2008年10月26日  インマヌエル教会聖日礼拝メッセージ


1部:マグダラのマリヤの前に現れたキリスト
(ヨハネ20:11-18)

☆☆☆ 1部要約資料☆☆☆
序論
▲今日、マグダラのマリヤに現れられたキリストの恵みが皆さんにあることを望む。
(1)死ぬほど努力しなければならない世の中で、不信仰に陥りやすい。
▲神様の契約を本当に握る日、聖霊の満たしをくださると約束された。
(2)違うように握ったマグダラのマリヤ(11,12,15節)
1)イエス様の墓にきて涙をたくさん流した(11節)
2)空の墓を見つめても不信仰(12節)
3)イエス様が後から呼ばれたのに、その方を園の番人だと思った(15節)
(3)本当に契約を握る瞬間に復活された主が聖霊で働かれる。
▲キリストが答えだ! 福音を知るようになった時、その時から答え、恵え、感謝、残ったことは神様に栄光を帰すことだ。
▲現場の実際的なこと(霊的問題)を見るようになって、下ろした結論が福音を証ししなければならない!
▲それでは、今日、本当に復活の主にどのように会うのか
1.神様の生きておられることと、約束を信じなさい。
(1)イエス様が私たちとともにおられる。本当に信じなさい。その時、力を受けて働きが起きる。
(2)キリストの死と復活は約束されたことだ。信じなさい。
(3)天使がお手伝いをする(12節)。信じなさい。
▲出14:19、ダニエル3:8-24、ダニエル6:22、U列王19:35、使徒1:11、黙示8:3-5
2.信じることで終わらずに主に会おう(15-17節)
▲本当に見れば変わる。聞いたことと、見たことは違う。
(1)復活された主は、今でも聖霊で働いておられる。
▲キリストという単語を本当に理解すれば、聖霊が働かれる。
(2)今でも導いておられる(ヨハネ14:16-17,26)
(3)そして、聖霊の満たし、力をくださると言われた(使徒1:1,3,8)
3.証しする喜びの中に入れ(18節)
▲18節に、マグダラのマリヤは、行って、「私は主にお目にかかりました。」と言い、また、主が彼女にこれらのことを話されたと弟子たちに告げた...皆さんがこの契約を本当に握るようになれば-
(1)私の現場を見るようになる。
▲神様がなぜ私を今までこのように導かれたのかを知るようになる。
(2)世の中の現場を見るようになる。
(3)多くの時代の現場を見るようになる。
▲復活された主が聖霊でともにおられる。本当に信じれば見るようになって、見れば話すようになる。話す喜びが起きるようになっている。弟子に行って、私がキリストを見た、復活されたキリストに会った...皆さんが聖霊で働かれる神様の祝福を科学的に体験するように願う。
4.結論-どんな証人にならなければならないのか
(1)本当にキリストを知って、神様の子どもになったところすべての問題が解決されたという事実に対する証人だ。
▲神様の恵みを本当に受けた後に、お金がどんなものかということを証拠、神様の恵みを本当に受けた後に、勉強がどんなのかを証しする証人にならなければならない。神様の祝福を受けた人が、お金を持っていなければならない。その証人だ。神様の祝福を受けた人が、成功が何かを説明する証人だ。神様の祝福を受けた者が、どんなものかを説明する証人だ。この祝福を体験するようになるように願う。
(2)イエス様がマリヤ..(16節)-今日もし神様が皆さんを呼ばれたら、どうなるのだろうか。
▲神様の聖霊が、この時間に皆さんの事業に働かれたら、どうなるのだろうか。それで、すべての信徒は復活された主に会おう。聖霊で働く本当に生きておられる主に会おう。レムナントが外に行って勉強しているのに、聖霊が働いて..復活の主に会った。この体験をしなければならない。
▲今日、復活されたキリストを聖霊で体験しなさい。どのように。信じれば良い。そうすれば、確かに皆さんに証拠がくる。この答えを子孫代々、味わうようになるように祈ります。
(The end)

