2004-03-22 東京集会第一講


福音にあって勝利をおさめる時刻表
イザヤ6:13,7:14
 
 
*要約 
<序論>
福音にあって
事実−現場
祈り−奇跡
 
祈りの課題
(1)地域−伝道弟子
(2)世界−宣教
(3)他民族
(4)霊的問題−チーム
(5)思想−文化
 
1.可能−福音、事実、祈り
(1)祈りの課題−ともに
(2)イザヤ40:27-31、  43:18-21
(3)捕虜時代
(4)初代教会
(5)改革者
 
 傷−ガン
 つまずき−信仰
 葛藤−神のもの
 失望
 錯覚
2.いつ
(1)イザヤ6:13
 @次の世代   A散らされた者   B残された者
(2)イザヤ7:14
 @処女降誕   Aインマヌエル   

3.答え
(1)唯一の解答
(2)唯一の方法
(3)答え
 
結論
(1)祝福
(2)勝利
(3)先に答え
 後に答え
-------------
問題−解答
試み−放っておくと過ぎていく
葛藤−更新
十字架−メッセージ
 
 
 お祈りします。今回スタートしたキャンプが、主が来られる時まで続けられますように。イザヤ60章にある光の証拠が、日本全国に現れますように。今回の集会に来られたすべての方が、新しい力を得ることができますように。神様が備えられた答えにあずかる機会にしてください。イエス・キリストの御名によってお祈りします。
 
イザヤ6:13を見ると「そこにはなお、十分の一が残るが、それもまた、焼き払われる。テレビンの木や樫の木が切り倒されるときのように。しかし、その中に切り株がある。聖なるすえこそ、その切り株。」イザヤ7:14を見ると「それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。」
 
<序論>
これからは、福音によって勝利をおさめる時刻表を迎えました。ぜひ覚えましょう。福音にあって、事実を見なければなりません。それから、祈り続けると、必ず現場が変わって答えが与えられます。
 
福音にあって
福音にあってという言葉が非常に大事な意味を持ちます。福音にあってというのは、福音を悟るという意味もありますが、福音以外のすべてを捨てるようになると、すごいわざが行われるようになります。ぜひ覚えてください。「福音にあって」というのは、簡単な言葉のように見えますが、すべてが入っています。私達が、本当に福音を理解するとすれば、すべての問題を解決するようになります。
 
ある方が、手紙を送ってきました。いろいろな内容が書かれていました。とても必要な内容だと思います。そして、うそではないと思います。しかし、その手紙を読みながら私が感じたことがあります。この人は、とても感情に捕らわれているというように感じたのです。それが、もっと大きな問題ではないでしょうか。ですから、福音にあってということは、なんと大事な言葉でしょうか。ですから今日、この言葉をよく考えて、答えが始まるようにお祈りします。
 
昨日、このような話しをしました。昔、家の近くにいたおじいさんが、見るたびに、聖書を見ていました。しかし、教会に行くことは見たことがありませんでした。まるで信徒のように聖書を毎日読んでいました。それで、他の人に聞いてみたのです。「あの人は、教会に通っていますか?」「教会には行っていませんよ」「なのに、なぜ毎日、聖書を読んでいるのですか?」昔、教会に通っていたようです。その人の話を聞いてみたら、長老さんだったそうです。長老さんなので、そのように毎日聖書を熱心に読んでいるのかと分かったのですが、なぜ教会に行っていないのかと思いました。それで、話す機会があったので、聞いてみました。長老さんですかと聞いてみたら、ただ笑うだけで、何も返事をしません。なぜ教会に行かないのですかと聞きました。後で分かったのですが、教会に通っているうちに、大きくつまずいてしまって、そのようになってしまったそうでした。その人に3人の息子がいました。私達の町では、言葉で言うことができないほど、滅びてしまい、チンピラのようになっていました。意味が分かるでしょうか?福音にあって。どんなに福音を悟って、聖書を見ていても、「福音にあって」ではありません。今回の集会以後、この言葉を悟っていれば、すべての問題を解決するようになります。実際、福音を知っていれば、失望することはありません。福音を知っていれば、滅びることもありません。そのすべての問題も、福音にあって解決できるからです。ですから、よくよく考えてみましょう。この「福音にあって」をテーマにして話そうとすれば、一晩中かかるでしょう。福音の中にいれば、すべてを解決するようになります。教会には、いろいろな話し、文句があります。そのために、信仰が弱い人が信仰生活ができずにいることをご存じでしょうか。また、地域で一つにならずにいろいろな葛藤があるでしょう。そういうことで、サタンがとても喜んでいるのです。福音の中に入りましょう。すべての問題を解決するようになります。
 
事実−現場
それから、事実を見るようにしましょう。事業がなぜうまくいかないのか。事実を見ていないからです。クリスチャンは、神様の子どもなので、事実さえ見ていれば、どんな現場でも変えられます。最初の集会で、この約束をぜひ、握るようにしましょう。牧会も事業も、すべてが同じです。事実を見なければなりません。
 
ヨセフはお兄さんたちに売られて奴隷になってしまいました。それは事実です。兄たちを恨んでも、恨まなくても問題はありません。兄たちに歯ぎしりをしながら文句を言っても、言わなくても、事実は事実です。しかし、ヨセフはそれを見たのではありません。神様がこのように売られるようにした理由、この事実を見ていたのです。それは、大きな答えに変えられます。事業も、何でも、実は同じでしょう。
 
香港で「アジアで一番の金持ちはだれか」という本を渡されました。うちの教会の信徒なのですが、その本を翻訳したのでした。それで、日本人がアジアで一番金持ちなのかと思っていたのですが、リジャチョンという人が一番だということです。世界で5番目の財閥だそうです。その人について、うちの教会の信徒が研究して、文章を書きました。リジャチョンという人は、大事業家になりました。一言で、その本は、どのようにして事業に成功したのかという内容でした。リジャチョンという人は、何かを始める時、事業を始める時、徹底して分析するそうです。つまり、事実を見ていたということです。未信者を別にして、神の民であるみなさんは、事実を見ているだけで、ありのまま答えられるようになります。
 
