2008年12月7日  インマヌエル教会聖日礼拝メッセージ


1部:新しいもののために昔のものを捨てなければならない
(使徒1:1-11)


☆☆☆ 1部要約資料☆☆☆
序論
▲使徒1:1-11節は聖書66巻の中で一番重要な部分だ。この本文の中に入っている命令と約束は何か。
1.今は何も恐れずに、昔のことをみな捨ててしまいなさい。
(1)昔の力ではだめだから、新しい力を得なさい。
(2)昔にした律法、制度、宗教ではだめだ。それで昔のことを捨ててしまい、使徒1:8を握りなさい。
(3)だれも教えないこと-霊的問題、解答、未来(人生最後)-それでずっと、ただ福音! ただ聖霊! を強調しなければならない。それで新しい力を得なさい。
2.新しいもの-五つのキャンプをしなさい。
(1)人生キャンプ-使徒1:1,3,8節を持って人生キャンプをしなさい。
▲人生キャンプ-皆さんすべての人生の中にイエスがキリストとして来られて、すべての問題を解決された! この答えを持って少しだけ待っていれば、神の国、聖霊に満たされる働きが起きる。この時に、大きい力ができる。このキャンプが続かなければならない。
(2)自分のキャンプ-皆さんが伝道しにでかける前に、皆さんの事業、現場、学業にキャンプが起きる(創世記1:3、イザヤ60:1-3、ヨハネ1:9、Iペテロ2:9)
(3)教会キャンプ-教会にきては五つだけを見よう。今日私を聖霊が満たしてください、私に伝道の門を開けてください、神様のみことばが私の現場に働いてください、弟子を付けてください、みことばを持って行くのに現場を生かすようにして下さい! この力を得るのが教会キャンプだ。
(4)伝道キャンプ-この3つの祝福を受けた人々が、聖霊の導きを受けるならば、黄金漁場、死角地帯、災い地帯が見える。そこにわざわざ行くのを伝道キャンプと言う。
(5)持続キャンプ-だれも手助けしなくても生き残るべきだ。
3.すべての個人にくださったみことば
(1)すべての教役者個人に,
(2)重職者個人に,
(3)レムナント個人にくださったみことばだ。
▲レムナントにあたえるメッセージ3つ-どこへ行こうがメッセージを握って一人で生き残りなさい。インマヌエルの時間を持ちなさい。聖霊の力で力を得なさい。使徒1:11、イエス様が再臨して来られるその日まで...この力を得なければならない。
4.結論
▲アメリカに行ってきながら神様にささげた-五つの祈り
(1)1千万弟子- 1秒も浪費しないで1千万弟子を祈りますように。
(2)小さいこと-最高、最善、最大のことに...
(3)伝道文化-伝道文化を作り出させてください。
(4)時代文化-私たちの教会で時代文化を作り出させてください。
(5)他の団体(韓国教会)を助けるようにさせてください。
▲昔のことを捨てろということは、すでに昔のことは終わったから捨てろということだ。私たちが本当に恵みを受けて、神様の力を知っている以上、不信仰に気を遣う必要はない。最高の単語キリスト、最高の答え神の国、最高の力聖霊の満たし! これを持って全てのものをすれば、世界を征服することができる。皆さんがこの祝福で本当に新しい力を得るように願う。神様、私にこの恵みを与えてください! 六日間に、この祝福を確認しに行く、こういう現場になることをイエスの御名で祈ります。アーメン
(The end)