☆☆☆ 1部録音資料☆☆☆
序論
▲今日、マグダラのマリヤに現れられたキリストの恵みが皆さんにあるように願います。ある青年が、ノーマンVピール博士に質問しました。なぜ、このように苦しみが多いのですか。どこに行けば、問題がないのですか。そのように質問しました。これにピール博士はこのように答えました。共同墓地に行ってみなさい。そちらには何の問題もない。その言葉は、生きている間には問題があるということです。私が見る時は、正確な答えではありません。そうなると深刻な問題がきます。それで人々が自殺するのです。さらに多くの人々が、どうすれば苦しみがなくなるかと思っています。ある人は、がんばれと言います。何でもがんばれと言うのです。そのように教えます。部分的に一理があります。
▲しかし、私はそのように考えません。無条件にがんばって、間違っていたらどうするのでしょうか。幼い子どもたちの童話に出てくることがあります。林の中でウサギが寝ていました。松ぼっくりが、ポトンと落ちたのです。その音がどれくらい大きいでしょうか。とても驚いて、逃げました。松ぼっくりなのかもわからずに走っていたら、鹿に会いました。鹿が熱心に走るウサギを見ながら、どうしたのと尋ねました。ウサギが答えました。今、すごい動物に会った。それで、鹿も熱心に逃げました。そうするうちに、キツネに会ったのです。どうしたのとキツネが尋ねました。今、怖い動物がつかまえにくる。もう少し話を補って、私たちは皆、殺されると言いました。そうするうちに熊に会いました。熊が尋ねます。どうしたのと、それで、熊も一緒に逃げました。そうするうちに、ライオンに会いました。ライオンが見て、どうしたのと尋ねました。本当に大変なことになった。今、すごいことが行われた。すごい動物が現れた。それで、ライオンも走ったのです。ライオンがしばらく走って、気分が悪くなって尋ねました。すごい動物とは何なのか。それで、熊に聞いたのです。キツネに聞きました。鹿に聞きました。君は誰に聞いたのか。ウサギに聞いた。ウサギが話すのに、よくわからないと言いました。子どもたちの話ですが、そのように熱心に生きてはいけないのです。
▲聖書は、そのように教えていません。私になぜ苦難がきたのでしょうか。どのようにすべきでしょうか。私たちはこう思います。聖書はそのように教えていません。アブラハムに苦難がきました。途方もない契約を持って出て行かなければならない人が、偶像崇拝をする現場でご飯を食べているのです。当然にこなければならない苦難です。神様は、アブラハムにそちらにいずに出て来なさいと言われたのです。わたしがあなたに与える約束の土地があるので、行きなさいと言われたのです。ところで、アブラハムはずっとそちらに留まろうとするのです。それと共に、苦しくて難しいと言うのです。違います。
▲皆さんがしなければならないことは多くあります。皆さんが今、負担になって難しいことも多いでしょう。私たちは行かなければならない道も多いのです。どれくらい重要なことがたくさん残っているでしょうか。神様の契約を本当に握る日、神様は聖霊で満たしてくださいます。皆さんは未信者ではありません。神様の子どもです。神様の契約を本当に握る時、聖霊充満を受けなさいと言われるのです。これは私の話でなく、神様の約束です。弱いと思って心配してはなりません。聖霊の満たしを与える。この約束が問題です。皆さんがご存知なように、アブラハムの孫はヤコブでしょう。ヤコブが何も目を開くことができなくて、していたのが、お母さんそばで皿洗いして、お母さんのそばで煮物を作って、何のために聖霊の満たしを与えられるでしょうか。皿洗いするのに聖霊の満たしが必要でしょうか。苦難が来るしかありません。ヤコブ、あなたは今、目を開いて出て見なさい。あなたが今、神様があたえる力を得なさい。後ほどヤコブがやられた事を考えてみれば、全部、神様が力を与えられることでした。後ほど戻る時も、兄が軍人400人を連れて出てきました。その時も、ヤコブが祈りました。この苦しみをなくしてくれと、その時、神様は違う話をされたのです。あなたの名をヤコブと言わずに、イスラエルと言いなさい。その契約を握った時から、神様はヤコブに力を与えられました。その息子がヨセフです。ヨセフは、ものすごい祝福を受けるべきなのに、お父さんのそばで、いつもおいしいものだけ食べて、良い服だけ着て座っていました。それでよいのでしょうか。苦しみが来なければなりません。苦しみではないのです。
▲本当に契約を握る時、神様が聖霊で働かれます。だれも奪っていくことができない聖霊で働かれます。神様の約束です。今日、皆さんが本当に契約を握って、本当に答えを受ける祝福があるように願います。私たちは本物を握ることができませんでした。
▲今日、本文のマグダラのマリヤは、イエス様に本格的に付いて回った人です。ところで、今、違うように握ったのでした。私たちもこのようになりやすいのです。イエス様の墓にきて、どれほど多く涙を流したのか、識別ができないほど涙を流したのです。私たちは今、イエス様がなさったみことばを分かったら、涙を流す理由はありません。今日の本文に、空の墓を見てどうなったか。いや約束のとおり復活されたのだなあ。と言わなければならないのですが、死体を誰が持っていったのか。イエス様が後から呼ばれても、園の番人だと思ったのでした。その方を誰が持っていったのか。探して下されば、私がその方を訪ねて行く。そのように漠然と話したのです。他の見方をすれば、信仰が良いと見えたりもします。そうなのではありません。私たちがこのように、下手すると違うようにがんばってしまいます。
▲皆さんが本当に契約を握る瞬間に、復活された主が現れられるため、聖霊で働かれるのです。私は幼い時、親ゆえに教会に通っていました。ところで、本当に信じなかったのです。問題はそれです。私は牧師の子どもたちが、もしもそうかと思って心配します。皆さんが子どもを産めば教会に来ます。本当に信じるように導かなければならないのに、そのまま教会に通っています。本物を信じないから。言葉にもできない、困難程度でなく、暗やみが訪れてくるのです。何か識別できません。神様がいるのか、いないのかと思います。そうしながら、とんでもないことが見えるのです。教会のあの人は、なぜあんな状態なのか。長老が、なぜあんな状態なのか。牧師がなぜあんな状態なのか。こういうものだけ見えるのです。教会の問題がしばしば見えます。教会がなぜこのように貧しいのか。神様はいないようだ。重職者が集まって、なぜ毎日、お金の心配をするのか、神様がいないのか。それなら、いない神様をなぜ信じるのか。本当に信じないから、そうなるのです。それで私の母の信仰を分かるから、ひとまず教会に行かなければ大変なことになると思っていました。私が教会に行かなければ、卒倒する可能性があったのです。それで、はやく年を取るように待ちました。年を取れば、2つのことを私の思いのままに通おうと思ったのです。そして、最も大きい祈り課題ではなく希望は、教会に行かないことでした。本当に私がそうだったのです。教会に行けば、前にも言ったように、絵だけ描いていました。週報に顔を描きながら落書きしたのです。時計だけ見つめていました。終わって、世の中の友人を見ると、より良くて、本当に信じないので、こういう問題がきたのです。ある日、私が19才の最後の日に話したのです。20才になれば、教会に行かないのが私の願いだったのです。私が教会に行かないと言うと、母が気絶するから。ひとまず休むと言いました。それが何の話かと尋ねられました。来週から教会に当分、行かないと言ったのです。どうしたのと母がとても驚きながら尋ねました。何かの試みにあって、そうするのかと尋ねました。試みにあうことが多かったのです。全部、試みでした。そんなことはないと言いました。予想通り、母はとても心配しました。どのようにして、あなたがそのように堕落したのかと言いました。堕落したのでなく、本来、信じなかったと言いました。それでは、あなたは今まで信じないで通ったのかと、心配しながら尋ねました。信じられないのをどうするのかと、初めて母に怒りながら正しい話をしました。信じられないのを、どうするのかと尋ねました。母は大変なことになったと心配したのですが、本格的に教会を止めて狂ったように歩き回ったのです。このように良い日、なぜ教会に座っているかということです。列車に乗るのは良くても、バスでも乗れば祈りが出てきました。または、船に乗る時、聖日なのに、礼拝する時間に船がひっくり返ることもあるかと思って祈ったのでした。その程度の信仰だけあったのです。ところで不思議です。完全にほろびてしまったのです。私は未信者ではないから当然だったのです。完全にほろびました。私の心はそうでないが、完全にほろびたのです。律法でも通わなければなりません。完全にほろびます。ある日、とても苦しくてだめだと思いました。教会に行かなければならない。それで教会に行くようになったのです。教会に行ったら、小羊が戻ってきたとして、すべてのことをみな任せられました。私がこれでも仕事は上手です。率直に仕事に対する大会をすれば、2等でなく、1等をとる心があります。それで仕事を上手にする人が好きではありません。以前の自分の姿を思い出すためです。仕事をとても上手にするから、教会で長老が大騷ぎしました。仕事をとても上手にするということです。教師、青年会会長、あらゆる事をみなしました。それでも、私は本当に信じなかったのです。これで、だめなのです。この渦中に誰かが過ぎ去る言葉で、あなたは教会の仕事をとても上手にする。そして、あなたを見ると、子どもたちをとてもよく教える。すべての偽りなのに、私にそのように話をしました。私を見て言うのに、神学校に行ってはどうかと言いました。神学校、普通、神学校にはそのように行っているようです。することもないので、行ってみようかと思ったのです。自分の心を知らずに、母は地面を打ちながら喜びました。それで、私は神学校に行ったのです。神学校で勉強するのによくできました。だれかが見れば、本当に信仰が良いのかと思います。勉強ができました。仕事を上手にしました。そういう私を見て、人々が勘違いして、伝道師として招待されました。何も考えずに私は行ったのです。とにかく拾って伝えて、福音なしで3年をそのように過ごしました。人が狂いました。どれくらい大変なのか、月曜日になれば、うわごとが出てきました。教会でこの話、あの話に苦しめられて、牧師先生が仕上げぐらいにあいさつをお互いにしたら、カバンをさげて歩く牧師先生の後ろ姿を見れば、足がふらふら、ふらふら、私もふらふらしていました。だめなのです。どれくらい難しいかわかりませんでした。
▲そのような、ある日でした。そのやさしいことを。これが正しいのか。なぜ嘘をついているのか。祈りもしなくて、答えもなくて、何もない。私は神様の前に表面で飾ることしかない。そのまま仕事大会をすれば、一等になることができる。全く信じないから。苦しみがずっと押し寄せるのです。そのようなある日でした。ア!キリストが答だな。この福音を分かったのです。その時から今まで30年間、神様の恵みで多くの答えを得ました。今でも皆さんが見る時は苦労しているように思うでしょうが、神様の恵みに感謝します。今でも残っているのは、どのようにすれば皆さんが神様の恵みを受けて、神様に栄光を帰すのかという心しかありません。よくできないのですが、心はそうなのです。そして、ものすごい神様の働きと証拠がどれほど多いかわかりません。あまりにも多くて、今、すべてを話せません。
▲最も重要なのは、神様を信じる時、実際的なことを見るのです。この時から、見られるのですが、続けて見せてくださいます。私は家系の問題も見えて、人々の霊的な問題が見え始めたのです。そして、多くの世の中の人々がよく生きているのだと思っていました。私は有名な歌手、タレントがよく暮らしていると思ったのです。立派な政治家たちが、よく暮らしているのだと思っていました。年を取って、おとなになりながら、その方たちを知るようになりました。とても難しいということを知るようになったのです。そして、少し時間が経って、世の中の外に出てみるようになりました。全世界が同じ問題にあっているということを知るようになったのです。
▲それで下ろした結論です。この福音を伝えなければならない。この福音を伝えて、彼らの霊的な問題だけでも解決しなければならないのだな。本当に握る瞬間、神様が聖霊で働かれます。今日、皆さんは契約を本当に握るように願います。その時、聖霊に満たされます。本当に契約を握る時、神様が天の軍隊を動員させられます。
▲今日、それでは、本当に復活の主にどのように会ったのでしょうか。今日の本文を見ながら、皆さんが力を得なければなりません。昨日、ある方の結婚式に行きました。結婚式に座ったところ、私のそばのお客さんの中の1人が、今日、三回目の結婚式だと話をしました。何の話でしょうか。朝に行って、お昼に行って、夕方に来たのです。忙しいということです。するとそばに座った方は、土曜日ごとに結婚式に行くと話していました。それで週末ごとに同じような食べ物を食べているということです。その方たちの話を聞いいたら、とても忙しくて大変に生きているということが感じられました。だから気が落ち着いていません。こちらに走って、あちらに走って、事業する方たちは、乗用車に乗って、お金をここ、あそこと止めるのを見ました。難しいのです。私たちの信徒は難しいのです。どれくらい朝からお昼まで我を忘れて走って、携帯を二つ、三つ利用してかけています。忙しいのです。どれくらい大変でしょうか。
▲皆さんが力を得なくてはいけません。何も心配しないように。聖霊の満たしをあなたがたに与える。そうすれば、力を受けるようになる。そして証人になる。いつまででしょうか。地の果てまで。これが本物ならば、全てが変わるようになっています。この味を本当に知ったら、言葉も変わって、考えも変わります。このことが事実ならば、今日、皆さんは力を得られます。今日の本文を見ながら、どのように得られるのでしょうか。