祈り−奇跡
この内容を持って祈り始めるのです。私達の生活において、祈り続けると現場が変えられます。それから、集中して祈ると、奇跡が行われるようになります。今晩のメッセージに入る前に、約束として握って欲しいと思います。
 
ですから、すみやかに福音の中に入っていくように。私達の問題を解決していくようになります。つまり、すみやかに創世記3:15の中に入って行くことです。箱舟の中に入っていくことです。福音の中に入ると、すべてを解決するようになります。ですから、福音でないものをすべてつまみ出すと、すごいわざが行われるようになります。福音にあって、この部分で注意していると、すべての答えが与えられます。「福音」「福音」と言いながらも、律法主義に陥りやすいものです。「福音」「福音」と言いながらも、神秘主義に入っていきます。また、福音を持っていると言いながらも、人間中心主義に走るようになります。ですから、福音にあって事実を発見し、祈ると、誰でも答えられるようになります。今まで失敗していたとしても、これからは成功できます。もし困難がやってきても、事実を見れば成功するようになります。私達に大きな問題がやってきても、事実を見ることができれば、勝利するようになります。
 
以前も何度かお証をしたと思いますが、本当に苦しい現場だったので、いつも思い出すようになります。ご主人が、毎晩、お酒に酔って帰ってきます。夜中の2時、3時まで。毎日そうです。たまにではなく、毎日のようにそうします。奥さんが、離婚しようと覚悟しました。一日だけではなく、毎日、そのようにして生きて行くことができるかと思ったのです。そのように心から決めたのは、子ども達がみんな同意してくれたからです。その執事が、最後に私に相談に来たのです。「離婚したいのですが、このような状況です。夫は、もうだめです」と言いました。その時に、その方に言いました。「あなたは、勉強もしていて、とても賢い方だと思っていたのですが、頭がとても悪いのですね。あなたのご主人は、今、お酒を飲んでいるのではないでしょう」「いや、違います。毎日飲んでいます」「私が言っているのは、そういう意味ではありません。あなたのご主人は、お酒を飲んでいるのではなくて、さまよっているのですよ。もっと大切なのは、安らぎがないので、安らぎを求めて、そのようにさまよっているのです。もっと大事な内容は、あなたがその安らぎの場になっていないということです。それが問題ですよ。つまり、あなたは飲み屋の女の人より劣っているんですよ。その飲み屋の女の人は気持ちを休ませてあげることはできるのでしょうが、あなたはいつも反対ではないですか。離婚するのではなく、執事を辞任しなさい」と言ったら、その人が分かりました。一流大学を出た、とても賢い人でしたが、私の言う意味が分かったのです。その次の日から祈り始めたのでした。本当にご主人が変わるようになりました。ですから、ほとんどの人が、事実を見ることができません。それで、私達が話すことがほとんどでたらめなことになります。私達がうっかりすると、信仰生活がすべてでたらめかもしれません。
 
問題が起きた時に、問題ばかりを見ているのですが、それより大事なことがあるのです。ヨセフは刑務所に行っても失望することはありませんでした。ダビデは、死の危機に直面することがあっても、失望することはありませんでした。それは、勇気があったという意味ではありません。それは、信仰があったということとも違う意味です。何かを正しく見つめていたということです。これが大切な内容なのです。間違って見ているかぎりは、信仰もいりません。ですから、ヨセフ、ダビデのような人は、事実を見つめていたのです。そうすることによって、祈りが答えられるようになるのです。まず、その前に前提にしている内容が、福音の中にあってです。私を強くしてくださる方にあって、すべてのことが可能なのです。日本に暮らしている方は、福音を完璧に悟っていなければ、大変なことになります。それは、日本だけではないでしょう。アメリカも韓国も同じです。
 
