201400406 インマヌエル教会聖日2部


奥義の管理者
(Iコリント4:1-2)

序論―人(伝道、宣教)
 今日、こちらには非常に重要なみことばがあります。4:1です。「私たちを、キリストのしもべ、また神の奥義の管理者だと考えなさい」。非常に重要なことばです。「神様が」と言うべきなのに、「私たちを」と書いてあります。これは何でしょうか。神様が皆さんのことを見て、神のしもべ、管理者だと記録すべきなのに、ここではそのように記録されていません。人々が私たちを見て。とても重要なことです。人々が皆さんを見て「キリストの管理者だ、あの方こそキリストのしもべだ。神の奥義を持っている人だ」と考えられるべきです。

皆さんはどれほど幸いな人でしょうか。1部礼拝が終わって、花見に行ってもいいのですが、また待って2部礼拝をささげに来ている人々です。よい天気で礼拝もささげずに花見に行ったりする人たちが結構います。私たちの教会堂にはこのように人々が多くいるのですが、他の教会に行ってみるとわかります。空っぽな状態です。水曜日もあまり教会に来ていません。また雨がぐったりするとまったく来ません。だれかが言いました。イエス様の再臨は水曜日の雨の降る日でしょうと。それにもかかわらず皆さんは朝の1部礼拝、また午後の2部礼拝にも加わっています。どんなに祝福でしょうか。説明しましょうか。礼拝をささげてもささげなくてもよい人がいます。のろいに至る人です。私の知り合いですが、私が副教役者のときでしたが、3代目の信仰を持つ人でした。3代と続けて信じているから、非常に信仰は厚い者です。また中高生の子どもがいて非常に模範生でした。ところが、この父親は世の中のことが大好きでした。そして、会社ではサッカーチームの代表者でした。世の中の人たちと付き合うことも大好きで、もちろん、教会の人とも付き合いはいいです。でも、問題はそれではあります。聖日、頻繁に出て来なかったりします。イエス様は皆さんが聖日礼拝に1回来なかったと言って怒るような方ではありません。問題はそれではありません。礼拝をささげなくてもよい人。礼拝をささげない方がより、楽に感じる人それが問題です。それにもかかわらず、成功はできます。この人は格好良い人で、仕事もよくできる人です。ある日、階段を昇る途中で倒れてしまいました。病院に行って聞きましたら、何も望みがない。つまり、死刑宣告が下されました。年はまだ若いのに、長男がまだ高校1年生です。ですから、もっともっと生きようといろいろあがきます。私が家庭訪問しましたら、本当に切なる思いでいました。しかし、できません。結局、これ以上はだめだという判断がありました。そんなときです。私は最後の家庭訪問をしたのですが、そのときこんな話をしていました。「私はこれ以上はだめですね」というあきらめの話ではありませんでした。「前回の家庭訪問のときは、まだまだその時は来ませんでした。神様は私のことを生かしてくださるはずですよ」と言っていました。私は内心思いました。「もし生かしてくださらなかったら、神様ではないのか」と。しかし、次の家庭訪問のときに言いました。「私は本当に神に感謝です。救われていることが感謝です。私はこれ以上、望みはありません」。私が伝道師だったときなので、「伝道師さん、私はもうこれ以上はだめです。神のところに行くことが幸いです」。そうです。私はこれでいいと思いました。しかし、私の中で思ったことがあります。私は今まで本当に切に神様の前で祈っている分量と、この人が病気のときに神に切に思うことと変わらないと思いました。

皆さんが聖日のとき、そして、平日のとき、本当に神に向かって切に思うことはどれほど感謝なのかわかりません。人々は私たちを、キリストのしもべ、また神の奥義の管理者だと考えます。レムナント7人を見てください。彼らの生活ぶりを見ながら、神様が生きていおられることがわかりました。それだけではありません。そして、人々は皆さんの学業や職業を見ながら、本当にキリストのしもべだと考えるようになります。ましてや、未信者が皆さんのことを見たときに、神様は生きてということが見えることが非常に重要です。この祝福に必ず預かるべきです。多くの敵を前にして、戦わずに勝てる奥義を持っている人。これが救われている人の祝福です。ペリシテを前にして、神様が彼らをひざまずかせて戦わずに勝利を治めました。Ⅱペテロ3:8です。この程度だけではありません。世の中の人々は1000年をかけて答えられることが、皆さんは1にでも可能です。これが25時です。ローマ16:25-27まで。ローマから私たちを見たときにも本当に主は、神は生きておられるキリストだということです、
人々はこのように見ています。伝道と宣教は何でしょうか。本当に人々が見たときに、私たちはキリストのしもべ、また神の奥義の管理者だと考える。この祝福が皆さんになることを願います。必ずあります。何がでしょうか。皆さんに対してキリストのしもべだと。皆さんを見てなんというでしょうか。神の奥義の管理者だと。そして、また皆さんのことを忠実なものであると。管理者には忠実であることが要求されます。Ⅰコリントの中でこの祝福に必ず預かることを願います。