1.神様の生きておられることと約束を信じなさい
▲神様の生きておられることと約束を信じましょう。
(1)イエス様を園の番人と勘違いしたのですが、私たちとともにおられます。信じなければなりません。私たちは勘違いしやすいのです。アブラハムの家にお客さんが来たようでしたが、神様が主の使いを送られたのです。皆さんがご存知なように、ヤコブが格闘したように見られたが、神様がヤコブとともにおられました。ヨシュアが行く道に軍人に会ったのですが、神様が送られた祝福でした。私たちは知らずにいるのです。エリヤに、静かな中で神様の御声を聞かせてくださいました。神様がともにおられると。この約束を信じるように願います。難しくありません。本当に信じる瞬間。本当にみわざが起きます。礼拝堂建築とは何でしょうか。RUTCとは何でしょうか。OMCとは何でしょうか。本当に握る瞬間、働かれます。皆さんが本当に契約を握る時、神様は働かれるようになっているのです。目に見えない、だれも奪うことができない聖霊で働かれます。皆さんがいくら困難にあっていても、神様が主の聖霊で働けば終わるのです。この力を得るよう願います。この場には、教授も公務員も皆さんがおられます。裁判官もおられて、事業される方々もいます。どれくらい難しいでしょうか。それで、神様が力を得なさい。世の中があたえる力ではなく、わたしが与える力を得ろ、その約束をされたのです。この約束を本当に信じる時、みわざが起きます。
(2)キリストの死と復活は約束されたことなのに、マグダラのマリヤは本当に信じなかったのです。だれが死体を盗み出したのか。このように話して号泣しました。この涙は肉身的な涙であって本当の涙ではありません。後ほど分かったのです。本当にイエス様が復活されたのだなあ。本当にともにおられるのだな、この約束を信じるようになったのです。
(3)特に20章12節は、皆さんが記憶しなければならない部分です。白い服を着た二人の天使がイエスの死体を横たえた一つは頭の方に、一つは足の方に座っていたのです。皆さんが約束を握る瞬間、行われることです。出14 19節に見たら、モーセに先立って目に見えなく神様が主のみ使いを。皆さんどれくらい難しいでしょうか。信じるように願います。皆さんは悪霊の人ではありません。聖霊の人です。皆さんは悪魔の民ではなく、神様の子どもです。証拠が何でしょうか。ここにきているのです。証拠が何でしょうか。マグダラのマリヤは、たとえよく握れなかったとしても、その現場に来ているのです。地球上で最も祝福の現場に、そうでしょう。マグダラのマリヤが、よく知ってなかったのですが、最高の祝福の現場にいました。
▲皆さんは今、健康で、最高の祝福の現場に来ています。いろいろな病気で苦しんでいたり、とてもとても大きい苦難の中に悩む人々も多いのです。皆さんは祝福の現場に座っています。ダニエルが約束を取りました。皆さんもおわかりの通り、獅子の穴に入ってみたら、主のみ使いが獅子の口をふさいだということです。いつでしょうか。ダニエルが約束を握った瞬間。このように簡単です。皆さんが契約を本当に握る瞬間、みわざが起きます。皆さんは詐欺師の話を本当に聞けば、詐欺にあいます。そうです。なぜやられるのでしょうか。本当に聞くからです。皆さんが人の話を本当に聞けば、その話にやられてしまいます。そうでしょう。神様にみことばを本当に握れば、どんなことが行われるのでしょうか。聖霊が働かれます。そして、主のみ使いを送られます。U列王記19章35節、ヒゼキヤが祈ったその夜に、神様が主のみ使いを送って、アッシリヤ軍18万5千人を滅ぼしたということです。黙示8章3-5節を見ると、皆さんが本当に契約を握って祈る時、神様は天の御座のみ使いを送って、お手伝いを全部するようにされると言われています。

2.信じることで終わらずに主に会いなさい(15-17節)
▲二番目です。信じることで終わらずに主に会いましょう。今日、この女性が主を見たと言いました。完全に違うのです。皆さんも同じものを聞いたのと、信じるのと、見ることが同じでしょうか。皆さんが本物を見るようになれば、確かに変わります。
(1)完全な体で復活された主が、今でも聖霊で働いておられます。皆さんがキリストという単語を本当に理解すれば、聖霊が働かれます。
(2)それでは、皆さんの事業、皆さんの行く所に神様の国が臨むようになっています。
(3)それで、最高の約束は何でしょうか。聖霊の満たしを与える。力を与える。そのように約束されました。だからこの約束を握りましょう。主に会いましょう。今、会う方法は、私たちの目で見るのではありません。聖霊で働かれます。そうすれば、皆さんの答えがくるようになっています。

3.証しする喜びの中に入ろう
▲三番目です。証拠の喜びの中に入りましょう。答えがくれば喜びもきます。18節に見ると、マグダラのマリヤが行って、弟子に私が主を見たと、主が自分にこのようにおっしゃられたと伝えました。
(1)皆さんがこの契約を本当に握るようになれば、私の現場を見るようになります。神様が、なぜ私を今までこのように導かれたか分かるようになります。
(2)今は世の中にある現場を見るようになります。
(3)そして、多くの時代の重要なことを見るようになります。そちらに証人で。
▲こういう喜びを味わうようになるように願います。神様のみことばが成就する喜び。聖書に後ほど約束されました。後には、再臨して来られますが、復活された主が聖霊でともにおられます。
▲これを皆さんが知るようになれば、見るようになります。本当に答えが来るのを見るようになるのです。それでは話すようになります。この喜びが普通の喜びではないためです。こういう不思議な部分が起きれば、話す喜びも起きます。どれくらい驚くことでしょうか。私はびっくりしました。精神病の人々の集いに伝道しに行ったのです。行こうと思ったのではなかったのですが、ずっと行くようになりました。その病院には、本来、外部の宗教行事をできなくなっています。それでも入ってくるのです。教会でも、僧侶も、神父も手助けしようとします。そのところで、一度、体験をしてみるように願います。精神が良くない人たちは、薬を飲んでいます。薬を飲まないと、発作するのですが、その時に一度会ってみるように願います。とても驚きました。イエス・キリストの名を話せば、2種類の反応が起きます。ある人は必死のあがきをします。他の言葉をいえば大丈夫ですが、イエスの名前だけ話せば、必死のあがきをするのです。ある人は、イエス・キリストという名前だけ聞いて治る人もいます。人々が起きる実体を見ないから。ほとんど信じません。それで、私の話を聞いて、学生たちが台湾に行って撮影して映像を撮ってきました。計画を立てたのではなく、そのまま行ったのです。台湾でとても有名な悪霊につかれた占い師を訪ねて行ったら、行くと分かったのです。私たちの学生たち、青年たちが入ったら、なぜきたか、イエスを信じている、神様の子どもと言いながら、なぜ来たのかとぶるぶる震えながらおかしなことをしました。皆さんの目に見えないように、皆さんが契約を握る瞬間、すべての暗やみは崩れるようになっています。ところで、これが小さいことなのでしょうか。話さずにはいられません。女の子をつかまえて、殺した悪霊につかれた人が、皆さんに会って解決されたら、小さいことでしょうか。ここに医師もいて、裁判官もいます。しかし、すでに問題が来ているのです。この人たちが、問題を起こす前にすでに問題がきています。これを見ることができないのです。事故がおきる前に、すでに問題が来ています。どんな問題が来ていたのでしょうか。自殺する前に、すでに問題が来ていました。出て行ってなぜ火を付けて人々を刺して殺すのでしょうか。突然、寝て起きて人を殺すのでしょうか。こういう問題ではありません。今日、なぜこのように気持ちが良いと、人を殺すでしょうか。そうではありません。かなり以前から苦しめられたのです。残念なことです。もし、そのような人が皆さんに会って、ずっとキリストを話したら、すぐには癒されないこともあります。しかし、そのような事故は防ぐことができたでしょう。これが小さい喜びでしょうか。こういうものを全く見ていなければ、本当に喜びを知らないのです。
▲何も大変なことではありません。行って私がキリストを見た。弟子に、復活された主に会った。皆さん、この喜びが普通の大きい喜びではありません。皆さんが、聖霊で働く神様の恵みを体験する祝福があることを。科学的に体験するようになることを、イエス様の御名で祈ります。

4.結論-どんな証人になるべきでしょうか。
▲最後の結論です。皆さんはどんな証人にならなければならないのでしょうか。世の中の規則がみな必要ないという言葉ではありません。皆さんは、どんな証人にならなければならないのでしょうか。
(1)本当にキリストを知って、神様の子どもになったところ、すべての問題が解決されるという事実の証人です。お金が必要ないということではありません。神様の恵みを本当に受けた後で、お金がどうなのかを証しするのです。勉強が必要ないという言葉ではありません。神様の恵みを本当に受けた人が勉強が何かを説明しなければならない証人です。皆さんが、この祝福を受けることを希望します。
▲皆さんはお金があれば幸いだと思うのでしょうか。私はそのように考えません。かなり以前、釜山、ヘウンデで男の人が水着を着て死んでいました。水着の下のズボンを履いて死んでいたのですが、身分が分からなかったのです。泳いでいる途中、水の下からだれかが刺して殺したのでした。身分が分かりませんでした。ところで、水着のズボンのポケットに紙が一つたたんでありました。ビニールに包んで、濡れないように入れていたのです。見たら、小切手が五百万ウォン(約50万円)でした。水着に五百万ウォン小切手を入れるほどならば、乞食でなく金持ちの人だという判断で、ホテルの周囲で金持ちの人を手配をしたが確認されました。金持ちの財閥の息子でした。なぜ殺されたのかわかりませんが、わざわざ殺したのでした。ですから、お金が祝福ではありません。神様の祝福を受けた人がお金を持っていなければならないのです。それに、皆さんが証人です。私たちは成功が祝福だと話します。神様の祝福を受けた人が成功するのが何かを説明する証人でなければなりません。私がキリストに会いました。私たちは健康が祝福だと思います。私はそのように考えません。問題が多い人は、健康なより、病気であるほうがより良いのです。例えば、皆さんのご主人が変ならば、お金を儲けられないほうが良いのです。おかしなうえに、お金までたくさん儲ければ、おかしなことをして歩き回るでしょう。
▲神様の祝福を受けた者が、どんなのかを説明する証人なのです。この祝福を体験するようになるように願います。
(2)イエス様がマリヤと言われました。そちらにマリヤのすべての目と心が開いたのです。園の番人だと思っていたのですが、マリヤといわれたのです。今日、もし神様が皆さんに働かれたらどうなるでしょうか。今日、この時間に神様の聖霊が皆さんの事業に働かれたらどうなるでしょうか。私はそれを体験したのです。神様のみわざが皆さんに働かれたら、職場にどんなことが行われるのでしょうか。それで、すべての信徒は全く表に出さずに、復活された主に会いましょう。駅でイエスを信じなさいと騒いで、他人の家で騒いで、それは信仰生活が上手なのではありません。目には見えません。聖霊で働かれる、本当に素晴らしい主に会いましょう。
▲来る道で見たら、江西(カンソ)側から見れば、アパートを新しく建てています。ところで、おかしな光景を見たのです。車に乗って過ぎ去るのに、テントがいっぱい作ってありました。教会です。コーヒーもあげて、プレゼントもあげながら、教会に来てくださいと大騒ぎをしていました。並んで、みんな競争をしていたのです。恐ろしいのは、寺はそんなことは一つもありません。僧侶が出てきて、そのような場合はないのです。新しく建てたアパート周辺に教会が10ケ程度、列をつくって大騒ぎをしていました。そのような必要はありません。私たちの教会はそのようにしなくてもよいのです。聖霊が。聖霊の働きを分かれば、そのようにしなくてもよいのです。このように、皆さんが答えられて生きるようになっています。何かの事業をするように無理をすれば、うまくいっても、それでは教会ではありません。皆さん職場で、それでは非難されます。職場で静かに職場生活するのにも聖霊が働かれます。復活の主に会いました。レムナントが、外で勉強しているのに、まったく見えない所で聖霊が働かれます。レムナントが復活のキリストに会った。こういう体験が起きなければなりません。
▲私は幼い時、信じなかったけれど、間接的に母を見ながら分かりました。父が亡くなって、母が苦労したのを見ながら分かったのです。母の祈りを見て、間接的に分かりました。祈るのに、祈りの答えが何か分かりました。母の祈りは単純でした。神様、子どもたちを守ってください。私は力がなくて、お金もないから守ってください。力がないから、病気になってはいけません..ところで、その祈りが無知で単純な祈りですが、切実な祈りでした。私が見るのに、愚かだと思うほど、とても真実に祈っていました。ところで、本当に歯も一つ虫歯になりませんでした。不思議なことです。比較的、今でも歯が丈夫です。私の母の祈りです。病院に行くお金がないから守ってくださいということ。だから、小さいたとえですが、目に見えなく、あまりにも多くのことを私は見ました。そして、私たちは何の背景もないから守ってくださいと祈っていました。私たちがお金のために、他人に困難を与えたことはありません。しかし、それは肉的なものに過ぎません。ある日、本当に信じてキリストを知るようになったのですが、この福音運動はどれほど多くのところで、レムナントに伝達されたでしょうか。
▲今日、皆さんが復活されたキリストを聖霊で体験するようになるように願います。どのように体験するのでしょうか。信じれば良いのです。本当に信じれば良いのです。そうすれば、皆さんに確かに本当に証拠がきます。この答えを皆さんが子孫代々で味わうようになることをイエス様の御名でお祈りします。祈ります。

(祈り)
神様に感謝します。この世には多くの人がいますが、神様を知らない人も多いのです。それで自分の力のとおりに生きて、事故を起こして人殺しながら自殺する人もたくさんいます。私たちに神様の子どもとして呼ばれたことを感謝します。教会に通う人ではなくて、聖霊の導きを受ける人にならせてください。世の中を生かせるように聖霊に満たしてくださり、復活されたキリストに会わせてください。今日、この時間に真に本当に契約を握る時間にならせてください。信仰を持つ時間にならせてください。それで、霊的問題が解決されますように。病気が治りますように。この時間に、問題が解決されますように。すべての困難が祝福に変わりますように。私たちの悩みが賛美に変わりますように。私たちの葛藤が更新に変わりますように。今日、真の復活の主に会う真の証人にならせてください。イエス・キリストの御名でお祈りします。
(The end)



2部:世界を生かした初代教会のいのち運動
(使徒2:1-13)

☆☆☆ 2部要約資料☆☆☆
序論
▲私は今日、2つのことでまた神様に感謝した。
(1)長老がのりまき弁当を食べながら伝道チーム企画を始めた。
(2)タラッパンをして一番正しい宣教運動(宣教師+重職者+弟子が一つになるように長い間祈ったことが始まった)
▲序論-一応、出発を完全に信仰でしなさい。これが聖書の開始で,タラッパン運動の開始だ。
(1)個人の開始-私は背景、物質、力、持っているものが必要なく、神様だけが私に答えられれば良いと祈った。名誉も必要ないから、福音だけ思いきり伝えさせてくださいといった。
(2)教会の開始-完全信仰で出発
(3)インマヌエル・ソウル教会開始-信仰で出発
▲霊的なことは無条件に信仰で出発しなさい。どのように出発すれば良いのか。
1.使徒1:1,イエスがキリストだ!これがいのち運動だ。
(1)ものすごい種類の問題は創世記3章からきた-解答は一つ(創世記3:15,女の子孫)
(2)この時、蛇、サタンはこの時に崩れる(暗やみは崩れる)
(3)先に私が味わうのだ。そうすれば、解決される。
1)問題がくる時-すべての問題解決者はイエス・キリストだ!
2)葛藤がくる時-信仰を選択。この時、キリストがキリストになるのだ。
3)大きい有益がくる時-この時、イエス・キリストが私の主人だ。
2.環境を変える運動
(1)悪条件の環境-答えを捜し出そう(ただイエス)。実際に人を変化させるのは神様の力だ。
(2)世の中を真っ直ぐに見なければならない。
▲ヨハネ8:44、あなたがたの父である悪魔、Uコリント4:4-5世の神、ヨハネ16:11-14、世の支配者
(3)それで、簡単な答えが神様の国(使徒1:3)
▲それで、ある時は耐え、ある時は走って、ある時は挑戦して、待って...神様の国。神様の国が臨めば、世の中の国が崩れる。
3.私を変える運動
▲みな準備された。私を越えなければならない。これを使徒1:8、聖霊充満と言う。この時からみわざが始まったばかりだ。
(1)マタイ16:13-15、誤り信じている→ マタイ16:16、キリスト
1)エレミヤ-博愛が必要だが、博愛主義ではない。
2)エリヤ-福音は神秘なことであって、神秘主義ではない。
3)バプテスマのヨハネ-福音は社会を生かすことであって、社会主義、正義運動をするのとは違う。
4)預言者-福音は宗教性を持っているけれど宗教ではない。
(2)マタイ17:1-9,モーセ、エリヤが消えてキリストだけ残った。
(3)皆さんの体質を少しだけ参考にすれば、力の働きが起きる。
4.聖霊充満の結果-神様の力の働き
(1)使徒2:1-47節の5つの力が与えられる(風、火のような働き)
(2)使徒11:19-30、いよいよ宣教の働きが起きた。
(3)ローマ16:1-27節に、文化を生かす神様の働きが起きた。
▲この祝福が、すべてのメッセージを聞く方々に起きることを望む。
(1)礼拝に成功しよう(ヘブル4:12、たましい、関節、骨髄まで治療)
(2)経済-献金をささげる時ごとに4つのことを祈りなさい(十分の一、教会建築、世界宣教、RUTC)
(3)仕事-神様の契約、恵みを受けたことを継続しなさい。
▲初代教会に起きたいのち運動でペルーを生かそう!皆さんにいのちが入れば、ペルー生かして、世界を生かせる。皆さんすべてにこの祝福があることをイエスの御名で祝福します。
(The end)

☆☆☆ 2部録音資料☆☆☆
序論
▲神様に栄光の拍手を確かにささげましょう。神様に栄光を帰すことですが、拍手するのが健康にも良いのです。私は今日、2つのことを感謝しています。私たちの長老がのりまき弁当を食べながら伝道チーム企画をしました。多くの教団にいる方々が、こういう話をするのですが、なぜ柳牧師は伝道するのに、なぜ二千年ぶりに回復した伝道と言うのかと質問しますが、私はそのような意味ではないと答えています。聖書にある初代教会の重職者が伝道したのと同じ姿が、私たちの教会ではじめて起きたのです。私も教会史などの本を読んでも、そのようなことはありませんでした。そのような意味で、気分が悪くなる必要はないでしょう。たいてい気分が悪くなるなら、みなさんもしてくだされば良いので、二千年ぶりに伝道を回復しているということは、気分が悪い話ではないでしょう。もう一つ感謝したのは、ペルー地教会ができて、宣教師が派遣されるのです。これも誤って聞くことがあるのですが、私が見るには、タラッパンできて正式に正しく宣教運動が起きているのです。なぜなら、ホールリオ牧師は、何年か前から訓練を受けて、またキム・ソンジン長老が、長い間、いつも祈りをして、そして、長い間の訓練をする中にペルーの人が集まったのです。この方を静かに見たら、ずっと訓練を受けようとしています。そのような中でコ・ジンオプ長老など、後援会を構成しました。それでホールリオ牧師を宣教師として派遣して、またこの方たちが安らかに集まれる場所を作ってあげようとなりました。それが今日の地教会の設立です。本来、宣教はこのようにしなければなりません。ある日、牧師が海外旅行に行って、ここに教会一つたてるかといって立てるのは、宣教ではありません。ただ教会で教勢を拡張しようと、あの国に宣教師を派遣してみるかというようなことは、宣教ではありません。初代教会にあった通り、宣教師と重職者と弟子が一つになって、長い間の祈って始まることが宣教です。私としては、心にいろいろ気がするのですが、私は見ながら大きい答えだと思っています。
▲私が残念なことの中の一つは、多くの人々が、祝福をよく知らないで、受けた祝福をよく知らないから、時間がたてば困るようになることです。だから1つのタラントも、2つのタラントも全く同じなのです。問題は、1つのタラントをもらった人が、同じように努力すれば良いのに、その祝福を知らないということです。比喩ですが、その祝福を知らなかったら、持っていた1タラントも、十タラントを持っている人に与えると言われています。私たちが祝福を知らずにいれば、すでに奪われたということです。奪われることもないでしょう。私が数百人を派遣した宣教地を見ながら、このように聖書的なことはないと思います。現場から人が来ているのですが、この方たちが現場に行ってみたのですが、現場の言語を使うことができる牧師が数年間、訓練を受けました。しかし、ペルー宣教が構成されたのですが、どれくらい残念なのか、自分たちが集まれる場所を一つないのです。それで、私たちが時間を調整して、今週に作ったのです。ペルーの人々だけが安らかに集まりなさいと、単なる集いではなく、ペルーの地教会です。それで、外でできたのではなく、中から始まったのです。私がこのように考えました。このように施設がないから、神様が良い教会堂をくださる時間でないのか。神様も体面があるでしょうが、釜山でも人がいっぱいになってから、神様が与えられました。
▲このようにペルー地教会が始まって、ペルー宣教時代が開くのに、どのようにすれば良いのでしょうか。ひとまず、世界を生かした初代教会を見てみましょう。世界を生かした初代教会いのち運動を始めなければなりません。通訳をしている牧師夫人もよく考えてください。あなたの教会、私の教会と言う必要はなくて、ペルーの人々を支援しなければなりません。私たちは、もしこの方たちが私たちの教会に来ず、他の所に益になったら、そのようにすることもよいと思います。私たちの目的は、この方たちが、どのようにすればキリストをよく知って伝えるのか、そこに目的があるので、他の所ではありません。スペイン語も何もできなくて、さらに難しいと思います。それで良い時刻表になることを願います。ペルーだけでなく、全世界もそうでなければなりません。
▲特にペルー地教会が開くので、地教会としての出発は、完全信仰でしてください。ペルーの人々も全部、出発を完全に信仰でしましょう。これは契約を握って始めなければならないのですが、これが私たちの聖書の開始で、タラッパンの開始です。本当に神様は、この部分を重くご覧になっています。私が個人的に神様にそのように告白しました。私は背景、力も持つものが必要なくて、神様だけおられて答えられれば良い、それが私の祈りの課題でした。また、名誉も必要ないから福音だけ安心して伝えさせてくださいと言って、そして今は周囲の力になることは、頼りませんと告白しました。それが重要な出発だったのです。私が始めた時、とても難しかったために、この恵みを受けたのです。実際に少し頼れるものがあれば、頼ったのですが、なかったのです。それが恵みになって出発を信仰でしました。それを神様が喜ばれたのか、難しい伝道の門がたくさん開かれたのです。ところで、釜山のインマヌエル教会を見てください。私が行った時は、12坪で何もなくて、その時、また確認したのです。完全に信仰で出発すること。そのようにして、助けからみな切って、宣教費を考えることからして、私たちが出発から神様が喜ばれる方向に行こうとしました。このように信仰で始めたのですが、その時は何でもないようでしたが、とても重要な結果が出てきたのです。それよりさらに難しかったのですが、インマヌエル・ソウル教会です。まだ私たちには教会堂がありません。ところで、私たちは世界宣教して、実際には皆さんはRUTC献金も一番よくしています。私たちのペルー地教会は、よく見て、不信仰を捨てて信仰で出発してください。一度実験してみてください。
▲ある人が、植物を育てるのにも、歌って音楽を聞かせてあげた植物は生き生きしたのですが、そうではない植物は死んだということです。その話を聞いて日本の宣教師は、りんご二つに、一つは日本語で「ありがとう」と書いて、もう一つは「嫌いです」と書いたのですが、不思議に一つはしわしわになったのでした。自然的なこともそうですが、霊的なことは無条件に信仰で出発しなければなりません。

1.使徒1:1,イエスがキリストだ! これがいのち運動です。
▲どのように出発すれば良いのか使徒行伝1:1すべてにまさる真理、イエスがキリストだ。これがいのち運動です。
(1)どのように出発すれば良いのでしょうか
みなさんにある1万個以上の問題を、詳しく見てください。問題を見つめて、見つめて、また、見つめれば創世記3章からきています。問題は1万種類を越えるのに、これが創世記3章からきたと分かります。だから神様を離れたところからきているのです。問題は1万種類を越えるでしょうが、本当に詳しく見れば、詳しく見れば創世記3章です。ところで解答は一つです。簡単なのです。問題は1万種類が越えるのですが、答えは創世記3:15の女の子孫。それで終わるのです。女の子孫が蛇の頭を踏み砕く。これをペルーチームが本当に信じるように願います。
(2)これを本当に信じれば、どんなことが行われるのでしょうか。創世記3:15の蛇、サタンは、この時、崩れるのです。これを皆さんがよく知っていることでしょう。イエスがキリストだと信じる瞬間、この存在サタンはとても恐れます。イエスがキリストであり、すべての問題解決者だという答えを本当に持っていれば、サタンは恐れます。サタンはどんなのも恐れません。何人にもならない私たちのペルーの使命者が本当にこの答えを持っていれば、ペルーの暗やみは崩れ始めるのです。
(3)この恵みを私が最も味わうのです。そうすれば、解決されます。この祝福をペルーチームが先に味わえば、ペルーが生かされるようになります。
▲私たちは問題が来る時があります。この時、私たちはどのようにするのでしょうか。すべての問題は創世記3章からきたのですが、すべての問題解決者はイエス・キリストです。私たちに葛藤が来る時があって、直ちに判断しなければなりません。そのような時が多いでしょう。選択しなければならないでしょう。このような時に、多くの葛藤の問題がありますが、この時に信仰を選択するのです。この時、キリストがキリストになることです。先週に話したのですが、私に大きい有益があるとき、この時、注意しなければなりません。イエス・キリストが私の主人です。この答えを持った人々が初代教会の信徒でした。皆さんがこの答を本当に1秒だけ持っても、答えはとても大きいのです。私は遠い以前に、イエスがキリストだな、すべての門の解決者だな。創世記3章を解決したんだなあ。それだけ思ったのですが、今、この場にいます。すべての問題がきて暗やみがきても、やられませんでした。どんな暗やみ勢力も、私たちのペルーチームを触れなくて、伝道者を触ることができないのです。この運動が初代教会のいのち運動です。

2.環境を変える運動
▲二番目です。この祝福を持って直ちに行けば、環境が問題になります。環境はとても難しいことがあります。必ず記憶しなければなりません。
(1)ある時は、とても悪条件であることがあります。心配せずに考えなければなりません。環境がとても悪条件である時は、どのようにするのでしょうか。私は悪条件のゆえに答えられたのです。私たちのペルーチーム、すべての難しい人は、記憶しなければならないのです。伝道するためにソウルに上がってきたことがあって、私は帰りながら、簡単に答を出したのです。ソウルはお金が多いな。ソウルには人が多いな。ソウルにはすべての人材がみな集まったなあ。ソウル駅もとても大きいな。今、見れば小さく見えますが、その時は、ものすごく大きく見えたのです。それで、結論を出したのです。釜山、影島(ヨンド)は島で田舎だな。そこで驚くべき結論を出したのです。ただイエスだけ可能だ。私はそのように信じたのです。ところで、そこで最も良い答えを得たのです。それでここで最も大きい答えを捜し出さなければならないのです。これからペルーチームやホールリオ牧師に、難しいことがきた時ごとに、それがまさに機会です。金持ちの人はお金を持ってすることができるが、私は神様の力で。実際の人を変化させられるのはお金ではなくて神様です。これを必ず銘記しなければなりません。
(2)世の中を真っすぐながめなければなりません。
ヨハネ福音8:44あなたがたの父せある悪魔。Uコリント4:4-5この世の神、世の支配者、ヨハネ16:11-13世の王
(3)それで簡単な答えが出てくるのです。神様の国。これが答えです。いつでも私たちのペルーチームは、これを目標にしましょう。神様の国。ある時は耐えます。神様の国のために。ある時は走ります。神様の国のために。ある時は挑戦します。神様の国のために。どんな困難がきても揺れません。神様の国。これが初代教会のいのち運動です。普通、失敗する方は、待つことをしないのです。フーリオ牧師は、数年を待って、長老が祈ったが数年になりました。真に幸いです。場所もないのにペルー地教会を始めるということは、本当にすごいことです。私たちは全国、世界すべての宣教師は参考にしなければなりません。
▲環境です。どれくらい重要だから、40日間、説明されたのでしょうか。今日、みことば聞くすべての現場に神様の国が臨むようになることを希望します。なぜでしょうか。その時、初めて世の国が崩れるのです。この話をローマの人々が誤解して、世の国が崩れるというので、誤り悟ったのです。ローマにある暗やみの悪魔の国が崩れるということです。話をわかるべきで、世の国の支配者、王と言ったら、ユダヤ人が誤解したのです。ユダヤ人が無知で、わからなかったのです。悪霊が見えたらわかったでしょうが、みことばで話されたので、わからなかったのです。それd、イエス様の罪名がユダヤ人の王としました。ものすごく勘違いしたのです。皆さんの家にひょっとして問題がある人は、これが崩れなくてはいけないのです。わかることを望みます。ペルーの人がわかることを望みます。私たちのペルーメンバーが行く所ごとに神様の国が臨むように。

3.私を変える運動
▲三番目。みな準備されています。私を越えなければならないのです。すべては準備されています。私を越えることを、使徒1:8聖霊の満たしと言います。この時からみわざが起き始めるのです。
(1)マタイ16:13-15と何かなっているでしょうか。誤って信じているのです。イエス様が誰か、エリヤのようだと言います。エレミヤのようだと、預言者のようだと、バプテスマのヨハネのようだと言います。それでだめになったのです。そのように知っている人も多いのです。エレミヤのようです。そういう要素もあります。今でもこうすれば人々がとても喜びます。釜山にペク・キョンウィ牧師という方がおられました。教会の信徒を一番たくさん集めました。教会の信徒に尋ねてみたら、良い点が何かと言ったら、私たちの牧師が、一生の間、黒いゴム靴をはいて、洋服一つで生きているということです。それが恵みになるのか、すごいということでした。黒いゴム靴を履けば、冬には霜焼けになってしまうから、薬のお金がもっとかかるはずなのにと思ったのですが、私たちも知らず、こういう思想が入っているのです。エレミヤ思想です。こうしたことは必要なことですが、博愛主義ではなくて、とても用心しなければならないのです。博愛思想はあるのですが、博愛主義ではありません。私たちはペルー地方に愛が必要ですが、ただ福音だけが必要です。これでイスラエルがほろびたのです。イエス様が尋ねました。何と言ったかというと、エリヤのようだと言いました。私たちには神秘な力が必要なのですが、神秘主義ではありません。人々はほとんどみな驚くのです。韓国で統計が出てきて、教会で何かおかしなことするところがあるでしょう。そこに知識人がたくさん集まるという証拠が出てきたのです。驚くことでしょう。目をとじて見せて、刺して、押して、そんなことに知識人が一番たくさん集まるという事実です。そして、今現在おかしな集会で、米国人が一番たくさん集まるそうです。結局、どうなるのでしょうか。それは教会ではないので、そんなにして、教会が崩れたのです。大きい問題は知らずに、小さいことだけ知っているから、注意しなければならないのです。福音は神秘ですが、神秘主義ではないのです。バプテスマのヨハネのようだと言います。福音は社会を生かすことですが、社会主義ではありません。難しい話でしょうが、必ず記憶しなければなりません。福音は、社会定義を正して社会を生かすことであって、その運動するのではありません。預言者のようだと言います。福音は宗教性を帯びているけれど、宗教ではありません。あなたがたはわたしを誰だと言いますか。あなたは生ける神の御子キリストです。
(2)マタイ17:9モーセも消えて、エリヤも消えて、キリストだけ残りました。皆さんが記憶しなければなりません。
(3)皆さんの体質があります。少しだけ参考にしてしまえば、力の働きが起きます。しかし、聖霊があなたがたの上に臨めば、力を受けて地の果てまで証人なりますと言われました。私は後輩の牧師に会えば、いつも話します。本当に牧会を大きくしたいなら、牧師の思いのままにする教会になってはいけません。それは一番小さい教会を作ることです。本当に宣教を正しくしたいなら、宣教師の思いのままにしてはいけないのです。こうしたことが行われれば、すばらしい働きが起きます。小さい体質を参考にすれば、驚くことが行われます。そうすれば、ものすごい結果が出てきます。

4.聖霊の満たしの結果-神様の力の働き
▲聖霊に満たされたらどうなるのでしょうか。今日の13節に何となっているでしょうか。12節から見れば、人々はみな、驚き惑って、互いに「いったいこれはどうしたことか。」と言った。13節には、しかし、ほかに「彼らは甘いぶどう酒に酔っているのだ。」と言ってあざける者たちもいた。聖霊に満たされた人に、この人たちは酒に酔ったかと言われると、表現はうまくしていると思います。お酒に酔えば、どうなるのでしょうか。我が家のお隣りのおじさんは礼儀正しい人なのに、酒だけ飲んだら、夜通し話しました。あまりにも騒々しくて言いに行きましたが、ずっと騒ぐのです。朝寝て起きれば申し訳なくて、私たちを見つめられないほどでしたが、それでも、またそのようにするのでした。聖霊に満たされれば、どうなるのでしょうか。前は言えなかったが話が出ます。酒に酔った人はどうなのでしょうか。自分の行動が自分の思うとおりになりません。酒について行くのです。聖霊に満たされたことをそのようにたとえるのですが、私の力ではなくて、神様の力の働きが起きるのです。
(1)いよいよ皆さんとペルーチームに神様は、使徒2:1-47の5つの力をくださいます。この契約を握って出て行くのに、風のような火のような働きが起きるようになります。防げないのです。私が火事に何度か会ったのですが、防げない風のような火のような働き。これは良い意味で、風のような火のような働きが私たちのペルーにそのような風が吹くことを望みます。すると、伝道の門が自然に開かれます。このようにならなければなりません。風のようなみわざが起きるので、伝道の門が自然に開くのです。教会が騒ぐのではなくて、聖霊のみわざが起きれば、自然にみわざが起きるようになっているのです。すると、ペテロが宣教するのにみことば成就が起きて、三千人の弟子が起きて、家ごとに変化が起きました。
(2)この契約のいのち運動したところ、みわざが起きるのに、使徒11:19-30いよいよ宣教の働きが起きました。
(3)ローマ16章、文化を生かすほどの神様のみわざが起きたのです。この祝福がすべてのメッセージを聞く方々に起きることを希望します。
▲皆さんに一番心配が何かでしょうか。私が見るには一番難しいのが恵みを受けられないことでしょう。牧師の一番、難点が何かというと、宣教しようとすれば問題になるのです。私たちのフーリオ牧師も、メッセージしようとは思わないでください、ペルーの良いチームも来ていますが、他の人に押し付けようとか、語ろうとせずに、恵みを受けようと思えば、働きが起きます。また、皆さんが説教を聞こうとせずに、神様の御声を聞こうとしてください。ですから、最も礼拝に成功すれば良いのです。これ一つだけしたら、神様が働かれます。今日皆さんのからだの中にある病気も治ることを望みます。霊的な病気も治ることを望みます。なぜならヘブル4:12に確かにそうなっていて、たましい、骨髄、すべて根っから治療するとなっています。
▲私たちに一番心配になるのが何かというと、私が見るには経済でしょう。今日から、献金をささげる時ごとに四つを祈ってください。献金をささげる時ごとに、私と私たちの子孫がささげる十分の一で教会を生かすようにしてください。祈りましょう。多分、私が見るには私たちの孫たちは、大きい経済を得るでしょう。私がこの祈りを毎日継続しているからです。今まであった教会堂ではなく、国家と社会に献身できるほどの文化を生かすほどの教会堂を作らせてください。必ず祈らなければなりません。そして、全世界の霊的文化を変えられるように経済祝福をください。RUTCをたてられるように。この程度は受けなければなりませんある人はギャンブルのためにラスベガスを立てたのですから、皆さんは神様の世界福音化のために祈り始めなければなりません。そのようなある日、私がこう考えました。私は今、お金がない。それで、伝道師の時、お金はありませんでした。しないのが当然だと思っていたのです。ある日、今日のようなこういう日でした。宣教師が派遣されて、礼拝をささげるのに、自分の心の中にあることが来ました。本当に伝道する方が宣教に行くようになったのです。私は経済がないと思ったのです。それで、しなくてもよいと思ったのです。その日、考えを変えました。神様に本当に祈れば、答えが起きます。みじめな気がしたのです。私が、なぜこうしているか。世の中に転げまわるのがお金なのに、私が宣教費をできないくらいなのか。神様はその短い祈りをお聞きになって答えられたのです。
▲また、何が問題なのかとういと、仕事が問題になるのでしょう。仕事をする時は神様の契約、神様の恵みを受ける、こうしたことを継続すれば良いのです。初代教会に起きたいのち運動で、ペルーを生かしてください。これはタオルです。これが落ちれば音がします。これを強く殴れば強く音がします。もし、これをさらに強く殴れば、音はより大きくて、もし一トンが落ちればとても大きな音がするでしょう。当然の結果です。ペルーにいのち運動が起きればペルーは変わります。私は本当に不思議です。ご飯をたくさん食べれば、お腹がいっぱいになります。当然の話しですが、いのちが入れば、ペルーを生かして、世界を生かせます。今日から、ペルー宣教を始める方々と、ペルーの人々とホールリオ牧師に一生、教会史に残る答えがあるようになります。皆さんすべてにこの祝福があることをイエス様の御名で祈ります。

(祈り)
神様に感謝します。私たちのペルーを生かす神様の働きが始まることを感謝します。今日、私たちにいのちを与えてください。神様の国を与えてください。聖霊の満たしを与えてください。私たちの力で行うことができませんが、神様の力で私たち自身と世界とペルーを生かすようにしてください。今日、苦労したすべての方に神様が力を与えてください。私たちすべての重職者に最高の力を与えてください。すべての教役者に霊的な力を与えてください。私たちの聖歌隊と教師たちに神様の奥義の力を与えてください。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン
(The end)