☆☆☆ 1部録音資料☆☆☆
序論
▲マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書は、イエスがキリストだ! という主題ですが、なぜ同じことを4度も書いたのでしょうか。マタイの福音書はユダヤ人にした説明です。それで、マタイ1章を見れば、私たちが理解できない家系図の話が出ています。それはユダヤ人が家系図をよく問い詰めるからです。マルコの福音書は、異邦人に書いた文です。そして、ルカの福音書は、人のからだを着たという観点で書かれた文です。ヨハネの福音書は、イエス様は単なる人ではなく神様だ。その観点で書かれました。それでは、使徒の働きは何でしょうか。使徒の働きは、イエスがキリストという事実を信じる人々の証拠です。それではこの部分のみことばをよく理解しなければなりません。信仰生活を良くすることは救われることですが、みことばを確かに受け取ることです。4福音書を見終わって、使徒の働きを新しく見るようになりました。
▲10年前の事です。アメリカから招かれて行きました。集会をするのに、牧師がたくさん集まっていたのです。ところで、私は講義を自分一人でするのだと思っていたのですが、前に違う人々がされたようでした。前にどんな方が講義をしたのか私は知りません。ただ単に3日間、集会をしたのです。集会をする3日間、人々が変に笑ったのです。おもしろくて笑うのではありませんでした。変に笑いました。変に思って、顔に何がついているのか、そう考えながら講義したのですが、知ってみたら、ある人が話してくれたのは、私の前にある方が特講をされたのです。特講の講義内容が問題だということです。それも、ワシントンで、何の講義をしたのかと尋ねました。その方の専門がイエス様の再臨だということでした。それで、再臨に対する講義をしたということです。ところで、その方の講義を聞くこともせず、話合いもしなかったのに、その反対の講義を私がしたのでした。イエスをよく信じれば良くて、再臨を待つことが何か、このように講義をしたのでした。イエスをよく信じればイエス様が、いつ来るかという日をおいて待つだろうか。いつ来られようが良いのではないか。ところで、なぜ日をおいて、いつ来られることだ。このようにする必要があるのか。お父さんや夫が外国に出たとすれば、いつ帰ってきても良いのではないか。夫がいつの日、何日、何時に帰って来るのかを問い詰めるのは、浮気心があるからではないのか。そうではなくて、イエスをよく信じれば良く、何のために再臨の日を待つかと言ったので、みんながおもしろがったのです。前の牧師は再臨を待つことに対して説教をしたためです。さらにおもしろいのは、前の牧師が私の講義を聞いていたのです。こういう大きい失礼を私がしました。ところで、その方は今でも誤解して、本当に悪い人だと思っていることでしょう。自分の講義を丸ごとひっくり返したので、悪いと思うでしょう。本当に誤解ですが、変に、私はそのような誤解をしばしば受けます。
▲また、申し訳ない方がおられます。ソウルにチョ・チュンサン牧師という方がおられます。その方が、私を講義に招請されました。前はその方が講義をして、後の部分は私が講義をしたのです。私がそれを知らずに行きました。牧師だけ集まっていたのですが、説教をどのようにするか。牧師が集まったから、説教をしなければならないので、講義をしました。神様のみことばそのまま受けてすれば良いことではないでしょうか。神様が最もお望みのものを知って、お手伝いすれば良いではないでしょうか。牧師が聖書を持って、変に解釈をしなければならないので、帰納法や演繹法、それが何の必要があるのか。私が分かることでは、それは必要ないと説教したのですが、また笑うのです。知ったところ、チョ・チュンサン牧師が、前の時間に演繹的講義、帰納法的説教方法を講義されたということでした。世の中には、こういうことがあるでしょうが、私がその時間にきて説教をするので、その方が衝撃を受けられたのです。その方が知らないふりをして、私が講義を終えてから挨拶もしました。車に乗ったら、連絡がきました。今日、牧師先生の講義を聞いて恵みを受けたが、まさに前の時間にチョ・チュンサン牧師が演繹的講義、帰納的講義をしたということでした。よりによって、牧師先生がそれを言及して、私たちがとても衝撃を受けた。それで訊ねたいことがありますと言いながら、分かってしたのか、知らずにしたのかと尋ねられました。本当にとても、驚くことですが、本当に知らずにしたと話をしました。
▲こういう話をする理由は何でしょうか。それが重要なのではありません。私たちが神様のみことばをどのように受けるかが重要で、その講義を牧師がして、私の話と私たちの話しをしたのです。今、ここにはレムナントも多くて、聖書勉強する人々も多いですし、私は時々、市中に出て行って聖書勉強をする本がたくさん出ているのを見ました。必要なことです。私たちは多くの聖書勉強と集いを持ちます。必要なことです。しかし、私はそのように思いません。神様がこの聖書のみことばで私たちに何を伝えようとされるのか。それをのがしてはならないのです。そうでしょう。牧師のすることはそれしかなくて、そのお手伝いだけすれば良いのです。さらに多くの解釈をする必要もありません。私たちの聖徒は、神様の民だから、主のしもべは、このみことばをどのようにお手伝いするのか、その悩みだけすれば良いのです。
▲英国に有名なマルティン・ロイドジョーンズという学者がいます。多分、亡くなったでしょう。英国の世界的な学者です。私がその方の本を読みながら、たくさん学んだ方だということを感じました。しかし、それではありません。ローマ1章2章を講義したのですが、厚い本を3冊書いていました。これが正しいのでしょうか。本当に神様がパウロにおっしゃられた時、聖書何節かしかならないことを、本3冊にでも出てくるようにされたのでしょうか。
▲私はそうではないと思っています。皆さんがみことばを握って、とても多くのことを誤って理解してしまえば損をします。
▲今日、使徒1章1-11節は、聖書66巻のみことばの中で一番重要なみことばです。この本文のみことばの中に入っている命令と約束は何でしょうか。私は3つのことを悟りました。ある部分で、私が悟ったというより、今日の本文のみことばに、私たちに弟子に3つのことをおっしゃったということです。

1.今は何も恐れずに昔のことをみな捨ててしまいなさい
▲最初が何でしょうか。今は何も恐れずに昔のことをみな捨ててしまいなさい。なぜかというと、弟子たちがぶるぶる震えているからです。それで、イエス様が一番最初になさったみことばが、聖霊に満たされれば、力を受けて、私たちには力がないから、昔の力ではだめだから力を受けなさい。昔のことをみな忘れてしまいなさい。昔のことを捨てなさい。なぜならば、弟子は今、貧しくて力もありません。それをもってはだめだから、聖霊に満たされなさい。そのメッセージです。昔の考えをもってはだめだから、みな捨てなさい。
▲どんなレムナントが私に手紙を送ってきました。牧師先生の説教でエリート、その次に選手たちをほめるから、私たちは力が抜ける。私のような者は、上手にできることもなくて、なるのもないのに、どのようにすべきか、こういう内容でした。それで私が答えを書こうとして書きませんでした。なぜならば、何か答えるべきか悩みになったのです。あらましその学生のことが連想されで、答えが悩みになりました。多分、そのレムナントは答えを待っているでしょう。エリートが基準になって、上手にする人が基準になれば、私たちはどのようにすべきか、私はそのような意味ではないのです。韓国があまりにロウソクを持ってデモして、けんかをする中に、私たちのレムナントが韓国の人々を喜ばせるサッカーをするので、どれくらいうれしいのか、神様に栄光を帰すのです。先週にも多くの政治家たち知識人が事故を起こすのに、私たちの教会の長老から、韓国の人を喜ばせるニュースが出てくるからうれしいのです。神様に栄光を帰すことができるから。▲明らかな事実は、弟子の昔の力をもってできることではないのです。今日、神様がすべての弟子と皆さんに、レムナントにされるみことばは何でしょうか。新しい力を受けなさいということです。
▲昔にした律法、それではだめなのです。昔にした制度、宗教ではだめだということです。特に、イスラエル民族は、選民思想があって、それではだめだということです。昔のことを捨てろということです。イエス様が、弟子を集めておいて、今は地の果てまで達して証人になります。特に、私たちは昔のことを捨てるべきな理由があります。
▲市中に行くと、だれも教えてくれない人生という本がありました。買って読んでみたら、単に成功した人々の裏話を書き込んでありました。ところでタイトルは、だれも教えてくれない人生とあったのです。私は聖書を見ながら、人々がだれも本当に教えていないことがあって、その部分が何なのかというと、霊的な問題で、それはだれも教えてくれないのです。また、人々に本当に習うことができないことがあって、それが霊的問題に対する答えなのです。
▲さらに重要なのは、私は現場に伝道をしながら、寺にも行って、いろいろな所に行ってみました。驚くべき発見をしたのです。何の発見をしたかというと、ムダン(霊媒師)をした人、ムダン(霊媒師)をする人々が人生の最後にはみなほろびるのです。それでその話をしたところ、タラッパンでムダン(霊媒師)だけ五百人が立ち返る、こういう話をしてはいけないのですが、僧侶が長い間の宗教生活をした人々なのに、ほとんどみな精神問題がくるのです。本当に驚くことです。そして、今現在、僧侶一人がきておられます。その方が何と言うかというと、そのような方たちが多いということです。そうなるしかないということです。さらに恐ろしいのは、教会に通う人の人生の最後には、困難を受ける人があまりにも多くて、これが話になるでしょうか。話になりません。
▲私はその部分を見ながら、そうだ、本当に福音をずっと強調しなければならないな。私は時間がたてば、ますます本文のみことばが正しくて、ただイエスだけだな、それこそ、ただ聖霊だけだなと思います。皆さんが多くのことをしなければならないのですが、本当に新しい力を得なければなりません。それで、弟子たちを集めて、何の過去も尋ねないで、聖霊に満たされて地の果てまでわたしの証人になります。皆さんの学業が必要ないということではなく、皆さんの技術が必要ないということではなく、霊的なこの部分を誰も知らないので、昔のことを捨てろということです。弟子が力がなくても心配しないように。新しい力を与える。その意味です。弟子は貧しいのです。それでない、新しい答えを与える。その意味です。この約束が本文の約束です。
▲それでは、私たちはどのように新しい力を得なければならないのでしょうか。今日、イエス様がこのようにおっしゃられて、神の国の事を40日間おっしゃられて、最後になさったみことばが、聖霊に満たされれば、力を受けて、地の果てまで証人になると、この約束をされたのです。

2.新しいこと-五つのキャンプをしなさい
▲今日から皆さんは五つのキャンプをしなければなりません。キャンプは光を照らすことです。今日からこのみことばを握って、地の果てまで証人になりなさいということは、全世界に光を照らせということですが、皆さんがこれをしてみるように願います。
▲核心集会の時、少しの間、説明したのですが、今から五つのキャンプ、だれでもできます。
(1)最初、使徒1章1,3,8節を持って人生キャンプをしなさい。神様がこれを望まれるのです。多くの方が尋ねます。どのように伝道すれば良いのですか、それはその話です。人生キャンプから始めなければなりません。テオピロよ。私が前の書というのは、イエスがキリストであることが証しされました。イエス様が弟子らに神の国について40日間、説明されました。イスラエルの状況を心配せずに聖霊に満たされれば、地の果てまで証人になると約束されました。それなら、皆さんがこの力を得なければなりません。この祝福をどのように受けるのでしょうか。五つのキャンプで受けるのです。人生キャンプ。今日、皆さんになければならないキャンプが、一番重要なのが人生キャンプです。レムナント7人を見てください。初代教会の重要な働き人が、全部、この部分に勝利しました。いったい人生キャンプとは何でしょうか。皆さんのすべての人生の中に、私たちは滅びるしかないが、イエスがキリストとして来られてすべての問題を解決した、この答えが出てこなければならないのです。この答えを持って少しだけ待っていれば、神の国が臨むようになります。皆さんがこの祝福を少しだけ待っていれば、聖霊に満たされるみわざが起きるのです。この時に、大きい力ができます。このキャンプが継続されなければならないのです。これだけ続ければ、神様の驚くべきみわざが起きます。私たちは、キャンプにたくさん出て行きます。また、これから重職者がたくさん立って、多くの伝道運動が起きるようになるでしょう。それより重要なのが、私の人生キャンプです。皆さんの人生の中でキリスト神の国、聖霊の満たし。これが起きなければならないのです。そうすれば、すべての部分に驚くべき働きが起きます。
▲伝道を私が30年しながら皆さんに会いました。この頃、見たら、大学にもキャンプが起きています。アメリカにもキャンプが起きています。それで、ある時にはみわざが起きて、みことばも起きます。それで、重要な部分を理解できなくなっているんだなと思いました。皆さんに一番重要なキャンプが皆さん個人に起きる人生キャンプです。この答えを本当に味わっていれば、答えがあっても、その答えを味わうのではなくて、この3つのことを味わうようになります。皆さんに失敗がきても、その失敗が怖いのではなく、その神の国、キリスト、聖霊の満たしを味わうようになるのです。これがキャンプです。
(2)これが続くなら、その次に何のキャンプが出てくるかというと、伝道しに行かなかったのに、皆さんの現場で自分のキャンプが出てくるのです。これが初代教会が受けた答えです。ですから、イエス様がなさったみことばの意味がその意味です。皆さんが伝道しに行く前に、皆さんの現場、皆さんの事業、学業にキャンプが起きるのです。キャンプというを知っていますか。光です。英語でキャンプと使ったのですが、創世記1章3節の光です。イザヤ60章1-2節に、主の光があなたの上に臨んだ。ヨハネ1章を見ると、暗やみの中でいるので、キリストが光で来られました。Iペテロ2章9節を見ると、この光を現わすためにあなたがたを呼んだ。これが二番目のキャンプです。皆さんが人生キャンプに答えを受けていれば、皆さんの現場にみわざが起きるのです。
(3)その次にくる三番目のキャンプが何かというと、教会キャンプです。この部分をのがしてはなりません。皆さんが教会にきて、他のことを絶対に見ずに5つのことだけ見なければなりません。神様、私が神様のみことばを聞く中に最高の力である聖霊の満たしを与えてください。これが教会キャンプです。皆さんが教会にくれば、いろいろな人々が見えますが、いろいろなことを水に、一つだけしっかりと見ましょう。説教はすべて覚える必要もなくて、覚えることもできません。それで、皆さんが教会キャンプで一日中礼拝する中で、すばらしい答えを受けるようになります。今日、皆さんが神様のみことば握って祈る中に、門が開かれるようになっています。使徒2章を見れば、15ヶ国の福音の門が開かれました。皆さんは事業を祈らなかったのですが、今日、ここでみことばを握っているのに神様は門を開けられるのです。そして、今日、皆さんが今日だけ恵みを受けたのに、神様は現場にみことばで成就させられるのです。この時、弟子が起きます。これが使徒2章です。そして、驚くべきことに、みことばを受けたそのまま、現場で起きます。
▲この3つのキャンプにならなければなりません。今日、神様のみことばは必要ないみことばではなくて、とても重要なみことばだから、私の人生キャンプが起きなければならないのです。これがだめならば、キャンプにずっと通っても問題がきます。私たちの学生たちが、どこかへ行って伝道する必要はありません。学校現場で働きが起きるのが、それがキャンプです。聖日に今日礼拝をささげる中で、すばらしいみわざが起きます。今日一日だけ恵みを受けても、使徒2章の五つの答えをくださいます。皆さんが力を受けるように願います。私は私たちのレムナントを見ながら、世の中を見ながら、本当に神様がくれる力が必要だと思います。牧師が最も大きい失敗が何かというと、聖日のみことばを準備しながら、説教しながら、恵みを受けられないのです。私たちの重職者の方の最も大きい損は、色々な仕事をして神様の恵みを受けられないようになることです。ですから、今日一日だけでもよいのです。皆さんが聖書をたくさん見て、数十ページ読んで、それでは良いでしょうが、そうでなくても今日礼拝をささげる中に、神様、私に聖霊の満たしを与えてください。私に伝道できる門を開けてください。神様のみことばが私に、私の産業に、私の職場に生きて働いてください。今日、神様のみことば聞いて六日間に弟子を付けてください。今日、神様のみことば聞いて行くのに、現場を生かす証拠を与えてください。この力を得るのが教会キャンプです。こういう部分が、この中に入っているのです。
(4)この3つの祝福を受けた方が、聖霊の導きを受けてみれば黄金漁場が見られるのです。この黄金漁場が死角地帯に、災い地帯に変わっているのです。そちらにわざわざ行くことを伝道キャンプと言うのです。それで、私たちの教会は目標が何かというと、2000人の重職者を立てて、2000地域でみことば運動を行おうということです。
(5)さらに重要なのが、最後、何のキャンプなのかというと、誰も手助けしなくても生き残れることです。これが持続できるキャンプ。初代教会の聖徒に神様がくださったみことばです。

3.すべての個人にくださったみことば
▲今日、三番目にこの本文のみことば。与えられたみことばが何でしょうか。すべての教職者個人に。今日このみことばは、すべての重職者個人に。すべてのレムナント個人に...
▲今日、レムナント1人がアメリカに行くと挨拶しにきました。また1人は、韓国にいて、アメリカにまた動き始めると挨拶しにきました。皆さん子どもが私にくれば私がする話が3つあります。また、皆さんにも同じですが、皆さんの貴重な子ども、弟子がくればする話があります。その最初が何かというと、どこへ行こうがメッセージ握って一人で生き残りなさいと話します。手助けする人いなくても大丈夫で、一人で生き残りなさいと言うのです。そうならなければなりません。今日の本文のみことばがそのみことばです。これをのがせば、いくら仕事をして、いくらしてみてもだめです。いくら職分を持って仕事をしてもだめです。今日、イエス様がなさったみことばが分かるでしょうが、これが通じなければなりません。皆さんの貴重な子どもがアメリカにも行って、ヨーロッパも行って、アフリカも行きます。皆さんの貴重な子どもに、最も必要なことは、どんな場合もメッセージを握って一人で生き残りなさいということです。そして、一言、言ってあげます。インマヌエルの時間を持ちなさい。それが私が二番目にする話です。三番目にする話は、聖霊の力で力を受けなさい。その力で勉強しなさい。その力で未信者を生かそうとしなさい。その力で世の中を生かすのに、あなた自身、先に生き返らなければならない。この話を必ずします。イエス様がなさったみことばがそのみことばで、その話が含まれているのです。
▲ただ聖霊に満たされれば、力を受けて、地の果てまでわたしの証人になります。それではイスラエルの国はどうなりますか。そんなことは気を遣うところではないということです。心配するなということです。ヨハネが水でバプテスマを授けたように、聖霊でバプテスマを受けなさい。ですから、それだけすれば地の果てまで証人になります。ですから、皆さんが説教を今まで聞いたことを覚えないでも大丈夫で、直ちに今、無条件にファン牧師の説教メッセージを尋ねれば、考えが出てこないこともあるでしょう。説教した人も出ないのに、聞いた人がどのように出るでしょうか。長老が祈る時にみれば、メッセージ整理されたことを見ればすごいのです。私が伝道師の時、中高生を指導するのに、ある子は聖書を300ページ読みました。本当に変な伝道師で、この子を呼んで聖書を読まないでと言いました。こういう伝道師は初めて見たでしょう。高校生が聖書を300ページ読もうとするなら、普通の難しいことではありません。私の話が分かるでしょうか。
▲聖日に礼拝を正しくささげて味わいなさい。残りの日には祈りをがんばりながら、勉強をがんばりなさい。あなたが今、聖書を何 百ページずつ読んでいて、学校の勉強はどのようにするのか。ですから、あなたは神学生なのか。高校生だから、聖日だけ礼拝をささげても、いくらでも力を受けることができる。イエスがキリストで、私の人生キャンプにならなければなりません。この五つのことは、絶対にのがしてはいけないのです皆さんがする事業、産業、職業、学業に神様のみわざが起きなければなりません。これが自分のキャンプです。この人たちが教会に集まれば聖日の日、力を受けるのです。これが教会キャンプです。そして、この人たちが集まって、意図的に大学を生かして黄金漁場に行くのです。これが伝道キャンプです。結局は、だれも手助けしなくても、一人で生き残れて、これが持続するキャンプです。今日、留学に行く学生は、これを持って行かなければなりません。どんな場合も、どこにいても、私は生き残れる。わたしが世の終わり日までいつもあなたがたとともにいます。この体験を皆さんが実際にしなければならないのです。少しだけ皆さんがみことばを握って、定刻、常時に祈れば、私たちのレムナントは勝利することができるのです。
▲私たちは世の中の人々と同じように生きていかなければならないから、これを知らなければ、彼らを助けることができなくて、私たちは世の中の人々と同じ条件にあるから、聖霊の力を受けなければ、彼らを生かせません。ある面では、私たちが条件はみな良くありません。未信者は今日休みます。未信者は、今日の友人に会います。未信者は、今日の人に会って、ロビーもします。私たちは教会に来なければなりません。教会にきて試みにあってけんかをするのです。それなら、この中で三重の損害です。未信者らは税金だけ出せば良いのです。私たちは十分の一を出して、献金も出さなければなりません。その上にRUTC献金、OMC献金も出します。どのように生き残るのでしょうか。ですから、世的な目では、とうていすることができません。皆さんが未信者を生かさなければならなくて、世の中を生かすべきなのに、どんな力で行わなければならないのでしょうか。ただ聖霊があなたがたの上に臨めば、力を受けて地の果てまでわたしの証人になります。昔の話ではありません。使徒1章11節イエス様が来られるその日までこの力を得なければならないのです。それで多くの解釈も必要なくて、この力を得なければなりません。

4.結論-五つの祈り
▲私は今回アメリカのレムナント集会を行ってきました。5つの祈りをしました。
(1)神様1秒も浪費しないで1千万弟子を置いて祈るようにしてくださいと言いました。
(2)そして、私に与えられたとても小さいことも、最高、最善、最大で努力するようにさせてください。
(3)あまりにも多くの祝福を受けたのですが、それと共にアメリカを見ながら伝道文化を作らせてくださいと言いました。
(4)そして、今の時代をながめながら、私たちの教会で時代の文化を作り出させてください。
それで、これから音楽をする方々も、多くの祈りをしなければなりません。もう少しプラスして、文化キャンプ側に行かなければならないのです。
(5)そして私が五番目の祈りをしました。驚くべきことに、多くの教会がけんかをして、試みにあって、伝道できずにいます。神様、その方たちの悪口を言うのでなく、助けられるように力を与えてくださいと言いました。深刻な問題です。前はあざ笑って心配していたのですが、これが話になるでしょうか。未信者が研究して調べれば、深刻な問題で、どの程度かというと、その争いに警察が介入してきたのです。こういう問題があまりにも多いのです。それで小さい力ですが、祈りを変えるべきだと思ったのです。韓国教会のお手伝いができるならばして、仕えるべきならば仕えなければならないと思いました。
▲昔のことをどのように捨てるのでしょうか。私たちには漠然として、私たちが新しいものをどのようにするのでしょうか。この頃、放送や大学で講義するお餅の商売を見ました。その人は、お餅を売るのに、それを感謝するようにします。それで、このお餅を売るのに世界で一番よく売らなければならない、そう思って、お餅商売が普通、汚かった時に、この方は一番良い洋服を着て、蝶ネクタイをして商売をしました。名札を付けて、奥さんも名札を付けて、奥さんは社長、自分は会長として、お餅を焼くのです。おもしろい事実は、一個でも配達します。そしてカードも可能なのです。ところで、ある人が試みようと、一個を配達してもらったら、配達してもらえたのです。その人が、十分後にバイクに乗って配達をしました。ところで、お餅一個500ウォンなのですが、カードは500ウォンではカードが切れないということです。それで、この方がカードを切るなら、五百ウォンを渡すのです。それをしながら他の人を助けて最善を尽くすのです。ですから、お餅を商いながらも、そのようにできます。皆さん、実際に私たちの牧師が集まって、テグのジャジャン麺博士を見ました。この人はとても家が貧しくて小学校を通う途中でやめたのです。そのような人はあまりいません。貧困のために小学校を通うのをやめて、私たちの集会のときに証しもしました。願いが何かというと、ジャジャン麺を思い切り食べることだったということです。夢はかなうと、それで、この人がどのようにすればジャジャン麺をたくさん食べられるかと思って研究したのが、ジャジャン麺の配達をすることでした。ジャジャン麺の店を訪ねて行って配達をしたいと言ったら、しろと言われたのです。ジャジャン麺の配達をしたら、残るものもあって、思い切り食べられたのです。そして、月給ももらって、私たちにとっては何でもないでしょうが、とても喜んだのです。儲け物と思ったのです。ところで、ある日、主人が呼んだということです。あなたは年を取ったからだめだ。ジャジャン麺の配達は若い子たちがしなければならないのに、止めなさいと言われて力が抜けたということです。ジャジャン麺をどのように食べながら、配達を止めたら何をして食べて生きるのか心配したということです。そうするうちに、道を行くときに教会に行ったが、教育館に座って考えていたら涙が出たということです。その時、牧師が来たそうです。どうしたのと尋ねられたので、私がジャジャン麺を配達して解雇されたが行く時がない。その時、私が集会した教会の牧師が、福音を伝えたのです。それと共に希望を与えたのです。配達をせずにジャジャン麺の社長をしなさいと言いました。お金がないと言ったら、祈れと言われたのでした。毎日明け方、早天祈祷会に出たということです。いくらイエス様を受け入れても、祈りを知らないから、神様、ジャジャン麺、神様、ジャジャン麺と祈ったということです。それで、あまりにもかわいそうで、牧師が呼んで、いろいろ神様のために伝道もして、お金を儲けて難しい人も助けると祈りなさい、毎日、ジャジャン麺と言ってはいけないと言ったのです。この方が、少し祈ってジャジャン麺の店を作りました。そのジャジャン麺を、熱心に作って売ったのです。本当に福音が入ったのです。自分が作って自分が売りながら祈り始めたのでした。それが、自分がジャジャン麺をするというより重要なのが、自分の人生のキャンプが始まったのです。そうだ、私がジャジャン麺だけするのではないと考えて、自分でそれなりの何かができたのです。ジャジャン麺を食べに来る人ごとに親切に話して、福音を伝え、そして、難しい人々が来たら、お金を取らずに、これが自分のキャンプです。そうではないでしょうか。ジャジャン麺を作って、売ってもみわざが起きるのです。ところで驚くべきことに、貧しいから食卓が一つしかないのです。それでは規模がどうか理解できるでしょう。ところで、それをしながらさらに重要なことをしたのです。妻に知らせずに隠れて、困難な目にあっている学生が自分のようになるなと勉強をさせたのです。それも二十人も。ですから、この人は普通の人ではないのです。妻にこっそりとそうするうちに見つけられたのです。二十人というから、テグ市長が訪ねてきました。名前を明らかにしないで、度々こういう善行をするから、他の人は名前を出そうとするのですが、この人は出さなくて、そうしたことをするから、テグ市長が訪ねてきて、それで、妻に見つけられたのです。ある人は、大学を卒業して職場も良いが、酒場でカードを使って妻に見つけられます。ジャジャン麺を一つ売って、さらに恐ろしいのは、妻がその人に肉が食べたいと言ったということです。それで、テグ市内の肉を売る路地に行ったということです。ところで、この路地を三、四回歩き回って、妻の手を握って家に帰ろうと言ったということです。妻が、どうしてここまできて帰ろうと言うのかと尋ねたら、臭いはかいだではないかと言ったそうです。その後の話が重要で、私たちが食べ物みな食べて、私たちがすることをしつくして、どのように神様に仕えて、難しい人を助けられるか。これで、大邱市でその担当公務員たちがジャジャン麺を食べに来たのですが、テーブルが一つしかなかったのです。そのように立派な公務員たちが衝撃を受けたのです。二十人の学生を育てる人なのに、ジャジャン麺テーブルが一個でした。いや食堂になぜ一個のテーブルしかないのかと尋ねると、お金がなくて小さい店なので、テーブルを一つ置くしかなかったということです。ですから、小学校を中退したのですが、ニックネームがジャジャン麺博士です。これで賞をもらって、放送にも出てきて、しかし、いくら集まってもテーブルが一つしかないのに、その方がきて証しをしたのですが、恥ずかしかったのです。
▲私は、私たちは、その人よりはるかに良い条件でないでしょうか。ところで、この人は良くない条件でも神様を知って福音を受けたことが感謝で、テーブル一つでそのようなことをしたのです。それがキャンプです。私たちに神様が昔のことを捨てろと言われるのですが、捨てることが何があるのでしょうか。滅びる条件、私たちに必要ないから捨てろということです。前に話したように、女性は車を変に運転します。女性を無視するのではないのですが、一度は、キム・ヨンギ牧師が車を運転するのに、ある女が四車線を横切っていきました。一度は登山に行って運動をするのに、後からきて私の車にぶつかってしまったのです。車をバックさせるなら、後を見なければならないのに、さっと動いてぶつかってしまったのです。それで、何も言わないから申し訳ないと言いました。大丈夫だと言いました。ところで、この方が電話番号を教えてくれと言ったのです。大丈夫だから行ってくださいと言いました。理解できないのか、度々尋ねるので、そのようなこともある、行ってくださいと言いました。この女性がとてもすまないと思うのに、大丈夫だからと行きなさいと言いました。ですから、とても気持ちが良かったのか、車に乗ってさっと消えました。ところで、その女性がとてもおかしな人に会ったと思うでしょう。この女性が行きながら、本当に大丈夫かと尋ねながら行きました。とても優しい方だと言いながら行きました。私にも理由があったのです。その日、廃車する日でした。新しい車に変えることにしたのです。私たちの按手執事が午前に車の番号まで変えて、自宅に持っていて置いていると言いました。廃車前に最後に運動して、その時にぶつかったのです。気持ちが一つも悪くありませんでした。もちろん、この女性は、驚いてうろたえていたでしょう。
▲私たちが本当に恵みを受けて、神様の力を知っている以上、未信者の必要ないことに気を遣う必要はありません。最高の単語、キリスト。最高の答え、神の国。最高の力、聖霊の満たし。これで勉強して事業してこれで全てのことをすれば、世界を征服することができるのです。神様の約束です。皆さんがこの祝福で本当に新しい力を得るように願います。皆さんの状態をご存知です。多くの時間は必要ありません。聖日礼拝をささげる時間だけでも、神様、私にこの恵みを与えてください。六日間には、この祝福を確認しに行く現場になることをイエスの御名でお祈りします。
(祈り)
神様に感謝します。私たちに真に新しい恵み、新しい力が必要です。私たちの信徒が、神様がくださる新しい力を得る日々になるようにしてください。それで、本当に真のキャンプが起きる神様のみわざが起きるようにしてください。イエス・キリスト御名でお祈りします。
(The end)



2部:何を持っているのか
(使徒1:12-14)

☆☆☆ 2部要約資料☆☆☆
序論
▲初代教会は、はねることもせず、自慢することもせず、謙虚で模範的に、ただイエスだけを持っていた。これが初代教会の方法だ。皆さんが現場で本当に答えを受ければ弟子は出てくるようになっている。また、これから重要な伝道が文化キャンプだ。初代教会は、どのように文化の働きと福音運動に成功したのだろうか。今日、3つの単語を記憶しなければならない。
1.オリーブをいう山から(12節)-契約があったということだ。
▲聖書に重要なことは、全部、山で起きた。シナイ山、ホレブ山、八つの幸いをいわれた山、変貌山、オリーブ山...弟子がオリーブ山に集まったということは、契約があったということだ。私に山がなければならない。この話は私に契約がなければならないということだ。
2.屋上の間に上がった(13節)-契約を持った者が集まったということだ。
▲何を持ってオリーブという山に集まって、何を持って屋上の間に上がったのか。何を持っているかにしたがって、見る目が変わる。何を見るかにしたがって行動が出てくる。
(1)信仰告白を持って集まった(マタイ16:16)
▲700年ぶりに(イザヤ7:14)回復した福音を持って集まった。
(2)モーセも、エリヤも消えて、ただイエスだけが残った(使徒17:1-9)
▲モーセ、エリヤが必要だということはすでにほろびたのだ。
(3)キリストの復活を見た者が集まった(マタイ28:16-20)
(4)キリスト、神の国、聖霊の満たしの契約を持った者が集まった(使徒1:1-11)
3.祈りに専念した(14節)-祈りに専念したのだ
▲五旬節に答えがきた。今から五つの力を体験しなさい。
(1)安らかに全てのものを祈りにつなげなさい(24時祈り)
▲24時祈れば暗やみがすべてなくなる。一番難しいのが、私を悟れないことであるが、24時祈れば自分自身を悟る。
(2)黙想の力-定刻祈りなさい。
▲すばらしい力が出てくる。ダビデが最も良くやったことが黙想だ。
(3)礼拝をささげる時の祈り-最高の聖霊の満たしを受ける方法
▲聖霊の満たしは2つで見られる。肉的なこと、霊的なこと。ところで、表に出ないのがより良い(ヨハネ6:63)聖日は神様が直接くださる恵みを受ける日だ。
(4)重要な祈りの課題が出てくる時-集中祈り
▲奇跡が起こる。
(5)特別なことが起こる時-特別祈り
▲神様の特別な計画を発見するのだ。
4.結論-3つ準備
▲答えがきた時、どのようにするのか。
(1)高慢でなくて、揺れないで、変わらないように準備
(2)答えがきた時、分別できる知恵を祈り
(3)福音が弱くならないように祈らなければならない。
▲五旬節の力と聖霊に満たされる働きを毎週、毎週、味わうようにイエスの御名で祈ります。アーメン
(The end)

☆☆☆ 2部録音資料☆☆☆
序論
▲あっという間にすでに10年が過ぎました(インマヌエルソウル教会10周年記念)。私はそれこそ何もしたことはないのだけれど...10年間、神様の恵みだけ受けました。特になぜそうだったのか分からないのですが、昔には1部はソウルでして、2部は釜山でしていました。とても大変だったのですが、私も狂いそうでした。ところが、どうしてそうしたのかわかりません。そうするうちに、やむを得ず一週は釜山、一週はソウルに変えました。その代わり、私たち10年間、受けた答えはとても多いのです。その中で、大きい実が皆さんと300人を越える重職者が立つようになったことです。
▲その中で、今日は音楽の芸術団を創立するようになりました。路上で騒ぎながら伝道する人々がいるのですが、それは300年前の伝道です。聖書にある伝道方法は全く表に出ません。パリサイ人が目を皿にしてつかまえようと追いかけたのですが、つかまえられないほど、表には出ずに現場でみわざが起きたのです。その話は、全くはねることもせず、自慢することもせず、とても謙虚で、模範で、ただイエスだけでなると証明したのです。それが初代教会の伝道方法でした。私たちがそのようにしようということです。今、庶民アパートができたのですが、大騒ぎをしています。教会がきて、テントを張って大騒ぎなのですが、そのようにしなくても良いのです。聖書にはそうなっていません。
▲皆さんが本当に現場で答えを受ければ、弟子は出てくるようになっています。その出てきた弟子を集めて、正しく福音を伝えて、国家、社会を生かそうというのが地教会運動です。しかも、一つの方法がとても重要な方法で、文化キャンプです。聖書を詳しく見れば、パウロは文化キャンプをしました。聖書を見てください。会堂に入ったのです。しかも見れば、必ず占い、偶像、シャーマニズムに入りました。ところで、とてもレベルが高く会堂に入って、反対にとても霊的問題がある者の所に入ったのです。それで、祈らなければなりません。今から文化キャンプがとても重要なのです。私たちがヨーロッパのような所に行って、伝道トラクトを渡せば、とても失礼です。小さい写真展を開いても、専門担当者が来るようになります。とてもレベルが高い小さい音楽会を開いても、人々が集まります。それとともに、そこで人間関係を通してメッセージも出て行くのであって、やたら道で騒いで気違いのように騒いでは伝道ではありません。
▲それで、私たちは初代教会の伝道の時刻表が来たと見ています。私たちのインマヌエル教会は用心しなければならないことがあります。私たちは伝道、宣教のモデルなのです。私と皆さんが会って伝道運動をするのを多くの教会が見て一緒にしているのです。

1.オリーブという山から(12節)-契約があったということです。
▲初代教会はどのようにして文化の働きに成功して、福音運動に成功したのでしょうか。私たちはどのようにすべきでしょうか。ここに3つの答えを捜し出さなければなりません。
▲使徒1:12、弟子がオリーブという山からと言われています。これがとても重要です。イエス様がその山に集めて、話をして行かれました。聖書を見れば、重要なことは全部、山でなされました。シナイ山、ホレブ山が同じ話でしょう。エリヤがホレブ山で...イエス様が変貌山で...八つの祝福を山で...十字架につかれたカルバリ山で...普段に行ったオリーブという山で...
▲この話は何の話でしょうか。弟子たちが偶然が集まったのではなく、重要な契約に従って集まったということです。皆さんに山がなければなりません。今日から直ちに登山に行けということでしょうか。そうではありません。簡単に話せば、皆さんにそのような契約がなければならないということです。これがとても重要です。イエス様がその山に集まれとおっしゃったのです。

2.屋上の間に上がった(13節)-契約を持った者が集まったということです。
▲使徒1:13-二番目の単語です。13節です。彼らが屋上の間に上がった...これが重要な単語です。何を持ってオリーブという山に集まったのでしょうか。屋上の間に上がったのでしょうか。何を持って屋上の間に上がったのでしょうか。これがすべてです。皆さん、何を持っているのかによって見る目が変わります。皆さん中に何があるかによって、確かに目が変わります。したがって、何を持ったのかによって何を見るかが左右されるのです。何を見るかにしたがって、何をするのかが出てくるのです。そこにしたがって、どのようにするかが出てきます。とても重要です。
▲初代教会が何を持っていたので、何を持って屋上の間に集まったのでしょうか。四つのこと持って集まりました
(1)信仰告白です。あなたは生ける神の御子キリストです(マタイ16:16)。
▲700年ぶりに回復したのです。驚くことです。この福音が、このやさしい福音が700年間、なくなっていたのです。教会が福音がないと話せばパリサイ人は怒るでしょう。そのために国がほろびて属国になったと言えば怒るでしょう。しかし、聖書を見てください。あなたは生ける神の御子キリストですという告白が700年ぶりに出てきたのです。イザヤが国ほろびる。しかし、処女がみごもって男の子を産むと話した後、700年が過ぎて出てきた告白です(イザヤ7:14)。この契約を持った人々がマルコの屋上の間に集まったのです。何の話なのか分かるでしょうか。私たちは何を持ったかが重要です。
(2)ただキリスト(マタイ17:1-9)
▲そして、彼らが重要なことを発見しました。変貌山に登ったところ、モーセも必要なくて、エリヤも必要なくて、ただキリストだけ残ったということを見た人たちでした。皆さん、モーセも必要なく、エリヤも必要ないということは何の話なのか分かるでしょうか。これが普通の話になりません。
▲それで、来年からは多くの変化をするつもりです。私から、皆さんから、多くの変化をしなければなりません...すぐ話を聞いてみれば、ある人々は酒を飲んで、けんかをする人々もあるということです。そうでしょう。それでは、その人にはモーセが必要だ。律法が必要だ。皆さん律法が必要ならば、ほろびたのです。エリヤが必要ならば、それはほろびたのです。精神が狂って、どこかへ行って神秘なことを見ようとするなら、エリヤが必要なのです。理解できるでしょうか。エリヤが必要で、モーセが必要ならば、ほろびたのです。それが必要なくて、キリストだけ残りました。それを見た者がマルコの屋上の間に集まったのです。
(3)復活を見た者(マタイ28:16-20)
▲ところで、まさかイエス様が復活されるでしょうか。理解できないでしょう。ところで、不思議に現れられたのです。その事実を見た者たちです。この人たちが、マルコの屋上の間に集まったのです。お金がなくて...また、お金があっても作れません。捕まえて行かれるので...それを持った者が集まったのです。
(4)契約を持った者-神の国、聖霊の満たし(力) (使徒1:1-11)
▲さらに重要なのは何でしょうか。40日間、説明されました。心配してはならない。神の国が臨む。待ちなさい。聖霊の満たしと力を受けます。この契約を持った者が集まったのです。これが二番目の答えです。皆さんに同じ祝福があることを望みます。

3.祈りに専念していた(14節)
▲使徒1:14-三番目の単語です。14節を見ると、この人たちは、婦人たちやイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちとともに、みな心を合わせ、祈りに専念していた。
▲3つの単語をのがしてはなりません。オリーブという山。私たちが約束する時、場所を定めます。牧師先生と会いましょうといっても会えません。そうでしょう。どこで会いましょうと決めなければなりません。この話は、簡単な話ではないのです。契約があるということです。そして、屋上の間に上がって集まったというこの話は、重要なことを持った人々が集まったということです。たとえ皆さんが今はこのように難しい施設で集まっているけれど、後にはこういう施設が問題ではないということを知るようになるでしょう。
▲その中で出てきた単語が14節の、専念していたということです。心を合わせ、祈りに専念していた。こういう体験をすることを望みます。
▲祈りで五つの力を体験してください。皆さんが五つの力を一度体験して見る必要があります。
(1)24時間祈りの力- 24時祈り
▲最初です。皆さんが平安に全てのものを祈りにつなげてみましょう。この力が普通の力ではありません。しきりに別のものに考えが行くでしょう。24時祈ってみてください。長老が思い出せれば長老を祈って、牧師が思い出せれば牧師のために祈って、しばしば怒りが出れば、怒りが出ると祈って...このようにしてみなさい。これが普通の力ではありません。必ず体験してみることを望みます。およそ3日してみようとするなら、3日できません。この祈りをすれば暗やみがすべてなくなります。この話が何の話なのか分からなければなりません。一番難しいのが私を悟れないのです。私自身もそうです。私を一番悟れません。ところで、最小限、この部分に悟りが与えられます。それで、この祈りは普通の祈りではありません。皆さんが本当に24時祈ってみてください。これがうまくできないのに、少しだけしても、とても力が分かります。祈りに専念するのです。
(2)黙想の力-定刻祈り
▲黙想の力を分かるでしょうか。定刻祈りをしてみてください。すばらしい力が出てきます。黙想の力は、科学的にも認められました。ダビデが一番よくしたのが刀の練習でなく黙想でした。わかったでしょうか。
(3)礼拝をささげる時の祈り
▲そして、三番目が礼拝をささげる時の祈りです。今日、この時間です。これが最高の聖霊に満たされる時間です。いや聖霊に満たされれば、何かの体験が来るべきなのに...そうではありません。それは、純福音の主張ですが、そのようなこともあって、そうでないこともあります。聖霊に満たされれば、火を受けるべきなのに...そのようなこともあって、そうでないこともあります。
▲言わば2つのことを言います。聖霊に満たされれば、霊的なものがあって、肉的なものがあるのです。聖霊に満たされたが、突然、お腹に熱が出た。それは肉的なことです。聖霊に満たされたが、何の反応もない。それは霊的なことです。どれが良いかとあえて尋ねられれば、表に出なかった方が良いのです。生かすのは霊で、肉は無益なのです。ヨハネ6:63節。そうならば、皆さんが礼拝で祈る時間が、最高に聖霊に満たされる時間です。
▲私は説教しに行く時、必ず神様にその祈りをします。神様、私はお手伝いだけするするようにさせてください。あえて私が生意気に聖書を過度に解釈したり、聖書を分かちあったりすることが無いようにしてください。ジャン・カルヴァンのように、みことばが立てと言われたら立つようにして、行けば行き、みことばが走れば走って、みことばが小さくすれば小さくするようにさせてください。これぐらい礼拝が重要なのです。それで、説教者は礼拝時間にたくさん弾まない方が良いのです。そうではないでしょうか。みことばのお手伝いだけすれば良いのです。ある方が、私に贈り物を送ってくれたのですが、きらきら光る白い洋服を送ってくれました。着て私が出てきて鏡を見たら、いくら考えても出て行けなかったのです。また脱ぎました。それで、いつもと同じ色、無難なものを着て出てきました。ある牧師から連絡がきました。その白い洋服を自分もらってはいけないかと...あげたか、あげていないかあまり記憶していません。確かに、そんなことを見れば、チョ牧師は白い洋服に白い靴を履いているが、普通の人ではありません。それで、牧師は万年筆も胸ポケットにさしてもいけません。皆さんにそれがきらきら光れば、皆さんに詐欺になりえます。そのような意味で、私のように適当なのがより良いのです。顔だちが良ければまた...それで、説教者は声に過ぎないのです。消えなければなりません。そして、神様のみことばだけお手伝いすれば良いのです。
▲そして皆さんが教会に来られる時は、神様が直接くださる恵みを受ける日であることと知って来ればよいのです。それが間違いありません。
(4)重要な祈りの課題が出てくる時-集中祈り
▲そして重要な祈りの課題が出てきた時は、神様が集中祈りをしなさいということです。集中祈りすれば、良いのです。奇跡が起こります。こういうものを体験すれば良いのです。祈りに専念するのです。
(5)特別なことが起こる時-特別祈り
▲特別なことが起こったとすれば、それは特別な答えを受けろということもなりますが、神様の計画が何かを発見するのです。

4.結論-答えがきた時、3つのことを準備
▲今日、こういう祝福の一日、また祝福の一週間になることを希望します。まちがいなく、答えはきます。それで3つのことを準備しなさい。答えはなぜ来ないのでしょうか。そうでなく、まちがいなく答えが来るので、答えがきた時、どのようにするかを今から準備しなさい。そうでしょう。
(1)答えきた時、高慢でなくて、答えきた時、変わらないで、答えきた時、揺れないように準備しなければなりません。
(2)まちがいなく答えがくれば、むしろ答えきた時、分別できる知恵を求めなければなりません。
(3)答えは確かに来ます。答えが問題でなく、福音が弱くならないように準備しなければなりません。
▲答えはまちがいなく来ます。今日、重要なプログラムがあるから、また素晴らしく神様に栄光を帰す賛美の時間があるから、みことばはこれくらいにして終えようと思います。この部分が重要なので、今日堅く握ることを望みます。オリーブという山。意味があります。弟子が集まった屋上の間。そして、祈りに専念するのです。注釈家の話を借りれば10日間、祈りました。ところで、どんな答えが来たのでしょうか。五旬節という答えがきました。皆さんに五旬節で起きた力、聖霊の満たしのみわざが毎週あるようになることを主イエスの御名で祈ります。

(祈り)
神様に感謝します。今日、私たちの聖歌隊が大きい恵みを受けるようにしてください。メサイヤを賛美するのですが、それこそメシヤ、キリストの働きが起きるようにしてください。すべての栄光を神様にささげます。イエス・キリスト御名でお祈りします。アーメン
(The end)