1.キリストのしもべ
皆さんに対してキリストのしもべと言うのは、どういう意味でしょうか。皆さんはキリストに対する内容を体験したということです。皆さんにこの祝福は必ずあります。皆さんの行く所々で暗闇の勢力は砕かれますので、未信者たちはこれを見て本当にキリストのしもべだと見るようになります。パウロの場合はこれを見たので私は他のことは何もいらない。キリストに見つけられることを願う。なぜなら、これ以上私は知ることはない。それはキリストが最高の知識だと言いました。このような祝福が現れることこそ、最高のものです。必ずそうなると確信します。霊に属している者がどのような人なのかわかるからです。つまり、皆さん自身、霊的な祝福に対して悟ればそうなります。今日の1部メッセージをよく考えてください。霊に属している者、霊的な流れです。これは単なることではありません。ついに十字架のことば、つまり、メッセージが伝わるのです。つまり、皆さんをとおして、こちらが証しされます。ですから、滅びに至る者には十字架のことば、道は愚かに見えます。しかし、救われた皆さんには神の力となります。この祝福だけではありません。
今度はキリストの内にある豊かな祝福がわかります。その豊かなものとは何でしょうか。Ⅰコリント2:12、恵みによって神様から賜ったもの、それを知るようにしてくださいます。そして、今日の1部メッセージにもありました。あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたの中に宿っておられることを知らないのか。

長老も必ず霊に属していることがわかれば、必ずこの証しがついてきます。私はこれに対する証拠を出すには1日中かかります。しかし、時間がありません。霊に属する者、霊的な目が開かれている者。キリストの内にある霊的な奥義を知る者。皆さんが行く所々、他の人が見たとき「ああ、これこそキリストのしもべだ」と。どういう意味でしょうか。「サタンの力が砕かれた。地獄の権威が砕かれた。災いと運命が変わった」。この祝福を言っています。皆さんのことを見て、レムナントを見て、人々はこのように悟るようになります。これを伝道、宣教と言います

2.神様の奥義の管理者
これだけではありません。神の奥義の管理者だと言われました。これだけで終わるのではなく、神様は私に対してだけ与えてくださるミッションがあります。それを未信者が見るわけです。そして、自分だけが味わえる祝福があります。これは自分だけが長けているということではなく、他の人は知らない自分だけの味わいというものがあります。また、他の人はできないのですが、私だけ伝えることができる祝福があります。それこそ神の奥義の管理者だと考えなさい。

総理になったヨセフ。そして、医師ルカ。このような限りない祝福が伝わります。この目が開かれることが祝福です。今日ここで手話通訳している方がいます。韓国だけでも30万人の人たちがいます。確実なデータなのかわかりませんが多いそうです。全世界では、ろうあ者が7千万人もいるそうです。本当に多くの人がいます。つまり、この手話通訳者の方は私にできないことを今、していらっしゃるのです。私はこの通訳をどんなに見ても何を言っているかわかりません。本当にたいしたことです。また同じ手話ができるジョン・ジュウォン牧師は、 3か国の手話ができます。だから私は会うといつも言います。あなたは私ができないことができる人だと。本当にすごいです。この祝福を味わうことがレムナントにとっては最高の祝福になります。これを指して、神の奥義の管理者だと言います。どうやってあんなにも会社が生かされて、教会が生かされるのか。それこそ神の奥義の管理者です。皆さんはこれを契約で握って、霊的な目が開かれたときこのようになります。

3.忠実な者
3つ目です。管理者には忠実であることが要求されます。非常に重要です。忠実な者にのみ与えられる祝福があります。出エジプトの祝福です。忠実が何であるかを知っていますか。忠実とは一生懸命働くことではなく、みことばを正しく受ける人を言っています。3人だけで奇跡が起きました。忠実な者数人だけでも、出バビロンの奇跡が起きます。みことばを正しく握っている1、2人だけでも、皆さんの家系が生かされ、会社が生かされます。あいまいに信じるのではなく、皆さんは本当にしっかりと確実に信じるべきです。

聖書を見てください。なんと記録されているでしょうか。テモテよと言いました。あなたは多くの証人の前で私から聞いたことを他の人にも教える力ある忠実な人にゆだねなさいと言いました。聖書を詳細に読んでください。使徒16:14。主はルデヤの心を開き。そして、ルデヤはなんと言ったでしょうか。「私を主を信じる者だとお思いでしたら、私の家に泊まってください」と言いました。そして、ギリシャ人の貴婦人たちが生かされました。その他にもヤソン、プリスカ夫婦がいました。このような忠実な者を通して神は自分の計画を成し遂げられます。

今週、神の大きな祝福があるように願います。間違いありません。霊的な目が開かれた者、霊に属する者は、その人には、必ずこの答えが来ます。ですから、ここで注意しなければならないことがあります。「人々は私たちを当然ながら」、この言葉が重要な言葉です。例えば、皆さんが教会にたまに行かなかったり、レムナント運動もしなかったり、適当に信仰生活をすることを非常に未信者たちは好きです。しかし、心では悪くとります。「あんなことでイエス•キリストを信じる者なのか」と。「あんなことをしていて何がレムナント運動か 」と。皆さんが契約をしっかり握っていると、暗やみの勢力は嫌がります。闇は光が嫌いだからです。しかし、心からは尊敬します。自分に決定的な問題があったとき、訪ねてきます。つまり、決定的な霊的問題が来てしまったら行くところがありませんのでこちらに訪ねてきます。こういうわけで、私たちをキリストのしもべ、また神の奥義の管理者として考えなさい。この場合、管理者には忠実であることが要求されます。

結論
また、重要な言葉が出ています。1節に、こういうわけで、私たちをキリストのしもべ、また神の奥義の管理者として考えること。この考えがとても重要な意味があります。つまり、祝福しています。皆さんもしてみてください。定刻祈りのたびに、イエスの御名によって祝福してみてください。考えなさいという言葉は祝福している言葉です。例えば、祝祷のときも牧師が「 〜でありますように」と祝福します。教団によって言い方がそれぞれで、こちらがあっている、あちらのほうがあっていると言い争ったりします。韓国語は複雑で細かい表現がされます。それを日本語や英語では表現しきれない部分があります。例えば、韓国では形容詞などは通訳が難しいです。だから、そういうわけでしょうか。ノーベル賞文学賞の分野であまり出ていません。翻訳が難しいからでしょうか。そこで祝祷のときに教団によって言い方が違うのですが、例えば「 〜ありますように」と言ったら、これは祝福です。しかし、「あります。~なさい」ということは、そうなることを祝福します。例えば、皆さんが徹夜礼拝のとき、また定刻礼拝のときに祝福してみてください。皆さんが定刻祈りを少しだけ続けると、リズムが生かされます。その時から働きが起きます。

「~であるように」という言葉は、権威を使うときに使う表現です。命令します。ナザレ、イエスの御名によって歩きなさい。霊媒師をもって町中を騒がしくしている暗闇の勢力は砕かれて出ていきなさい。イエスの御名で命じる、離れるように。これを定刻祈りのたびにしてみてください。公式な礼拝のときはしない方がいいです。しかし、皆さんの定刻祈りや特別祈りのときにはいいです。驚くべきことが起きます。「~であるように。~なさい」という言葉は単純な表現ではありません。何でしょうかこれは次の世代に対しての伝達です。何をでしょうか。つまり、次の世代や時代に向けての伝達。そのために「祝福があるように」

こういうわけで、私たちはキリストのしもべ、また神の奥義の管理者として考えなさい。例えば、皆さんが今日の礼拝のとき、定刻祈りとき、一度だけ正しく信じるならば、1度だけしても2度といりません。1度だけで神の御働きが起きます。今日、本当に心からまことに祈ってみてください。私の家系に流れているすべての暗闇の勢力はイエスの御名によって砕かれなさい。絶対に離れていかない私の家系ののろい、力、暗闇は砕かれなさい。そして、あの北朝鮮を縛っているすべての暗闇の力は砕かれるように。そして、地球を捕えているすべての暗闇の力はイエスの御名によって縛られるように。こう命令しなければなりません。必ずそのとおりの答えが来ます。これを指して奥義、だから、私たちのことを奥義の管理者だと言います。本当にまことの霊的な目が開かれるならばわかります。すると、短い時間でも皆さんは必ず答えられます。そして、待ってみてください。本当に正確に来ます。今週もこの祝福がありますことをイエス様の御名によって祝福します。
(祈り)
神様、今週も新しい恵みを与えてくださいますように。一番先に霊的な力を与えてくださいますように。霊に属する者として下さい。そして、奥義の管理者になりますように。現場、家系を生かす証人となりますように。礼拝に加わったすべての信徒に、健康をも与えてくださいますように。暗闇の力が縛りあげられますように。イエス•キリストの御名によってお祈りします。アーメン。