私に一つの悩みがあります。私はほとんど悩みはないのですが、一つ悩み事があって、悩んでいます。ある教会から説教を頼まれた時は悩んだことはありません。しかし、韓国のハニャン大学から講義を頼まれて、悩むようになりました。何を話すのかではなく、どのように話すのかということです。礼拝の時間なら、簡単なのですが、普通の一般の大学生を対象にして講義をするようにと頼まれたのです。ですから、どういう内容で話すかという悩みではありません。間違いなく、理解できないだろうという相手に向かって、何をどのように言えば良いのかということです。理解できないということが決まったことなのですが、それをどのように話せば良いのかということです。そういうことに対するテーマをまだつかんでいないので、悩んでいる途中なのです。私だけではなく、総理大臣などの有名な人を招いて講義を聴く学科です。牧師としては、私が2番目で、前にはキム・チノン牧師がしたと聞いています。どういう講義をされたか、テーマを見たら、講義の内容は、ヴィジョンを持ちなさい、大きな夢を持ちなさいというものでした。私が見ているかぎりでは、それは間違いだと思うのです。今、霊的な問題をわずらっている人が大きな夢を持ったらどうなるでしょうか。福音を持っていない人が夢を持つとどうなるでしょうか。今、全世界は霊的な問題をわずらっています。精神病の人が増える一方です。霊媒師や占い師が増える一方です。それから、悪霊の文化が大学を治めています。ですから、福音のない人間が言うならば、夢を持ちなさいと言うは良いでしょうが、私は何をどのように言えばよいのか悩んでいるのです。理解できないのは決まっていることですから。ですから、分かるように、どのような言葉で、どのように語れば良いのかと考えています。教会や集会から頼まれたら何の心配もないのですが、一般の大学からの依頼だからです。おかしいことに負担になっています。昔のことを思い出しました。昔、韓国の軍隊を除隊した人の訓練があるのですが、そこで講義をしてくださいと言われたのです。それで、OKしたのですが、その後、何を語るべきか悩むようになったのです。日が迫ってきたら、悩むようになりました。女の人々は分からないでしょうが、その訓練はとてもおかしいものなのです。そこのユニフォームを着たとたん、人はおかしくなってしまうのです。誰が講義をしても、聞こうとしません。立派な人が講義しても、そこでは、新聞で顔を隠して寝たりします。その訓練に来ている人は、時間をつぶすために来ているだけで、何も聞こうとしないのです。普段は正常な人間もそこのユニフォームを着るとおかしな人間に変わってしまうのです。それが分かっている私が、何をどのように話せば良いでしょうか。それで、依頼してきた隊長が、よく分かっていて、長くしなくて良いと言ってくれたのですが、それでも、とても負担になりました。最初から「みなさんに大事なお話をする人が来ました」と言ってくれれば良いのに、「○○教会の、牧師」というように紹介しました。そこに座っている人は、クリスチャンであれば良いのに、クリスチャンではありません。それで、大勢の訓練生がいる所に立ったのです。神様がともにおられたからですが、話しが彼らに合う話になりました。まず最初に、話しを早く終わるというように始めました。「この世になぜ精神病の人が多いのか。なぜ直すことができないのか。なぜ霊媒師の子ども達が精神的におかしくなるのか。それから、特別な偶像崇拝をしている人にはなぜ問題が現れるのか。宗教生活をがんばったのに、なぜ問題がやってくるのか。これは不思議なことでしょう」と話しをしていきました。それで見たら、一人も新聞などを見ずに、私を見ていました。みんな聞かないと思っていたのですが、目を覚まして聞いていました。その話のうちに、30分が過ぎてしまったのです。そこでは、長い話しは嫌われるので、「私のほうから30分の約束ですから、これで終わりにします」と言いました。すると、背の高い人が「自分たちは遊んでいて仕方ないので、もっと聞こう」と言いました。そうしたら、みんなが一斉に拍手をしたのです。それで、本論に入りました。「何年、何月、何日、どのような患者をこのように助けたことによっていやされた。30年間わずらっていた人が、イエス様を信じて直って、このようになった。」彼らが聞きたいと願っていたので、本論に入ったのです。そのようにして、講義を終わりました。みんな聞いて、感動して、最後には大きな拍手があったのです。話しが通じたことで、降りる時に本当にうれしかったのです。あまりにもうれしかったので、私の特技である「今日、イエス様を信じる人は、問題がある人は・・・」という招きをするのを忘れて降りてきてしまったのです。
 
なぜ、このような話しをするのかというと、今、世の中の多くの人は、福音の外側にいるので、何をしてもうまくいきません。なのに、私達でさえ、福音の外側に立っていたらどうなるでしょうか。ですから、私達が福音の中に入っていくと、これからすべての問題を解決するようになります。人間関係がややこしいでしょうか。福音の中に入りましょう。私達が、傷をそのままにしておくと、必ず問題になるので、福音の中に入りましょう。私達が持っている否定的な考え方は、必ず問題になるので、早く福音の中に入りましょう。今まで教会で習っていた律法主義、神秘主義、必ず問題になりますから、すみやかに福音の中に入りましょう。私はなぜこのようになるのか、と言う人は、何も言わずにすみやかに福音の中に入りましょう。その中に、すべての問題を解決する神様の最高の祝福があります。この聖書66巻を与えられた理由がそこにあります。キリストを十字架に釘つけられた理由もそこにあります。ですから、私達の人生が福音の中に入っていくと、問題が解決して、祝福が始まります。それから、事実さえ見ていればすべて答えに変えられます。その約束をつかんで祈ると、奇跡が現れます。最初の集会の序論部分をのがさずに握りましょう。これは、一人も例外なく、すべてが聞いていなければなりません。なぜ私はうまくいかないのか。この3つ(福音、事実、祈り)の中に理由があります。なぜ事業がだめなのか。この3つの中に理由があります。なぜ商売がうまくいかないのか。この3つの中に理由があります。昔は良かったのに、今はなぜ・・・昔は暗い時代でしたが、今はより事実を見ていなければなりません。私には失望することがなぜ多いのか。よく見ると、そういうことではないでしょう。ある人は、がっかりして自殺をしたいと言います。勉強もできず、家に帰っても無視され、友達にも疎外されて、死にたいと思っています。そういう学生は、すみやかに自分自身に対して、事実を見て新たにスタートすると神様が祝福されます。
 
祈りの課題
日本には、多くの働き人が立てられています。これからは、福音によって勝利する時刻表が来ました。ですから、今からは祈りの課題を正しくしましょう。祈りの課題を正しくすることが一番大切なことです。答えがあるかないかにかかわらず、祈りの課題が正しくなっていなければなりません。ここにいる人は全員、5つの祈りの課題をつかむようにしましょう。
 
(1)地域−伝道弟子
日本列島、そして、私が住んでいる地域に伝道弟子が何人必要なのか。これを祈りの課題にしましょう。
(2)世界−宣教
それから、日本から全世界に何カ所、進出しているのか。それを持って宣教の戦略を立てましょう。
(3)他民族
そして、日本の国内に他の民族、国からどれくらい来ているのか。それを分析して、祈りの課題にしましょう。
(4)霊的問題−チーム
日本国内に霊的な問題がどれほどあるのか分析しましょう。そして、それを解決するための大事なチームを作りましょう。たとえば賛美のチームが良いでしょう。あるいは、劇団のようなチームです。
(5)思想−文化
そして、日本だけが持っている大事な思想があります。良いことも悪いこともあるでしょう。その思想を変えることができる文化の働きを準備しましょう。
 
1.可能−福音、事実、祈り
これは、実はすごい内容なのです。どのようにして、これが可能なのでしょうか。本当にこのことが可能でしょうか。ここに来ている私達は、自分の問題も解決できないのに、どのようにこれが可能なのかと考えるでしょうが、そうではないのです。
 
(1)祈りの課題−ともに
モーセにイスラエルを連れて出て行きなさいと、言われました。ですから、まず祈りの課題が正しくなっていなければならないのです。モーセは、今、生活に困っているのに、イスラエルを連れて行きなさいと言われました。モーセは妻の家に世話になっているのに、イスラエルを連れて行きなさいと言われました。今、自分の問題に引っかかっているのに、日本の福音化、世界の福音化が話しになるのでしょうか。可能なのかと、私達は考えるでしょう。モーセが、このように言いました。「私はパロ王の前には行けません」一理がある話しです。「80才の老人である私がパロ王の前に行けるでしょうか」と言いました。「私を探し出したら殺すと言っているのに、軍隊も持っていない私がどのようにして行くことができるでしょうか」「今、逃亡生活をしている私が、世界の帝王と言われているパロ王の前に行けるでしょうか」そのような話しです。「私がどんな人間なので」ということです。「イスラエルが私の言うことが聞いて、付いてくるでしょうか」すべてもっともな話しです。しかし、神様はこのように話されました。「私が誰なのでパロ王の前に行くのでしょうか」と言われたら「あなたはモーセだ」と言うべきでしょう。しかし、神様はそのようには答えられません。「わたしはヤーウェの神である。あなたとともにいる。わたしはイスラエルの民とともにいる。わたしがあなたの手に力と証拠を与える」しかし、そのことはみことばどおり成就しました。ですから、私達が祈りの課題を正しく握ったその瞬間から、祈りの答えは一つ一つ与えられるようになります。
 
日本全地域に弟子を植え付ける働きを始めましょう。それから、日本と関わりがある国に宣教師を派遣するように。日本に来ている他民族の数どおりに戦略を立てるように。私には力はありませんが、日本の霊的な問題を解決する小さな働きを始めるように。日本の思想を変えることができる文化の働きを始めるように。難しくありません。昔、韓国のキム・ヨンギという長老は、韓国の思想を変えました。それは、良かったと思います。カナン農業学校を作りました。それは、小さなものに見えても、韓国の国民の思想を変えたのです。熱心に仕事をして、節約するように訓練をしたのです。その働きをもって、韓国の思想、文化に影響を与えました。その時代に合ったことだったのです。その人は、その時代において、思想、文化をよく見つめていたのです。ですから、私達の教会が日本の重要な部分を変えるような働きを始めるべきなのです。このすごい働きが可能なのでしょうか。神様はモーセに、初代教会に、正しい祈りの課題をつかんでいれば、神様がわざを行われたのです。生活がぎりぎりだった初代教会に向かって、世界を生かしなさいと言われました。ペテロは税金をおさめるお金もなかったのに、すべての民族に出て行きなさいと言われました。普通の弟子なら「お金がないと行けないでしょう」と言うでしょう。しかし、幸いなことにペテロは黙っていました。そして、世界を征服する結果が与えられました。ですから、私達も祈りの課題をしっかりと握りましょう。
 
これからは、座りこんでいないで、福音を持って勝利する時刻表がやってきました。一人でもあきらめないようにしましょう。「私のような人間が・・・」と言うかもしれませんが、そうではありません。「私のような」ということは、正しいでしょうが、神様は違います。日本に来て、生活もぎりぎりで困っているのに、日本の福音化が話しになるのかというのは、もっともな話しです。しかし、祈りの課題をしっかり握りましょう。神様は「わたしがあなたとともにいる」と約束されました。イエス様は弟子に向かって「世の終わりまであなたがたとともにいる」とおっしゃいました。間違いありません。私はこの祈りの課題を見ながら、一千万の弟子という事を見つけました。この中に韓国の40万、日本の120万、すべてが入っています。このために祈ったら、神様が戦略も与えられました。これを持って祈り続けたら、神様がメッセージも与えられました。これを持って祈り続けたら、霊的な変化もすごいことが行われました。可能です。今、私達が置かれている立場は弱いものでしょうが、神様はおできになります。
 
(2)イザヤ40:27-31
       43:18-21
今日は私達は、イザヤの聖書を読みました。イザヤ40:27〜31を見ると、「主を待ち望む者は、新しい力を得る」と言われています。「昔のことを忘れなさい。新しいわざを行われる」と言われました。そうしながら、大事な祈りの課題を与えられました。「レムナントを立てなさい。そして、光を放ちなさい。万民のために旗を掲げなさい。」今日、むりやり勇敢になりなさいという意味ではありません。「神様の計画を成し遂げるために、自分の小さなものでも神様に捧げる。神様の目的のために自分の人生を捧げる。」その祈りさえ捧げるようになれば、神様が働かれるようになります。
 
(3)捕虜時代
これは、捕虜時代に与えられたメッセージです。不可能なことでしょう。しかし、神様はなさいました。ですから、まず、この部分に対する考え方を変えなければなりません。
 
(4)初代教会
私達が知っているように、初代教会はだめでした。間違いなく弱い団体でした。しかし、間違いなく世界の福音化を成し遂げました。なぜそうなったでしょう。神様が望まれる祈りの課題を持って、福音を持っていたからです。私達が正しい福音を持っていれば、神様は働かれます。私達が日本の現場を事実そのとおり見て祈れば、神様はわざを行われるようになります。そうすれば、神様の答えは一番最初に私達に与えられます。この時から、事業、現場は変わるようになります。この時から、予想以上に、神様のわざは続くようになります。間違いありません。
 
(5)改革者
それから、歴史の中で改革時代に用いられた人々のことを考えてみましょう。この改革者はほとんど弱い者でした。しかし、すごいわざを成し遂げました。なぜでしょうか。神様が願っておられる祈りの課題を正しく握っていたからです。それから、彼らは福音の中にいました。祈ると答えは与えられます。間違いありません。
 
今、私は単純な説教をしているわけではありません。私は一千万の弟子の約束を握って祈り続けましたが、神学院やいろいろなものが全世界に開かれるようになりました。これをもって祈り続けたら、神様は健康も与えられました。これを持って祈り続けるとメッセージも与えられます。昔も話したでしょうが、医者が私を診断して、衝撃を受けたそうです。「先生の脈拍と心臓が20代ですよ」と言いました。それを聞いて「私は確かに20代ですよ」と言いました。世界の福音化をしなければなりません。健康も神様が与えられるものであって、自分の勝手にできるものではないでしょう。ですから、私達がこの約束を握っていると、本当に答えが与えられます。自慢話になるかと思って言わずにいますが、答えられた祝福は大きなものです。経済の祝福もすごいものです。世界で本やテープなどのいろいろな資料を個人がもらわないで宣教のために渡して、全世界のために使っているのは、私達だけです。今、世界の私達の団体はそれによって動いています。チョウ・ヨンギ先生を見ていても、テープや本の印税は個人がもらっています。そして、売る所に聞いてみたところ、今はタラッパンのテープの量のほうが多いそうです。そういうことをすべて計算してみれば、経済もすごいことになります。神様は大いに祝福され、肉体的な面も祝福してくださいました。「あなたがたは、まず第一に神の国とその義とを求めなさい。そうすれば、すべてのことはそれに加えて与えられる」と言われました。今日、一人も例外なく、祈りの課題を握りましょう。
 
この課題には特徴があります。この課題をつかむのにはお金はかかりません。ただでつかんだら良いのです。また、祈ってならなくても損することはありません。そのかわり答えが与えられたら、すべてです。答えがなくてもかまわないのです。なぜなら、神様のご計画だからです。私達が行けないとしても、正しい道を行くべきでしょう。昔のことわざに、行く途中でやめるなら、最初から行かなかったより悪いと言われていますが、今は違います。行ってやめても、行った分だけ得します。これは、神様のご計画なので、やるかやらないかにかかわらず、それを見ていることで得することになります。ですから、一人も例外なく、これを握って祈り続けましょう。ある人は主婦であり、ある人はおばあさんなのに可能でしょうかと言うかもしれません。もしおばあさんがこの祈りをすればどうなるでしょうか。簡単です。神様はもっと急いで働かれるようになります。理由は、早くしないと死んでしまうからです。子どもが祈ると、まだ若いので、ゆっくり働かれます。私のように能力のない人がこの祈りをすると、神様は能力がないのをご存じで、先に祝福を注がれました。ですから、資格に満たないほうが、よりわざが現れます。なぜモーセが歩む道には奇跡があったのでしょうか。モーセはおじいさんで、可能ではなかったので、神様はより大きな働きをされたのです。モーセがダビデのように若々しくて、軍人もいれば、そのような奇跡もいらなかったでしょう。「私は性格がせっかちで、時間もない」という人がお祈りすれば、神様はもっとすみやかに働かれるようになります。性格がだめなくせに、この約束をつかんだので、神様は早く働かれるようになります。奥さんが何かを持ってくるならば、おいしそうだと待つでしょう。しかし、小さな子どもが持ってくると、もしかしてこぼしたら大変だということで、早くそれを助けるでしょう。ですから、力もない人間がこの約束を握ったら、神様は早く助けてくださいます。その理由は、神様のご計画だからです。ですから、失望もせず、自分に捕らわれることなく、約束をつかみましょう。早く来なくても大丈夫です。これは、間違いない神様のご計画だからです。日本全地域に伝道弟子を立てることは、神様の一番の計画です。日本と関係しているすべての国に宣教師を派遣することは、神様の願いです。日本はあらゆる民族が集まってきています。
 
この前、ブラジルに行って来ました。そこの宣教師にはなして来ました。「170万の弟子を立ててください」その理由は、ブラジルの人口は1億7千万で、100:1で170万です。ブラジルの周りには、11のラテンアメリカの国々があります。「11カ国に宣教師を送りなさい」それが神様のみこころです。そして「長老を104人立てなさい」それは、ブラジルの中に104カ国から人が来ているからです。ブラジルの人たちの霊的な状態は、私達とまた違います。賜物運動、神秘運動がたくさんあります。ですから「しっかりした賛美チームを作りなさい」それから、長い間、ポルトガルやいろいろな国の植民地だったので奴隷根性があります。「その思想をひっくり返す文化の働きを始めなさい」この答えは、もし来なくてもすべきです。しかし、間違いない神様のご計画なのです。私達にはできないのですが、神様にはおできになります。ですから、1千万の弟子を課題にして祈りつつ走り続けています。その間、起きる問題は一つしかありません。祝福があまりにも多いので、それを担うことができないくらいです。それを正しく管理できれば良いのです。みなさんにもこのような祝福が始まることを主の御名によってお祈りします。
 
考え方を変えよう
今日から考え方を変えましょう。考え方が変わらないかぎり、他のことも変わりません。日本は世界宣教が可能だというように、考え方を変えましょう。今まで助けてもらっていた人々は、これからは人を助ける者になると考え方を変えましょう。そのように考え方を変えることによって、答えが与えられます。日本の地に来ている人も、考え方を変えましょう。考え方を先に変えることによって、次のことがついてきます。乞食もそれをやめるためには、考え方を変えなければなりません。乞食は考え方が悪いのです。なぜ家に帰らないのかと聞くと、ここが楽だと言います。部屋が楽なはずで、道路は楽ははずがありません。考え方が変わらないので、乞食になるしかありません。その路上で寝ていると楽だという、おかしな考え方を持っています。ですから、考え方を変えないといけません。私達もこれからすべて変えましょう。
 
傷−ガン
私達にあった傷を変えましょう。これを持っていると、結局、それにやられてしまいます。この傷は、放っておくと癌に変わります。霊的にも同じです。お腹が痛い時には、薬を飲むとか処置をすべきですが、がまんしていると大きな問題に発展してしまいます。しかし、想像以上に傷が多いのです。傷を持っている自分だけが不幸なのではなくて、他人も不幸にしてしまいます。傷の多いご主人がいるときには、奥さんも子どもも不幸になってしまいます。傷のある女性の場合は、ご主人、家族全員が不幸になります。私達は、このようなものを持っている必要がありません。この傷は祝福の土台なのです。福音を持っている者には、祝福の土台なのです。
 
つまずき−信仰
これから、つまずきに陥らないようにしましょう。しょっちゅうつまずくのですが、引っかからないようにしましょう。このような内容は、すべて信仰に変えましょう。アメリカに行きました。私の教会の信徒がアメリカに行っていました。それで「どこの教会に行っているのか」と尋ねました。返事がありません。「どこの教会なのか」と聞いてもただ笑っているだけです。うちの教会の信徒だったので、「どこの教会なのか」と3回聞いてみたら「今は行っていません」と答えました。「なぜ行っていないのか」と尋ねたら、話しがおかしかったのです。「アメリカにいる牧師は全部だめです」「なにがだめなのか」と聞いても「とにかく、教会に通うことができません」と言うのでした。「それは高慢だよ。なぜそのように考えるのか。早く近くの教会に行って、教会を助けて、人を助けなさい。あなたがそう考えているうちに、悪魔はレムナントに毒麦を植え付けているのではないか」マタイ13:25です。もともとその信徒はそういう人でした。どこに行ってもつまずくのです。実は、アメリカに行くと言った時に少し心配になっていたのです。家にいてもいつもつまずいていました。それで、アメリカの牧師は全部偽物ですよと言いました。それを全部確認したのでしょうか。もちろん、一理もある話しかもしれませんが、そうだとすれば、そこに行って献身しなければならないでしょう。このようなことはすべて霊的な問題なので、すべて変えなければなりません。そのつまずきの内容は、信仰の祝福の現場なのに、知らないでおぼれているのです。
 
神様は日本の集会を許されました。一人も例外なく、祈りの課題にしましょう。この5番までの原理に従って計算すれば、すべて答えがでます。この内容が可能なのか。私達が福音の中にいれば可能です。福音の外にいる場合は不可能です。私達が事実を見る目が開かれていれば可能です。私達が本当に祈ることができれば可能です。すごい答えが与えられるしかありません。
 
葛藤−神様のもの
今日から人間同士の葛藤をすべてなくしてしまいましょう。牧師も同じです。教会は自分のものではありません。神様のものです。そうすれば、葛藤はなくなります。信徒も教会に来て葛藤があるでしょうか。それはやめましょう。良いか悪いか関係なく、神の人が集まる所です。ご主人のために葛藤がありますか。奥さんのために葛藤がありますか。考え方を変えましょう。ご主人は自分の所有物ではありません。それで葛藤があるのではないでしょうか。ご主人は神様のものです。なぜ自分のものだと思っているのでしょうか。一番大きな罪ではないでしょうか。そのような悪い考え方を持っているので、葛藤になるのです。また、ご主人は、奥さんは自分のものではないと考え方を変えましょう。そのように救われていない人と同じ考え方を持っていると葛藤になるでしょう。未信者と同じ考え方を持っているので、問題になるでしょう。教会は自分のものではありません。ご主人も自分のものではありません。奥さんも自分のものではありません。それから、子どもも自分のものではありません。神様のものです。私達はただ手伝うだけです。子どもが自分のものだと思って一緒に心中したりしますが、これほど悪いことはありません。葛藤が生じるのは、未信者の考え方を持っているからです。すべてのものは、自分のものではなく、神様のものです。そうすれば、葛藤はありません。葛藤になることはありませんし、葛藤になるようなことは祝福になります。
 
失望
もしかして失望しているでしょうか。すみやかに変えなければなりません。その失望は、すべてのことが正しくやってくることが目前に控えているということです。聖書には、あなたがたは心配しないようにと言われています。また、恐れないように、思い煩わないようにと言われています。その次に必ずついて来る言葉があります。その次には、必ず、悪魔、サタンの話しがあります。「あなたがたの思い煩いを主にゆだねなさい」その次に「あなたの敵である悪魔が」ですから、失望は大変なことです。失望しないようにという言葉の次に必ず出る言葉が一つあります。「わたしがあなたがともにいる」と言われます。神様の子どもですから、なぜ失望するでしょうか。
 
錯覚
それから、勘違いをしないようにしましょう。ある人は、失望の代わりに勘違いをします。神様の子どもです。
 
2.いつ
(1)イザヤ6:13
そうすれば、私達には驚くべき祝福が与えられます。神様がなさいます。いつでしょうか。神様はすべてのことがおできになる方です。いつでしょうか。イザヤ6:13。レムナント。本当に大事な言葉です。
@次の世代
A散らされた者
B残された者
レムナントという言葉には、次の世代という意味があります。レムナントというのは、散らされた人という意味があり、最後まで残された者という意味があります。レムというのは、残ったという意味があります。残された者、次の世代、これを育てなさい。その時に、神様はすごいわざを行われます。
 
(2)イザヤ7:14
 @処女降誕
 Aインマヌエル
何をするときでしょうか。イザヤ7:14。神様は一つのしるしを与えられます。「処女がみごもって男の子を産む。その名をインマヌエルと名付ける」処女から生まれます。キリストである証拠です。とても科学的な話しです。神様はイエスを送ってあなたがたを救うとはおっしゃられず、処女がみごもって子どもを産むとおっしゃいました。何か思い浮かばないでしょうか。イエスを送ると言われたら、問題になります。子どもが生まれた時に、イエスという名をつけたらどうなるでしょう。ヨシュアもイエスです。しかし、処女がみごもったわけではありません。つまり、女の子孫ではなかったということです。とても科学的なことであり、答えです。その名がインマヌエルになります。どういう意味でしょうか。私達が正しい福音を持っていると、神様はそのことをなさいます。私達が正しい使命に目覚めると、神様はその時にわざを行われるようになります。
 
3.答え
(1)唯一の解答
そうすると、神様はどのような答えを与えられるでしょうか。私達がこの祈りをしていると、神様はどういう答えを与えられるのでしょうか。
(2)唯一の方法
すごい方法に気づくようになります。神様は私達に唯一の方法を与えられます。キリストによって世界が変えられる唯一の方法に気づくようにさせられます。神様は私達に唯一の方法を与えられます。
(3)答え
このようになると、私達に答えが与えられます。つまり、唯一の答えが与えられます。唯一というのは、他の人はできていないのに、できるということです。奴隷が変わって、その家の主人になることはありませんが、ヨセフにはその答えが与えられました。刑務所にいる囚人、それも他の国の人を呼んで、総理大臣にしました。そのような答えが与えられます。これが、すごいことです。唯一の答えを持っているので、そのようになります。私達も知っているとおり、石を投げてゴリヤテを倒してしまいました。唯一の答えです。石を投げることは誰でもできるでしょう。しかし、それをもってゴリヤテの頭を砕いてしまいました。唯一の答えです。唯一の解答キリスト、唯一の方法、この2つが分かっているので、そのような唯一の答えが与えられます。私達がこの味を味わうことによって、何かが正常に動くようになります。
 
私がはじめてアメリカに行った時のことです。アメリカの人々が集まっていて、集会がありました。牧師先生が来られましたが、会費をもらったのです。アメリカの人は衝撃を受けました。このような人は、はじめてだと言われました。アメリカに来て、牧師たちからお金をもらう人がどこにいるのかと言いました。そうしたら、アメリカで一番長く暮らしていた新聞社の社長が「先生、アメリカのことをあまりよく分かっておられないようですね」と言いました。キム・チャンイ先生、チョウ・ヨンギ先生が来られる時には、お金をたくさん持ってきて、すべてまき散らすそうです。「先生のようにしてはなりませんよ」と言われたのですが、「できなくてもかまいません。私達は訓練のためにそのようにしなければなりません。」と言いました。その後、修練所で集会があった時に、牧師先生はたくさん集まりました。その次にワシントンでの集会があった時にも、牧師先生はたくさん集まりました。その次に、LAに行った時にも、そこでも爆発的に集まりました。その新聞社の社長さんが、空港に来てこのように言いました。「先生。私はよく分かっていませんでした。これはなるしかない運動ですよ」と言いました。本当に頭が良い人でした。「しかし、迫害がありますから、新聞社なので、先生の味方になることはできませんが、先生に害になることはしません。積極的に味方をするわけにはいかないので、それを許してください」と言いました。男らしい人でした。アメリカで大騒ぎになった時にも、その人の新聞にはタラッパンのことは書いてありませんでした。アメリカから韓国に来られた時に、わざと呼んで「長老さんは、男ですね。頭が良い人間です。それから、福音を理解している人ですね」と言いました。
 
私達には唯一の答えが与えられます。この祝福を持って商売をしていても、唯一の答えが与えられます。唯一の答えは、他の人ができなくても、私達はできるということです。マルコのタラッパンは滅びることはありません。この唯一の解答と方法を持っているので、聖霊のわざがありますから、誰も妨げることはできません。ですから、私達は勝利の時刻表をつかみましょう。他はすべて捨ててもかまいません。この祈りの課題をつかんで、祈り続けましょう。なぜなら、この中にすべて入っています。靴下、靴、何かにこだわることはありあません。お金があれば、すべてその中に入っています。豚の頭をすべて丸ごとゆでれば、その中に鼻も耳もすべて入っています。問題は、私達にこれが果たして可能なのかということです。ほとんどあきらめてしまうでしょう。私は生活もぎりぎりで、何もかもうまく行っていないのに。霊的な問題も解決できていない自分なのに。それで、実はあきらめているのです。しかし、神様はおできになります。これから、福音、事実、祈りをつかまえましょう。神様はいつ働かれるようになるでしょうか。このレムナントが起きるときです。その時、答えは唯一の解答を持っているので、唯一の答えが与えられるようになります。以前、例をあげたことがありますが、屋台をしていても、食堂をしていても答えられるようになります。なぜなら、唯一の答えが与えられるからです。日本の地でどんなに弱い立場であっても、神様が働かれるようになれば、勝利します。
 
結論
結論を申し上げます。
(1)祝福
神様が私達を祝福されれば、どのようなものにも勝てます。神様が私達を5分くらい祝福されれば、人間が100年間祝福したよりまさるものです。神様が私達を1秒だけでも祝福されれば、人間が一万年祝福したよりまさるものです。
 
(2)勝利
神様が私達を祝福されれば、けんかせずに勝利するようになります。ヨセフは戦ったでしょうか。ダビデも悪霊につかれていたサウル王と戦ったでしょうか。エリヤ、エリシャがけんかしたでしょうか。けんかをする必要はありません。初代教会も戦ったでしょうか。つまり、戦わずにすべて勝利をおさめています。神様の祝福をいただいているからです。唯一の福音を持っているみなさまが神様に祝福されることをお祈りします。そうすれば、未信者もクリスチャンも感動するようになります。私達が神様に祝福されれば、誰もが感動します。そうすれば、戦わずに勝利をおさめるようになります。間違いなく答えが与えられるようになります。クリスチャンは未信者のようにけんかをすることはできないでしょう。
 
(3)先に答え
 後に答え
私達がこの約束をつかんでいると、神様が行く前に、先に答えを与えられます。そして、困難にあったかのように見えますが、その後に、神様がすごい答えを与えられます。
 
今回、3つの講義がありますが、今日、ぜひ覚えましょう。今から、私達はできるかできないかに関わらず、祈りの課題を正しくつかみましょう。それから、行くか、行かないかにかかわらず、正しい道を歩くべきでしょう。間違った道を歩いてはだめでしょう。今、弱い立場だということで、信仰も弱くなってはなりません。今、厳しいからと、希望すらなくしてしまったらどうなるでしょうか。ですから、祈りの課題を正しくつかみましょう。これから、私達が福音の中に入って、事実を見る目が開かれて、祈ることができれば、神様は働かれるようになります。私達がレムナントと次の世代を正しく育てて、インマヌエルの福音をしっかりとつかむのであれば、神様はわざを行われるようになります。どのような答えが与えられるようになるでしょうか。唯一の答えがやってきます。唯一というのは、奪うこともできず、まねをすることもできない答えです。
 
たまに心から考えさせられることがあります。私の教会が、町では一番多く集まっています。たぶんしばらくしたら、釜山で一番多く集まるようになるでしょう。そのシステムを準備して祈っています。目的は大勢集まるためではなく、伝道するためにそのようなことが起きるようになります。そうなると、大事な人々が訪ねて来るようになりました。何種類かの人々が訪ねて来ます。国会議員になるような人、大統領になるような人が訪ねて来て、お願いをします。内容は、助けてくださいということです。それは、お金ではなく、大統領になれるようにバックアップしてくださいということです。この前の土曜に、急に秘書のほうに電話があって、ノ・ムヒョン大統領の秘書たちが助けてくださいと言ってきました。そのような人々に会うたびに、いくつか感じることがあります。とても疲れているように見えるのです。体が疲れているというより、霊的に、精神的な面でとても疲れています。もう一つ感じたことがあります。私は伝道のプロですが、どうしても伝道することができない心の状態です。それを会うたびにいつも感じています。どれほど心が縮まっているかというと、福音を語っても聞くことができない状態です。いつも感じている最後のことがあります。かわいそうだということです。尊敬すべきなのに、かわいそうだと思います。本当に苦労をしています。いつも正直に、それを感じています。今も釜山の市長の死に関して、いつも心に引っかかっています。その人に福音を伝える機会がなかなか与えられなかったのです。むりやりにも福音を伝えるべきだったのですが、むりやり伝えることは福音ではないから、悟るようにすべきでしょう。疲れ果てて、這うようにして来て「助けてください。祈ってください」と言う状態で、福音を語る状態ではありませんでした。当選した後は、あまりにも心が浮いていて、福音を伝えるチャンスがありませんでした。「私の間違いだった。彼らに福音を伝えるべきだった」と、会う機会があったのに、なぜ福音を伝えることができなかったのかといつも引っかかっています。ある時は、ソウルから釜山まで同じ飛行機に乗りました。その釜山市長は、とても会えてうれしいと言って、私の手をつかんで、車に乗る所まで一緒に行ったのです。そのようにまでしたのに、福音を伝える機会がなかったのです。一緒にゴルフをしました。時間がなかなか合わなかったのですが、やっと一緒にゴルフをしたのです。選手以外で、それほどうまい人は、はじめて見ました。ゴルフの途中、ジョークや話しが本当にすてきな人でした。たとえば、はじめてのショットがうまかったので、私がほめたところ、普通なら「ありがとうございます」と言うでしょうが、その人は「はじめは、私はこのように良いのですよ」と答えました。冗談も意味があり、とても謙虚に話しをしていました。それにもかかわらず、私は福音を語ることができなかったのです。突然、あのように自殺をするとは思いませんでした。ある人が、その市長の状態が悪いと言ったので、必ず面会に行くと言って、長老に特別面会できるように言ったその日に死んでしまったのです。しかも、海外集会に行っている間のことでした。ショックでした。みなさんは、名前だけを知っているでしょうが、私は福音を伝える機会があった人でした。このように、困難にあっている人々に福音を伝えるべきなのに、伝えることができなかったということで、夢の中にも顔が現れるほどです。この福音なくては、どのような人間も安らかに生きることができません。私達がこの約束を本当に握っていれば、神様はわざを行われるのです。
 
もう一度、結論を申し上げます。問題がやってきたり、試みにあうことも、葛藤を覚えることもあるでしょう。しかし、だまされないようにしましょう。
問題−解答
問題の裏には必ず解答があります。問題があれば解答があるはずです。問題がやってきたということは、解答を探す機会です。
試み−放っておくと過ぎる
試みに会うこともあります。試みは、放っておけば過ぎてしまいます。試みにあった時には、だまって祈っていればすべて過ぎてしまいます。過ぎていくのをつかんで何かをする必要はありません。知らない人は、試みにあった時に、のがさないで、しっかりと握ってそこにおぼれてしまうのです。
葛藤−更新
また、葛藤になることがあります。人間ゆえに葛藤にあうことがあります。このような時には、更新、改める機会です。自分自身を変える機会です。この3つも大きな問題にはなりません。
十字架−メッセージ
しかし、どうしてもできない問題もあります。「先生は、うちの主人と一緒に暮らしていないから分からないでしょうが、一緒に暮らすと、もう気が狂いそうです」「先生は、私の状況を分かっていないから、そのように言うのでしょう」と言うでしょう。それを十字架と言います。他の人には理解してもらえないものです。知り合いの女の人は、美人で、勉強もよくできたのに、変なご主人に会ってとても苦労をしています。殺すこともできないし、離婚も簡単でないし、一緒に暮らせば苦労だし、どうすることもできません。動物なら、殺して食べれば良いのですが、人間ではそのようにもできません。それを十字架と言います。注意すべきことがあります。すべてのメッセージは、この十字架に入っています。私達のすべてのメッセージは、十字架の中に入っているのです。子どものために、とても悩んでいる人々は、すべてのメッセージがその中にあります。他の人には言えない、本当に深刻な問題、すべてのメッセージがその問題の中にあります。ここからすごい答えが与えられるようになります。このようなものに、ついだまされてしまうのですが、これからは勝利する時刻表になりました。私達が大きな祝福を味わう、大事な時刻表をつかむようにしましょう。
 
明日も、イザヤの聖書からメッセージを考えたいと思います。
 
<祈り>
お祈りします。神様に感謝をささげます。これから勝利の時刻表を与えられたことを感謝します。祈りの課題を正しくつかむことができるようにしてください。私達にはできないので、神様はより大きく働かれるようになることを信じています。正しい祈りの課題と正しい福音をつかむ者にしてください。それで、唯一の答えにあずかる神の者に変えてくださることを信じています。イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン