2008年2月10日インマヌエル教会聖日礼拝メッセージ


1部:パン5つと魚2匹の真の教訓
(ヨハネ6:1-15)

☆☆☆ 1部要約資料☆☆☆
序論
(1)人間の問題と反応
▲問題-@経済問題 A病気問題 B突然起きた問題
▲反応-@神様がおられるんだな、私が神様を信じなければならない、信仰生活を良くしなければならない!-新しい人生を開始
A困難にあいながらも最後まで神様を信じない人もいる(ニーチェ)
Bまた、ある人は問題がくるから違うようにどんどん信じる。
(2)神様を誤って信じる人々
1)金とかを作る牧師-しるし、不思議を見て揺れる人
2)クリスチャンの中で不健全神秘主義に陥った人
3)人間的な考えだけ継続する人(合理主義、バークレイ)
4)幼い子どもの弁当の献身を献金要求で利用する人
5)商売人のような教会指導者(福音が関心ではなくて、教会の商売がうまくいくのがおもな関心)
▲私たちは今日、ここで私たちの問題、私の問題をどのように解決するのか? 聖書は重要な返事をしている。キリストを送られたと言われた。根本問題を解決しなさいということだ。
1.ヨハネ6:1-2、神様に会うようにする道、預言者
▲預言者6:1-2、その後で-イエス様は真の預言者として来られた。それで先に根本問題、霊的問題から解決しなさい(スパフォード、クロスビー)
(1)創世記3:15、女の子孫が蛇の頭を踏み砕く。
(2)創世記6:14、それで箱舟の中に入れば生きる。
(3)ヨハネ14:6、イエスが神様に会う道、真理、いのち
2.ヨハネ6:6-9,呪い、運命を変えられた真の祭司
(1)創世記3:16-20、悪魔にだまされて罪を犯した後に運命に陥って、土地まで呪われた。
(2)人間の呪いの問題を解決しようと真の祭司を送られた。
(3)荒野にいた時、マナを食べたのが問題ではなく、人間の本当の問題を解決しに来られた真の祭司。
▲信徒と教会がこの重要なことをのがしてしまうから、信仰生活をしてもしばしば問題が来るのだ。
3.ヨハネ6:14-15、悪魔のしわざを滅ぼされた真の王
(1)Iヨハネ3:8,神様の息子が来られたのは悪魔のしわざを滅ぼすためだ(ヨハネ16:11、悪魔は世の支配者と言われている)
(2)イエス様は人類の責任者として来られた。
4.結論-イエス・キリストは真の神様。
(1)ヨハネ10:30、イエス・キリストが神様だ。イエスの御名を呼べば、まさに神様の国が臨む。
(2)ピリピ2:6-11、根本の神様の本体と言われた。人を救い出すために、人のからだを着てこの世に来られた。
(3)今日、私たちは正しい信仰を回復しなければならない。
▲イエス・キリストは神様である。皆さんのすべての問題を解決することができる。
▲それでは、キリストを悟れば聖霊が臨まれる(ヨハネ14:26-27)
@キリストに対して正しく知れば、ずっと証拠が起きる。
A皆さんが行く所ごとに呪い、サタン、失敗がみな離れる。
Bそして、人の力ではだめでも、神様は創造的な答えをくださる。
▲皆さん1人だけ悟ってしまっても、家系に祝福が臨むようになる。
@皆さん1人が信じるのに、家の呪い、霊的問題がみな解決されてしまう。祭司の祝福だ。
A皆さんの家系に光が照らされる。預言者。Iペテロ2:9節に、この光を照らすために皆さんを呼んだ。
B皆さん1人のために暗やみの勢力はみなうち砕かれるようになっている。
▲この契約を捕まえよう。根本問題を解決しよう。この契約を捕まえる時、奇跡が起こる事もあり、新しいみわざが起きることもある。それは神様がなさるのだ。皆さんが深く考えてみるように願う。証しがたくさん出るだろう。イエス様が皆さんの生活に答えをくださるだろう。この祝福があふれ出ることをイエス・キリストの御名で祝福します。
(The end)

☆☆☆ 1部録音資料☆☆☆
序論
▲カーネギーという人がこういう話をしました。人々が極限の困難にあうことの70%は、経済問題だ。そのようなこともあるでしょう。貧困も、単なる貧困ではなく、極限の困難になることがあります。破産して、監獄に行くことになることもあります。その次に多いのが病気です。人が突然倒れたり、大きい病気になったりもします。また、ある方々は、元気に暮らしていて経済も大丈夫で健康も大丈夫です。そう思っていたのですが、突然、問題が起きるのです。こういう人々が本当に多いのです。
▲このような時の人々は3つの反応を見せます。
-とても困難がくるので、ある人は神様がおられるようだと思います。神様を信じなければならない、信仰生活を良くしなければならないと思う人がいます。真に幸いです。このように大きい困難にあった時、神様を知るようになって、信じるようになるので、新しい人生を始めるようになります。
-また、ある人は、そのように困難にあっても最後まで神様を信じないのです。そのような人もいます。精神病院で死にながらも、神様がいないと言います。ニーチェがそうでした。神様は死んだと言いました。そのまま、その人は精神が狂って死にました。からだが病気になって、精神が狂って、それでもいないと言うのです。おかしいことに、その人は牧師息子でした。神は死んだと言った、そのニーチェは牧師息子でした。おかしいことです。
-ある人は、問題がくるので違うように信じるのです。信じることは信じなければならないのに、違うように苦しいのです。おかしな教会も多いのです。私たちは問題がくるので、違っていることも知らずにするようになります。
▲ある牧師が出てきて、全部、歯が金に変われという牧師がいるでしょう。そのように言う人も良くないのですが、アーメンという人も変なのです。歯は、金に変われば使えません。このようにしるし、不思議を見て揺れる人が多いのです。すごい、イエス様が五千人を5つのパンと2匹の魚の弁当一つで食べさせて、十二カゴが残ったと見る人がいます。そのように理解したら、誤って理解したのです。幼い時、そのように習いました。幼い子が出した5つのパンと2匹の魚の弁当を、イエス様が祝福したところ、五千人が食べてあまったと言いました。それで、どうしたということなのでしょうか。食事は解決されたのかもしれませんが、根本は解決されませんでした。クリスチャンの中で、不健全な神秘主義がいっぱいになりました。人生を難しく行くのです。想像以上に、無知な人々が多いのですが、良く学んだ人々もおかしなことをします。米国に行ってみてびっくり驚きました。公営放送で説教をするのに、牧師が人を倒すのが出てきます。これを聖日に放送で見せるのです。人々は恵まれたように、涙を流したりもするのです。倒れたからといって、解決できるのでしょうか。誤って倒れれば脳しんとうになります。どのように解決できるのでしょうか。倒れるからといって、人生問題が解決されたら、簡単なことではないでしょうか。そのように解決されるのではありません。何か間違えているのです。人はあせるなら、そのようになります。お金が急に必要だったり、とても死が迫ってくれば、人は違ったものを捕まえるようになるのです。
▲また、ある人は、とても神様を信じないで人間的に考えるのです。英国の最高神学者の中にバークレイという人がいます。イエス様が祈られたら、弁当が五千人を食べさせて残り、弁当一つを食べて五千人が食べてあまったが十二カゴが残った、そういう話ではない。幼い子どもが弁当を出した。大人たちがみな恥ずかしくて持っていたものをみな出した。それで、みな食べてあまりがあった。人間は自分の欲ですると解釈したのです。一理ある言葉ですが、聖書にはそうなっていません。聖書には、明らかに弁当一つをイエス様が祝福されて、五千人が食べて残ったと言われています。
▲また、ある人は、この部分を持って幼い子どもが自分が食べないで弁当を出したので、祝福されたのだと説明します。だから献金をよくしなさいと言ったのです。幼い子どもが弁当を食べないで出したので、神様がそれを祝福されたのではないか。このように利用する人もいます。
▲今日の本文を見ると、イエス様が五千人が食べて残したので、イエス様を王にしようとしたので、逃げたとなっています。このように商売人のような教会もたくさんあるのです。牧師の中で商売人のような指導者が多いのです。福音はどうなろうがかまわず、自分たちの教会だけ良くなれば良いという商売人のような教会が多いのです。まだ影島(ヨンド)では、信徒が奪われると力合わせて異端にした教会があります。私は自尊心が傷つけられても、そんなにできません。もし、おかしな教会、実力ある教会が出てきたとすれば、話さずに霊的に一度戦います。どれが正しいのでしょうか。正すことであって、恐れをなして、本当に変です。この福音をどのように伝え、どのようによく分かるか、ではありません。私が分かることでは、商売人のような指導者がいっぱいになりました。この話しを聞けばまた嫌うでしょう。それでも、事実なのです。こういう指導者が全世界にいっぱいになったのです。
▲今日、そのまま現れています。今日、ここで本当に問題をどのように解決しなければならないか、分からなければなりません。どのように解決するのでしょうか。私に極限問題が近づいてきて、私に死が迫ってくるのを、どのようにしなければならないのでしょうか。聖書は重要な返事をしています。キリストを送られたとなっています。何の話なのでしょうか。とても重要な言葉です。根本問題を解決しなさい。弁当で祝福して、その日一食、食べるのが問題ではありません。根本問題を解決しなさい。

1.ヨハネ6:1-2、神様に会うようにする道、預言者
▲今日、ヨハネ6:1に、その後で、となっています。その後という言葉は何でしょうか。前の5章に、前回に説明したイエス様が重要な話をした後にという話です。先週に何の説教をしたでしょう。イエス様が何の話をされたのでしょうか。わたしは神様のみこころを行うために来た、わたしは、あなたがたを救うために来た、神様が裁きをわたしに任せられたと言われました。
▲それが何の話なのでしょうか。イエス様が預言者でなく、真の預言者として来られたということです。これが何の話なのでしょうか。真の預言者ということです。根本、霊的問題から解決しなさい。皆さんが目先のことは解決されるかも知れませんが、皆さん個人に、家系に起きる霊的な問題は解決できません。それで、キリストを送られたということです。ここで人生の答えを探さなければなりません。
▲想像以上に、人々が違うことを探しています。前にあった、韓国の有名な奥さん達のことを見てください。財閥夫人、裁判官夫人がある祈梼院に行きました。内心たくさん考えてみました。女が手で癒すという所なのですが、ハレルヤ祈梼院です。悪い、違うということではありません。問題がある、ないということでもありません。ひとまずそのように肌を裂くのは聖書にはありません。その方がしても良いでしょうが、私が関係することではありません。前回にも話したのですが、私が好きな印象ではありません。そこに韓国の最高の奥さん達が行ったのです。服を贈って、どこでしたのかと問い詰めて事件が明らかになったのでした。それを見ながら、知識人が苦しくて弱っているということを思いました。
▲本当にキリストで答えを探すように願います。神様が違ったことを送られなかったし、完ぺきなキリストを送られたのです。目先で問題が解決されるのが問題ではありません。どのように、スパフォードというは人が、自分の子どもが死んだのを感謝したのでしょうか。重要なことを悟ったのです。自分の子どもたちが水に落ちて死んだのですが、その時に、スパフォードがすばらしいことを悟ったのです。他の人は誰も知らないが、我が家に、私に霊的な問題が多いなと悟ったのでした。あの悪魔は私たちを飲み込もうと、という賛美歌が出てきます。すでに悟ったのです。私のたましいは安らかだ、こういう言葉が出ます。
(1)創世記3:15を見れば、女の子孫が蛇の頭を踏み砕く。今日、皆さんが根本的に解決される祝福を味わうよう願います。クロスビーのように、目が開くのが問題ではありません。正しく悟ったのです。目が開かれるのが問題ではないのです。このように人間は霊的問題に捕えられて死んでいくのに、それをなくそうとキリストを送られたのです。
(2)創世記6:14、誰でも箱舟の中に入れば生かされます。私たちのクリスチャンがのレベルがそうなのか、少し答えがくれば、正しい、間違っている、そのようなかたちなのです。
(3)ヨハネ14:6、なぜ預言者を送られたのでしょうか。理由を分かるのでしょうか。ヨハネ14:6に、わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありませんと言われました。なぜ真の預言者として来られたのでしょうか。
▲人間は誰も神様に会えません。神様がいるのかと疑うのが正常です。極限状況に置かれた時、悟れるのですが、神様がいるのか、いないのか分かりません。それで聖書に約束するのに、キリストであるイエスを送ると言われました。イエスを信じる信仰によって後ほど、イエス・キリスト正しく信じることによって後ほど、答えがどんどん来るようになることを知るようになります。それを捕まえなさいということです。ひょっとして、夜にどこかへ行って神様を見たと言っても、みなにせ物です。私は祈るのに、神様が見えたと言うのですが、みなにせ物です。そのような人々は無条件に、近いうちに病院に行くようになります。私の友だちの中の1人がそうです。山に祈りに行ったが、朝夕で祈ったのです。きれいな女の子が礼拝時間に伴奏をしていました。この女の子が恵み深く伴奏をして祈りもしていたのです。おりてくる頃に、この女の子が訪ねてきてひざまずいて話したのです。昨日の夜に神様が啓示されたということです。伝道師と結婚しなさいと言ったということです。それも院長の司式で、クリスマスにしろと言われたということです。私の友だちの伝道師が、私は2年前に結婚したと話したということです。混乱している人が多いのです。神様が見せられたと言います。
▲絶対に見ることはできません。わたしはわたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。ところで、本当に答えを受ければ感じることができます。神様が生きておられるんだなと、感じることができます。神様の子どもの皆さんの霊的な問題がどんどん来れば感じられるのです。それを解決しに送られたのです。理解できるでしょうか。根本問題が解決されなければなりません。

2.ヨハネ6:6-9、呪い、運命を変えられた真の祭司
▲二番目です。イエス様が食べることができなくて飢えていく者を食べさせたということは、何の話なのでしょうか。
(1)創世記3:16〜20を見れば、悪魔に誘惑されて罪を犯した後、土地まで呪われました。その問題を解決しに来られた真の祭司です。
(2)何のために真の祭司なのでしょうか。絶対に運命が変わらなくては勝利できません。運命とは何でしょうか。コロサイ1:13に話しています。いくら立派でも、サタンの勢力の下にいるのが運命です。良く暮らそうともがくのに、どんどん問題がきます。時間が経てば、ますます困難がくるのです。この災いがなくならないで、どんどん来ます。これをなくそうと真の祭司を送られたのです。だから、飢え死にそうな状況がきました。この人生の根本問題を解決しようと真の祭司を送られたのです。分かるのでしょうか。根本が解決されなければなりません。だから、ある人が先祖が犯した罪が何の関係があるのかと尋ねます。とんでもない話です。絶対に人生を知らずに聖書を知らない話です。この席に座っています。40年間、苦しめられた人です。ここに座っておられます。40年間、お母さんにあった病気が自分にきたのです。自分のお母さんが苦しめられて悪霊がきて、いつも苦労して結局、精神病で死んだのです。その霊的問題が自分にきたのでした。偶像を崇拝した親の罪、原罪、そのまま伝えられるのです。罪の勢力の下にいるのです。昔に奴隷が息子を産めば自動的に奴隷でした。奴隷が子どもをいくらたくさん産んでも奴隷でした。アダム以後に、原罪の中に陥りました。それを運命と言います。コロサイ1:13に、暗やみの勢力と言われています。そこから私たちを神様の国に移されたのです。ものすごいのです。それしろと真の祭司を送られたのです。
(3)それで、ある方はそのように解釈します。イスラエル民族が荒野で死ぬようになった時、マナを与えたように、イエス様が荒野にいる民に食べ物を与えたという人もいます。それも正しい言葉ですが、そのような意味ではありません。人間の本当に問題を解決しに真の祭司として来られたのです。それを悟らなければなりません。そうすれば、答えが来ても来なくても関係ありません。なぜでしょうか。個人の残った生涯の霊的問題が解決されたからです。今は問題を受けているように見られるのですが、皆さんの家からは災い、運命がみな離れます。だから、信徒と教会が重要なことをのがすので、信仰生活をしてもかまわなくて、しなくてもかまわなくて、どんどん問題が来るのです。

3.ヨハネ6:14-15、悪魔のしわざを滅ぼされた真の王
▲三番目です。この人たちが、イエス様を見て驚いて王にしようとしました。イエス様はそのような王ではありません。真の王として来られたのです。
(1)Iヨハネ3:8に、神の子が現われたのは、悪魔のしわざを打ちこわすためです。悪魔は誰だとなっているでしょうか。聖書ヨハネ16章に、世の支配する者(王)だとなっています。その勢力をうち砕くために来られました。ものすごいのです。悪魔の目的は何でしょうか。目に見えません。皆さんを最後まで滅ぼさせます。これがサタンがすることです。ギャンブルをしてはならないとしながらも、家をすべて食いつぶして、自殺する時までするのです。私はもう不倫はしない、出歩いてはならないと思っても、みな売り飛ばしてみななくなってしまうように、最後まで滅ぼします。これが悪魔がすることです。それで、神様の子が来られたことは悪魔のしわざを滅ぼすためなのです。
(2)弁当一食で、ご飯を食べるのが問題ではなく、人類の責任者として来られたということです。この契約をつかまなければなりません。今日、この契約をつかめば問題がきても大丈夫です。この契約をつかんだ者が問題がなければ、またどのようにするのでしょうか。さらに問題です。
▲人間に3つのことは、必ず迫ってきます。前に言った通り、災いで霊的問題が迫ってきます。そして、運命、これは変えられません。ずっと付いて来るのです。人間を滅ぼすサタンの戦略が隠れてずっとやってきます。それをうち砕くために来られました。我が家に霊的に精神がおかしな人がいて、そのゆえにイエスを信じるようになったという方もおられます。さらによく考えてみてください。それのために皆さんの家に、個人に霊的問題を完全に勝利させる神様の方法です。だから根本的に契約をつかまなければなりません。目に見えなく、悪魔は皆さんを最後まで滅ぼそうとするのに、持ちこたえれば持ちこたえるほど損です。このようにして、ユダヤ人が完全に崩れたのです。

4.結論-イエス・キリストは真の神様
▲結論を結びます。さらに重要なのは何でしょうか。根本の解決の中の解決が何でしょうか。イエス様が直接おっしゃられました。イエス・キリスト、神様です。この言葉にイエス様に気分を悪くして、十字架にかけたのです。イエス様は、神様です。この話は何の話なのでしょうか。ものすごい話ではないでしょうか。イエス様の御名を呼ぶということは神様の働きが起きたのです。イエスを信じる信仰で神様の子どもとなるということです。
(1)ヨハネ10:30に、わたしと神様は一つです。その言葉に気分を悪くする理由はありません。イエスを信じてイエスの御名を呼べば、まさに神様の国が臨んだということです。
(2)ピリピ2:6に、根本の神様の本体となっています。人を救い出そうと人のからだを来て来られたのです。動物を救い出すのではなく、人を救い出そうと人のからだを着て、この世に来られました。
(3)今日、私たちは正しい信仰を回復しなければなりません。皆さんの家に問題がきたのですが、それが問題ではありません。正しい信仰を回復しなければならないのです。
▲以前に、私は都市のアパートに住んでいました。そこに住んでいた年をとった方がガンになったのです。私が見る時は、それが問題ではありません。高齢でガンになったので、率直に、亡くなってもかまいません。高齢です。それが問題ではありません。後ほど自分の家に隠した偶像の壇を出しました。こういうものをみななくしなさい、病気になったのは問題ではありません。悟れないから、結局、その家が信じなかったのです。おばあさんが病気になって亡くなったのが問題ではなく、ずっと問題がくるのです。その家は完全に破綻がしてしまいました。これが偶像崇拝の恐ろしさで、サタンがすることです。人々がどれくらい悟れないのかわかりません。
▲イエス様が6節に、弟子を試みようとしてと言われています。言葉は正しい言葉です。200デナリがあっても足りないでしょうに、どこで買うのですか。正しい言葉です。私たちはいつもそのような形で、そのような精神で信仰生活をします。教会にお金がなければならず、そのようにします。間違った話ではないのですが、その話ではありません。幼い子どもを見て、どれくらい可愛いか、自分が食べないで出したのを祝福したんだなあ、その言葉でもありません。子どもが分かったでしょうか。本当にこれをイエス様に持っていけば、イエス様が奇跡を起こして、みな食べてあまりあるようにさせて、私は英雄になって、大人たちは申し訳なくなるだろう、良くて出したのでしょうか。違うでしょう。私が見るには家庭教育を確かに受けた子どもではないだろうかと思います。イエス様がそれを祝福して五千人が食べて残ったのです。だから、はやくわからなければなりません。イエス・キリストは神様で、皆さんのすべての問題を解決することができるのです。
▲今日、本当にキリストを悟る祝福があることを希望します。それでは、キリストの御名を呼べば、どんなことが起こるのでしょうか。どうしてイエスの御名で祈ればみわざが起きるのでしょうか。ヨハネ14:14、。16〜17、,26〜27節にイエスの御名で聖霊が臨むとなっています。ヨハネ14:26に、わたしの名で送る聖霊となっています。言葉を変えてみましょう。皆さんの事業と家に悪霊がいっぱいならば、どうなのでしょうか。それで、目に見えなく、どんどんほろびるのです。聖書にだけある話なのですが、イエスの御名で送る聖霊です。ものすごいことです。今日、皆さんが本当に信じて体験するように願います。本当に病気、問題がある、問題ではありません。神様が私に家系に流れる霊的問題を完全に変えろと言われるのだな、私を暗やみから運命を変えろとおっしゃるんだな。私を最後まで滅ぼす悪魔の勢力から出ろとおっしゃるんだな、それで、私たちにキリストを送られたんだなあ、この答えを今日、捕まえなければなりません。私たちはしばしば逃すのです。とんでもないのをつかむのに、正しいことは正しいのですが、違うのです。その人々が弁当一つをおいて五千人が食べて残ったといっても、問題は解決されません。弁当を食べて家に帰れば、またお腹は空きます。それが問題解決ではないのです。
▲いったいイエス・キリストは、どなたなのでしょうか。皆さんがキリストに対して正しく知れば、ずっと証拠が起きます。皆さんが行く所ごとに、呪い、サタン、失敗がみな離れるのです。弁当一つを五千人が食べたということは、創造的答えを神様がくださるということです。人の力で見る時はだめなのに、神様が創造的答えをくださるということです。この契約を本当につかむように願います。働きは神様が成し遂げられます。今、私の問題が問題でなくて、根本的な問題を解決されます。すると、大邱である女性が夫に話したということです。私は柳先生の説教を聞いて、レビの男がレビの女を妻にめとってモーセを産んだが、私はレビの女なのに、あなたはレビの男ではないから離婚しようと言ったそうです。男があきれて私に連絡をしてきました。突然、この女性が恵みを受けて、私に離婚しようと言うのだが、どうすれば良いかと言いました。その方に答えました。皆さんの中に1人だけ悟っても家系に祝福が及びます。皆さんが3つの祝福を受けました。皆さん1人が信じるのに皆さんの家、家系、法事がみななくなります。祭司の祝福です。そうでしょうか。Iペテロ2:9に王である祭司と言われています。イエス様が真の祭司として、私たちにこの使命を与えられたのです。皆さん1人が恵みを受けたのに、皆さんの家、家系に光が照らされるということです。預言者です。この光を現わすために呼ばれたとIペテロ2:9に語られています。皆さん1人のために職場、家庭、家系の暗やみの勢力がうち砕かれるようになっています。
▲この契約を今日つかむように願います。前の問題が解決されるのが問題ではありません。根本問題を解決しなければならないのです。この契約を捕まえる時、奇跡が起こる事もあり、新しいみわざが起きる事もあり、それは神様がなさいます。今日、よくフォーラムしてみるように願います。ある面で内容が多いメッセージであるから、一週間考えてみるように願います。証しがたくさん出るでしょう。イエス様が皆さんの生活に答えをくださるでしょう。この祝福があふれ出ることをイエス・キリストの御名で祝福します。

(祈り)
神様に感謝します。すでに私たちの問題を解決された神様に感謝いたします。私たちを霊的な暗やみから永遠に救い出されたことを感謝します。私たちを暗やみの運命から変えられたことを感謝します。私たちを破滅の中から救い出してくださったことを感謝します。このことを分かるようにしようと、問題もくださった神様に感謝します。もう真の開始になりますように。イエス・キリストの御名でお祈りします。アーメン
(The end)



2部:福音手紙十回目の出会い-真の癒し
(ヤコブ5:13-20)

☆☆☆ 2部要約資料☆☆☆
序論
▲福音は癒されて、治癒すのだ。どのようにすれば、癒して癒すことができるのでしょうか。心、思いから癒されなければならない(ピリピ4:6-7)
(1)福音的な考えを先にしなさい。
(2)何でも理由を発見しなさい-神様の重要な計画を捜し出しなさい
1)そうするうちに20の戦略を捜し出した。
2)RUTCを悟った。当然出てくるようになる。それでは、祈りの答えを受ける人が集まるのだ(OMC)
3)伝道と宣教はなぜしなければならないのか? 暗やみの文化に光を照らしてあげるのが伝道だ。
(3)3つの悟り-当然性、必然性(必ずすべきこと)、絶対性(誰も防止できない)
▲このように悟った人がみな答えを受けた。
▲十回目の出会い-癒し
聖書には苦しむ者がいますか?→ 祈りなさい
喜んでいる者は→ 賛美しなさい。
病気になった者は→ 長老に頼んで油を塗って祈ってもらうのだ。
▲それで私たちのすべての弱さは神様だけが直せる。神様に祈ろう。
1.どんな祈り?
(1)信仰の祈り-主が立たせてくださいます(15節)
1)救われる信仰
2)神様の力を得る信仰
3)みことばを信じる信仰で祈れば、主が立たせてくださいます。
(2)義人の祈り-働く力が大きい(16節)
▲あなたたちの罪を互いに告げながら-自分の誤りを悟って告白しながら、その悔い改めの祈り、義人の祈りは働く力がある。
(3)切実な祈り-神様の力が現れる(17節)
1)エリヤの祈り-雨を降らせたり、止めたりもする。
2)ところで、エリヤは私たちと同じような人-エリヤが祈りの答えを受けたように私たちも受けられる。今でも同じように答えられる。
▲切実な祈りは、神様が答えられることを確かに信じるからする祈りだ。
2.真の癒しには、必ず順序があって内容がある(Vヨハネ1:2)
(1)たましいの癒し-本当に答えを受けようとするなら、たましいの癒しからなされなければならない。
(2)心の癒し-傷の癒し
(3)肉体の癒し
▲これが順序で、(1)(2)番が先にならなければならない。
3.さらに重要なこと-神様が与えられる真の力を得なさい
(1)I列王19:1-20,エリヤが、あまりに荷が重いと逃げて行って、えにしだの木の下に倒れたが、神様は力を与えられ、ホレブ山に呼ばれてメッセージを与えられた。
(2)U列王2:1-11、私たちが健康になる秘訣-私に倍の霊を与えて下さい。聖霊充満だ。
(3)U列王6:8-23、神様が火の馬と火の戦車を動員された。
4.結論
(1)あらかじめ聖霊充満受けなさい-普段の時の祈りに成功しなさい。定刻の祈りをのがすな。霊肉とも、最高の健康が回復する。
(2)常に聖霊充満を祈れ-いつでも祈れば、皆さん事業と現場に驚くことが行われる。
(3)持続的に聖霊充満を維持しろ-神様が責任を負われるのを見るようになる。
▲皆さんが考えを変えて本当に祈れば答えられるだろう。
そして最後の単語-一つだけ考えなさい(30年伝道の結論)
(1)真の伝道者!-真の伝道する人々に会うのが祝福の中の祝福。
(2)真の伝道をする教会!
(3)真の宣教をする人!
今週にこの三つを置いて考えてみなさい。それだけしても答えられる。このようにして、聖書にある答えを回復することをお祈りします。
(The end)

☆☆☆ 2部録音資料☆☆☆
序論
▲福音の手紙10回目の出会い-真の癒し。また今日、私たちは献身礼拝でもあります。私たちの福音は癒されて、癒すのです。どのようにすれば、癒されて、癒すことができるのでしょうか。今日、皆さんが健康も回復する祝福の日になるように願います。
▲それよりさらに重要なのは、皆さんの心、考えが癒されることを希望します。ある学生が耐えに耐えて、私に手紙を送ってきました。とてもたくさん耐えて送ってきたのです。手紙を読んでみたら、一理がありました。親のために苦しいということでした。読んでみたら、嘘ではないようでした。学生がわざわざ嘘をついたり、そのようなことではなくて、とても苦しくて送ったようでした。親が全く福音を強調するのに、自分自身は福音でなくて、とても家も振り返らないで伝道すると通うのに、周囲はめちゃくちゃです。そのような苦しい文章を書いてきたのでした。
▲答えの中で一番重要なのがピリピ4:7節のように、あなたがたの心と思いを守られます...と言われました。今日、私たちは本当に癒し以前に、考えから完全に治らなければなりません。ひょっとして、年をとった方も、考えが若ければ、若い人々を生かせます。ところで、私たちの考えが固まれば、よく分からないのです。こういう部分は、自分もよく分からないから、他の人も難しくさせます。それで、ピリピ4:7節のように、何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます..と言われたのです。
(1)まず皆さんが福音的な考えをしなければなりません。これがとても重要です。皆さんが福音的な考えを継続すれば、多くのことが違うように見られます。
(2)また、私たちはなんとなくではなく、信仰生活する中で、なんとなく献身礼拝をささげるのではなく、理由を発見しなければなりません。この話は、神様の重要な計画を探せということです。こういう考えが、とても重要です。これにならないのに、しばしば祈ってはいけません。それで、皆さんがここに座った理由を考えれば、当然、多くの答えを受けるようになります。
▲この福音を伝えようとするのに、うまくできないのです。福音は良いことなのに、伝えることが大変です。それを発見して、簡単に捜し出したのです。そのまま一緒にいる人に説明するのです。それがタラッパンです。そのようにタラッパンしてみるならば、多くの人々が集まります。集まった人々が差があります。その差を同じようにするためにすることがチームの働きです。それで、私たちが伝道をしていれば、私自身も、相手も直す部分が多いのです。そのようにして出てきた単語がミッションホームです。理由だけ分かれば、当然、悟るしかありません。そして、何のために軍人どうし集まって、医者たちどうし集まるのでしょうか。結局は、稼がなくては誰も生きられません。それで、専門の働きというものが出てきたのです。なぜ長老をたくさん立てようとするのでしょうか。地域、地域に伝道弟子がいなければならないのです。悟れば、やさしいのです。
▲これを短時間に体験してみようというのが5つの合宿です。
▲一般教団で伝道を難しいと思っているのですが、それしか仕方がないので、この運動を持続しようというのが5つのシステムです。
▲私と皆さんがここにそのまま座っているのではなくて、5つの未来を準備しようというのです。それで、レムナントという言葉が出ました。まさに20の戦略です。
(3)これが当然、悟れなければなりません。そのようにしてこそ、祈りの答えになります。それで、私は伝道をどのようにするかという以前に、私と一緒にいる人に説明する、それがタラッパンです。そのようにして重職者(役員)になって多くの人々を手助けするようになるのではないでしょうか。それが地教会です。何も難しいことはありません。このようにして見たら、私たちの学生たちがどれくらい重要でしょうか。あの学生たちが行く所ごとに集まるようにしてあげなければなりません。それで、自然に答えが出てくるのですが、まさにRUTCです。このように悟られなければなりません。理由を、正しく考えなければなりません。
▲今、私たちの子、レムナントがここに座っているのが、どれくらい祝福なのか分かるでしょうか。今、外で歩き回る子どもたちが何をするのか分かるでしょうか。大人たちがむやみに話すのですが、学生たちが行く所がありません。私は米国に行って驚きました。初めて行った時見たら、子どもたちが教会にきて自分たちどうし麻薬を分けているという話を聞いて驚いたのです。それで、正しい人々ならば自然に悟るしかありません。私はまだ米国とこういう国を置いてたくさん祈っているのは、一地域に教会が数十個あります。1ケ月に100ドルだけ出せば、すぐRUTCを作れます。買う必要もありません。レムナントが集まって対話するようにだけしても、神様が喜ばれるのです。大人たちは知らずにいるのです。子どもたちが、ほとんど麻薬にみな接します。子どもたちが使命を考えるという自体だけでも、大きい祝福です。これをなぜ知らないのでしょうか。
▲韓国で作ろうとするのは、訓練を長くしなければならないから、大きく作るので、各国では、あえて作る必要もありません。それで私が見る時、これを悟れない人は本当に悪い人です。特に牧師、長老が悟れなければ、地球と合わない人々だと思います。火星に行くかすべきで、地球と合いません。考えなくてもわからなければなりません。理由が出てこなければならないのです。これが祈りの答えを受ける一番重要なことなのです。どれくらいよくするのかが重要なことではなく、悟れなければなりません。悟れなくては、これをどのようにするのでしょうか。
▲率直な話で、メッセージを聞いて悟れば、別に祈りをしなくても済みます。それ自体が祈りです。ある人は、祈りがさらさら出て来ないと言うのですが、さらさら出てくる必要もありません。重要なことを悟ること、それが祈りです。そのまま考えるのがすべてです。
▲RUTC放送。これが何でしょうか。これは未信者とメディア戦争をしているのです。世の中が良くなるように、メッセージを防ぐ教団と戦うのです。ものすごいことなのです。それで、伝道に対して説明するのに、放送が私をみな防いだのですが、もうインターネット放送で正面対決するのです。どれが偽りで真実なのか、みなあらわれるでしょう。このように良い時代がきました。皆さんがわかるだけでもかまいません。幼い子どもたちが百円ずつだけ出してもかまわないのです。みんな参加して、祈りで参加しなければなりません。祈りの答えを受ける方々が集まってOMCをしようというのは当然のことです。悟れなければなりません。
▲伝道と宣教はなぜするべきなのでしょうか。これが悟れなければ、死んでも答えが来ません。悟れなければなりません。今、暗い中でずっと暗やみが流れ出ているのに、ここに光を照らすのが宣教です。悪い人が夜に皆さんが寝ている間、皆さんがすぐ死ぬこともできるガスを吹き出しているならば、それを捜し出すのです。無知な人がどれほど多いかわかりません。ある人は、工場で廃水を夜にむやみに流したりもします。魚、川、海が死のうが、どうであっても関係ない人々がいるのです。まだ、韓国を見れば夜に浴場などで真っ黒な煙をむやみに出しています。ソウルのようなところは、皆さんが夜に窓を開けば呼吸ができないほどです。考えがある人々は、結局、自分が悪いものを飲むようになると分かるでしょう。この暗やみの文化は町をごちゃごちゃにしています。皆さん自身は触らない場合もあるでしょうが、これが皆さんの子どもを触って打ち倒すのです。どれくらい悪いかわかりません。それでそこに光を照らそう。これが宣教です。皆さんが理解すれば、答えが来始めます。
(3)それでは、ここでどんなことを悟れるのでしょうか。3つのことが悟れます。これは当然しなければならないのです。そして、これは必ずしなければならないのです。このように悟ります。そして、これは誰も防げることではないのです。絶対的です。
▲このように悟った人々がみな、答えを受けました。今日、短い時間なのに大きい答えを受ける方法です。どれくらい重要なのでしょうか。今、全国に、世界にいる耳の不自由な人が福音を聞けるように通訳を送っています。ものすごく重要なのです。悟ってこそ、答えを受けるのです。何でもそうです。今、アキコが通訳しているのを日本の人々が誰でもその気になれば、みな聞けます。そしてこれを悟ってこそ、答えを受けられるのです。
▲10回目の出会いですが、癒し、皆さんに癒される大きい答えがあることを希望します。
▲聖書にこのようになっています。あなたがたのうちに苦しんでいる人がいますか。その人は祈りなさい。喜んでいる人がいますか。その人は賛美しなさい。
▲それで私たちのすべての弱さは神様だけが直せます。祈りなさい。誰に。神様に祈りなさい。

1.どんな祈りなのでしょうか。
▲どんな祈りなのでしょうか。今日、三つの祈りが出てきました。
(1) 信仰による祈りは、病む人を回復させますと言われました。
▲今日の15節に出てきました。主はその人を立たせてくださいます....私が立たせるのではなく、主が立たせてくださいます。何のことでしょうか。救われる信仰と、神様の力を信じる信仰と、みことばの力を信じる信仰で祈れば、主が立たせてくださいます。
(2)また16節には、義人の祈りは働くと、大きな力がありますと告げられています。義人の祈りとは何でしょうか。16節に説明が出てきています。何であると出てきているのでしょうか。あなたがたは、互いに罪を言い表わし....ある人は、自分の誤りは全く悟りません。自分の誤りを悟って互いに告げれば、その悔い改めする祈りは働く力があるということです。ある人は、他の人の誤りはよく記憶しているのに、自分の誤りは記憶できません。その祈りは100日祈っても効果がありません。義人の祈りは、あなたたちは、互いに罪を言い表し...という言葉は、自分の誤りを悟りながら神様に祈るのです。それを義人の祈りは働く力がある...と言われたのです。最も速い祈りの答えです。
(3)今日、ここにまた出てきました。切実な祈りは神様の力が現れます。17節です。ここに見ると、エリヤの話をしています。エリヤが、雨が降るようにもして、降らないようにもしました。重要な話をしました。エリヤが私たちと同じような人なのに、そのようにしたのです。それは、エリヤが祈りの答えを受けたように私たちも受けられるということです。私は信じます。今でも同じように答えられます。
▲今日、私たちの長老、勧士、全部、健康の祝福を受ける日になるように願います。さらに重要なのは、皆さんが霊的に大きい力を得る日になるように願います。私たちも同じ答えを受けられます。それで、信仰の祈り、義人の祈り、切実な祈りは、答えられるのですが、切実な祈りとは何でしょうか。神様が答えられることを確かに信じるからする祈りです。病気を直してくれとアキコに行って、いくら祈っても仕方ありません。そうではないでしょうか。いくら断食して、切実に祈ってもだめです。しかし、神様は私たちに答える力があるから、私たちが切実に祈る時、みわざが起きるのです。

2.真の癒しは順序があって、内容がある(Vヨハネ1:2)
▲二番目です。必ず教えなければなりません。真の癒しには必ず順序があります。順序があって内容があるのです。Vヨハネ1章2節によく出ています。愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。本当に答えられようとするなら、何から治らなければならないのでしょうか。
(1)たましいの癒し
(2)すべての点に幸いを得、心の癒しです。皆さんの傷の癒し。
(3)その次に肉体の癒しです。
▲ここはお医者さんもいます。(1)番(2)番を必ず先にしなければなりません。病院に行って助けを受けるのは肉体の癒しですが、教会ではたましいの癒しと、心の癒しです。ところで、思ったより心の癒しにならない人がとても多いのです。これが順序です。このようになる時、愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。特に、私たちのレムナントは、こういう部分がとても重要です。

3.さらに重要なこと-神様が与えられる真の力を得なさい。
▲さらに重要なことがあります。今日、エリヤの話が出てきました。本当に神様が与えられる真の力を得なければなりません。これを伝えに行くのが宣教で、これを味わうのが福音です。今日、皆さんが常にこの力を得なければなりません。
(1)I列王19:1-20、エリヤの話が出てきたのですが、エリヤがあまり荷が重くて倒れました。エリヤが逃げて行って、えにしだの木の下に倒れました。エリヤに、これは仕方がなかったのです。逃げて行く時に、えにしだの木の下に倒れたのです。この時、神様が主の天使を送って、水とパンを与えて力を与えられました。皆さんが先に記憶しなければならないことは、皆さんが弱くなる時、神様は力を与えられるのです。そのようにして、ホレブ山に行くようになりました。ここで神様が本当にメッセージを与えられたのです。私たちは、こういう力が必要です。私たちが弱い時、神様がエリヤを呼ばれたように、今でも私たちに答えられます。
(2)さらに重要なのです。U列王2:1-11。私たちが今、健康に生きる道は何でしょうか。私に倍の霊を与えて下さい。これは何でしょうか。聖霊充満を与えて下さい。皆さんが健康になる一番大きい秘訣です。聖霊充満を与えて下さい。皆さんが必ず新しい力を得られるように願います。
(3)U列王6:8-23、エリヤ、エリシャにどれくらい重要なのか、神様は天使程度ではなく、火の馬、火の戦車を動員させられました。信じることを希望します。
▲私たちが祈れば単純に肉体にだけ答えられるのではありません。神様はたましいの癒しと精神の癒しの答えを先にくださいます。そして、神様から力を得ると、このような答えが起きるのです。皆さんが行く前に天の火の馬、火の戦車を動員させられるでしょう。今日から信じて祈るように願います。皆さんが祈れば、天の火の馬、火の戦車を動員させて、人が知らないものすごいことが起きます。
▲それであっても、私はとうていその人を理解できない。私はこのことを理解できない。その時、どのようにするのでしょうか。私がこの話をすると、ある人はそのとおりだと言って、また、ある人は笑う人もいます。そのような人々は、みな経験者です。どのようにすべきでしょうか。そのような時は、重要なことを悟らなければなりません。必ず神様はより良い計画を持っておられるのです。困難が来たようですが、必ずより良い計画を持っておられます。ヨセフが、かつてお母さんを失ったことのようでしたが、神様はより良い計画を持っておられました。それを皆さんが先に確信しなければなりません。神様は未信者にも良いものを与えようとしておられるのに、まして神様の子どもで、伝道する神様の民なのに、良いものをくださいます。それを知らないから、つぶやき、失望をするのです。この部分を必ず記憶しなければなりません。今、困難が来たようですが、神様は驚くべき機会を作っておられるのです。まちがいなくそうです。
▲それでは、今からこのようにしましょう。
(1)病気が良くなる、ならないとは関係なく、あらかじめ聖霊充満を受けましょう。これがとても重要です。これを皆さんが普段の祈りに成功すると言います。霊肉ともに最高の健康です。それで、今は定刻の祈りをのがしてはなりません。これだけ回復しても、確かに健康が回復して、霊肉ともに回復します。
(2)そして、同じような話ですが、常に聖霊充満を祈りましょう。これを味わうようになれば、これは常時祈りと同じです。皆さんの事業の現場、健康すべての部分に驚くことが起きます。
(3)結局、同じ話ですが、持続的に聖霊充満を維持しましょう。この力は言葉にはできません。本当にこのようにすれば、皆さんの病気がどうなるのか、これからを見ましょう。皆さんの事業がどうなるのか、これからを見ましょう。そのような祈りをしなくなります。神様が責任を負われるのを見るようになります。私たちの学生たちが、この力を得れば学業がどうなるのか体験するようになります。
▲クリスチャンは、ほとんどこの体験をしないでしようとするから、どんどん難しくなるのです。それで、使徒ヨハネが、最も福音をよく伝える重要な人に、愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。必ず信仰の祈りは働く力があります。病気になった者を立たされるのは、主が立たされるのです義人の祈りは働くと、大きな力があります。神様が私たちと全く同じような人であるエリヤの祈りを聞いて、3年間、雨を降らせたり、降らせなかったりしたことは、今でも全く同じ働きが起きます。この体験を本当にすることを望みます。それで、皆さんの考えを少しだけ変えれば良いのです。ほとんどここに関わっています。皆さんが本当に祈れば答えられます。このようにして、霊肉ともに健康になって、今週にも新しい答えをたくさん受けるようになることをイエスの御名でお祈りします。それで、全世界に光を照らす、今週には宣教を置いて祈る週となることを望みます。皆さんが本当に祈ったとすれば答えられるでしょう。
▲前にも証しをしたのですが、証し一つをして終えます。私は昔にいつもお金がありませんでした。それで献金をしないことを当然だと思っていました。聖日に適当にして、他のことをするお金がありませんでした。幼い時から十分の一献金は習っていたのでしたのですが、献金にそれほど神経を使わなかったのです。ところで、私にある日、重要な日がきたのです。それまで経済の祝福も献金も考えることができませんでした。ある日、親しい人のために宣教を考えるようになりました。あの人が宣教しに行くのに、私が助けるべきではないかと思ったのです。親しいためでなく、あの人は本当に伝道する人なのに、あの人を助けるべきではないかと思ったのです。こういう考えをイエスを信じて初めてしました。真に奇跡でした。イエスを信じて、そのように考えてみたことがありませんでした。ところで、私の中にこういう気がしたのです。もし、私のような人だけいるならば、世界宣教はまさに門を閉めるだろう。皆さんが一度、考えてみてください。私のような人だけいれば。牧師の中で、私のような牧師だけいれば、どうなるだろうかと考えてみてください。それが基準です。もし柳光洙牧師のような人だけがいるならば、伝道の門が開くのか、閉じられるのでしょうか。私が昔にそう考えたのです。万一、私のような人だけいるならば、宣教費はまったく出ず、宣教できないのではないか。その時、何でもないことのようですが、心の中にさっと突かれてきたのが、それでは私は必要ない人ではないと思ったのです。このようにして、宣教を置いて祈りを始めました。ところで、本当に不思議でした。どれくらい私が鈍いのか、その後、経済の門も開かれて、多くの門が開かれました。
▲それで最後の単語です。これ(黒板に書いたこと)をみな消しますが、なぜ消すのでしょうか。言葉を聞いても変えられないからです。みな消して、一つだけ考えましょう。
(1)真の伝道をする人がいます。これがとても重要です。皆さんが真の伝道をする人々に会うのが祝福の中の祝福です。そうでしょう。ところで、本当に伝道する人がいます。この人たちに会えば、皆さんの人生は変わります。
(2)二番目です。真の伝道をする教会です。本当に福音を伝える教会でないなら、献金するのは、ある意味で誤ったことかも知れません。そして、必ず記憶しましょう。
(3)真の宣教をする人です。
▲私はこの三つを悟りました。結論です。私が30年伝道しながら悟った結論です。どんなことをしても祈りに答えられません。いくら性質を変えなさい、いくらしても変えられません。皆さんも私も変えられません。ところで、ある日、私に驚くべき変化がありました。私が小さい一般信徒に会ったのですが、真の伝道をする人に会ったのです。それ以前には会えませんでした。これが私の人生を変えたのです。今、ソウル、全国、世界でメッセージを聞く方々はこの3つの単語は捕まえなければなりません。本当に福音を伝える教会、本当に宣教する教会と人、これが真ならば、確かに働きが起きます。
▲これを今日つかむように願います。それで一週間、考えてみてください。私たちが見れば分かります。ある人々は、話はよくするのですが、見れば伝道する人と、そうでない人は分かります。しない人が助けてくれと言えば適当にします。ところで、本当に伝道する人は私が捜し出します。これが違うのです。今、とても重要ですが、分かるのでしょうか。本当に伝道する人は、出会い自体で人生が変わります。大部分、そうではないから、適当にすれば良いのです。ところで本物がいます。おもにその教会の牧師が本当に福音を伝える牧師ならば、その教会は伝道する教会になりやすいのです。その教会は、おもに教役者や重職者(役員)が本当に福音を伝える人ならば、真の伝道する教会になりやすいのです。こういう教会は、通うだけでも永遠に答えを受けます。多分、人々はよく知らないでしょう。それを知らないので、完全にほろびたのが、ユダヤ人です。知らずに伝道を防ぐ教会に通ったためです。これが答えです。
▲それで今週には、皆さんにどんな答えがくるのか、この三つのことを置いて一度、考えてみてください。私の周囲に真の伝道をする人がいるのか。それだけでも答えを受けます。そして、私が真の宣教をする人のために、どんな祈りをしているのか。このようにして、皆さんが聖書にある答えを、今週に回復することをイエスの御名でお祈りします。
(祈り)
神様に感謝します。私たちに真の伝道、真の宣教の目を開いて下さい。私たちの人生に真の伝道をする人に会わせて下さい。それで神様を最も喜ばせる真の教会と使命者になるようにさせて下さい。イエス・キリストの御名でお祈りします。アーメン
(The end)