りましょう。霊力を求めて祈りましょう。私に聖霊充満をくださいと祈りましょう。祈ってみれば、驚くべきみわざが起きます。それで、皆さんに想像することもできない門が開き始めます。そして、皆さんが行く所ごとにくださる祝福があります。これが現れ始めるのです。言わば証拠が現れ始めます。この時、皆さんがこの祈りをしていれば、根源が見られます。それで、創世記12:2〜3に見ると、あなたは祝福の根源になる。創世記26:19に見ると、泉の根源を得ました。創世記32:23〜32に見ると'あなたの名前をヤコブといわずにイスラエルといいなさい。'完全に根源的な祝福を得てしまったのです。創世記41:38,45:1〜5を見ると、ヨセフがその祝福を発見したのです。誰も奪っていけません。誰も防止できないのです。私たちの役員をはじめとして事業される方々、一般信徒宣教に参加する方たちは、この祝福を受けるように願います。さて聖書を詳しく見ましょう。出エジプト3:15〜20に見ると、神様がモーセにこの祝福をくださったのです。イスラエル民族を連れて出て行きなさい。行って主が送られたと言いなさい。わたしがあなたに証拠を見せる。この祝福がすべて、根源的な祝福です。根源を発見する契約を今日、よく捕まえられるように願います。聖書を見ましょう。ダビデがこれを発見しました。今日1部礼拝の時も話したのですが、ダビデは根源的な祝福を見出したのです。聖書を詳しく見ましょう。みなそうです。神様がイザヤにくださったみことばが何でしょうか。切り株運動をしなさい。インマヌエル運動をしなさい。みことば運動をしなさい。それで、全てのものが光の中に戻るようになる。言わば光運動をしなさい。そして旗を上げる運動をしなさい。全部、根源の道です。初代教会が絶対にほろびることができない理由が、根源を見出したのです。いくら高齢な人も、この祝福を受ければ働きが起き始めます。これが私たちのタラッパンです。

・タラッパンとは何でしょうか。伝道の根源を捜し出すことです。タラッパンとは何でしょうか。弟子運動の根源を見出すのです。レムナントの根源を見出すのです。一般信徒宣教とは何でしょうか。経済と世界生かす根源を見出すのです。この契約をつかまえるように願います。今年は一人ももれなく、この祝福を受けるようになることをイエスの御名でお祈りします。全世界の私たちの一般信徒も全部、宣教に参加する祝福あるように願います。牧師先生、私たちには力もないのにどのようにできますか。それをご存知で、私たちに聖霊充満をくださると約束されました。皆さんが、今日、少し短い告白をもって働きが起こすことができます。私は弱いが神様はなさることができる。多くの祈りに答えられるのではありません。少し短い告白。イサクがお父さんに尋ねました。羊はどこにいますか?それは神様ご自身が準備される。その話をするのに10秒もかかりません。10秒でものすごい働きが起きました。私の問題を神様に任せます。祈ってみましょう。私の弱さを神様に任せます。小さい告白です。病気にかかっているでしょうか。神様の力を体験する時刻表が来た。小さい告白で働きが起きます。このようにやさしいのです。全てのものが準備されます。貧しさがきたのでしょうか。経済に根本的な部分を見出す時刻表がきた。根源を探しましょう。答えです。祈ってたくさん考えてみましょう。難しいことではなく、とても簡単になります。皆さんに家庭の問題がきたのでしょうか。正しく皆さんが土台をすえてしっかりする時刻表がきたのです。だから、今年は祝福が何でしょうか。改革する時刻表がきました。

・私たちのソウル、蔚山、そしてすべての今、衛星で礼拝をささげている教会、インターネットでみことば受けるすべての方たちに、根源的な祝福が回復することをイエスの御名でお祈りします。根源を発見してこそ、根源的な祝福を受けます。その時から、代表的で、時代的で、記念碑的な祝福がくるのです。この根源を見出せば、誰も奪っていけません。不可抗力的な祝福になります。今日、この祝福から始まるすべての聖徒になることを主の御名で祝福します。そばの人を祝福しましょう。'祝福の根源を見出しましょう。'皆さんには告白したそのまま勝利するようになります。

<<契約の祈り>>
神様、私たち一般信徒宣教会に参加させてくださったことを感謝します。ひとりももれなく、聖書にある答えを回復する驚くべき時間となるようにさせて下さい。この祝福の根源を見出す聖徒になるようにして下さい。それで、すべての暗闇の勢力に勝つ宣教の根源を探す祝福の時刻表になるようにさせて下さい。万王の王なる主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン