2006年8月27日インマヌエル教会聖日礼拝メッセージ


1部/時遅れの悟り
(イザヤ6:1〜13)

■今、ソウル・インマヌエルに宣教師が400人以上います。まず、私たちの信徒が、宣教師と宣教がどれくらい重要なのかを悟らなければなりません。また宣教師自らが悟らなければなりません。
■ 百年前、韓国に福音が入ってきました。しかし、韓国では福音を受けなかったのです。オランダの宣教会が入ってきた時、大院君が大砲を撃って入って来ることができないようにしたのです。特別な理由なく、入って来ることができないようにしました。それで、その船は、日本に方向を変えたのです。福音を日本が先に受けました。日本の人々が「げた」という木の履物を履いて通うのも、初めにはオランダの人々が履いていたということです。それで、韓国に福音を伝えるために、こっそりとトーマスという英国の宣教師が入ってきました。その時、大院君の命令で、トーマス宣教師を死刑にしました。スパイではないのか、なぜきたのか、あなたは確かにスパイのようだ。このようにして死刑にしました。その当時の死刑法によって刃物を持って首を切りました。そうした後、韓国に福音が入って来なかったのですが、入ってくるようになったのは、高宗皇帝の時に入ってくるようになったのです。宣教師が入って来たら、また怖いので、一般の人の医者が入ってくるようになりました。それだけ、韓国が無知だったのです。率直な話で、仏教、儒教の影響で、木や石にお辞儀をしながら生きていました。仏教、儒教は間違っているのではありませんが、悪影響をとてもたくさん及ぼしました。すべての民に祀るようにさせて、悪霊を拝むようにさせたのです。その結果で、韓国は、とても後進国になりました。ヨーロッパのような福音を持った国では、すでに地下鉄が通っていた時、韓国はわらじを履いて通っていました。2百年前に作られたエスカレーターをヨーロッパで見ました。2百年前ならば、韓国は道路もない時代でした。
■アーレンという宣教師が入ってきて、高宗皇帝に会ったのです。私は医者だ。王様を治療すると言いました。漢方薬は長くかかるのですが、新しい薬は効果がすぐ出ます。王様が気に入ったのです。直ちに腕と脚が痛ければ、漢方薬を飲めば長くかかるのですが、注射されれば、すぐ良くなります。それで、心が開いたのです。王様が具合が悪くなったら、いつでも連絡をしてください。部屋に連絡がつくベルを押してください。王様の部屋でベルを押せば、アーレン宣教師に連絡が行くようにしました。これが大韓民国ができて最初の電話機でした。そして、アンダーウッドという宣教師が正式に入ってくるようになったのです。長老教の宣教師です。あぺんつぇらアペンセラーという宣教師が入ってきたのです。メソジストの宣教師です。こういう方々が入ってきて、韓国に大学を立てました。大学もなかったのです。大学も立てて、病院も立てました。幸いに、イ・スンマン博士のような指導者がイエスを信じるようになりました。チョ・マンシク博士、 アン・チャンホ、こういう方々がイエスを信じるようになったのです。真に幸運な事です。これで、韓国が福音国家に変わるようになったのです。宣教師1人が何でもないようでも、文化をみな変えます。韓国に大統領がきて文化を変えたことはありません。そのどんな指導者の将軍が来て帰っても、文化を変えることができないのに、宣教師がくれば文化を変えてしまうのです。しかし、私はこの宣教師がこのように重要だということを知りませんでした。私は昔には知らなかったのです。私がいつ教会に行ったのかは正確には知りません。お母さんについて、小さい時に行ったので、正確な年齢は知りません。しかし、おとなになる時まで、私の頭の中にいつも葛藤がありました。
■最初の葛藤が何かというと、神様がおられるのか、この葛藤でした。神様がいないようだが、神様を信じるのか。そうすれば、聖書のみことばが価値がありません。私が、神様がいるのか、いないのか、こうしているのに聖書が価値があるでしょうか。しかし、一つのことは悟りました。不思議に私が何もできないのです。祝福を受けられません。何が何かは分からなかったのですが、だめなのでした。こういう歳月をたくさん送りました。その中で、時間が経つほど少し詳しく見ると、成功した人々がとても問題が多いということが分かりました。また、教会に通う人々が、未信者より、とても難しいという事実を知りました。それでは、いったいこれが何なのか。私はこれを数十年間、葛藤していました。教会に行っても、他の人が賛美を歌う時、私は歌わないでじっとしていました。これは私の性格です。私が信じられないのに、信じることはできません。教会に行っても、他の人が祈れば、私は祈らずにじっとしていました。長老も祈りに出てくれば、とても長くて、ずっと目を開いて見ていました。信仰がない人には、祈りを短くすることがはるかに良いのです。賛美を歌う時は、色々な空想をしていました。ある賛美歌は長くて4節まであって、くりかえしもあって、狂いそうになります。私は本当にこのように信仰生活をしていました。それと共に、ずっと質問ではないのですが、いったい人間がなんで、私は誰か、なぜ生きなければならないのか。こういうものが、年を取りながら質問になりました。いくら成功した人でも、見れば、よく食べて良く暮らして死ぬのではないでしょうか。良く暮らすということが簡単に話せば、よく食べることなのでした。とてもよく食べて、胃ガンになるのです。よく暮らすということが何なのか、よく遊ぶことなのです。よく儲けて、よく遊ぶのが良く暮らすことなのです。これしか目に見えませんでした。よく遊んで、何をするのでしょうか。毎日、酒を飲んで病気になって、そのようにするのです。私たちも、子どもたちを見れば、今日楽しもうと言うのは、遊びに行くことなのです。幼い時から、このように育ちます。今日、気持ち良いことがあるとすれば、どこかへ行って食べて遊ぶのです。これがすべてです。これが人間なのでしょうか。
■神様の恵みで私がいくつかのことを悟るようになりました。神様の恵みで悟るようになったのですが、その時から答えがき始めたのです。一番初め、私が悟ったのです。創世記3章から黙示19章までの記録を見れば、サタンの存在を記録しています。創世記1章、2章、黙示20章、21章、22章にだけありません。創世記1,2章は、神様が祝福で私たちを創造されて、黙示20,21,22章は、天国の話です。その他にはサタンの話がいっぱいあります。それを私が発見するようになったのです。そうだなと思いました。サタンが3つのことを防ぐのです。何かといえば、私たちが真の福音が何であり、祈りの答えが何かをわからないようにさせます。それで、みな分からなくなるのです。これがサタンの戦略です。それから真の伝道と祝福が何かわからなくさせます。その次は、真の宣教と世界文化の回復を分からなくさせるのです。この3つのことだけ防げば、みな防ぐことになるのです。このように、私たちの目を暗くさせるのです。これがサタンの戦略です。ある人は尋ねます。なぜずっとサタンの話をするのか。こういう人もいます。昔に私が質問したのでした。昔、救われなかった時、本当に聖書のみことばを信じなかった時、合同、高神で信仰生活をしていた時、サタンの話をしないでくれと言いました。そのような話をなぜするのかということです。しかし、聖書を詳しく見ました。本当にしっかりして詳しく見たのです。あっても、なくても、お金を熱心に集めて、全部ギャンブルに使います。これがサタンの戦略です。幼い子どもだけを探し回りながら、どこかで殺すのです。これが何の戦略なのでしょうか。誰がすることなのでしょうか。これがサタンがすることです。霊的問題がこの地にいっぱいになったのです。暗闇がぎっしり埋まりました。初めてこれを悟ったのです。そして、人々を詳しく見てください。霊的問題にみな捕えられています。神の子が現われたのは、悪魔のしわざを打ちこわすためです。あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者を生かすために来られたのです。そろそろ分かり始めたのです。それで見れば、今でも目に見えずに、サタンは皆さんを攻撃して入ってきています。信じる者も打ち倒そうとするのです。聖書は確かに存在していると言っています。しかし、教会に通う人々は、なぜこういう話をするのかと言います。私が昔にそうでした。私が昔に祈りの答えも受けられず、聖書も知らずに、伝道もできず、何もできない時、なぜサタンの話をするのかと言いました。ひょっとして異端ではないのか。私がそうでした。創世記3章から出てきたサタンは、黙示19章まで。米国を揺るがした悪霊につかれた運動が起きて、米国をひっくり返したのですが、それがニューエイジ運動です。韓国の人に最も影響を与えているムダン(霊媒師)、易、シャーマニズムが悪霊のしわざです。時間が経つほど見ることができたのです。キリストではなくて、福音ではなくては解決できません。私はこの部分を悟りました。人間は奴隷になってしまったのです。それで、聖書を見れば、エジプト、バビロン、ローマに奴隷になりました。霊的な目を開けば、悪魔の奴隷になってしまったのです。
■本当に不思議です。皆さんを見れば、教会に通う人でも、通わない人でも、福音がない人を詳しく見れば、完全に奴隷になっているのです。奴隷という話は何でしょうか。自由がないのです。これが奴隷です。私が麻薬をしないと思うのに、だめなのです。私は正しく生きようとするのにだめなのです。私は本当に素晴らしく生きたいのに、だめです。これが悪魔の奴隷です。そして、ある人は、人を殺せばとても気持ちが良いと言います。人を数十人殺した人がいます。人を殺す時、とても気持ちが良いということです。これが悪魔に捕えられたことなのです。特に今回、三十人以上殺した人を見てください。クリスチャンを殺せば、とても気持ちが良かったということです。教会に行く人について行って、つかんで殺すのです。サタンに捕えられれば、人がそのようになります。人を奴隷にしてしまうのです。私は悟りました。福音でなくては解決できません。仕事も重要で、勉強も重要ですが、これからできなければならないのです。お金をもうけるのも重要ですが、これがだめではいけません。それで、神様が伝道者をたてて、宣教師をたてられたのです。外国に行くとよりひどいのです。私はなぜ宣教師が重要なのかを悟りました。福音を知らない宣教師は、何の価値もないのです。それで、私が外国に行き始めました。日本に行きました。私は日本に行って、いくつかのことをすぐ感じました。私たちより良く暮らしています。このように感じられました。しかし、ちょっと変なのです。路地ごとに偶像があります。教会はありません。そして、良く暮らしている、このように感じました。しかし、5分だけ見れば分かります。日本人が話しました。とても霊的問題が多いのです。日本は深刻です。日本に福音を伝えなければ、大変なことになります。本人が話しています。一軒に普通一人以上は精神異常者です。私たちが言う話でなく、自分たちが言う話です。日本に入る日、新聞を見たのですが、日本語は分かりませんでした。あらまし漢字を見ながら理解をしたのですが、尋ねてみたら、そうでした。日本の男性70%以上が職場に行って人と目をあわせられないということです。なぜそうなのかというと、不安でそうだということです。日本の新聞にそのように書いてありました。だから、起きる問題が1つや2つの問題ではありません。もし宣教師がいないならば、どうなるでしょうか。もし福音をよく知らない宣教師が入れば、どうなるでしょうか。福音に確実な答えを持った宣教師が入ればどうなるのでしょうか。答えは簡単です。
■私は世界のどこの国に行っても、普通の問題ではないということが分かりました。私は米国を見ながら、住まなければならないと感じたのですが、ここに住みたいと感じたことはありません。私は米国に暮らしたいと感じたことはただの一度もありません。とても重要だから、住まなければならないと感じたのですが、住みたいとは感じられませんでした。確かによく暮らす国です。私たちが簡単に評価できないほど、大きくてすばらしい国です。しかし、重要な霊的問題は、全部、米国から出ました。麻薬、歌、ダンス、全部、変なのは米国からみな出てきたのです。そして、生きている人の中で、ほとんど安らかな人がいません。生きていく途中で見ると、ほとんど家庭も何でも問題がみな来ています。私は感じました。米国の地に福音が必要です。仕事も重要で、学問も重要ですが、さらに重要なのは福音だなと思ったのです。だから、腹が立ちました。本当に福音を伝えない教会は、みななくしてしまわなければなりません。この程度に腹が立つのです。本当に福音を正確に話さず、本当に話さない牧師は、そのまま半殺しにすべきだと思うほどでした。このように重要な時刻表の中で、福音を正しく話さなければならないのではないでしょうか。そのような宣教師がいるならば、どうなるでしょうか。そのような宣教師を皆さんが助ければ、どうなるでしょうか。当然に祝福を受けます。そのような宣教師を派遣する教会は、どうなるでしょうか。話す必要がありません。これが分かりました。これを悟ったら、率直な話で、本当に時間が経つほど答えがきます。私は苦しいのは、一つしかありません。この福音を悟ることができないでいる人々を見れば苦しいのです。さらに苦しいのは、教役者や信徒で信仰生活を長くした人が、これを悟れない時、本当に苦しいのです。だから、詳しく見なくても簡単に見ても分かります。霊的問題、これは深刻なのです。
■今日、私たちはイザヤ書を読みました。私は二番目に悟りました。聖書を。何が悟れたのかというと、人々は、死ぬほど苦労して悟るんだなということです。半殺しの目にあってから悟るのだなということです。イスラエル民族が奴隷になって、民族がみななくなるようになった状態、その時になって悟りました。大いなる幸いです。モーセのような人物が出てきました。大いなる幸いです。神様は当然、モーセのような人物が出てきたので、奇跡を起こされました。その張本人が、まさに皆さんで、宣教師です。皆さんが知っていなければなりません。こういうものすごい祝福を受けた張本人が皆さんなのです。紙一重の差で、答えを受ける、受けられないとなります。少しだけ太くても、ねじは入りません。それなら、福音を悟った皆さんが、どれくらい重要で、宣教師がどれくらい重要でしょうか。イスラエル民族が捕虜になって、神殿が燃えて、家が燃えて、その時になって悟ったのです。その時、悟った人物が出てきました。なぜ、このように私たちがほろびましたか。イザヤが悟ったのです。さらにほろびるだろう。大変なことになりました。それでは、どのようにするのでしょうか。切り株だけ残る。それでは、どうしなければなりませんか。その時、神様がおっしゃられたのです。その説明をして、7〜8節に続いて説明されました。処女がみごもって男の子を産む、その名をインマヌエルと呼ばれる。私たちが生きる方法はインマヌエルなのに、神様が私たちとともにおられなければならないが、その方法が処女がみごもって男の子を産む。イザヤ1人が福音を悟ったのですが、どんなことが行われたでしょうか。バビロンが崩れるみわざが起きました。それは何と同じでしょうか。荒野に、砂漠に水がわくようなのです。何と同じでしょうか。大きい海の中で道ができるようなのです。それで、あなたたちがそうなるだろうと言われました。この福音は、どれだけ価値があるのでしょうか。国々が生かされて立ち返って、レムナントが生き返るようになるのです。イザヤが本当にこの祝福を受けました。そして何とおっしゃられたでしょうか。恐れてはならない。当然です。わたしがあなたとともにいる。おののいてはならない。わたしがあなたの神様であると。わたしがあなたをつかむ。わたしがあなたを強い右手でつかむ。イザヤ41:10です。それがまさに皆さんが受ける祝福で、宣教師が受ける祝福です。皆さんが複雑に思わずに、大きい頭、大きい目を開いて見てください。福音でなければ、結局は死にます。発展した米国も滅びるということです。とても誠実な日本も滅びるということです。これを知らずにいるのです。みなほろびた後に悟るのです。それでも、まだ幸いです。イザヤが悟ったのです。恐れてはならない、おののいてはならない。わたしがあなたとともにいる。わたしが砂漠に川を、荒野に水を流すようにする。わたしがあなたとともにいると約束した。これが今日、私たちが聖書から二番目に悟らなければならないことです。
■ローマに属国なって、その時になってやっと悟ったのです。私がこれを見ながら、人は私もそうですが、本当におろかなだと思いました。サタンの勢力がこんなにも強くて、このように祝福されたのに、なぜ私たちが悟れないのでしょうか。ある時は、なぜサタンの話を継続するかと言います。率直な話で、聖書に救いの次に、このほかする話はありません。そうではないでしょうか。なぜ話すのかと尋ねる人がいます。私は、なぜ尋ねるのか分かります。私は昔に、霊的なこと、神様、聖霊の働き、サタン、こういうものを全く信じませんでした。知らないから、そのように尋ねたら幸いです。しかし、サタンの話をすればとても気分が悪い人がいます。それは、ちょっと疑わしい人です。そのまま知らず、話さないのは良いでしょう。皆さんが私が今、泥棒に気をつけてくださいと泥棒の話をしたとして、ここでとても気分が悪い人がいるならば、その人は泥棒でしょう。特に強盗に気を付けて、家を戸締まりを良くして下さいと強調する時、気持ちがとても悪い人がいます。それは強盗です。聖書で、サタンの悪口を継続して暴露してする時、気分が悪い人がいるなら、それがサタンです。これもあまりにも捕えられてしまえば分かりません。狂っているのも、適当に狂ってこそ分かるのですが、あまりに狂ってしまえば分かりません。少し精神が混乱して、行き来しているなら、私がこの頃、精神がなぜこうなのかと言うでしょうが、完全に狂ってしまえば、全く分かりません。精神病院に行ってみれば、完全に狂った人は、何と言うのか分かるでしょうか。他の人がみな狂っていて、私をつかんでいると言います。院長も狂っているし、医師も狂っていて、自分だけが正常だと言うのです。完全に気違いです。前に話しました。酒も少し飲んだ人は、私が酔ったかと言います。あまりにもたくさん飲んだ人は、飲んでいないと言います。それで、飲み屋にきて、おばさんとけんかをするのです。入り口もやっと開けて入ってきて、酒を出せと言うのです。町の人で、よく知っている人であるから、酒をあまりにたくさん飲んでいるから帰りなさいと言うと、そのようにたくさん飲んでいても、飲んでいないと言います。酒のにおいがするのに、飲んでいないと言うのです。ちっとも飲んでいないからと、酒をずっとくれと言います。おばさんがはやく帰って寝なさいと、絶対にお酒を出さなかったのです。売らないと言いました。だから、ちっとも飲んでいないと言いました。ちっとも飲んでいないのに、と言いながら、倒れるのです。飲んでいないのに、なぜ倒れるのでしょうか。完ぺきに陶酔すれば、そのようになります。悪魔も、完全に捕らえられてしまえば、悪魔がどこにいるのかと言います。私はそれで確信しています。なぜか、これが全地を覆ってしまったのです。悪魔の子は、悪魔が好きです。悪魔の悪口を言えば嫌います。偶像崇拝をしないでと言うと嫌います。普通の問題ではありません。全世界、みな掌握しました。人がいつ悟るのでしょうか。完全にほろびてから悟るのです。そのようにでも悟るべきで、それでも福音を悟れば大丈夫ですが、完全にほろびて後悔するのは、どうしようもありません。皆さんが完全にほろびて、私がなぜこうなのかと言うのは、いくら悟っても仕方ありません。間に合わなかったとしても、福音を悟らなければならないのです。聖書の話です。
■そのような、ある日のことです。私が聖書の三番目のことを悟りました。私はIコリント6:2を見ながらそうだと思ったのです。今は恵みの時、今は救いの日です。時に合った悟りが必要です。いつも間に合わないで後悔もして悟ったのですが、適時に悟ることがどれくらい重要でしょうか。それと共に、皆さんが受けられる祝福、私が受ける祝福、いくつかを悟りました。今、福音と祈りの答えを味わったら、七つの大きい祝福がまさに回復するのです。皆さんが祈る時ごとに、聖霊が皆さんと共におられて、聖霊の働きが起きます。これを今、回復できるのです。そして、伝道という事実を悟った時、未信者状態6つに勝つ祝福が悟れるのです。私は聖書を見ながら、福音を悟ってこそ7つの祝福が私のことになることを悟りました。伝道が何か悟ってこそ、未信者状態6つに勝てます。私はある日、知るようになりました。聖書を見ながら。宣教を悟ってこそ、契約的祝福五つを悟れます。本当に不思議です。イスラエル民族が死んでも悟れなかったのです。この祝福を悟った皆さんがここに座っているということは、あまりにも驚くことです。この祝福を悟った宣教師が、ここにおられるということは、あまりにも驚くことです。ところで、なぜ良くならないのでしょうか。もちろん、待たなければならないのですが、いくつかのことは、必ず参考にしなければなりません。イザヤがこのメッセージを悟ったことは、福音が現れる6百年前です。その時がBC606年頃でした。その時、イザヤが悟ったのです。そして、初代教会が福音を悟って今まで2千年を越えました。皆さんが事実は、何を悟らなければならないかというと、今、宣教師が2千何百年ぶりに福音を悟って捕まえているということです。福音を強調するようになったのです。聞きたくないこともあります。なぜ継続して同じ話をまたするのか。これゆえに気に障るならば、少し考えなければならない人です。明らかな話なのに、福音を言い続けるのかと考えることもできます。それで、イスラエルが失敗をしたのです。そのようなある日見たら、奴隷になっているのです。この福音を正しく悟れば、パウロのように、高さ、深さ、広さが限りがないと言うのです。これを悟った2千何百年ぶりに出てきた人々だということです。皆さんが今は、この祝福を受けたので、選択は皆さんにかかっています。あなたが地でつなげば天でもつながれ、地で解けば、天でも解かれます。
■私は今回、統一教の文鮮明が作ったのを見ながらこういう気がしました。いろいろな気がしたのです。最もはじめにきた考えがこれです。クリスチャンが信仰がとても弱い。クリスチャンは、文化、宣教を実際に知らない。その証拠で、完全にいんちきのような異端もあのようにやり遂げるのを見てください。そのおかしな団体が集まって、力を集めてやり遂げるのに、私たちができないことが何があるかということです。率直な話で、キリスト教が今、文化はあちらより劣っています。率直な話で、文化に対する考えが、統一教より劣っているのです。だから、祝福を奪われるのです。普通の問題ではありません。自分が王とか、なんとかいう話をしています。普通の問題ではありません。そして、キリストは失敗したが自分が成功させるという式で出てくるのです。あそこでどれだけ悪霊につかれた人物がたくさん出るかわかりません。それで、私たちは祈らなければならないのです。神様が地でつなげば、天でもつなぐと約束されました。宣教師に何と言われたのか分かるでしょうか。天国の鍵を与える。信じる皆さんに天国の鍵を与えられます。私たちが夢だけ持っていれば良いのでしょうか。そうなります。いつかはなるのです。これも答えです。私たちが、ここに世界を生かすほどの神様の契約を成し遂げましょう。これも答えられます。いつなるのかが問題で、確かになるようになっています。鳥が飛んで行くのを見て、人も飛べないかと考えて、飛行機が作られたのではないでしょうか。皆さんが思うことが、もちろん思うとできるのですが、確かに考えていることはなるのです。時間が問題ですが、なるようになっています。それなら、私たちは神様の子どもです。最高の祝福を受けた神様の子どもです。宣教師が今、どれだけ重要かという価値を悟らなければなりません。皆さんに与えられた祝福はものすごいのです。それで三つの中の一つです。サタンの奴隷の役をするか、後ほど思い切り苦労して悟るか、今、捕まえるかです。今日、皆さんにくださった祝福を今、捕まえるようになることを希望します。
■私たちは度々なぜ倒れるのでしょうか。環境に。私たちは環境によって揺れます。色々な環境になれば、揺れるのですが、まさに答えの時間なのです。私たちは環境にだまされるのです。私は影島に来たら、本当に初めには12坪の所にきました。私は世界でそのように小さい教会を初めて見たのです。それがインマヌエル教会でした。神様にこのように祈りました。私がいくら体が小さいとしても、これは何ですかと言いたかったのです。12坪で話になるでしょうか。そこで礼拝を始めました。信徒も金持ちが1人もいません。金持ちがいて、お金を出せば良いのにいません。はじめたら、そうでした。それで、私たちがだまされることがあります。私ではそうではないと思ったのです。神様が働かれれば、この方たちを通してすることができる。事実は、今は、皆さんがレムナントと全世界に影響を与える教会になりました。私たちはずっと環境にだまされるのです。そして、自分自身にだまされます。自分自身に、肉体に、お金がなければならないのに食べて生きなければならないのに、ということです。私がこのインマヌエル教会を開拓したのではありません。ここに座っておられるおばあさんたちが開拓されました。しかし、はじめて来てしたことがあります。覚えていないかもしれません。私が一番最初にきてしたことがあります。パク長老に頼みました。一番初めにしたことは何だと思いますか。釜山老会から助けを受けるのをやめましょうと言ったのです。神様が私達を祝福されれば良いので、その代わり宣教費を決めてくださいと言いました。それが私が初めてした事です。長老がすぐに分かったのです。それで、私たちは老会に助けを受けないと言いました。そして、私たちは宣教費を決意しました。出発から。このようにすべきで、私たちが何の助けを受けるのでしょうか。神様がともにおられます。しきりに自分自身にだまされるのです。私が弱い。そのとおりです。それだけを悟ってはいけません。神様は全能です。それで、私たちが開始をしたのです。信徒が献金してみても明らかです。毎日足りません。ここでだまされるのです。私は、その時、大きい土地を探し回りました。確かに神様が答えられたのです。神学校も、城南の中でしようと言ったのですが、あきれて大きい土地を探しなさいと言いました。神様は全能な神様なのに、私たちが自分自身にだまされるのです。また、どこにだまされるかというと、人間関係です。葛藤にだまされます。夫のために、誰のためにと度々だまされます。妻のために、子どものために、ずっとだまされるのです。牧師、長老のために、だまされます。だまされる必要がありません。長老や牧師がちょっと足りないならば、私たちが愛をもって祈らなければならない対象ではないでしょうか。私たちの夫がちょっと変だといっても、変だといってもどれくらい変なのでしょうか。火星、木星を行き来するのでしょうか。いくら飛んでみても、地球の中です。本当に変なこともありません。夫が心配をかける。明らかです。歩き回って、飲んで、遊びます。しかし、どれくらい飲むのでしょうか。ウイスキー一本飲めば倒れます。どれくらい飲むからとそう言うのですか。私たちは人関係のために葛藤して祝福をのがすのです。待っていれば良いはずです。私たちは自分自身にずっとだまされるのです。
■とても祝福を受ける宣教師と、この時代に祝福を受けた皆さんが、福音教会で唯一、何千年ぶりに悟った契約をとらえてここに座ったのです。今日からこれを捕まえて始めることを望みます。だからだまされてはなりません。始めながら待ちましょう。環境にだまされずに、契約を捕まえて待ってみましょう。聖霊が働かれれば、皆さんの環境を変えてしまいます。自分自身が力がなくて、貧しくて、高齢なのは間違いないでしょうが、だまされてはなりません。神様の聖霊が皆さんに働けば、弱い皆さんが弱いのではなく、すばらしい土台になるのです。老いたのではなく、すばらしい経験になるのです。それで、福音の中にある人は老いていくとは言いません。熟して行くと言います。皆さんが熟していくのであって、老いていくのではありません。福音の中にいれば、皆さんの過去、経験が、全部、土台になるのです。そうしておいて、また、だまされるのです。人間関係にずっとだまされます。ちょっと足りない人がいれば、大目に見てあげて、待てば良いのです。ちょっとおかしな人がいれば、祈ってあげて待てば、悟れるのではないでしょうか。それを持って試みにあえば、だまされるのです。神様の力は創造的力だから、皆さんを新しくするみわざが起きるようになります。どの程度おっしゃられたのでしょうか。野の獣もわたしをあがめるようになる。それくらいならば、みんなということです。野の獣がわたしを尊敬するようになる。その話は、みんなということです。その程度なら、どういうことでしょうか。すべての民が主を知るようになるという話ではないでしょうか。すべての宣教師、また宣教師を派遣して祈るすべての皆さんが、今日、この祝福を回復することをイエスの御名でお祈りします。ひとことだけ言って終えます。皆さんはものすごい祝福を受けた子どもです。少しそう考えて、不信仰的なことを、神様の子どもの自尊心でみな捨ててしまいましょう。そうする時、すばらしい答えが来ます。私がどのようにしても、私は神様の子どもだということです。この考えだけ持っても答えがきます。また皆さんが誰かと戦おうとしても、私は神様の子どもだ。皆さんが苦しいことが起こっても、私は神様の子どもで、世界福音化の伝道者だ。そして、待てば良いのです。それなら、神様が皆さんに答えと力で働かれるでしょう。私たちの宣教師が大きい力を得ることをイエスの御名でお祈りします。

<<契約の祈り>>
神様に感謝いたします。今日、この祝福を回復するようにされたことを感謝します。すべての問題は土台になることを信じます。私たちの弱さも土台になると信じます。聖霊の働きが起きる時間になるようにしてください。それで、今日、この場に参加している方々に、聖霊の働きによって癒される時間になるようにして下さい。創造の聖霊で、私たちすべての信徒の霊的な部分を癒して下さい。イエス・キリストの血で、すべての罪と病気を癒して下さい。聖霊の働きによって、暗闇の勢力がなくなる時間になるようにして下さい。今、私たちと一緒にいない、遠くにいる家族、レムナントに神様の聖霊が直接、働いて下さい。暗闇が縛られるようにして下さい。宣教師の宣教地に主の天使を送って下さい。イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


<一般信徒宣教会献身礼拝>


2部/どのように献身するのか
(使徒1:8)

■幼いレムナントと老いたレムナントと一緒に賛美をするので、とても恵みを受けました。私たちが今、宣教をどのようにするのかを置いて一ケ月に一回ずつささげています。その中で、宣教師と共に礼拝をするから、最も聖霊の導きを受けているのです。それで、何のための献身かを初めに話して、誰のための献身なのか。そして、今日はそれではどのように献身するのかを話します。私たちが宣教のために、どのように献身をしなければならないのでしょうか。また、宣教師のために、どのようにしなければならないのでしょうか。すでに、私たちは方法を知っているのですが、イエス様がなさったみことばがあります。他の方法ではだめだということで、「しかし、聖霊があなたがたの上に臨めば」他のことが必要ないという話ではなく、本当に人を生かすのは「しかし、聖霊があなたがたの上に臨めば、力を受けます」と言われました。力がなければなりません。皆さんが知識的な力があれば、指導者になることができます。それと同じように、霊的な力がなければならないのです。
■韓国で国会議員、国会議長もされた牧師が一人います。牧師なのに、弁護士もしていました。実力がすごいのです。それで、昔には韓国で大きい教会が、この方に説教牧師で招いたりもしていました。しかし、この方が米国で牧会を始めたが、牧会がよくできないのです。そんなに賢い方なのに、牧会ができませんでした。それで、本当に重要な神様の働きは、他の力でできるのではありません。なぜなら、ここには、今、多くの方たちが牧師のところに行って、何かを学ぼうとしてくる方々ではありません。牧師の力をちょっと借りようと思って来られる方々はあまりいません。ここに正しく来た人ならば、神様のみことばを正しく聞くためにきたのでしょう。本当に皆さんが大変なことをしようとするなら、神様の力が必要です。
■これをアブラハムが悟ったのです。とても困難が続くのに、樫の木の下に祭壇を築き始めました。本当に不思議です。この祈りをしたのですが、アブラハムには他の大きい答えまできました。皆さんもおわかりの通り、創世記41:38に何と言われているでしょうか。ヨセフに言われたことばです。「神の霊の宿っているこのような人を、ほかに見つけることができようか。」私たちのレムナントが、必ずこのようになるように願います。これが伝道の開始です。パロ王が見て、この人は神の霊に満たされた人だな。私はこのように知恵ある者を初めて見たと言ったのです。このようになれば簡単に勝ちます。このようになる方法があるのでしょうか? あります。私たちは最高に重要な世界宣教に入ったので、先に聖書をよく見なければなりません。80年間待ったのにだめだったのですが、出エジプト3章を見ると、モーセが神様を体験するようになりました。創世記41:39には知恵と言われていて、創世記13:15には祭壇を築いたと言われていて、出エジプト3:8〜20には火の中で。
■このようにみな神様の力を体験したのです。こうすれば他の力が出てきます。この時から重要なことが行われたのです。レムナントがここにいますが、Iサムエル3:2〜18に見ると、サムエルが幼い時、神様の御声を聞いて体験しました。すると19節に見ると、言葉がひとことも地に落ちなかったとなっています。幼い時です。ここにいる私たちのレムナントが、福音を正しく知って、神様の力を本当に体験したら、その時からやさしいのです。これが方法です。私たちが世の中で私たち力で行うのが必要なことですが、本物では神様の力が必要です。それで、聖書をよく見ましょう。どのようにダビデがそのようにできたのでしょうか?
■Iサムエル16:13に見ると、主の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った、23節にもあります。だから、皆さんが漠然と勉強はせずに恵みをくださいということではありません。私たちが最善を尽くすのも、神様の力でするのです。神様が与えられる力で行います。信じる者の特権です。これをエリシャが分かったのです。最後までついて行きながら、倍の霊をくださいと言いました。絵も適当にするならば、そのまますれば良いのですが、本当に世界的な絵を描こうとするなら神様の力が必要です。よく覚えてください。そのままお金でも少し儲けて食べて死んだら良いという医師は、ご飯は食べられるでしょうが、本当に時代的な医者になろうとするなら、神様の力を受けなければなりません。そのまま歌でも少し歌って行かなければならないというなら大丈夫ですが、時代的な音楽を残そうとすれば、神様の力を重ねて受けなければなりません。教会を生かさなければならないという時は、神様の力が必要です。必ず銘記してください。これは運動選手も音楽家も、牧師も、政治家もみなそうです。今のように、あのように政治をしようとするなら、そのまますれば良いのですが、正しくしようとするなら、神様の力を受けなければなりません。
■ある時、飛行機に乗ったのですが、エステル夫婦がそばに座っていました。また片方には秘書たちが座っていました。新聞を見て、このような政治は、エステルでもできると話しました。すると、秘書たちが、エステルをとても過小評価していると言ったのです。分かった、ジョエ(エステル夫婦の娘)もできると言いました。そのように政治をしようとするなら、誰がしてもかまわないのです。正しく政治らしくしようとするなら、政治らしくしなければなりません。政治家たちが必ず記憶しなければなりません。何も知らずに、神様がどこにいるのかと言うのですが、それは知らなくて言う話です。突然、大きい災いが臨むのを、誰も知りません。いくら勇敢でも、起きる天変地異を防ぐ方法はありません。それで倍の霊を私に与えて下さい。漠然と何もせずに、力を受けようとするのではありません。とても知識人が言ったことです。正しく成功した人々が言ったことばです。私たちは聖霊充満を受けたので、勉強もする必要もないという言葉ではありません。最高の知識人パウロが「信じたとき、聖霊を受けましたか」と尋ねました。最高の事業家プリスカ夫婦がアポロに会った時、聖霊があることが分かるかと尋ねました。聖霊のバプテスマが何かを分かるのかと尋ねたのです。今まであった王の中で最高の王が、神様の霊に満たされたと言われています。だから、イエス様が使徒1:8に、あなたがたは勉強しないでと言われたのではなく、「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。」その後、みわざが起きました。
■聖霊充満を受ければ、健康も良くなります。何の話でしょうか? 夜に道を行くのに、真っ暗なところでおかしな人に会ってびっくりすれば、十年は命が短くなると言われています。だから十年寿命が縮まったという話をします。十年の命が減ったということです。反対の言葉で、皆さんがとてもうれしければ、十年は健康になるでしょう。だから、皆さんの心の中に聖霊充満を受けたら、健康も回復されるでしょう。だから、ファン・スグァン博士が言われた話の中に年齢も2種類の年齢があると言われました。実際の年齢と身体年齢があります。実際の年齢は決まっているのですが、身体検査をしてみると、身体年齢はちょっと違います。私が検査してみたら、37才と出てきました。若い青年たちといっても55才、このように出てくればどうするのでしょうか? そのような聖霊充満を受ければ、特別なことだけできるのではなく、すべてできるようになります。そして、霊的に力があれば暗闇の勢力も逃げます。そのような意味で、しかし(only)ということです。他は必要なくて、何もせずに、これぐらいで伝道して死ぬという話ではありません。年をとっている方たちも、神様が与えられる力を得られるように願います。特に今、ソウルで一緒に礼拝をささげる宣教師が、大きい神様が与えられる力を得られるように願います。
■ところで、霊的な力はもう少し不思議です。霊的な力は、表に出ないように人が生き返ります。さらに重要なのは、霊的な力を持っていれば、福音が宣べ伝えられます。霊的な力を持った人は、事実は、そのそばにいるだけで、その祝福を受けます。これくらい聖霊の働きが重要です。特に海外に住まなければならないから、宣教師には霊的な力が必要なのです。それでは、どのように、こういう力を得ることができるのでしょうか。どのように、私たちは力を得て、どのように献身をすべきでしょうか。私たちは簡単に話せば、宣教献身礼拝なのですが、どのように宣教して、献身すべきでしょうか。難しくありません。
■最初です。この力を得ようとすれば、先に神様の願い、神様の計画から分からなければなりません。神様の願い、計画は何でしょうか。あなたたちは、命をかけて死ぬ時まで働きなさいではありません。神様の一番最初の計画は、わたしがあなたと共にいるというインマヌエル、これを味わうことを願われるのです。私が聖霊で永遠にあなたがたとともにいます。この力を知って、祈りの答えを受けるようになるのが神様の最初の計画です。仕事も、勉強もしなければならないのですが、先に神様がわたしがあなたと聖霊で共にいます。それで、神様は祈りの答えを受けなさいと言われます。これを先にすることがとても重要です。神様の願いが何でしょうか。神様が皆さんに向かった計画は何でしょうか。多くのことではありません。何を話したのでしょうか。みことばの恵みを受けることを望みます。仕事も勉強もするなという話ではなく、みことばの恵みを受けることを望みます。
■皆さんが祈りの力を得るように望みます。宣教師は宣教もすべきですが、先に祈りの力を得るように望みます。そして、みことばの成就になる祝福を受けるように望みます。これが聖霊の導きと言います。わたしがあなたとともにいるから、恐れてはならない。これを持って行きましょう。これを信仰だと言います。これから先に持ちましょう。宣教師と、宣教師を助ける方、一般信徒は必ず記憶しなければなりません。イエスを信じれば死んで天国に行くということは後の日の話です。後ほどの話を今するから、人々が信じないと言うのです。ある人は、からかったりもします。「天国に行ってみたのか。行ってみてはいないではないか。それで、何の天国なのか。」このようにすれば言うべきことがありません。「あなたが天国に行く時、私がついて行くよ。」という人もいて、ある人は伝道したところ、私たちの妻がよく信じて天国に行く時、手を握ってついて行きますと言う人もいます。また、ある人は、壁を昇って上がれないのに、何の天国に上がるのかとからかいます。正しい言葉なのかも知れません。信仰生活を正確に言うならば、それはその次のことです。
■最も重要なことは、救われたとすれば、聖霊が皆さんの中に内住することです。信じる時、みわざが始まります。この聖霊の働きは、信じる時に始まるのです。必ず悪霊の働きは不信仰になる時、働きます。本当に不思議です。皆さんが信仰を持てば聖霊が働くのですが、いつも心配して、不信仰になれば、変に悪霊が働きます。だから信じなければなりません。これを捕まえるのが神様の方法で、計画で、このように献身するように希望されるのです。そして、神様は生きておられるみことばをくださったので、みことばをよく捕まえれば、聖霊の導きを確かに受け取れます。これを信仰生活と言うのです。宣教を良くしようとするなら、信仰生活が良くできなければなりません。皆さんが宣教を良くしようとするなら、信仰が良くなければなりません。いつも未信者より信仰がないのに、できるでしょうか。確かに神様が聖霊でこの場に見えなく働いておられます。なぜ見えないのでしょうか? 見えれば、大変なことが起きます。見えれば、詐欺師が押し寄せて、そばに行くこともできません。だから、この聖霊は、目に見えないように信じる者に働かれるのです。これを分かるのが信仰です。それで、パウロがそのような話をしました。「あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。」よく見てください。神様が地球を動かされる理由、神様が世の万物を動かされる理由。大統領府のためなのでしょうか? ホワイトハウスのためなのでしょうか? もちろんそれも必要です。神様が地球を動かされる重要な目的は、人を生かすためです。
■私たちはとても多く聞いて、ありふれたこととして聞こえるでしょうが、伝道の奥義がそこにあります。だまされずにいるならば、勝利します。このようにしている時、神様が聖霊充満をくださいます。皆さんがこの働きをすべきだから、海外に行けば、海外に勝てる聖霊充満をくださいます。これを力と言うのです。この3つのことを持っていなければなりません。のがしてはいけないのです。皆さんの中に聖霊がおられるから救われたのです。知らなくてもかまわないのですが、分かればみわざが起きて、知らなければだまされます。そして、信じる時、働きが起きるのです。何のために聖日ごとに説教を聞いて、みことばを聞いて、訓練を受けるのでしょうか。聖霊の導きを受けるためです。今から皆さんが少しだけ伝道の祝福を味わえば、聖霊充満の働きが起きます。難しくしなくても良いのです。
■ソウルの事務室で「幸せな贈り物」という小冊子を作りました。これからそのような小冊子がたくさん出るでしょう。それで、私も二冊持っています。一冊は昨日、私が飛行機に乗って大邱に行く時、一冊使いました。ご存知でしょうが、飛行機をたくさん乗れば、乗務員が皆知っています。飛行機を何百万マイル乗れば、恩恵が一つあります。その恩恵は、フライトアテンダントが挨拶しに来てくれます。その恩恵のほかはありません。ある時は、そのあいさつが面倒な時もあります。昨日は違うと思いました。飛行機に乗るために行きながら準備しました。まちがいなく、このフライトアテンダントが挨拶をしに来るので、私が何をするでしょうか。それで、幸せな贈り物、その本を準備したのです。座っていたら、挨拶をしにきました。その時、私が前はしなかったのですが、名札を見ました。その本の前を開けば「あなたに差し上げます。」という言葉があります。それで、そのフライトアテンダント名前を書いて、おりる時に贈り物としてあげました。読まないでも良いのですが、読んだとすれば、確かに働きが行われます。この方が私に贈り物で本をもらったと思いながら、心の門をあけて読んだとすれば、働きが起きます。詐欺師の話も良く聞いたとすれば詐欺に会います。神様のみことばを詳しく読んだとすれば、働きが起きます。これを世界的に、組織的にすれば、神様が聖霊充満をくださると言われました。これを宣教師と皆さんがみな記憶しなければなりません。
■この3つのことは、絶対に忘れてしまってはいけません。これを合わせた話を聖霊の働きと言うのです。それで霊的な目が開かれた占い師、悪霊につかれた人々は、皆さんを見ればすぐ分かります。見るやいなや、聖霊で印が押されたことを正しく見ます。驚くべきことです。皆さんは知らないでしょうが、皆さん自身はものすごいのです。いくらぶさいくでも、聖霊が働いておられます。エペソ1章には、聖霊で印を押されたと言われています。印鑑を押されたのです。Iコリント3:16には「聖霊があなたがたの中に」と言われています。これを分かるのが信仰です。それでは心配することが何があるのでしょうか? これを分かれば、信仰生活が確かに変わります。私は昔にこれを知らない時、本当に不思議だと思いました。
■こちら影島には、福音のためにきたので、来るつもりもありませんでした。ソウルでチョン・ウンジュ牧師は、釜山の人だからよく知っています。私たちがインマヌエル教会のために釜山に行くので、他のことではそこになぜ行くのかと言います。ここは復興もできません。私たちの教会だけ、初めからみわざが起きました。私たちの教会が復興し始めて、100人、200人、ずっと増えたのです。私はそばの人々が、そのように悲しむとは思いませんでした。ある程度、うらやましくてねたむだろうとは予想したのですが、そこまで悪意を抱いて対抗するとは思わなかったのです。しかし、ある日、こう考えました。「本当に悪いやつだ。あのように嘘をついても良いのか。おかしなやつだ、嘘を聞いてなぜよく信じるのか。」と言いながら、内心、高慢になって悪口を言っていました。それで、内側は憎くて死にそうでした。そのようなある日「違う」という気がしたのです。神様がなぜ防がれなかったのだろうか。こういう気がしたのです。「確かに神様は私とともにおられるのに、なぜ防がれなかったのだろうか。その人が悪いことを考える時、神様は休暇に行かれていたということなのか。その時、私とともに同時にいらっしゃる聖霊なる神様が、知らなかったということなのか。そんなことはないではないか。」ここで私はすべての答えを得たのです。神様の計画がある。時代ごとにそうでなかったのか。時代ごとに伝道者は迫害も受けたが、祝福も受けなかったのか。ここで私たちの信仰生活が始まるのです。開始が誤ったら、ずっと問題がくるのです。確かに神様が私とともにおられて、神様が聖霊で働いておられるのに、何の意味なのか?
■ヨセフが、ダビデが、そうでした。兄たちが狂ったとしても、このようにできるのか。監獄に行きながらも、そうだったでしょう。ポティファルのおかしな女、あのようにできるのか。このようだったでしょう。それを神様がご存知でないでしょうか。ここに神様の驚くべき奥義があるのです。開始です。これが皆さんの信仰で信仰生活の開始です。そして、聖霊の導きを受けるのです。どのようにすれば、聖霊の導きを受けるのでしょうか。これが信仰生活する方法です。これだけ記憶すれば良いのです。それで「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれる時、力を受けます。地の果てまで証人になります。」誰にこの祝福をくださるのでしょうか。伝道の奥義を持った者にくださいます。このようにすれば、力が現れるのです。それで、皆さん自身、こういう奥義を持っていれば、まちがいなく成功します。事業家でも、これから先にしましょう。宣教師も、外に出て行って政治をする人は、より一層これから先にしましょう。私たちのレムナントも、外に出て行って暮らす時、これから先にしましょう。いくら困難がきても、放棄するのでもなく、じっとしていることでもありません。神様が私とともにおられるので、この事の神様のみこころは何かを発見しましょう。ここで新しい挑戦が出てきます。これはじっとしていたり、失望しなさいという言葉ではありません。神様の計画がここにあるので、私はポティファルの家で勝利する。私は監獄で最高の祝福を味わう。これが開始です。これからならなければなりません。これにならなければ、信仰生活はずっと難しくなるのです。
■そして、今からいくらよく生きられなくても、今から聖霊の導きを受ければ働きは起きます。これが信仰生活です。力があってこそ、その時から人を生かすのではないでしょうか。この時から証人になります。力がないのに、どのように生かすのでしょうか。そうではないでしょうか。お金が一つもない乞食が、人を救えるのでしょうか。皆さんが霊的な力があってこそ、世界宣教もして、宣教師も生かして、皆さんの現場も生かせるのです。皆さん自身も生かせます。とても重要だから、皆さんが詳しく見て、一度、今から一人でしてみれば、どんな問題も解決することができます。「牧師先生、私はなぜこのようなのですか。」と気をおとす必要はありません。なぜなら、この時まで聖霊の導きをとても受けないできたので、それを処理するのに時間がかかるからです。今からでも聖霊の導きを受けようと、少しだけ苦闘しても、働きは起きます。仕事をしようとしても、無条件にしようとせずに、どんなことが神様の導きで働きなのか、考えるだけでも働きが起きます。この働きを持って献身するのが、神様が願われる最初の計画です。難しくありません。
■それなら、今からこの祝福を受けたとすれば、みな受けたということです。どのように宣教して、献身して、宣教師を助けて、宣教師は出て行って宣教するのでしょうか? この時から神様が願われる本質を回復しましょう。ここですばらしい働きが起きます。マタイ16:13〜20。ここでは何でしょうか。福音の本質です。これを味わうことを願われます。本質を回復したのです。これが初代教会に起きた、この献身です。世界宣教をなぜするのでしょうか。「あなたは生ける神の御子キリストです」この本質を植えに行くのです。簡単に記憶しましょう。
■使徒1:4〜14。このみことばを捕まえてマルコのタラッパンで待ちました。どうなるのでしょうか。今は福音の本質を捕まえたとすれば、いつでも福音によってみことばが出てきます。その契約の本質を捕まえましょう。どれくらい貴重なのでしょうか。これに献身するのが宣教です。この運動に加担したのです。今日、皆さんがメッセージを捕まえて祈って、これからこなかったら私が無条件に責任を負います。このようにしたのに、事業が良くならないならば、本当にそれは全員が力を合わせて、はちまきを巻いてデモをしなければなりません。そのようなことはありません。ただ、このとおりにだけしてみましょう。初めにはうまくできなくても、気をおとしてはなりません。なぜなら、皆さんの体質があまりにも違うから、少しだけ練習すればすぐ働きが起きるのです。いよいよ使徒2:1〜47。教会の本質を回復しましょう。これが教会です。神様の大きい風のような、火のような力が現れました。これのための献身です。これが私たちの方法です。それで、私たちはただ聖霊で。このようにしたのですが、違ったところまで答えがきます。皆さんがこのようにしたら、皆さんの家族に答えが来るのです。勉強はそのまましたのですが、他の学業でも答えがきます。
■使徒11:19〜30。宣教の本質を回復しましょう。初めてきたとしても、この教会がどれくらい貴重な教会でしょうか。福音の本質、契約の本質、教会の本質、宣教の本質を回復しましょう。これをするために、聖霊の導きを受けるのが私たちの方法です。ここでみな出てきてしまいました。
■ローマ16:1〜27。共同体の本質を回復しましょう。この言葉をわからなければ大変です。今日、私たちのユン・アンチョル教授が言いました。大学の中にユダヤ人が何かを作って影響を与えています。ソウル大学に一番近いところに教会があるのではありません。ソウル大学が重要だということを知って、ソウル大学に一番近いところに統一教があります。心があって、目を開いてこそ、神様が答えられるのです。私たちがそのままこういうもの知らないなら、ご飯三食を食べていれば良いので、何をそんなに答えを受けることがあるのでしょうか。必ず記憶しましょう。私たちの信仰です。聖霊が私とともにおられます。インマヌエルです。それで、皆さんが気をおとすのではなく、挑戦するのです。そこで、だめなその場で挑戦しましょう。聖霊の導き、これが信仰生活です。聖霊の力。世界を生かす方法です。証人。なぜこういう力を与えられたのでしょうか。なくした本質を回復しなさいと。それなら、大きい答えが来ます。
■今から、もうこの契約を捕まえて、本格的に課題を捕まえて祈りましょう。どのように祈れば良いのでしょうか。祈りの答えをたくさん受けた人を見れば分かるでしょう。パウロは、「いつも喜んで、絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい。」と言いました。今から学生たちは記憶しましょう。自らの定刻の祈りの時、聖霊充満する方法を捜し出しましょう。このようにしても成功します。定刻の祈りは難しいことではありません。最も良い時間に神様が与えられる力を得ることです。音楽する人は音楽をすれば良く、ダビデは音楽で、文章でしました。関係ありません。皆さん自らの方法を捜し出しましょう。それからは、全てを定刻祈りに適用させましょう。これを常時祈りと言います。すべてのみことばは、ここに適用させましょう。これを正しい礼拝と言うのです。問題がきたり、答えがきたとすれば、全部、祈りと連結させましょう。これを特別な賜物と言います。特別な神様がくださる祝福です。こうすれば、どんな結果が出てくるのでしょうか。いつもこれだけ捕まえて祈るのです。
■ところで、頭が悪い人々が見る時には、柳先生は伝道だけ話すようだと言いますが、ここにすべてが入っているのです。学生たちが答えがきた時、20の戦略を別に訓練を受けるのではなく、皆さんがすることと連結させて受けるのが、とても重要です。政治家は政治をすべきで、訓練どのように受けるのかと尋ねることもあるでしょう。知らないからです。20の訓練の答えを政治と連結させましょう。今から祈りと連結させましょう。こうすれば、大きい答えを受けるようになります。まちがいなく働きが起きます。これ以上、話しません。
■結論を結びます。それでは、ある日見れば、皆さんが答えの場に来ています。これが本当に答えです。あくせく勝ち取るのも答えですが、答えの場に来ているのです。聖霊の導きを受けて、聖霊充満の恵みを受けて、神様が願われることを回復させているので、ある日、私が成功の場に来ているのです。これが本当に成功です。何かを奪い取って戦ったことでなく、成功の場です。これはだれも奪っていくことができません。ある日、ヨセフは成功の場に行っていました。これが重要です。世界福音化と宣教のために祈っていれば、皆さんは、ある日、征服の場にいます。これが皆さんが受ける祝福です。
■今、すねて気をおとす時間がありません。恥じなければなりません。だめな人は、すねていてはいけません。それは本当に恥じなければならないのです。今から少しだけインマヌエルを味わって、本質を回復すれば、皆さんは祝福の場にいるでしょう。皆さんがいつも聖霊も受けなくて、ものすごい祝福を受けても、いつも恨めば、失敗の座にいるしかありません。そこに他人のせいにして、悪口まで言うならば、このようならば、ずっと問題がきます。聖霊の導きもある程度は受けないのも良いかもしれませんが、300%、 500%ずっと受けなければ困ります。
■例をあげます。ダビデです。ダビデは悪いことしたことはありません。それでも、サウル王がしばしば殺そうとします。その時です。ダビデはどうだったでしょうか。「今、サウル王に悪霊が入っているのだな。それでも、神様の願いは私を通してあの方を手助けしようとすることだ。主は私の羊飼い、私は乏しいことはありません。」このように判断しました。信仰です。それで、隠れて逃げ回りながら、サウルのために祈ったのです。それが聖霊の導きです。ある日、大きい事件が起きて、問題が解決されてダビデは祝福の場にきました。聖霊充満です。するとすべての本質が回復しました。これが伝道で宣教であり、皆さんが受ける祝福です。今、だめだと悩む人は、まちがいなく、そのようにしなかったでしょう。町中を回りながら、サウルの悪口を言って、あれが狂ったので私を殺そうとすると話して回ったでしょう。まったく試みにあって生きられないと、葛藤があることを話して回ったでしょう。それなら、その話がぐるっとまわって、サウルの耳に入ります。それでは、サウルがどのようにするでしょうか。見ていろと言いながら、もっとしたでしょう。このように聖霊の導きを一度だけ受けなくても、ずっと問題がくるのです。それでは、王としてサウルがとても力が強大なので、ダビデを殺そうと、もっとしたでしょう。ダビデも、あらゆる方法で勝負して戦うでしょう。言わばしゅうとと娘婿が勝負するのです。どちらかが死んで、殺されるでしょう。どうなるでしょうか。
■このように、私たちは聖霊の導きをずっと受けないで、しばしば恨むのです。今でも遅くありません。皆さんは、単純な宣教でなく、本質を回復するために。祝福の位置に立って、皆さんは世界を生かすようになります。一般信徒宣教に参加したすべての一般信者に、この祝福が臨むことをイエスの御名でお祈りします。そばの人を心より祝福しましょう。あなたは聖霊の人です。救われたので、そうではないでしょうか。あなたは本質を回復する人です。祈りの人になりましょう。

<<契約の祈り>>
神様に感謝いたします。私たちに大きい祝福を与えられたことを感謝します。献身礼拝ですが、真に神様に栄光を帰す礼拝になるようにして下さい。イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン